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枕返しをする妖怪座敷わらしを捕まえろ!

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第3章 悪夢の中で何かがキミを狙っている

「望・・・人助けなのはわかりますわ。ですけどなぜわたくしが囮にならなければいけませんの!?しかもこんな狭い部屋で!」
 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が天井を修理した木の板を見上げながら怒鳴る。
「おまけにこんな寝心地の悪そうな煎餅布団では眠れませんわっ」
「貸してくれた家主に失礼ですよ、お嬢様。座敷わらしは眠っている人のところへやってきて枕返しをしているそうです。ですから誰かが囮になって眠るしかないんです」
「というかこういう時はメイドである望、あなたが囮役になるべきではありませんの?」
 ノートは大声で抗議し、眉を吊り上げて風森 望(かぜもり・のぞみ)を睨みつける。
「いいからとにかく寝てください。ねんねん〜おこりよー」
「そんな歌ごときで誰がっ・・・ぐぅーぐぅー・・・」
 望の子守唄を聞いたノートは、ぱたんっとあっさり寝てしまった。
「さて、座敷わらしを持ち帰る・・・じゃなかった、気をひくためにおもてなしの準備をしましょう」
「主殿・・・茶の用意が終わったら帰りたいでござる」
 葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)はティーポットにお湯を注ぎ、望へ視線を移す。
「帰ると言いますが、この夜道を1人で・・・?」
 玄関や居間の余計な明かりを消し、寝室の行灯の明かりをつけながら言う。
「はぅぅぅっ!?」
 暗い夜道をたった1人で帰るのかと聞かれ、華町は顔面を蒼白させる。
「そもそも家に憑くか土地に憑くかの違いだけで、地祇とそう変わらないでしょうに」
「全っ然っ違うでござるよっ!!」
 望の言葉を半泣きになりながら華町が否定する。
「お茶の準備、終わったでござる主殿・・・」
「ご苦労様です」
 華町に用意させたメロンのタルトやミルクレープが乗っている皿の位置や、紅茶がちょうどいい暖かさかチェックする。
「私たちは座敷わらしに警戒されないように、居間へ行きましょう」
 お茶のセットをノートの傍に置き襖を閉める。
「たとえ子供の姿をしていても、やっぱり相手は妖怪・・・怖いでござるよっ。―・・・ひぃっ!?」
 小さな声音で華町が呟いたとたん、ガタタッと音が聞こえてきた。
「何を怯えているんですか。ただの風の音ですよ」
 望は怖がる華町を見てため息をつき、風が吹きドアがガタガタと揺れた音だと教える。
「そうでござったか・・・」
 ギィッ・・・ミシッ。
 ほっと華町が息をつくのも束の間、畳を踏む音が眠っているノートの方へだんだんと近づいてくる。
「今度も風の音でござるか」
 どうせまた風の影響で音がしたのだろうと暢気に言う。
 音が鳴り止んだかと思うと、スゥーッと襖が開く。
「(何かいますね・・・)」
 望は華町が騒がないように黙ったまま、寝室へ振り向かずに見る。
「あの人たちが気づかないうちに、このお姉ちゃんの枕を返しちゃおうっと♪」
 ひたひたと座敷わらしがノートの枕元へ忍び寄り、ぐぅぐぅと寝息を立てている彼女の枕をひっくり返す。
「あ、あら?いったいここはどこですのかしら?」
 さっきまで民家の寝室で眠っていたはず、と外に出されている状態のノートはキョロキョロと家々を見る。
「長屋の外・・・?望ーっ、華町〜?―・・・いませんわね、どこにいったんですの?」
 眠っていた家へ戻ろうと民家に入るが、そこに望や華町の姿はない。
「はっ!?む、胸がだんだんとしぼんで・・・・・・」
 ノートの胸が突然、風船がしぼむようになくなっていく。
「ひぃぃぃ!?しぼんだ分だけ、脇腹のお肉に・・・・・・っ!?」
 今度はバストの量がそのままムニョンッとそこへ移動し、突然の出来事に目が点になる。
「え、えぐ、えぐれて!?」
 さらにそこに元あった分と同じくらい、バストがへこんでしまう。
「ああ、横に横に、幅がっ!?きゃぁああっ、どうしてこのわたくしのボディーがこんな状態に!ありえない・・・ありえませんわぁあっ」
 次々とスタイルがいきなり変わってしまい、ぎゃぁぎゃぁと悲鳴を上げる。
「そっそうですわ。これは夢ですのよ、そうに違いありませんわ。いたっ、てことは夢じゃない?」
 ただの夢なんだと言い、自分の頬をつねってみるが痛みがある。
「わ・・・わたくしの・・・スタイル・・・が。えぐれて横に広がったおデブさんになってしまうなんて・・・。いっ・・・いや・・・。いやぁあぁああーっ!!!」
 枕返しされて身体ごと悪夢に送られたから痛みがあるのだが、そんなことは知らないノートはショックのあまり顔面を蒼白させ、地面へ倒れて気を失ってしまう。
 一方、望の方はノートの枕元にいる座敷わらしに、シール入りチョコレート菓子やルミーナの義理チョコを食べるよう勧めている。
「さぁこっちへいらっしゃい。甘いお菓子で機嫌を直してください♪」
 チョコレートを手に望は笑顔で、8歳くらいに見えるほっそりとした容姿の小さな少女を手招きする。
「よよ・・・よよよっ・・・・・・よよよよっ妖怪!ひぎゃぁああー!!」
 明らかに人ではない白すぎる肌の少女を目の前にした華町は、腰を抜かしてあわあわと口をぱくぱくさせる。
「ままっ、ここはご用意したお菓子でもいかがですか?」
「そんな普通ヤツいらなぁーい」
「おやおやわがままさんですね。じゃあこれならどうです?」
 警戒する少女に望は笑顔でラズィーヤの義理チョコを差し出す。
 彼女の手からチョコをぱっと奪って離れる。
「これくらいじゃ、わらしは機嫌直さないもんっ」
 むしゃむしゃと食べながら望を睨む。
「他のお菓子もそこにありますよ、どうぞ召し上がってください♪」
 勧める彼女を警戒しながら、座敷わらしがタルトを掴む。
「美味しいですか?」
 怒りながら食べている少女のおかっぱの黒髪を撫でる。
「可愛いですね♪怒っていてもこんなに可愛いなら、笑顔はもっと可愛いんでしょうね。フフッ・・・フフフッ・・・・・・」
「―・・・っ!?」
 撫でながら怪しげに笑う望を見上げた座敷わらしが恐怖で凍りつく。
「もっとこっちに来てください」
「やだぁああっ、怖いよぉお」
 腕を掴もうとする望から逃れようと、民家から飛び出る。
「おっまちっなさ〜〜〜い♪」
 鬼ごっこをしたいのかと思い、望がバーストダッシュで追いかける。
「あぁ、待ってくだされ主殿。あうっ、腰が・・・置いていかないでほしいでござるーっ」
 腰が抜けたままの華町は、地べたを這いながら望の後を追う。



「ふぅ〜・・・いい湯ですね、極楽極楽・・・。そろそろ出ますか」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は温泉から出て、カゴに入れてあるタオルで身体を拭き服を着る。
「少し和室で休みましょう。無料のお茶がありますね、せっかくだからいただくとしましょうか。はぁ〜・・・風呂上りの1杯は最高ですね」
 畳に座り冷たいお茶を飲み干す。
「なんだか眠くなってきましたね・・・」
 ふぅと欠伸をすると頭に枕を敷き、扇風機の風で涼みながら眠る。
 すやすやと眠っていると、ミシッミシッと畳を踏む音が近づいてくる。
「寝てるやつを発見ーっ!こいつの枕を返しちゃおっと」
 クスクスと不敵に笑い、座敷わらしがウィングにひたひたと忍び寄って行く。
「むー・・・っ」
 殺気看破で枕を変えそうとする妖怪の気配を探知した彼は、みかんを投げようとするように果物を掴んだだけで眠ったままだ。
「なぁんだ。やっぱり寝たままじゃ何も出来ないみたいだねぇ♪」
 ウィングが頭に敷いている枕を掴み、くるりと返してしまう。
「じゃぁね、きゃはは♪」
 きゃっきゃと笑い、ぱたぱたと和室から出て行く。
「うぅー・・・みかんが・・・みかんがーーっ!」
 枕を返されてしまったウィングは、身体ごと悪夢の中へ送られてしまい、5mほどありそうな巨大冷凍みかんに追われる。
「あの細い路地のところなら来れないはずです」
 巨大な図体では通れないだろうと、木造構造の呉服屋と塀の間に逃げ込む。
 ゴロゴロゴロリ。
 冷凍みかんは彼がいる狭い隙間の前で、ピタッと止まる。
「入れないようですね。―・・・えっ、えぇえ!?無理やり入ってくる気ですかっ」
 ほっと安堵するのも束の間、冷凍みかんがゴロゴロッと呉服屋の建物にぶつかり始めた。
 ドスンッ・・・ドスンッ、メリメリベキッ。
 冷たく凍った身体で木造の家をぶっ潰し、ウィングの方へ迫り来る。
「仕方ありません・・・。ここは体術で倒すしか!」
 潰されてたまるかと拳が光の尾を引き、則天去私の体術で殴りまくる。
 ビキキッと冷凍みかんの皮がひび割れ、衝撃で破裂した房が岩のようにドドドォオッと転がり出てくる。
「くぅっ・・・、このままでは潰されてしまいます・・・」
 転がり出た房を必死に拳で叩き潰そうとするものの、ウィングが房を潰す速さを、房が彼の方へ転がる速さが上回ってしまう。
「―・・・冷凍みかんに、そんな・・・冷凍みかんに・・・・・・」
 雪崩れように転がる砕けた房の中に埋もれてしまい、夢の中で気絶してしまった。



「妖怪の女の子かー・・・ここにいれば会えるかな?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はうきうきしながら、お菓子や玩具を詰めたリュックを抱えて社の傍に座る。
「服装が妙だと思ったら、そんなところにまでカステラや飴を入れているのか」
 彼女の浴衣の袂を見たダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、やれやれと眉を潜める。
「いろんなお菓子があったほうがいいじゃないのっ!」
「まぁ・・・それはそうだけどな。(食べきれないんじゃないかと思うが・・・。反抗されて菓子をこれ以上買われた上に、もう持てないからと俺の袂にまで入れそうだしな。言わないでおくか)」
 これ以上何か言って駄菓子屋でお菓子を買って来られたら、彼女とお揃いの自分の浴衣の袂にまで、お菓子を入れられるんじゃないかと思い注意するのをやめた。
「ねぇ、座敷わらしってどんな感じの妖怪なの?」
「そうだな・・・日本の座敷わらしの話しはいろいろあるんだが。住み着いた家主に幸運をもたらす妖怪なんだ。火事の前触れを教えてくれることもあるみたいだな」
「へぇ〜いい妖怪なのね」
「いたずらで枕返しをすることもあるけどな。本当の枕返しはかなり危険なやつらしいが、返されたのが座敷わらしだった場合、ほとんどひっくり返されただけで済む。他にもいろいろ話しはあるが・・・」
「何か酷いことをするっていう悪意は、あまりないのね。うーん他にもあるの?眠くなってきちゃった・・・。―・・・くぅーくぅー・・・」
 リュックを枕代わりに、ルカルカは眠ってしまった。
「うーん・・・ここはどこ?葦原の長屋?」
 ついさっきまで社の傍にいたはずの彼女は、長屋の入り口にいる。
「住人の人たちはどこにいったのかな」
 お菓子屋や呉服屋を見てみるが誰もいない。
「社に戻ろうっと、そこに行けば会えるかもしれないし」
 もしかしたら座敷わらしが社のところにいるかもしれないと草むらを進む。
「ダリルとここで話していたはずだけど。どこにいるの?返事してー」
 妖怪どころかパートナーの姿すらなく、彼を呼びながら周囲を見回す。
「ん・・・?何か甘い香りがする・・・どこからかな?きゃっ、何!?」
 甘い香りがする方へ歩いていると突然、上からチョコのホールケーキがぽよんっと落ちてくる。
「な・・・何、これ・・・!?」
 いきなり降ってきた西洋菓子を、ルカルカは目を丸くして見上げる。
「お菓子?すごく大きいけど、食べられるのかしら・・・」
 身の丈以上のケーキを見上げ、指で摘んで食べてみる。
「うーん・・・社がないし、妖怪について話しを聞かせてくれたダリルもいないし・・・。これって現実・・・じゃないわよね」
 さっきまでダリルと何を話していたのか思いだし、これは自分が眠ってしまって見ている夢なのだと理解する。
 座敷わらしがルカルカに枕返しをした夢の中ではなく、現実の彼女は社の傍で眠っている状態だ。
「食べても満腹感はないみたいね。あっ、あんなところにミルフィーユが!これも食べちゃおう。どうせ夢なんだし」
 お菓子にぱくつき、もぐもぐと食べる。
「他にもある!食べちゃえっ、桃のタルトもキャンディーも美味しい〜。あむあむっ」
 食べていると後ろの方にドスゥンッと、何かが落ちてきた。
「これは・・・体重計?ふふふっ、夢だから平気だもんね〜。変わるはずがないもの。でもちょっと怖いな・・・そーっと乗ってみよう」
 ルカルカはちょんと体重計に片足を乗せてみる。
「え・・・えっ、ウソでしょ・・・そんなぁあ!?」
 メーターを見た瞬間、幸せそうにお菓子を食べていた笑顔から一変させ、顔を蒼白させる。
「この体重計、きっと壊れているのよ。そうに違いないわ。鏡を見れば体系が変わっていないことが分かるんだからっ」
 そんなはずないと自分に言い聞かせた彼女は慌てて鏡を探す。
「あった!あれ・・・鏡じゃなくてクッキーか。―・・・なっ、何よ。何でこっちに寄ってくるの?」
「食べて〜」
 クッキーはゴロゴロと転がりながら彼女に近寄る。
「お菓子が喋った!?」
「ねぇーねぇ〜食べてよぉ〜」
「食べて食べて、私を食べて☆」
「いやぁあ、だってそんなに食べたら・・・!」
 四方をお菓子に囲まれてしまい、ルカルカはキャンディーとウエハースの隙間から逃げようとする。
「何で〜?美味しそうに食べてくれてたじゃない」
 逃げようとする彼女をホールケーキが阻む。
「私をまだ食べてくれてないでしょ?食べてー」
 落ちてきたバームクーヘンがルカルカに擦り寄る。
「だっ、だってカロリーが・・・カロリーがぁあーーーっ!!」
 もうこれ以上食べたら体系が変わってしまうかもしれないと、逃げ場を失ったルカルカは悲鳴を上げた。



「温泉があるところにいるはずなんだが、どこにいったんだ爺さん・・・」
 アーガス・シルバ(あーがす・しるば)はため息をつき、グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)を探す。
「(まさか年とはいえ、徘徊しているわけじゃないだろうし・・・。仕方ない・・・誰かに聞いてみるか。爺さんの顔は・・・たしかこんな感じだったな)」
 予想が外れていればいいのだがと、彼の似顔絵をメモ帳に書いて誰かに聞いてみることにした。
「こんなにいかつい眉毛だったか?」
 傍から伽耶院 大山(がやいん・たいざん)が覗き込んで顔を顰める。
「グラン殿の眉はもっとこう・・・なだらかなはずでござるよ」
 オウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)は眉が書かれている部分を消しゴムで消して書き直す。
「いや・・・、おかしくないか?」
 への字の眉毛にされた絵を見て大山は首を傾げる。
「これでござるよ!」
「変だ・・・・・・書き直したほうがいいな」
「あぁあっ!」
 せっかく書いた眉の部分を、アーガスに書き直されてしまう。
「何か足りない感じがするでござるよ・・・」
「もう1箇所、髭を忘れていたな」
 顎の下に白い髭を書き加える。
「これで聞いてみよう。―・・・こういう爺さんなんだが見なかったか?」
 メモ張に書いたグランの絵を、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)に見せて見かけなかったか聞く。
「ううん見てないわよ。それよりもさ、あたし座敷わらしに会いに来たんだけど。見なかった?」
「いや・・・見てないな。子供の妖怪か?」
「そうよ。お菓子とか好きだったらいいなぁーと思って、沢山もってきたんだけどね。どこにいるのかな〜♪」
 座敷わらしがどんな姿なのか想像しながら、ミルディアは走りながら探す。
「別のやつにも聞いてみるか。なぁ、こんな爺さん見かけなかったか?」
「いえ見ませんでしたよ」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)にも聞いてみるが、見かけなかったと言われてしまう。
「グラン殿ー!どこでござるぅー・・・」
 金色の双眸を潤ませ半泣きになりながら、見つからないパートナーの名前をオウガが、呼ぶ。
「困ったな・・・どこにいったんだ爺さん。あっ、こんな感じの爺さんをどこかで見なかったか?」
 座敷わらしの気を引くために、お茶会を開こうと協力してくれる生徒を探しているコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)に声をかけてみる。
「うーん・・・見かけなかったですね。いなくなってしまったんですか?」
「あぁ、温泉旅行に来ているはずなんだが。温泉がある場所にも行ってみたがいなくてな。どこを探しても見当たらないんだ・・・」
「眠ってしまっていたら・・・、座敷わらしに枕返しされてしまったかもしれませんね」
「枕返しされるとどうなるんだ?」
 口を挟むように大山が聞く。
「身体ごと悪夢の中へ送られてしまうんです」
「もし送られてしまっていたら、いくら探しても見つからないな」
「悪夢の中にグラン殿が!?」
 オウガが目を丸くして驚きの声を上げる。
「そこに送られてると、どうなってしまうのでござるか!?」
 泣きそうになりながらコトノハに詰め寄る。
「えっ・・・えーっと。たしか座敷わらしが悪夢から開放してくれない限り、そこから出られないかと」
「ででで出られないんでござるかっ」
「開放されればちゃんと出られますよ。私たちは座敷わらしに機嫌を直してもらって、悪夢に送った人々を解放してもらうために来たんです」
「村人がお供えものを忘れてしまって、それで怒った座敷わらしがこんな事件を起こしてしまったんだ」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が彼女の説明につけ加えるように言う。
「これは十中八九巻き込まれたんだろう。機嫌を直すならこれを持っていくといい」
 持っているお菓子が何かの役に立つかもしれないと、大山がコトノハに手渡す。
「ありがとうございます」
「我輩たちは爺さんが消されたかもしれない場所の、温泉で待っているとするか」
 アーガスたちは消されたグランが戻ってきそうな場所で待っていようと温泉へ向かう。



「お茶会に誘えそうな人、見つかりませんね。ふぅ暑いですね・・・、それに歩きすぎてちょっと足が・・・」
 綺人たちが社へやってくる数時間前、何時間も長屋を歩き回り、コトノハは歩き疲れてしまった。
「ルシオンさん・・・見つかりましたか?」
 痛む片足を手で擦りながら、橋を渡ってコトノハのところへ歩く彼を見上げる。
「いや、他の生徒は別の方法で捕まえるらしくて、なかなか誘えないな。それにこの暑さで何時間も歩いていては、お茶会どころじゃなくなってしまいそうだ。早いところ探さないとな」
 ルオシンは夏の暑さの影響で具合悪そうなコトノハを心配そうに見る。
「私はまだ大丈夫です、ルシオンさんは他のところを探してきてください」
 誘えそうな相手を彼と手分けして探そうと、人がいそうな呉服屋へ行く。
「あっ!誰かいますっ」
 やっと見つけた相手を逃がさすものかと、コトノハはミルディアの姿を見つけて走り寄って行く。
「いいなぁ〜着物。でも値段が・・・。ちょっと高いけど、浴衣なら買えそうかな」
 扇風機の風に当たって涼みながら、ミルディアが浴衣を見ている。
「風鈴がある!キレイな音色〜・・・」
 店の壁際にかけてある風鈴の涼しげな音を聞く。
「よろしければ童の興味をひくために、私たちと一緒にお茶会を開きませんか?」
 遠慮がちにコトノハがミルディアに声をかける。
「もうちょっと長屋を見て回りたいからごめんね」
「うぅっ・・・そうですか・・・」
 即答で断られてしまったコトノハはしょんぼりとする。
「また誰か来ます、今度こそ!あのー、座敷わらしの気をひくためにお茶会を開くんですけど、一緒にどうですか?」
「ちょうど私たちも座敷わらしくんを探していたところですからいいですよ」
「本当ですか!?よかったー・・・。お茶のセットは長屋の人から借りれたので行きましょう」
 ようやく誘えたコトノハはほっと息をつき、由宇たちと一緒にルシオンが待っている社へ向かう。
 一方、彼の方は温泉がある近く塀の上に座り黒琵琶を弾いている銀髪の少年を見つけて声をかけてみる。
「お茶会で座敷わらしの気をひいて捕まえるために協力して欲しいんだが。一緒に社へ来てくれないか?」
「すまねぇですが、あっしは人を待っているんで行けないでやんす」
「(まずいな・・・。このままあっさり引き下がってしまうと、コトノハが協力してくれる者を社に連れてきていて、我が誰も連れて来れなかったらとしたら・・・っ)」
 あっさり断られてしまい、もしコトノハがお茶会に参加してくれる人を見つけていたら、夫の立場がないと誘うためのそれらしい言葉を考えてみる。
「少しの間だけでもでいい・・・」
「―・・・あまり長い出来ないでねぇですが、それでもいいなら行きやしょう」
 ルシオンの言葉に和服姿の少年のような姿の彼は、名も分からない見ず知らずの相手についていっていいものかしばらく考え込み、困っている彼のために少しの間ならと行くことにした。
「ありがとう、妻のコトノハがもう社の方へ行っているかもしない、行こう」
 彼を連れてルシオンは社へ向かった。
「お茶の用意してありますよーっ」
 草むらを歩いて行くと、社の近くにいるコトノハがルシオンに向かって手を振る。
「大山さんにいただいたお菓子を、お茶菓子にしましょう。上手く出来たか分かりませんけど、お茶をどうぞ」
 皆がシートの上に座ったのを見ると、コトノハはたてておいたお茶を配る。
「もし抹茶が渋くて苦手でしたら、麦茶もありますよ」
「大丈夫?由宇」
「せっかく葦原に来たんですから、普通のお茶を飲むなんてつまらないですよ。(でもちょっと渋いっ)」
 飲めるか心配そうに言うアレンに、由宇はチャレンジしてみるという風に言う。
「それに・・・ここでこうやって待っていれば、座敷わらしくんが現れるかもいしれないですし」
「たしかにそれはそうだけどさ。ちょっと失礼、足が痺れてたら追いかけられないからねぇ」
 お菓子を摘みながら痺れないように足を崩す。
「あぁそうだ、名前・・・何ていうんだ?おっと、まずは自分から名乗るのが礼儀だな。我の名はルシオンだ」
 ルシオンは先に自分の名前を言い、銀髪の少年の名前を聞く。
「あっしですかい?礼海でやんす」
「座敷わらしのことで何か知ってることはないか?たとえば良いところとか・・・」
「直接関わったことねぇですけど。相手に悪意だとかなきゃ、人懐っこいやつでやんすねぇ」
「ほぉ・・・そうなのか。では、その妖怪の弱点・・・だとか知っていないか?」
 詳しくは知らないというふうに言われ、無理かもしれないが聞いてみる。
「さぁ〜・・・。強いていえば、珍しい菓子や玩具につられやすいところじゃねぇですか?」
「そうなのか。やはり、性格が子供そのもののようだからそれくらいか」
 他の生徒も知っているようなことしか情報が聞けなく、金平糖をかじりながらしょんぼりとする。
「(なんだかとても眠くなってきました・・・。皆さんが起きて座敷わらしが来るのを待っているのに寝ちゃいけないですっ、こんな時は眠気覚ましに苦い抹茶を!でも眠い・・・)」
 コトノハは眠気を飛ばそうと抹茶を飲み干すが、ルシオンたちが気づかないうちに菓子箱を枕に眠ってしまう。
「ふふふっ、眠っている子がいるね」
 社の傍で茶会をやっている者たちの声を聞きつけた座敷わらしが、気づかれないようにそっと近寄り、枕代わりの菓子箱をひっくり返す。
「そんな・・・ルオシンさん、私を捨てるなんてっ」
 悪夢を見始めたコトノハが苦しそうにうなされる。
「可愛いな。ずっと我の傍にいて欲しい」
 その夢の中で彼女の夫であるルシオンが、愛しそうに座敷わらしを抱きかかえて抱きしめる。
「いやーっ、捨てないでください!」
 コトノハは2人を囲う壁に阻まれ、何とか夫の元へ行こうと絶望の剣で障害物を破壊しようとするが、それに傷一つつけることが出来ない。
「ねぇっ、私の声が聞こえないんですか、ルシオンさぁああん!!」」
「何だかうるさいな、向こうに行くか」
 ドンドンと壁を叩き、必死に呼びかけるが無視されてしまう。
「わらしが一番じゃなきゃヤダよ」
「じゃあ今のあの妻とは別れてしまおうか。というかまもなく別れる準備をする」
 黒色の双眸で可愛らしく見上げる座敷わらしの頭を撫で、コトノハの夫は妻と別れてしまいたいという。
「よくも・・・、よくも私のルシオンさんを奪いましたね。ころ・・・して・・・・・・あげ・・・る」
 眠っている妻の本体が悔しげに歯を噛み締め、絶望の剣を抜き放つ。
 彼女は夢の中の座敷わらしがいる方へ憎しみ刃を振り回す。
「おい満夜、起きているか?座敷わらしが出たぞっ。って・・・寝てるのか。これは起きそうにないな」
 膝の上に頭を乗せている満夜が起きてるか、ミハエルが呼ぶが彼女はぐっすり眠っている。
「あっははは!膾斬りにしてやりますっ」
 コトノハが般若のような恐ろしい形相で少女に襲いかかる。
「ふぅ〜ん。無理だと思うけどなぁ〜。だってお姉ちゃん、悪夢の中に送られるんだから」
 ニッと悪戯そうな笑顔を向ける。
 その言葉は夢の中では、“お姉ちゃんより、わらしの方が可愛いんだからしょうがないじゃん。諦めなよ地球人!”というふうに聞こえた。
「何を余裕ぬかしてるんですか、ガキのくせに!死んでしまいなさいーっ、ははははは!!」
 刃が妖怪の頭部に届く寸前、枕を返されたコトノハは身体ごと悪夢の中へ送られてしまう。
「コトノハーーーっ!!」
 目の前で妻が消えてしまい、夫の彼が叫ぶ。
「座敷わらしくんは!?」
 暴れるコトノハに気をとられてしまった由宇が、周囲を見回して座敷わらしを探す。
「草むらの方にいったよ!」
 きゃっきゃと笑いながら去っていく少女をアレンが指差す。
「ちぇ〜もう2人いたのに残念〜」
 ミハエルをひっくり返して満夜を悪夢に送り、ルカルカが頭に乗せているリュックをひっくり返そうとしたが、捕まりたくない彼女はそこから逃げることにした。
「早く追いかけなきゃっ」
 由宇はアレンと一緒に座敷わらしを捕まえようと追いかける。



「結構、雑草が生えてるな・・・」
 お供え物を忘れた村人を消している妖怪の機嫌を直そうと、天城 一輝(あまぎ・いっき)は社の周りの雑草を引っこ抜く。
「葉っぱも沢山落ちているわね」
 ハウスキーパーで社の周りを掃除しようと、落ちている葉をコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が箒で集める。
「それにしても殺風景ね」
 社の近くに参拝するためのこれといった施設はない。
「手水舎もないのかしら?」
「探してみたけどないぞ」
「そういえば鳥居もないわ。お社の前にこの台がだけね」
 この小さな社にあるものといったら、お供えものを置く台しかないのだ。
「お供えもののチョコレートスィーツを持ってきたけど。手を洗う水が・・・」
 長屋で借りたバケツの水は掃除用に汲んだ川の水なため、手を洗う用の水を運ぶには社から長屋まで戻らなければならない。
「チョコレートか・・・。この暑さだ、大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫よ」
 1時間前、コレットは夏の暑さでも溶けないよう、長屋の台所を借りてパウンドケーキを作ったのだ。
「マーガリンと砂糖やココア、ベーキングパウダーの量をきっちり量ったし。卵も溶いたから作る準備は完璧ね」
 ボウルに入れたマーガリンをやわらかくなるまで泡立て器でかき混ぜ、砂糖を加え卵を少しずつ混ぜる。
 薄力粉をベーキングパウダー、ココアをパタパタとふるいながら入る。
「えーっと次は・・・ゴムベラでさっくり切るように混ぜてっと・・・」
 家庭科の教科書に載っている作り方を見ながら作る。
「その後は牛乳を加えて混ぜてから、チョコを刻んで混ぜるのね」
 ボウルに牛乳を注ぎ入れて混ぜ、ショコラティエのチョコをまな板に乗せて、トントンと包丁で細かく刻んで混ぜる。
「うーん、砕いたクルミとナッツも入れようかな。さてと、型に入れて焼くだけね」
 生地をパウンド型に流し入れて側面を叩いて空気を抜き、170℃のオーブンで約40分ほど焼く。
 借りたものの片付けを終え、パウンドケーキを持って社の掃除に来たのだ。
「台もキレイにしたし、お供えものをここに置いてっと」
「制服以外持ってきてないから余計な荷物がない分、作業しやすかったな。もう日が沈んだし、そろそろ休まないか?」
「えぇそうね」
「(―・・・これだけやれば、少しは機嫌直すよな・・・。あれ?布団が1つしかないな。もう1つは・・・)」
 一輝は周囲を見回してもう1つないか探し、長屋の部屋を借りて村人に寝室へ敷いてもらった布団に腰を落とした瞬間、布団の上で熟睡する。
「ふぁあ〜。私も眠くなってきたわ・・・」
 彼と一緒にコレットはウトウトし始める。
「う〜ん・・・ここは・・・・・・どこだ?」
 布団へ腰を落としたところまで覚えているが、その先はまったく分からない。
「そもそも一瞬でこんな分けの分からないところに来れるはずが・・・」
 本当は眠ってしまい夢の中にいると理解出来ていない一輝は、見知らぬ真っ暗な森の中を見回す。
「俺たちがまるで申し合わせたように寝るなんて。しかも布団が一つしか無かったよな?」
 何か不自然な点があるようだなと、考えるように呟く。
「ちょっと待て。あんな夜中に誰もいないなんておかしいぞ!それに俺たちはいつ、民家に戻って来たんだ!?」
 社にいるところから寝室に行くところまでの記憶がなく、いったいどういうことだと慌てる。
 実は座敷わらしが眠りかけているコレットに気づかれないよう、社のところで枕のように一輝が頭を乗せている葉をひっくり返し、悪夢の中に送り去っていったのだ。
 そんなことはまったく知らない彼は、森を出ようとありもしない出口を探す。
「銃声!?」
 流れ弾に当たってたまるかと走り、近くの大木へ隠れる。
 ズガガガァアッと、あちこちから機関銃の銃声が森中に響く。
 他の場所からも機関銃でないような、機関砲のような銃声が聞こえてくる。
 地面へ突っ伏すように伏せるのと同時に、目の前に大木が倒れる。
「ちょっと待て!これ一昔前のSF映画で見たぞ、それ。無痛ガンだっけ。うあ、こっちからもかよ!」
 生身の人間がくらえば、痛みを感じる間もなく死んでしまうだろうとされている恐ろしいミニガンだ。
「明らかに俺を狙っていないか!?いや、狙ってる。俺は狙われている!狩られそうな獲物の気分だっ。しかも何か聞こえてくるし」
 一輝を狩れ、一輝を抹殺しろ、一輝を完膚抹殺しろというような呟き声が森中から聞こえる。
「ぶへはぁあっ!うぁ、一輝でもこうなっちまうのか・・・・・・オレのキャラは?」
 足がもつれ岩に顔面直下してしまい、たらーんと鼻血が出てしまう。
「殺されるーーっ。ひぎゃぁあ〜っ」
 情けなく叫び声ながら地べたを這い回る彼の頭上に、無数のいびつな影が迫る。
「ブ、ブービートラップ!」
 木の上から落下してくる影たちに気づき、泣きそうになってしまう。
 死んでたまるかとただひたすら必死に逃げ回るだけ一輝の脳裏に、悲しそうな顔をしたコレットが浮かんだ。
「(これはもうあのフラグということかっ)」
 笑っている一輝の白黒の写真を抱えて悲しそうな彼女の姿だ。
 そこでプツンッと夢の中で意識が途切れてしまった。



「ここが葦原の長屋なのね。まるで昔の日本家屋がそのまま再現されたみたいだわ」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は長屋を探索してみようとやってきた。
「もう夜中だから通りの人気は少ないけど。民家の明かりは点いているわね」
 古びた木造の壁の隙間から、部屋の明かりが漏れている。
 長屋の人々は行灯の明かりを頼りに暮らしているのだ。
「歩き疲れてきたわ、少し休まなきゃ・・・」
 休憩しようと広場へ行き座り込む。
「―・・・寝ちゃだめよ、・・・寝ては・・・いけない・・・」
 首をぶんぶんと左右に振り、眠らないようにしようとするが、探索で疲れてしまった彼女はうっかり眠ってしまった。
 運悪く望や由宇たちから逃れようと通りがかった座敷わらしに、枕代わりにしている木の板を返され、悪夢の中へ送られてしまう。
「・・・・・・ん、私眠って・・・・・・な、何子これ、動けない?」
 はっと目を開けると、磔台に拘束されてしまっている。
 周囲を見ると床には薬品の瓶が転がり、天井を見上げると彼女を照らしているライトがある。
「何・・・あれ・・・ノコギリ?それにあの棚には・・・うっ!」
 血糊がべったりくっつたノコギリが台の上に放置され、棚の中にあるホルマリン漬けにされている何かの生物のパーツを見てしまい、思わず目を逸らす。
「そ、そんな・・・・・・この場所は・・・・・・」
 アリアがまだ駆け出しの契約者だった頃、依頼中窮地に陥ってしまい自分が囮になり、仲間を逃がした結果キメラ研究所に捕われてしまったあの場所だ。
 彼女の過去が悪夢の中で再現されている。
「オイ、チキュウジンノオンナガオキタゾ」
 ドスンッドスンッと足音を立て、魔物が研究室の中へ入ってくる。
「何するの、私に触らないでっ」
 やってきた魔物に身体のサイズを測られる。
 暴れて逃れようとするが、きつく両手足を拘束されているため逃れられない。
「ウルサイヤツメ。オトナシクシナイト、コイツラトオナジメニアワセルゾ」
 腰から真っ二つにされ、その下を別の生き物とくっつかされて死んでいる女を見せつける。
 アリアは無言のまま首をぶんぶんと振る。
「それ・・・そこにあるのてもしかして・・・」
「コレカ。コレカラオマエガ、オナジコトニナル」
「やっ・・・やめて・・・」
 床に転がっている女の死体を見下ろすと、腹から何かが食い破ったかのように穴が空いていて、その傍にはおそらく腹から出てきた何かの生き物の死骸があり腐敗している。
「コレハシッパイダッタ。コンドハカンセイサセル」
「いっ、やっ、あぁぁぁ!だ、だめっ、やめてええええ!」
 アリアの遺伝子と魔物の遺伝子を配合した注射を、彼女の身体に刺す。
「コンドハ、オレガハイゴウシタヤツヲタメス」
「はぁ、はぁ・・・・・・これが、私の記憶なら・・・・・・まだ、何十日分も・・・・・・そ、そんなの、いやぁ・・・・・・」
 実際は何十日も経ってはなく数時間のことだが、彼女の悪夢の中では何十日も魔物たちに苦しめられるという体感なのだ。
「お願い・・・・・・夢なら醒めて・・・・・・いや、いやああああああああ!」
 その中で少女は悲鳴を上げ泣き叫び続ける。