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第六章 想いの軌跡 2

 護衛組はウサギの逃げた後を追っていた。
 すると、その目の前に見えたのはいかにも道すがらに開いた、怪しい部屋の入り口だった。これは何かある。そう思った護衛組一行は、急いで向かう。と――ぴょこっと部屋から顔を出したのはキラリと光るロケットをくわえた、一匹の白ウサギだった。
「あー!」
 護衛組一行は口を揃えて目を見開いた。
 ウサギはそれに驚いて逃げだそうとする。が、しかし。そこに怒涛の如き勢いでやってきたのは義剣連盟、そして彼らと合流していたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だった。
「何事です!」
 先頭に立つ九条 風天(くじょう・ふうてん)が叫んだ。どうやら、護衛組の声を聞いて駆けてきたようであった。九条はウサギの姿に気づくと、すぐに状況を判断し、連盟の仲間を展開させた。
「よっしゃ、俺に任せといてくれ」
「相田さん、頼みましたよ!」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)は九条の横から飛び出し、ウサギを追いかけた。もちろん、そのすばしっこさに追いつくには、並みの動きでは難しい。彼はバーストダッシュの力を放った。魔力が周囲を奔流し、彼の脚にまるで韋駄天の如き脚力を与える。
 風を切って走るなぶらは、ウサギを追い越して反対側へと回った。
「さぁて、逃げられないってね」
 ウサギはブレーキをかけ、方向転換した。しかし、一歩後ろで控えていたフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が、その動きを見切っている。
「逃がしません」
 両方を塞がれては動けまい。誰もがそう思ったが、ウサギはなんと壁を蹴ってフィアナの横をすり抜けた。なんて奴だ……! 慌てて、なぶらはその後を追いかけた。
「俺たちも行くぞ!」
 エヴァルト・マルトリッツ、デーゲンハルト・スペイデルの二人も、それに続いた。
 九条は考える。見ている限り――人並み以上の知能を持って逃げるウサギを、どう捕まえるべきか。彼女ははっとなった。そう、この方法があったじゃないか。
「セレナさん、重力負荷をお願いします!」
「任された。逃がすはずもなかろう」
 白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はウサギを逃がさぬために、即座に『奈落の鉄鎖』で重力負荷をかけた。ずん、と地面に沈むような重力は、決してその命に危害が及ばぬ程度にウサギの動きを止めた。こうなっては、そうそう逃げられるものではない。
 遂に身動きを諦めたウサギは、まるでお手上げとばかりに地面にへたり込んだ。
「やりましたね!」
 九条はウサギのもとへと駆け寄り、その口にくわえられたロケットを手に取った。
 圧倒的なスピードで展開されたウサギ包囲網にプリッツは呆然としていたが、歩み寄ってきた九条がロケットを差し出したことで、その顔に感涙が浮かんだ。
「あ、ありがとうございます!」
 プリッツは頭を下げた。義剣連盟、そして、これまで護衛してきた一行の者達へ、深い感謝を込めて。
 護衛組の一行は、皆ようやく戻ってきたロケットの存在に喜び騒いだ。かくして――地下迷宮の冒険は終わる――ことはなかった。
「感動のシーンで申し訳ないですが、プリッツさん」
「あ、き、樹月さん」
 プリッツの傍までやって来た刀真は、彼女に一枚の写真を見せた。プリッツは、一瞬それが何であるか判断できなかったが、思考の歯車が回ったとき、驚愕の顔で刀真と写真を何度も見つめた。
「これ……」
 プリッツは、何がなんだか分からない様子だった。やがて、彼女は震える手で自分のもとに舞い戻ってきたロケットを開いた。
「なんで、同じ写真が――」
 ロケットの中に収まっていた写真は、刀真の持つ古びた写真と全く同じものだった。そう、幼い自分の姿と両親の若かりし頃。プリッツは、まるで知らない場所に連れてこられたような、眩暈のする戸惑いを感じた。誰もがその真相が分からず、プリッツのことを心配する。そんなとき、部屋の入り口でコツコツと壁を鳴らした音に、全員が振り向いた。
「なるほど。そういうことだったんですか」
 月詠 司は言った。
 見知らぬ男が突然現れたことに、何人かは警戒心をむき出しに身構える。
「おっと。そんな構えないでください。私は、決して敵ではありませんから」
 司は、そう言うと、一からこれまでの経緯を説明し始めた。

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 日記には、義賊団首領――ミアード・アリュミアの日々が記されていた。
『今日、ついに私は母親になった。……嬉しい。ただ、それだけが私の心にこみ上げてくる。この娘は神様の贈り物だ。ラッドは父親になった喜びに、思わず駆け回って叫んだほど。まったく、いつまでも子供みたいな人なんだから。ところで、ラッドはもう子供の名前を考えてきたらしい。彼は生まれる前からあれこれ考えていた。ほんと、気が早い。名前はなに? 私が聞くと、彼は生まれたばかりの娘を抱きかかえ、胸を張って言った。……プリッツ。プリッツ・アミュリア。うん、良い名前だ。プリッツ。これから、私達はプリッツと家族。私達は、この宝物をずっと大切に守っていかなくちゃいけない。そう、ずっと、大切に……』
 プリッツは、涙を浮かべたまま、ミアードの独白が書かれたページを読み進めていた。
 誰もが、無言でいた。口を挟むことなどできなかった。プリッツは、初めて母親の日記を見ているのだから。そして、初めて彼女は、自分の母親が義賊団の首領であったことを、知ったのだから。
 司は重苦しそうに言った。
「私もそう詳しくは分かりませんが、どうやらここはミアード義賊団のアジトだったようです。その日記の日付からして、恐らくはもう十年以上前の話ですが。その日記で分かったのは、他にもあります。ミアード義賊団の団員であったプリッツさんの父親――つまりラッドさんとミアードさんが結婚したこと。そして、それを機に祝福する義賊団は全員合意の上で決意したこと。アジトがこれだけ広かったのは、つまり、それだけの規模を展開していた一大義賊団だったってことですね」
 司の言葉を聞いて、プリッツは顔を上げた。彼女はぐずった子供のようにくしゃくしゃと涙をふき取った。しかし、その頬に残る流れたそれの跡は、とてももの悲しい。
 プリッツは、まるで請うように日記を抱いた。
 母が強かった。プリッツは、それを知った。ミアード・アミュリアは、強い女性だった。しかし、彼女は義賊としてこれまで奪ってきた金銭の何ものにも換えられない、かけがえのない宝物を手に入れたのだ。それが、プリッツ・アミュリア。
 日記を書いている日付から約三年後。ミアードは亡くなる。プリッツは、母の想いを受け止めた。彼女が亡くなって十年以上が経ち、ようやく、プリッツは母が自分をどれだけ愛していたのかを深く知った。
「お母さん……」
 プリッツは、日記を抱きしめて呟いた。それは、きっと母に届く声だった。