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第二章 ウサギさん、どこ行くの? 2

 未知の迷宮に魅せられた人間は、他にもいた。御凪 真人(みなぎ・まこと)はその一人である。彼はトーマ・サイオン(とーま・さいおん)とともに迷宮内へと侵入し、調査を行っていた。なにせ、モンスターまでもが存在している謎の迷宮である。街への危険性もある上に、そもそもなぜこんなものが現存しているのかも分からないのだ。そのため、御凪は己が身で調査することを決心したのである。
 彼は迷宮の床や壁を自ら触りながら、素材、そして状態を調べていった。その豊富な知識と知能によって導き出されるのは、そう時の経ってない場所だということだ。せいぜい、十数年といったところか。綻びは目立つものの、内部の素材は想像より古くはない。
「となると、またなんでこんなところに作られたんでしょうか……?」
「にいちゃん、危ないっ!」
 御凪が夢中になって歩いていると、トーマが彼を押しのけた。すると、御凪がそれまでいた場所に天井から岩が落ちてきた。地鳴りを起こすほどの衝撃が起こり、御凪はトーマに押されていなければ確実に死ぬか大怪我をしていたと、思わず震えた。
「ありがとう、トーマ」
「へへ、なんてことないって。罠は任せといてよっ!」
 トーマは照れ笑いを浮かべながら、鼻をこすった。
 そんなとき、彼らの前方から、何やら人の声が聞こえてきた。御凪は持っていた懐中電灯で薄闇の前方を恐る恐る照らした。
 すると――
「きゃっ、眩しいっ!」
 女性の声が聞こえた。懐中電灯の光に照らされてるのは、多くのご一行様。そう、プリッツを護衛する一行である。
「あなた方は……?」
 御凪は呆然と呟いた。
 護衛組もまた、見知らぬ人物にきょとんとした顔をしていた。


「なるほど、それでウサギを……」
 プリッツの説明を聞いて、御凪は合点がいったとばかりに頷いた。
「お見かけしたりは、してませんか?」
「残念ながら……」
 御凪の返事を聞くと、護衛組の中から「あの爺さん、やっぱりぼけてやがったな」という声が聞こえてきた。御凪は、どうも苦労しているようだ、と同情の念を感じた。
「もしよかったら、見かけたときには俺も捕まえておくようにします」
「本当ですか!? ありがとうございます」
 プリッツは御凪に深々とお礼を述べた。
 調査の続きをしなくてはならないという御凪と分かれて、護衛組は先に進もうとした。しかし、
「あの――」
 ふと気づいたように振り返った御凪が、プリッツを呼び止めた。
「はい?」
「ウサギはロケットを持ってこの迷宮に入ったんですよね?」
「そうですけど……」
「貴方は、ここに見覚えがあったり、するんですか?」
 プリッツは御凪の質問の意図を計りかねた。だが、嘘をつく必要もないだろう。彼女は素直に答えた。
「……いえ」
「そうですか。この不思議なことが起こるパラミタでのことです。もしかすると、ただのウサギではないのかもしれませんね」
 御凪はそう言い残すと、自分の調査へと戻っていった。
 ただのウサギではない。プリッツはその言葉を反芻していた。もしそうだとすると、ウサギはなぜロケットを取っていったのだろうか。考えても、仕方がなかった。
 護衛組の仲間に呼ばれて、プリッツは彼らのもとに向かった。

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 光精の指輪の光が薄闇を照らしていた。照らされるその場所では、斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)が迷宮の調査を行っていた。主に内部を銃型HCでマッピングしながらの情報収集である。
 趣味? いや、そんなものではない。斎藤は依頼を受けて来たのである。――そう、プリッツの依頼とはまるで無関係な。彼はその依頼の本調査が始まる前に、下調べに来たというわけだ。
 特に内部の構造とモンスター情報。斎藤が調査をしている間、ネルは危険が及ばないように周囲を警戒している。そんな時、斎藤は視界の端に白いウサギが映るのを見つけた。
「ウサギ……?」
「ウサギ、ね」
 斎藤とネルは、お互いに見合った。
 なぜこんなところにウサギが……? 二人に共通して浮かんだのは、そんな疑問である。
 ウサギは斎藤達に気づくと、そそくさとどこかへ行ってしまった。斎藤は反射的に立ち上がり、その後を追った。
 場にそぐわない存在、あるいは物というものは、何かに繋がっているものである。特にこの迷宮は、野生動物が容易に入ってくるような場所ではない。何か秘密があるだろうと、彼は慎重にウサギを追っていった。
 斎藤がウサギが曲がった丁字路に着こうというとき、反対側から出てきた影に彼はぶつかった。
「いっつ……!」
 しかし、幸いにも相手が軽かったようで、斎藤は特に怪我をすることもなかった。
 まして、彼はほぼ反射的に突き出して手でぶつかった相手の手を握っていた。細い肉つきであり、それが女の子であるとすぐに分かった。よくよく相手を見てみれば、金髪を後ろでくくった娘――プリッツであった。その後ろには、多くの護衛組の者達がいる。
「す、すみません」
 プリッツは慌てて斎藤に謝った。
「いや、こっちこそすまない」
「あなたは……?」
 斎藤がプリッツの手を放すと、彼女は訝しげに聞いた。
「俺は、ここでちょっと調査をしてた者だ。あんた達こそ、そんな大人数でなにやってるんだ?」
 斎藤は聞いた。
 もしかしたら、ウサギの行方を知ってるかも。プリッツはそんなことを思った。彼女は斎藤に悩んだ表情を見せたが、やがて堰を切ったように話し始めた。


 護衛組から情報を教えてもらえないかと詰め寄られたが、斎藤は決して口を割らなかった。他人の依頼の情報を他で漏らすことは出来ない。信用にも関わるし、そうでなくてもどこから影響が及ぼされるか分からないためである。
 プリッツはウサギの行方が分からず、落ち込んでいた。話では、今のところウサギがどちらに行ったのか一度も確証を得られていないのだという。
 斎藤はどうにもやりきれない気持ちを抱えていた。やがて、護衛組から少し離れたところで、彼は咳払い一つ、ネルに話しかけた。
「あー、そろそろお互いの情報を確認しとかないといけないな」
「……そうね、確かに」
 ネルは自然と斎藤の気持ちが理解できた。いや、というより、斎藤があまりにもわざとらしい咳払いをしたために、気づかざるを得なかった。まったく、それにしても素直じゃないわね。ネルは心中で呟いていた。
「危険なのはどこだったかな?」
「ここから先と、あとはあそこの曲がり角を曲がって二度目の曲がり角を曲がった先、かな。モンスターがたくさんいたわ」
「そういえば、さっき何か白い影を見たような気がするんだが」
「そうね。確か……」
「ああ、そうだ。こっちの方向だったな」
 斎藤は丁字路の先を指で指し示した。
 情報確認にしては明らかに声量の大きい確認だった。そのため、プリッツ達、護衛組にも丸聞こえである。
 プリッツ達は斎藤の指し示した方向へと急いで駆けていった。
 母親の形見である。確かに取り戻さないといけないんだろう。我ながら、思い出とか子供には甘いな、と斎藤は思った。
「……ウサギに地下迷宮、追いかける少女。まるで不思議の国のアリスね」
「俺達はシャム猫の役を果たしたわけだ。さて、じゃあ現実へと戻るか」
 二人は笑い合い、再び調査へと戻っていった。

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 ウサギが向かう先では、二人の男が迷宮を探索中であった。しかし、彼らの姿を見る者は――ウサギも含め――いない。二人は光学迷彩で姿を隠しているのである。名はザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)といった。ザカコは好奇心と探究心から、対して、ヘルは完全に金銭物目当てであった。
「迷宮っていえば、お宝がつきもんだろ?」
 ヘルはそう言って、奥へ奥へと進もうとしていた。
 ザカコもそれに不満はなく、光術で作った明かりを頼りに、二人は先を目指していた。
 そんな時に二人の前を通ったのは白いウサギ。ウサギはロケットに繋がったチェーンの音を鳴らしながら、彼らを過ぎ去って先に進んでいった。ザカコとヘルはお互いの脳内に疑問符を浮かべる。なぜ、こんなところにウサギが……?
 すると、そう時間も経たない内に、今度は大人数の団体がザカコ達の前へとやってきた。
 姿を消している二人には気づかないものの、彼らはその場で立ち止まって十字の曲がり角をどちらへ行けばいいか迷っている。
「ウサギさん……どっちに行ったんでしょう?」
 金髪をくくった娘――プリッツ――がそんなことを呟いた。
 なるほど。先ほどのウサギは彼女達のペットか。それにしても、またえらい人数でペットを探しているものである。ザカコは不思議に思ったが、知っていることを教えないほど心は狭くない。
 彼は護衛組の前に姿を現した。なるだけ自然に、突然出てきたようではないように見せるのが肝要である。驚かれては話がなかなか進まない。
「あれ、あなたは……?」
「通りすがりの者です。ウサギでしたら、あちらの方へ行きましたよ」
 ザカコは指し示した。
 しかし、あまりにも怪しい男の登場に、何名かは不信の目を向けていた。
「えっと、自分はここの調査をしておりまして。ちょうど先ほど見かけたものですから……。なにか、ご迷惑でしたか?」
「い、いえっ。ありがとうございます!」
 ザカコの丁寧な物腰に、多少は信頼を寄せたのだろう。
 護衛組はザカコの指し示した方向へと、駆け抜けていった。
「さて、では自分達は続きの奥を目指しましょうか。未知の迷宮……ふふ、何が眠っているのか楽しみです」
「お、こっちから宝の匂いがするぜ」
 ヘルのお宝を嗅ぎ分ける勘に従って、二人は更に迷宮の奥へと突き進んでいった。