シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

灰色の涙

リアクション公開中!

灰色の涙

リアクション


第一章


・集合


 『アーク』に乗り込む少し前の事である。
「あたいらはここに残れっつーのか?」
 ガーネット・ツヴァイ司城 征に対して、語気を強める。
「これはボクとあの人の問題なんだよ。それに、キミ達を巻き込むわけにはいかない」
「つったって、あんたもそのアントウォールトとかってのも、どっちもあたいらを造ったジェネシスのおっさんの生まれ変わりみたいなもんなんだろ?」
「なのに、二人の考えはまるで違うみたい。あたし達は、この目で確かめたいのよ。そのための……力だってある」
 まだ、心の奥底では自分の力に対して恐れを抱いているサファイア・フュンフも、二人のワーズワースの顛末を見届けたいと思っているようだ。
 それは、他の三人にも共通していることだった。その意志は固い。それは、ジェネシス・ワーズワースでもある司城とて同じだ。
 ――これ以上、自分の娘達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 これまでだって、彼女達は傀儡師に狙われ、圧倒的な力を持っているにも関わらず一人だけの力ではどうにもならなかった。
 しかも今度は敵の本拠地だ。傀儡師こそ退けたが、相手は五千年前から受け継がれてきた『知識』を完全に使いこなすことが出来る。彼女達の力をもってしても――否、その知識によって造られたからこそ、危険なのだ。
 しかし、それは司城だけの考えではなかった。
「自分の手で決着をつけたいという気持ちは分かる。だが、もし敵が何らかの手段を講じてきて、操られたりしたらどうする? 敵は皆の事を知り尽くしている、危険だ」
 彼女達をここで思い止まらせたい。月白 悠姫(つきしろ・ゆき)はその思いで、五機精の少女達と向かい合った。
「問題ないのです。わたくしの力なら、そうなる前に終わらせる事が出来るです」
 クリスタル・フィーアが得意気に胸を張る。たしかに、彼女の認識支配能力ならば、先手を打つことだって出来るだろう。
「それでも、相手がどんなやつか、ちゃんと考えた方がいいよ」
 日向 永久(ひゅうが・ながひさ)が言う。
 彼女達の創造主である以上、彼女の力の欠点は既に見抜いている可能性は高い。どんなに強力な力でも、その効力を発揮できなければ意味がない。
 さらに、二人が五機精と対峙をしていると、マルグリット・リベルタス(まるぐりっと・りべるたす)が一番近かったエメラルドを見つめ、すがった。
「マール、みんながいたいのやだよ」
「大丈夫。ボクの力なら、みんなを治せるからね」
 エメラルド・アインが微笑みかける。彼女の能力は再生。いや、再構成と言うべきか。自分の身体だけではなく、彼女はその手で触れたものを元通りに治すことが出来る。死者以外は。
「それでも、私はみんなが傷つくのを見たくはない」
 悠姫が両手を広げて、五機精達の前に立ち塞がる。
「どうしてもと言うなら、私は力ずくでも止める!」
「あなたに、それが出来るのです?」
 クリスタルは彼女の背後に回りこんでいた。それを悠姫に感じさせることもなく。
「気持ちは嬉しいのです。でも、これは私達の問題でもあるのです」
「だが……せめて、自分達で抱え込むようなことはやめてくれ。もう少し、誰かを頼ってもいいはずだ」
 彼女達に向かって訴える。
「――その娘達だけに抱え込ませるわけ、ねーだろ」
 そこへ、新たな人影が現れる。鈴木 周(すずき・しゅう)だ。
「先生、ガーナ達も。少し、来てもらっていいか?」
「なんだい、まだ集合時間まで少しあるけど」
「せめて戦いに行く前に、ちゃんと全員で顔を合わせといた方がいいだろ。みんな待ってるぜ?」
 それが誰らを指すのか、司城にはすぐ分かった。
 ワーズワースの娘は、五機精だけではないのである。

            * * *

「あ、来たですっ!」
 司城や五機精達を桐生 ひな(きりゅう・ひな)が出迎えた。彼女は事前に電話で、周から司城の正体やノインの現在についての情報を得ている。
「それにしても、司城さんがワーズワースの記憶を持っているとは……ノインさんが生きていた事もですが、驚く事ばかりです」
 御堂 緋音(みどう・あかね)が呟く。『研究所』の一件から関わってきた彼女にとっては、目を見開く事ばかりだった。
「いよいよ再会だよ、ヘリオドールくん。いろいろ立て込んでいて、今まであの人には会えなかったからね」
 桐生 円(きりゅう・まどか)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)に寄り添ってるヘリオドール・アハトに視線を送る。
今、この場には『研究所』の資料で「失敗作」とされていた有機型機晶姫達がいる。ヘリオドールだけではない。ジャスパー・ズィーベンルチル・ツェーン、そして――
「リオン、ようやくみんなと再会出来ますよ」
 唯一五千年前からその姿を変えた、モーリオン・ナインだ。エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)とともに、この場で司城達を待っていた。
 元々はひな達と一緒にいる有機型機晶姫と司城、ノイン、モーリオンを会わせようという話だったが、そこへ五機精全員も呼ぼうと提案したのが彼だ。
 五千年の時を超えた再会。それが今、現実のものとなっている。
「まさかこうやってまた会えるとはなー」
 ガーネットが各々の顔を見渡しながら呟く。ただ、少し不思議そうでもあった。
「お主ら、雰囲気変わったのう。以前のままだったら、こうやって話せたかどうかも怪しいものじゃが……」
 アンバー・ドライが口を開く。
 五千年前、彼女達が失敗作とされたのは、感情の偏りとその不安定性のせいであった。ところが、今は安定していることに、少なからず驚いている。
 それは、司城とて同じだった。
「キミ達が、この子達を?」
 ヘリオドール、ルチルと顔を会わせるのは初めてだ。ジャスパーにしても、意識を取り戻した今の彼女とは、まだ話していなかった。
「そうですっ。みんなで遺跡から助け出したのですっ」
 ひなが応じる。
「あなたが、わたし達の――」
 ジャスパーは目を見開き、司城の顔を見つめている。彼女の記憶にあるワーズワースとはまったく似ても似つかない、中性的な風貌がそこにはあった。
「……よかった」
「え?」
 司城のその言葉に、思わず声を漏らすジャスパー。
「みんな、もう大丈夫そうで。それと……本当にすまなかった」
 彼女達有機型機晶姫に向かって頭を下げる。
「ずっとキミ達を何とかする方法を探していた。だけど、結局それは見つからなかった」
 今度はひなや緋音、円に向き直り、礼をする。
「ありがとう、この子達を助けてくれて」
「いえ、そんな。こちらこそ、ルチルさん達と会わせてくれてありがとうございます」
 緋音が恐縮しながら司城に言った。
「もし、差し支えなければ教えてくれないかい? どうやって彼女達を治したのか」
 司城が尋ねる。
「なんだ、そんな事? なにも難しいことなんてないよ」
 ヘリオドールの傍らにいたミネルバが答えた。
「ちゃんと正面から向き合って、受け止めてあげる。それだけだよ」
 司城が意表をつかれたかのように、目を開く。しかし、すぐにふっ、と何かを悟ったように穏やかな表情を浮かべた。
「そうか……どうやら、私は難しく考え過ぎてたみたいだね。ちゃんと、彼女達がどうであれ、受け止めてあげていればよかったんだ」
 実際は、忘却の槍によって記憶操作を行ったりもしていたのだが、そんなものは一つのきっかけだ。決して逃げることなく、彼女達を助けたいと本気で思い、向き合ったからこそ今があるのだ。
 今度は、ミネルバが尋ねる番だった。
「ねぇねぇ、ヘリオドールちゃんの事好き?」
「当然だよ。自分の子を愛さない親なんて、いないさ」
 静かに司城が答えた。
「おいおい、何しんみりしてんだよ。あたいとしちゃ、こうやって話せるようになったのは嬉しい限りだぜ? 昔は口より先に手が出るようなもんだったからな」
 ガーネットが場の空気を盛り上げようとする。
「ガーナさん」
 そんな彼女に、エメが近づいていく。
「この通り、ちゃんとリオンに会えました。ありがとうございます」
「よせよ、礼なんて。あたいは何もしてねーぜ?」
 少し照れくさそうにする、ガーネット。
「だけどよ、本当にリオンだよな? その姿、一体どうしたってんだ?」
 ガーネットの記憶にあるモーリオンの姿は、十歳くらいの幼い女の子の姿だ。しかし、目の前にいるのは、少女と呼ぶのは似つかわしくない金髪の女性である。
「私から説明するのは難しいんですが……」
「あとで、ちゃんと教えるよ」
 言葉に詰まるエメを見て、司城が声を発した。まだ訝しげな顔を浮かべているガーネットだが、とりあえず外見については置いとく事にしたようだ。
 続いて、周もまた彼女に報告する。
「俺もノインと再会出来たぜ。もう知ってるかもしんねえけどよ」
「そこの男女と――いや、昔みたいにおっさん、つった方がいいか。一緒に戻ってきたから何事かと思ったけど、助手のねーちゃんだってんだから、しかも幼くなってるときたもんだ。びっくりしたぜ」
 司城の側に控えているノインの姿を見て、ガーネットが言う。今のノインは十三、四歳くらいの少女の姿になっている。元々は二十歳くらいの女性だったのだから、最初はおそらく彼女が誰か分からなかった事だろう。
「そうね。だけど、アズ以外の全員がここに揃ってることの方が驚きよ」
「アズはどうしてるのかなー?」
 サファイア、エメラルドが呟く。
「…………」
 目を伏せたのは、彼女の末路を知る『研究所』に居合わせた者達だ。
「アズライトさんは……」
 その様子だけで、五機精達には察しがついたようだ。
「……残念じゃのう。じゃが、めそめそしていても始まらん。アズの分まで、わらわ達が頑張らねば」
「やっぱり、考えは変わらないのかな?」
 アンバーの言葉から、まだ彼女達が一緒に戦おうとしている事を、司城は感じ取っていた。
「なあ、司城先生」
 そこへ、周が口を挟む。
「そりゃ自分達だけ蚊帳の外じゃすっきりしねぇだろ? 身体だけじゃなく、黙って見てられねぇって気持ちも一緒に、側にいるみんなで護るんだよ!」
「しかし、この子達は……」
「自分の意志で戦う事を望んでるんだ。先生、心配するのは分かるけどよ、もうみんな一人じゃねぇんだ――俺達がついてる。絶対に、傷つけさせはしねぇ!」
 そこには、強靭な意志があった。何があっても、絶対に彼女達を護り通すという、意志が。
 息を呑み、じっと司城を見つめるのは周だけではない。五機精をはじめ、その場の者達が固唾を呑んで見守っている。
「……負けたよ。だけど、これからボクが言うことをちゃんと聞いてくれ」
 司城が説明を始める。
「残念ながら、知識を持たないボクでは『アーク』の構造や機能の全ては分からない。だけど、先生……ノーツ博士はおそらく全てを知り尽くしている。絶対に、無理はしないで欲しい。いくらみんなが強くても、だよ」
 その言葉は、ここにいる契約者に対してと言うよりは、五機精達に向けられているようだった。
 強大な力を持つ娘達にこそ、力を決して過信しないで、『護ってもらう』事も頭に入れておいて欲しいという事なのだろう。
「キミ達は、どうするんだい?」
 次いで、司城がモーリオン達を見遣る。五機精が共に乗り込む事を許した以上、彼女達を一方的に除け者にするわけにはいかない。
「リオン、どうしますか?」
 エメがリオンに問う。
「あたしもいく」
「分かりました。だけど、絶対に無理はしないで下さい。私の事をあてにしてくれて構いませんから」
「うん!」
 元気に声を発するモーリオン。
「たよりにしてるよ、おにいちゃん」
 そう言って、笑顔を向ける。見た目には十八歳くらいの女の子ではあるが、幼い少女のような無邪気さがあった。
 行くと、答えたのは彼女だけではない。ジャスパー、ヘリオドール、ルチルの三人もまた乗り込む気だ。
「司城よ、一つ聞いてよいか?」
 ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)が司城に質問する。
「ジャスパー達は、身体能力のみが強化されてるってことでいいのかのぅ?」
「うん、その通りだよ。代わりに、五人と違って特殊能力を持ってないけどね。もっとも、モーリオンは『成長』とともに、何かの力を身につけたようだけど」
 それは彼女が有機型機晶姫の中でも、例外的な存在だったからこそのもののようではあるらしい。その力は、彼女の黒水晶の二枚翼が関係していると思われるが、まだ判明してはいない。
「それじゃ、もしかしたらヘリオドールくん達も何かの力に目覚める可能性はあるってことかい?」
「もしかしたら、ね。ただ正直なところ、知識を持たないボクにはあまり検討がつかないよ」
 司城も、ワーズワースの記憶だけでは彼女達の全ては分からないようだ。もっとも、知識があったところで、生きている事自体が奇跡である彼女達について、どの程度分かるかは予想がつかないことだろう。
「ひなちゃん」
「どうしました、ジャスパー?」
 ジャスパーがひなに呼びかける。
「実は、さっきからわたし達への視線を感じるんだけど……あそこから」
 その方角に顔を向けるジャスパー。物陰からこっそり覗いたのは、道化師に扮した人物だった。
「あ、ナガンですっ。生きてたんですねー。せっかくだから呼んでみるです〜」
 その人物の方を見て、手招きするひな。だが、肝心の人影はさっと消えていった。
「あらら、シャイですねー。まあ、もう気にしなくて大丈夫ですっ、ジャスパー」
 ジャスパーは首を傾げて少し不思議そうにしていたが、すぐに気にしなくなったようだ。
 それから集合時間までの間、決戦前の和やかな一時を彼女達は過ごした。