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第六章 想いの軌跡 1

 闇夜に、光術の溶けるような明かりが広がった。光が浮かび出すは月詠 司(つくよみ・つかさ)である。彼は、プリッツが地下迷宮を発見した現場を影から目撃していた男であった。彼女より一足早く迷宮へと潜り込んだ司は、パートナーとともに探索を続けていたのである。
 司は自身の眼鏡をくいと持ち上げた。その奥の瞳が見据えるは、薄暗い地下迷宮。彼はまるで不吉な事を予期したかのような、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「それにしても、実に興味深い迷宮ですね。ああ、シオンくん、地図のほうはどうですか?」
 司は背後のシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)を振り返った。
「ちゃんと描いてるわ」
 シオンはだらけた返事を返した。
 司の目には、どう見ても持て余したようにペンをいじっている姿にしか見えない。やはり、彼女に期待したのが間違いだったようだ。司は溜め息を吐いた。高貴な出生で引っ込み思案な性格をしていながらも、その実は腹黒く、性悪な吸血鬼娘。そんなシオンが頼まれた地図をまともに描いているとは思えない。司は万が一に備えて壁に白いチョークで目印をつけながら、先へと進んでいった。
 司の傍で周囲を警戒しているウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)は、司に替わって光術を唱えた。その明かりをもとに、司は気になる場所を調べていく。特に、壁に刻まれた不思議な文様は、彼の興味のそそるところであった。
 ウォーデンのペットであるゲリとフレキは、その間にも周りの匂いを嗅いで注意を払っていた。ペットといっても、決して犬や猫ではない。狼、それも二匹ともというわけだ。もちろん、ウォーデンからすれば可愛いペットであるに違いなかった。
「どうじゃ、司」
「かすれて読みづらいですが、どうやらこの先に重要な部屋があるようですね」
 彼はそう言って、子供っぽい浮ついた顔を見せた。
 すると、ゲリとフレキが唸り出した。何だ……! 三人は振り返った。そこにいたのは、ゲリとフレキを威嚇するように獰猛な声を上げる、ベオウルフだった。同じ狼ながらも、モンスターと動物では遥かに違いがある。三人は思わず身を引いた。まさかモンスターに見つかるとは。細心の注意を払っていたが、どうやら壁の文字に夢中になってしまったようであった。
「司、ここは我に任せておくのじゃ。もしかすると、彼奴らも我の力が通用するかもしれん」
 ウォーデンは前に進み出た。
 彼女の力――それは適者生存。つまりはモンスターを従い伏せることのできる力である。ウォーデンの周りを不穏な空気が包んだ。モンスターの身体はまるで鎖にでも縛られたかのようにピタリと止まる。すると、モンスターは徐々に穏やかな顔になっていった。
「うむ、どうやら通用したようじゃのう」
「えー、ウォーデンに従うんなら、ワタシにも従いなさいよ」
 シオンは頬を膨らませて文句を言った。
 はは……、そんな無茶な……。司のそんな心中はどこ吹く風か。
「ツカサ、こいつワタシの言うことは全然聞かないのよっ。やっちゃって」
 シオンは、挙句の果てに従わないモンスターを殺すように司へ命じてきた。その仕草は可愛らしさアピールそのものだが、そんなものに惑わされるほど司は人間が崩れてはいない。彼は無言で首を振った。
「ツマンナイ……。あ、そうだ。せっかくモンスターがウォーデンに従うんなら、いっそのこと迷宮をワタシたちのモノにしましょう! それがいいわ」
 シオンは楽しそうに言った。司は思わず口をあんぐりとする。また、何を無茶な事を言い出すのかこの娘は。
 しかし、そんな司とは対照的に、ウォーデンはむしろ感嘆した様子で驚いた。シオンは相変わらずフリーダムじゃ〜。いやはや、すごいのぅ。
「ははは……また唐突に何を……。ほら、そんな馬鹿なことを言ってないで、先に進みましょう。ウォーデン、そのモンスターは道案内が出来そうですか?」
「うむ。むしろ我のために自ら教えてくれそうな勢いじゃ」
 背後からぶつくさと文句を言うシオンを無視しておいて、彼らはモンスターの案内を頼りに奥へと進んでいった。


 やがて、司達がたどり着いたのは、人の眼を避けるようにして作られていた狭い部屋だった。特に、隠し扉となっている壁をうごかさなければ入れないことから、これこそはまさにウォーデンに従うモンスターのおかげだと言えよう。
 部屋は簡素なものだった。クモの巣も張った崩れたテーブルとベット。キッチンもあることから誰かが暮らしていた様子は伺えるが、そこも何かに襲われたあとなのか、跡形もなく破損していた。司はどうにも奇妙な点に気付いた。まず見つけたのは、赤ん坊用の小さなベッドである。その上にはジャラジャラと回って音を立てる玩具がぶら下がっている。確実に、そこに赤ん坊がいたことが確信できた。
 司は、ふとテーブルの上に置いてある書物に気付いた。その表紙はかすれていて読みづらい。だが、これはこの迷宮の秘密を解く鍵になるはずだ。それだけは間違いない、と彼は思った。逸る気持ちを抑えて、司は書物をゆっくりと開いた。
「これは……」
 そこに記されていた事実に、司は驚きを隠すことができなかった。

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 思えば、全ては両親の死から始まった。樹月 刀真(きづき・とうま)は懐中電灯の照らす光をぼんやりと眺めながら、そんなことを思った。だからかもしれない。彼はプリッツの悲しそうな顔を見たとき、彼女を助けたいという気持ちに動かざる得なかったのである。
 そんな彼を手伝う漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、刀真の横顔を見て安堵した。刀真は、本当はとても純粋な男なのだ。魔物を見たときの彼の衝動的な殺意は恐怖さえ覚えるほどだが、それも、単に言えば彼の純粋な心から来るものなのだった。月夜はよく分かっていた。いまだ心は遠いながらも、身近な存在。それ故に、月夜はまるで遠く儚い木葉の音を聞いているような、不思議な理解を刀真に抱くのだった。
 月夜は、銃型HCで作られていく地図を見ながら、首を傾げた。
「これ……、どういうこと、かな?」
「どうした?」
 振り返った刀真に、彼女は地図を見せた。
「複雑で細かいところはずれてるけど……この迷宮、左右対称みたい」
「ほんと、だな」
 地図を見た刀真は、月夜と同じように首を傾げた。
 迷宮の形は、確かに細かいところは違うものの、一見すれば左右対称の図形のようであった。これは、何か意図することがあってのことなのか……? 彼らは不思議なその構造に思考を巡らせた。
 すると、そんな彼らの前にがさがさといった、物音が聞こえた。
「あれは……!」
「ウサギさん……」
 目の前に現れたのは、刀真達の目的としていた、ロケットをくわえたウサギであった。このチャンスを逃すことはない。刀真は早速ウサギを捕まえようと即座に襲い掛かる――が、ウサギは俊敏な動きで、からかうように刀真の動きから逃れた。
「くっ……! 月夜っ、あの兎を撃ち殺せ」
「いや。そんな可愛そうなことできない」
 ずばり、月夜は一刀両断した。その間にも、ウサギはそそくさと彼らの前から逃げ出していく。そうだった。月夜は可愛いものには弱いんだった。刀真は呆れながら、溜め息を吐いた。
「……しょうがない。じゃあ、何としても捕まえるぞ」
 刀真と月夜は、ウサギの逃げた跡を追った。
 その途中で、刀真の頭はふとある疑問に行き着いた。ウサギがロケット取って遺跡に逃げ込んだというのは、偶然にしては出来すぎている気もする。もしかすると、何か理由があるのか? そんなことを考えている最中にも、二人はウサギに追いついてきた。すると、ウサギは壁の下に空いた穴へと、潜り込んでいった。
 くそっ、あんなの、入れるわけないぞ。刀真と月夜は壁の前で立ち止まった。さて、どうしたものか。二人は考え込んだが、壁を満遍なく調べると、その端に出っ張りのようなものを見つけた。まるで、人の目からは隠されているかのように。
 刀真は出っ張りを押した。ガコン! と、音を立てた壁は、まるで魔法のように自動で横開きに動き出す。刀真の思考に、なぜ、ウサギはこんな場所を知っているのか、という疑問が沸いた。彼は慎重に、逸る気持ちを抑えながら、開いた扉の奥――朽ち果てた部屋へと脚を踏み出した。
 そこは、誰かの住んでいた部屋のようであった。ベッドとテーブルだけが目立つ、ひどく汚れた部屋。恐らくは、何年も放ったらかしだったのだろう。
 刀真は、部屋の端にあるタンスの上に置かれた、古びた写真立てに気づいた。
「これは……」
 刀真は驚いた。
 そこに写っていたのは、見知らぬ者だけではなかった。確かに何年も前の古びたものであるものの、そこに写る少女は――プリッツ・アミュリアである。幼き彼女は母親らしき女に抱かれ、その横では父親らしき男の若々しい姿がある。なぜ? その一言が、刀真の脳裏に過ぎる。彼は自分の目を疑うものの、何度確かめても、写真が変化することはなかった。
「刀真、足音が聞こえる」
 月夜が言った。はっとなって刀真は振り返る。同時に、「あー!」という大勢の声が聞こえてきた。何事か。そう二人が思ったとき、ばたばたと部屋の入り口に駆け込んできたのは、護衛組一行であった。