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灰色の涙

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・アークへ


 ワーズワースの娘達が再会を果たした様子をしみじみと眺めていたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、気付かれるとすぐにその場をあとにした。向かう先は、医学部の研究棟だ。
ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)、いるかァ!?」
「おう、なんだナガン?」
 ナガンは空京大学医学部に在籍する友人であるラルクに会いに来たのだった。
 その理由は、
「強ェヤツと戦えんだけどよォ、一緒に来ねェか?」
 さらに、少し前にパラミタ内海で自分が体験した事を彼に伝える。アントウォールト・ノーツという人物がPASD絡みの事件の黒幕である、彼を生かしておくとヤバイという事を。
「っつーわけなんだが……」
「おう、話は分かった。行かせてもらうぜ!」
 あっさりと承諾する、ラルク。
「うっし! んじゃ、気合入れていくかな!!」
 すぐに準備して、二人は集合場所である御神楽講堂前に向かった。

            * * *

 そして、いよいよアークへ乗り込む時間となった。
 銀髪の魔女、ノイン・ゲジヒトが術式を組み始める。五機精達もこの場に現れたことで、戸惑いを覚える者達もいた。彼女達が戦う事を望んでいない人もいるのだ。
 だが、彼女達の意志を尊重してサポートをしたいと考えている者達は、それぞれに声を掛けていく。
「初めまして、紫月 唯斗です」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が挨拶をし、クリスタルに視線を送る。
「むむ、よろしくです」
 自分と目が合った事で、わずかに目を細めるクリスタル。
「クリス、お主のおかげで少しだけ大切な物を取り戻せたよ。ありがとう」
 続いて、唯斗のパートナーであるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が頭を下げるが、さらに彼女は混乱してしまったようだ。
「一体何の事です?」
 特に感謝されるようないわれはないはずだ。
「姉さん、唐突過ぎです」
 そこへ、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が割って入る。
「それに、兄さんも。それだけじゃ駄目ですよ」
 彼女がクリスタル達に対して、二人の意見を代弁した。
「先日は皆さんの事をよく知らず、兄さんと姉さんがご迷惑おかけしました。あれから、色々調べさせてもらいました。それから兄さん達、頑張って鍛えたんですよ。姉さんはその中で、記憶の断片を取り戻したからお礼を言ったんです」
 再び唯斗がクリスタル達を見渡す。
「そんなわけで、俺達も一緒に戦いますよ」
 今度は前みたいに子供扱い、とはいえガーネットは子供には見えないが、することもなく誠意を持って告げる。
 特に、彼はクリスタルを護りたいと思っているようだ。
「甘い物好きだって言うから、飴とチョコをたくさん持ってきたよ」
 続いて彼女に声を掛けるのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。
「むむむ、一杯あるのです!」
「イチゴにオレンジにブドウにモモにメロン……色んな味があるから、良ければ今から食べてってね。なめる前なら、チョコを先に食べるのもいいかも」
 甘い物を受け取った事で、クリスタルの目が輝く。
「こっちにもあるよ。今が旬の果物を使ったお菓子に、ピーチタルト!」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が彼女に差し出した。
「たくさんあるから、みんなもどうぞ」
 五人に対しても、お菓子を勧める。
「じゃ、頂くわね」
「おいしそー」
 双子が手を伸ばした。ただ、やはり一番がっついているのはクリスタルである。
「私達もクリスさんと一緒に行きますので、よろしくですぅ」
 彼女に微笑みかけるのは、セシリアのパートナーであるメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。
 百合園でクリスタルの世話をした者達は、どうやら彼女を護るために動くようだ。
「サフィーちゃん、クリスちゃん」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)もまた、その一人だ。
「このたたかいからかえってきたら、みんなでかわいいおようふくきたり、おいしいスイーツたべたり、たのしいことをするです」
「もちろんなのです。むぐぐ、美味しいです」
「そういうのも、悪くないかもね」
 笑い合いながら、わずかな一時を満喫する彼女達。
 その胸の内には、絶対に誰一人欠けることなく戦いを終わらせて帰ってくるという強い意志があった。
「エメラルドさん」
 彼女達に続き、今度はルイ・フリード(るい・ふりーど)がエメラルドを呼んだ。
「何だい?」
「頼りになる後輩を呼んだので、紹介します」
 彼が紹介するのは、鬼崎 朔(きざき・さく)だ。彼女のパートナー、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)も一緒である。
「……鬼崎 朔です。ルイさんから大体の事情は聞きました。私達にアインさんを護らせて下さい」
「ありがとう。ボクは四人と違って、攻撃は得意じゃないんだ」
 快く、彼女は申し出を受け入れた。
「朔様のパートナーのスカサハであります。よろしくお願いするであります!」
 エメラルドに友情のバッジを手渡すスカサハ。この機に彼女と友達になろうとしているようだ。
「うん、よろしく!」
 それに笑顔で応じるエメラルド。
「エメラルドくん、やっぱり行くのですか?」
 心配そうにエメラルドに言うのは咲夜 由宇(さくや・ゆう)だ。護るという意志はあるが、やはりエメラルドには危険な目に遭ってほしくないという事だろう。
「行くよ。これはボク達の問題でもあるんだ。ここで大人しくなんてしてられないよ」
 他の四人と同様に、彼女の意志も固い。
「分かったのですぅ。絶対無事に戻って来れるよう、私も頑張るのです!」
 一念発起する由宇。
 ふと、彼女の視線の先にはお菓子を頬張るクリスタルの姿が目に入った。そこで、彼女も持ってきていた物を取り出す。
「私も家から持ってきたのですよ〜。お菓子、食べますか〜?」
「うん、ありがとう」
 エメラルドに向けて、お菓子を差し出す。
「由宇、寝癖ついてるよ」
 そんな由宇の髪の毛を、アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)がぽんぽんと叩く。それはいくら直しても直らないアホ毛なので、実際は指摘するものではないのだが。
 エメラルドの不安を和らげようとしている由宇の方が、どうにも彼には不安そうに見えたらしい。そこで、からかいついでに気分をやらわげてやりたいと考えたようだ。
「これは、元からですぅ」
 髪を押さえ、アレンの方を見る由宇。しばしの和やかムードだ。
 そして、今度はアンバーを呼ぶ声も聞こえてきた。
「アンバー!」
「おう、お主か。なんじゃ?」
 特に嫌そうにするでもなく、彼女は声の主――トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)を見る。
「この前の約束、まだだったよな」
「その事か。じゃが、今からわらわ達は『アーク』に乗り込むのでな」
「心配いらねえ。俺もはなっからそのつもりだぜ。一緒に行くってんなら問題ねえだろ?」
 トライブはアンバーの手助けをする代わりに、デートをするという約束をしていた。彼女自身も、拒んでいるわけではない。
 彼自身を不審に思っていた者もいたが、護衛としてついていくものだと考えて、無理に引き離そうという流れにもならなかった。PASD全体としての彼に対する疑いは晴れていたのである。
 もし、彼女達が司城の言葉を受け空大に残る事になっていたとしても、彼はアンバーだけは無理にでも連れていっただろう。一度疑われているので、あまりPASD自体を彼はよく思っていないのだ。
「危険な目に遭うかもしれぬぞ?」
「それはこっちのセリフだぜ? 俺が護るから安心しな」
「これは随分と頼もしいのう」
 アンバーはくすくすと笑っている。なんだかんだ言いながらも、アンバーの方が強いのだ。ただ、それでも自分を護るという彼を微笑ましく思っているのだろう。
「いつの間にか、みんなそれぞれで仲良くなってんだな」
 他の五機精の様子を眺めながら、ガーネットがぼそりと呟いた。
「どしたの、ガーナ?」
 エミカ・サウスウィンド(えみか・さうすうぃんど)がそんなガーネットを見遣った。
「なんでもねーよ、気にすんな」
 どうにも彼女は、自分の人気が今ひとつのような気がしたらしい。他の者達が誰かに呼ばれて一緒にいるのを見ると、残り物になったような孤独感があるようだ。
「なーに、日本には『残り物には福がある』みたいな言葉があるんだよ」
「おいエミカ、フォローになってねーぞ。つーか何であたいが思ってること分かんだよ?」
「んー、なんとなく?」
 どうにもこの二人は、どこことなく通じ合う部分があるのかもしれない。

            * * *

「平助……因縁は、まだ切れたわけじゃねぇか」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)が呟いた。
 伊東 甲子太郎と共にアントウォールト・ノーツに協力していた、新撰組の同志、藤堂 平助
 おそらく「アーク」で、再び相見える事になるだろう。
「伊東の事もあるから、間違いなく俺達を憎んでるだろうよ」
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)が口を開く。
「だが、もう一度会わない事にはどうしようもねえ。アイツの真意だって分からねえんだ」
「出来る事なら、平助ともちゃんと話しておかないとな」
 近藤 勇(こんどう・いさみ)が言う。
「甘いぜ、近藤さん。と言いたいとこだが、アイツは試衛館の頃からの付き合いだ。気持ちは察するぜ」
「すまないな、歳」
 そこへ、別の人影が現れる。
「あの……」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。伊東と言葉をかわした彼女だからこそ、彼や平助、さらには新撰組に対して思うところがあったようである。
「藤堂さんに、会いにいくんですよね?」
「ああ、そうだ」
「あたしも一緒に行かせて下さい、お願いします。藤堂さんに会ってみたいんです!」
 歩が懇願する。
「生憎、これは俺達の問題だ。身内の始末は身内でつける」
「ちょっと、わたくしは身内じゃないわよ!」
 土方の言葉に対し、パートナーの日堂 真宵(にちどう・まよい)がすぐさま突っ込む。とはいえ、これは新撰組の問題だと言いたいらしい。
「あたし、伊東さんと話しました」
「伊東君と?」
「あの人は、あたしを殺せたのにそうはしませんでした。自分の信念を持っていて、無関係な人を巻き込もうとはしなかったんです。だから、きっと藤堂さんもそうだと思います」
「伊東は利用出来るものは何でも利用するようなヤツのはずだが……いや、アイツならそうやって助けるのも全て計算のうちかもしれねえ」
 困惑したのは土方だ。
「甲子太郎にーちゃん、いろいろ考えてるみたいだったけど、でも悪い人には見えなかったよ」
 歩のパートナー、七瀬 巡(ななせ・めぐる)もまた声を発する。
「伊東、あいつは本当に何を考えてるか分からねぇヤツだった。だけど、そこの嬢ちゃん達が言うように、俺みてぇな悪人にはなれねぇヤツってのは確かだ」
「……芹沢さん」
 会話をしているその場に、芹沢 鴨がやってきた。相変わらず片腕は吊ったままである、まだ傷は完治していないが、歩く事くらいは問題ないようだ。
「気をつけろって言ったのは芹沢さんじゃなかったか?」
 原田が疑問をぶつける。
「ああ。だけどよ、あいつにも良心くれぇはあったみてぇだ。じゃなきゃ、嬢ちゃんは生きちゃいねぇよ。それに、今度は平助だ。伊東とは昔から付き合いがあったみてぇだが、なんだってお前らじゃなくてアイツのもとについたのかは分からねぇな」
「芹沢さん、実は……」
 近藤が芹沢暗殺後、新撰組が解散するまでの顛末を彼に話した。どうやら、転生後ずっと放浪していた芹沢は、自分の死後新撰組がどうなっていったのかほとんど知らないようだ。
「そうか。なら、確かにお前らの元を離れたのも分かるぜ。きっかけは多分、山南の事だろうな」
 芹沢は近藤の説明で、察しがついたらしい。
「なあ、嬢ちゃん」
「な、なんですか?」
「ケリをつけるのはコイツらの仕事だ。だがよ、伊東と話したってんなら、平助がなぜアイツについていったのか、なんとなく分かったはずだ」
 芹沢が歩に対し、にっと笑う。
「見届けてやれ。それがお前らの役目だ」
「芹沢さん!?」
「平助とやり合うのは、お前らに任せる。俺が嬢ちゃん達の面倒みてりゃ、文句ねぇだろ? この身体でも、そんくれぇは出来らぁ」
 芹沢は直接戦わず、彼女達を護るという事だった。その他の全ては、彼らに委ねて。
「よろしくお願いします!」
 
            * * *

「司城センセーがワーズワース、だって?」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、関谷 未憂(せきや・みゆう)からこれまでのいきさつを聞いた。
「そうです。だけど、先生が受け継いでいるのはワーズワースの記憶で、知識の方はアントウォールト・ノーツ――リヴァルトさんのお祖父さんが持ってるみたいです」
 無論そのアントウォールトのもとへ乗り込む以上、司城が狙われる可能性は高い。いや、性格には司城の持つワーズワースの記憶が。
「話は分かった。センセーを護るってんなら、付き合うぜ」
 こうして、司城の護衛をする事を決め、今のうちに会う事にした。アーク転送後、話す余裕があるかは分からないからだ。
「センセー、ちっと聞きたい事があるんだけどいいか?」
「なんだい?」
 一応、悠司は司城の正体を知っている事を告げてから質問する。
「センセーは五千年前からいろいろ研究してたわけじゃん。んで、その頃からエリュシオン帝国ってのは最強だったのかい?」
 現在はパラミタで最も繁栄し、十二星華のティセラ達を復活させてシャンバラに送り込んできたのも記憶に新しい。そのため、帝国の存在を意識し始めている者も多くなってきている。
「帝国は最大の勢力ではあったけど、最強ではないよ」
 司城はあっさりと答えた。
「もし、最強だったならパラミタの他の国を属国にして支配していたはずだよ。あそこは平和主義ってわけでもないからね。どれだけ『神』をたくさん擁していようと、国家神の強さが他国とそう変わらなければ、均衡は保たれる。シャンバラは、特に女王陛下の時がそうだけど、帝国と並ぶほどの勢力を誇っていたんだよ」
 そこで、一度司城が口をつぐんだ。
「じゃあ、どうして滅んだりしたんだ?」
「あと、当時シャンバラに迫っていた『脅威』って何だったんですか?」
 司城は、答えづらそうだった。
「一番怖いのは、目に見える力を誇示されることではなく、『そうだと気付かないうちに』力の餌食になっている事だよ。これの最たるものは、本人が誰かによって支配されていると感じないままに、何者かの意志に操られる事だよ。本人が気付かないのだから、それから逃れるのは不可能だ」
 直接言うのは、はばかれるのかもしれない。あるいは、口で説明するのが司城にも難しいのだろう。
「クリスタル・フィーアと、最終計画の花嫁は、その対抗手段となる力を持っている」
「じゃあ、彼女達は国家神にすら匹敵するレベルなのか?」
「彼女達が、自分の力を完全に使いこなせばね」
 クリスタルは本来の力を発揮しておらず、『灰色』に至っては未だに未知数だ。だが、潜在能力だけなら『神』をも凌駕するらしい。
「おっと、そろそろ時間だよ」
 もうすぐ、転送の時間のようだ。
「一つ教えて下さい」
 そこで、未憂が尋ねた。
「ワーズワースさんの記憶を持つあなたは、五機精や他の実験に協力した人達の元の名前を憶えていますか?」
 司城が静かに答える。
「ちゃんと憶えてる」
「ノインさんの、本当の名前も?」
「もちろんだよ。だって、彼女は――」
 その後の言葉は、未憂だけがはっきりと聞き取った。
「そうですか」
 少しびっくりしたものの、なぜ彼女が助手としてワーズワースについていたのか分かった気がした。
 司城の横顔は、どこか悲しげだった。五千年前のワーズワースの記憶だけでなく、それを受け継いできたこれまでの人達の記憶も重なっているのだろう。
 その上で、「司城 征」という現在の人格をも維持しているのだ。それがどれほど大変な事か、知る者はいない。
 最後に、思い出したように未憂が質問する。
「そういえば司城先生はどなたかと契約されているんですか?」
 今まで司城がパートナーと一緒にいるのを見た者はいない。
「実は、ボクは一般人なんだよ。自分でマイクロサイズにまで改良した結界装置を体内に埋め込んで、なんとかパラミタで生活出来るようにしてる」
 もっとも、元を正せばパラミタ人なのだから拒絶は受けなそうなものだが、あくまで今は地球人である以上、念には念を入れてリヴァルトやエミカと共にシャンバラへと渡ってきたらしい。
 それを聞いた彼女達は、尚更司城を護らなければいけないと、強く思うのだった。


 ――様々な想いが交錯する中。
 最後の決着をつけるべく、「アーク」への転送が始まった。