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第二章 ウサギさん、どこ行くの? 1

 ウサギは地下迷宮の中を跳ねていた。口には、宝石のように光るロケットが銜えられている。彼の進む道がいかなるものか。それは誰にも分からない。ただ唯一にして確信あることは、ウサギが進む先に彼の知らぬ者達がいるということである。
 ウサギは地下迷宮を巡る。ロケットのチェーンは音を立てるばかりだ。

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 地下迷宮の壁に屈み込み、なにやらピンセットやダガーを操る者がいた。名を毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)という。彼女はライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)の持つ懐中電灯の明かりをもとに、壁に生えた苔や茸、そして昆虫を採取していた。採取した研究資料を見る度に、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべた。
「思っていたよりか、つい最近に作られた場所のようだな」
 毒島はぶつぶつと自分との会話を続けた。
 その間、暇をもてあますライラックはと言えば周囲を警戒していた。すると、彼女の目に白い影が飛び込んで来た。なに……? ライラックは陰に隠れたその白い物体へと、じりじり近づいた。そして、その姿を確認できる位置まで来ると、彼女の目が爛々と輝いた。
 ウサギさんだっ……! 普段はそう喋る方ではないライラックの頭に、そんな歓喜の声が浮かんだ。
 ウサギはライラックに気づいたのか、彼女の方を見るともぞもぞと動き始めた。もふもふしたい、とライラックは欲望を実らせる。そして、跳ねだしたウサギを追いかけようとする――が。
「ライラック……! 何してる!」
 びくっ――! とライラックは立ち止まった。
 恐る恐る振り返ると、毒島がライラックを睨みつけている。
「ウサギなんか追いかけてる場合じゃないだろう。ほら、行くぞ」
 しょんぼりとしたライラックを引き連れて、毒島は次のエリアに行こうとした。
 すると、その目の前にはいつの間にか魔物の姿。
「……さて、では、我は後ろへ控えるとするか。任せたぞ」
 ライラックの背中を押して、毒島は後方へ向かった。
 ……戦闘経験を積みますよ。ライラックは心の中で、そんなことを自分に言い聞かせた。

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 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は慣れた様子で迷宮を探索していた。その後ろでは、獣耳と尻尾を揺らす、フェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)が着いてきている。
 なぜ二人がここにいるのか。その理由は興味津々の四文字で片付けられよう。
「……こんな場所に入り口があるとはな」
 つまりは、こんな呟きから始まった。日課のトレーニング中に地下迷宮の入り口を発見したアシャンテは、血が騒ぐような衝動を感じて迷宮の中へと潜り込んだ。甘かったのは、その際にフェルセティアに目をつけていなかったことである。留守にしていたフェルセティアは、アシャンテの探索への準備中に帰宅。迷宮へと潜り込んだのを見て、ついてきたのだ。今更帰れと言うわけにもいかず、結局は二人で探索を続行することにしたのだが……、正直なところを言うなら、一人のほうが楽だったのかもしれない。
 良くも悪くも、フェルセティアは好奇心旺盛である。宮廷の様々なところに興味を示す彼女は、つい迷子になる可能性も否めないわけだ。アシャンテはその分、神経をより多く使ってフェルセティアと行動した。
「ねぇねぇあーしゃ、ここってなんか鼻がムズムズするよ〜」
「長年……、ほったらかされていたんだろう」
 アシャンテは壁をさすりながら言った。
 そんなとき、フェルセティアが何かの気配を感じ取った。常に超感覚を保ち続ける獣人の彼女は、何やら小さい生物を見つけたようである。
「どうした、セティ」
「うにゃー、なんか、変な感じー。うずうずするよ〜」
 フェルセティアは身体をもぞもぞと動かし、構えを取った。それは、いわゆる鼠を捕獲しようとする猫のそれであった。物陰から飛び出した白い影――ウサギを見つけたとき、フェルセティアは本能から襲い掛かろうとした。
 しかし、アシャンテはその首根っこを掴んで、フェルセティアを止めた。
「やめろ、セティ。ただのウサギだ」
「フー!」
 ウサギはフェルセティアの声にびくっと驚き、二人の前から去って行った。

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 場所というものは目的があって目指すものではあるが――中には修行中に迷い込んじゃいました、という奇異な存在もいる。
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は己の修練のために修行していた最中、地下迷宮へと迷い込んでいた。ある意味でそれは、彼が修行に集中していた証と言えよう。
 佐々木の良いところは、決して現状を悲観視しないところである。彼はこれはまさに打ってつけとばかりに、迷宮の襲い掛かってくる魔物相手に戦おうと決意した。言わば修行の続行というわけだ。
 そんな佐々木とともに修行するのは、熊谷 直実(くまがや・なおざね)である。
「柄を短く持って攻撃しろ。ただ、柄が長いから刀のように振り回せると思うな。広い場所なら思いっきり振り回せ」
 熊谷は、魔物相手に槍という長い得物で戦って苦労している佐々木に忠告した。
 彼は佐々木の師のような存在であった。少なくとも、佐々木自身が思うところはそうである。熊谷は毎度のことながら口車に乗って修行する佐々木にニヤリ、といったところだが、それはおくびにも出さない。あくまで何気ない誘いが重要なのである。
 そんな熊谷の意図を知ってか知らずか、熊谷の無茶な修行の誘いに、佐々木が心配になった真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)がついてきていた。戦闘中の二人の後ろで、自分の身を護っている。まったく、いつもながら無茶なことばっかり誘うんだから、と西園寺は思った。
 佐々木の槍がオークの顔を突く寸前で止まった。オークはその恐怖に怯え、背中を見せて去っていく。修行のためにいちいち殺すことはない。戦意を喪失させるだけでいいのである。
 一通り戦闘が終わったのを確認して、西園寺は持ってきたレジャーシートを広げた。
「じゃあ、二人とも休憩にしましょうよ。戦い続けて疲れたでしょ?」
「確かに、そうだねぇ」
 佐々木は繊細な微笑みを浮かべて、シートに座った。
 熊谷もそれに習い、同じように座る。西園寺は春らしい柏餅(こしあん)と草餅(つぶあん)のお茶請けを出し、自慢のお茶を入れながら小声で熊谷に注意した。
「また、結果を考えずに行動するんだから」
「そう言うなよ。これでも、わたくしにも考えはあるのだから」
「……どーだか」
 西園寺は呆れたように口を尖らせて、二人にお茶を差し出した。
 ふと、西園寺は背後を通る影に気づいた。そこにはぴょこぴょこと飛び跳ねる白いウサギの姿。ウサギは三人の横を過ぎ去っていった。
「まるで何かの物語みたいな登場シーンだね」
「そうですねぇ」
 和やかにお茶を楽しみながら、三人は笑った。

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 我が武はまだまだ甘い。必要なのは鍛錬だ! そんな思いに至ったのは、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)であった。彼は武に生きる男である。それ故に、彼は己の武を磨くことを生きがいとしている。いつか極めた武術で己が流派を作ることこそが、和輝の夢なのだった。
 地下へと続く階段を見つけた和輝は、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)安芸宮 稔(あきみや・みのる)、と共に迷宮内へと降り立った。迷宮内に潜むは数多くの魔物。相手にとって不足はないっ! 和輝はそう思った。
 ――かくして彼らは訓練を積んでいる。
 和輝はクレアから受け取った光条兵器〈アマツヒカリヤハエ〉を正眼に構えた。人間が扱うには非常識なほどの大剣を、和輝は片手で持ち上げている。敵はオークとベオウルフだった。鎧も何も纏っていない、素肌の人型獣。和輝は震えた。恐怖ではない。それは好奇と緊張の混ざり合った、武人特有の武者震いだった。
 前衛は和輝と稔。クレアは後衛で彼らをサポートするつもりだ。
 この場に特有の利点は、入り組んだ道と言うことである。ましてや、そう大きな通路ではない。
「ん……くるか」
「稔、任せました!」
 魔物の爪が眼前に迫るが、稔は腕のガントレットでそれを防いだ。その隙を突き、和輝は飛び出した。光条兵器を引き、一気にオークごとベオウルフを薙ぎ払う。敵は光条兵器の威力に圧倒された。いったん体勢を立て直すべく後方へ飛び退いた魔物達。そう馬鹿正直というわけでもなさそうだ。しかし、その逆を突くように、今度は和輝から敵へと攻勢をかけた。その瞬間に、後方からクレアのパワーブレスが降りかかる。和輝は噴水から湧き出るような、漲る力の放流を感じた。魔物達は光条兵器を避けようとするが、仲間の数が多いことが難点となった。壁に邪魔され、すぐに逃げられないところで、光条兵器は横薙ぎに敵を斬り倒した。
 無残に崩れる魔物達を見下ろして、和輝はひとまず戦闘が終わったことを確信した。
「なんとか終わりましたね」
「和輝さん……大丈夫ですか? あまり無理をなさらないほうが」
 クレアは心配そうな顔で和輝に近づいた。
「大丈夫、大丈夫。これぐらいなんともありません。それより……」
 和輝は稔のほうを向いて、その後で二人を見渡した。
「二人とも、もうちょっと緊張感を持ちましょう。そうでなくては、武の道は程遠いですよっ! まだまだ私達は未熟者なのですから、常に緊張の糸を張ってですね――」
 クレアと稔、二人はお互いに顔を見合わせて軽い溜め息を吐いた。
 また反省会だ、と二人は思った。和輝は真面目で正義感の溢れる男だが、いかんせん生真面目過ぎることだけが欠点だった。
 くどくどと己も含めて反省する和輝の後ろでは、白いウサギがぴょこぴょこと通り過ぎていくところだった。

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 神名 祐太(かみな・ゆうた)は噂に敏感である。――蒼学付近に捜索前の未開の洞窟があるらしい、という噂を聞いた彼は、きっと値打ち物のお宝があるに違いない! と気合を入れてその場所へ向かった。
 絵柄によって自在にその効果が変わる光条兵器、〈TRICK・CARD〉で明かりを灯しながら、彼は用意周到に目印を記しつつ先へと急いだ。もちろん、目印は自分以外に分からないようにしてある。まさか、特定の石の置き方で目印を作っているとは、誰も思うまい。もしも自分以外の人間が迷宮に侵入していた場合――音が聞こえたことから恐らくは確実と思われるが――その侵入者に存在をばれることは避けたいところである。
 彼は壁や床、更には天井まで隈なく調べてながら進んだ。
 しかし、どうにも目ぼしいものは見当たらない。いくつかのボロボロになった部屋や倉庫があることから、恐らくは誰かが住んでいた場所だろうと推測できるが、不思議なことに確証となる痕跡はほとんど残っていないのである。唯一見つけたのは……壁に削るようにして書かれた「裏切り者」という文字のみ。これでは金になるはずもない。
 ふと、神名は背後から気配を感じた。誰か別の侵入者か……! と彼は警戒し、素早く物陰に隠れた。
 すると――現れたのは白いウサギ。ぴょこぴょこと跳ねながら、ウサギは神名の視界の前を通り過ぎていった。
「なんで……ウサギ?」
 彼のそんな疑問に答える人は、誰もいなかった。

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 敵の巨大な爪の切っ先が、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の顔をかすめた。しかし、彼女はそれに臆することなく、即座に拳でのカウンターを繰り出した。めり――というひしゃげるような音を上げて、霧雨の拳がめり込む。そして、めり込んだ拳はモンスターをそのままの勢いで殴り飛ばした。
「いえーい! やったねぇー!」
 霧雨は飛び跳ねて喜んだ。
「透乃ちゃん、さすがです」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は恍惚そうな顔で言った。
 二人は、護衛組から離れて行動している先行組である。プリッツのウサギを捕まえるために、先に迷宮の奥へと進んでいるのだった。とはいえ、霧雨の目的はウサギ、というわけでもなく、モンスターを片っぱしから叩き潰すことであった。
「モンスターを殲滅したら探しやすいでしょ?」
 といいうのが彼女の意見だが、もちろん、建前に過ぎない。
 要は、殺し合い大好き! というのが彼女の気性であって、それが役に立つのであれば一石二鳥。殺し合いを楽しんじゃおう! というわけなのである。
 陽子が光術で照らす明かりを頼りに、霧雨はどんどんモンスターを見つけては殴る、殴る、殴るの連投であった。いい加減、モンスター側からも苦情がくるかもしれない。
 霧雨は防具を身につけた、リーダー格と思わせるモンスターを見つけた。モンスターもまた、彼女の存在に気づく。
 彼女らは対峙した。さぁ、どういこうか? 霧雨は考えたが、どうにも性に合わないようだ。大丈夫、私の拳で全部貫くからっ! 霧雨は、作戦もなしに敵の懐へ突っ込んだ。ある意味で、モンスターは予想外だったのだろう。驚いているモンスターの体躯に、霧雨は爆炎波の炎を纏った拳を、ダイレクトにぶち込んだ。
「いけー、がんばれー、透乃ちゃん〜」
「おー、まかしといてー!」
 二人は実に戦闘を楽しんでいた。
 その後ろでは、ぴょこぴょことウサギが駆けているのも気づかずに。

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 偶然にも未知の地下迷宮を見つけた湯島 茜(ゆしま・あかね)にとって、そこはまさに好奇心が猫じゃらしのようにくすぐられる場所だった。そもそも、地下迷宮という場所であるにも関わらず、モンスターが生存しているのはこれいかに? 湯島はその真相を探索すべく、エミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)を連れて迷宮へと侵入した。
 地下迷宮を進んでいくとモンスターの姿を見つけることが多いが、その度に彼女は逃げていた。
 無理に戦う必要はないのである。あたしは真相が知りたいだけだもん、と湯島は思っていた。
 周りを警戒するエミリーとともに、やがて湯島は迷宮へと入り込める別の入り口――現在の彼にとってみれば、出口――を見つけた。湯島は隠れてその入り口を監視していたが、モンスターが何度か出入りしているところを見ると、どうやら彼らはいちいち外に出ているようである。
 だとすると、なぜ彼らは外界で人を襲わないのか……? 湯島はそれに関して、仮説を立てた。もしかすると、彼らは長年の習慣――別に言い換えれば適応かもしれない――から、常にこの地下迷宮で過ごすことを本能的に位置づけられているのではないだろうか。
 湯島がそんなことを考え込んでいると、彼の前を白いウサギが通った。
「ウサギであります!」
 エミリーが高らかに言った。それを聞いて、湯島は顔を上げる。
「ウサギ……?」
 まさか、食料じゃないよね?
 ウサギが飛び跳ねるように駆けていったのを見届けて、湯島は思った。
 ウサギって、ロケット身につける習慣なんかあったかな?