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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第4章「試練『体』」
 
 
 『体』の間は他よりも広く、また天井も高い位置にあった。
 そこに二匹の大きな精霊が待ち構えている。両方とも大きさは10mほどあるだろうか。
「わっ、精霊ってこんなに大きかったんですか? イコンと同じくらい大きいかも……」
 広間の入り口から中を覗いた榛原 勇が予想以上の大きさをしていた精霊の姿に驚きを見せる。
 まさか洞窟の中にこんな大型な精霊がいるとは想像外だったのだろう。他にも驚きと共に精霊を見上げている者が何人かいた。
 そんな中、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は予想以上の大物がいた事を喜び、己の心を奮い立たせる。
「へぇ、自分を鍛えられればと思って来てみたけど、面白そうな相手じゃない。聞いた所じゃ試練の精霊って話だし、思いっきりやってもいいって事だよね」
「そのようでござるな。拙者も修行の成果を試す為に来たでござるが、この精霊なら相手に不足は無いでござる」
 薙刀を持った杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)がそれに同意する。彼は師匠と仰ぐハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)に鍛えられた自身の腕を確認する良い機会だと思い、精霊の噂が流れるこの洞窟へとやって来たのだった。
 他にも鍛錬目的で洞窟に来た者は多いらしい。篁 大樹に挨拶をしているルイ・フリード(るい・ふりーど)もその一人だった。
「――なんと、ここはその本の為に用意された試練の洞窟だったのですか。ただ心身を鍛えられる場所かと思っていたら、そのような意味があったのですね」
「ああ、そうなんだけどさ。でも皆が本に頼るなって言ってるんだよな」
「ほぅ、一体どのような事を願うつもりだったのですか?」
「あー……えっと、それは……」
 散々入り口で精神的フルボッコを喰らった大樹が言いよどむ。そこにある意味ラスボスとも言える声が聞こえて来た。
「見つけましたよ、大樹くん」
「げっ! その声は……加夜姉ぇ!」
 通路から姿を現したのは火村 加夜(ひむら・かや)だった。彼女は篁家の兄弟と親交があり、特に次女の篁 花梨(たかむら・かりん)の部屋には加夜用のお泊りセットが置いてあるほどだ。その関係で当然大樹の事も良く知っていた。
「透矢さんから聞きましたよ。お父さんから送られてきた本を持ち出したそうですね。元気なのは凄く良い事ですけど、その情熱は勉強に注がないと駄目じゃないですか」
「うっ……」
 加夜は帰宅していた篁 透矢から事情を聞き、別の用事で動けない彼の代わりに飛行翼を使ってここまで飛んできていた。
 ちなみに、花梨と仲が良いという事は、すなわちそのパートナーである透矢とも仲が良いという事である。
 そして透矢も加夜も本で安易に試験の解答を得ようという事に賛同するタイプでは無い。つまり、加夜の意見=透矢の意見と同義であり、それを無視して我を通すと帰宅し次第長兄の説教が待っている事は想像に難くなかった。そんな大樹の逡巡が分かったのだろう。加夜が優しく微笑む。
「今回の事は一緒に怒られてあげますし、分からない問題があったらいつでも家庭教師しますから……ね?」
「家庭教師、良い考えですね。私も多少はお力になれるでしょうし、そういった努力で試験を乗り越えてこそ本当の意味で自分の力になるのです。是非お手伝いさせて下さい」
 沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が穏やかな物腰で現れ、加夜の案に同意する。更には神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)がそれに加わった。
「うむ。人は知識に振り回されるのでは無く、それを使いこなせる生き物なのだよ。少年を導く為なら我が懇切丁寧にレベルに合わせた赤羽ペン指導を行わせて貰おう。何、帝王学部の主宰たる我の教えなら偏差値40からの帝王も夢では無いのだよ!」
 ――帝王学部はまだしも、偏差値40からの帝王って何だ。
「ちなみにここは笑う所なのだよ?」
 あ、冗談でしたか。
「少年よ。皆はこう言っているが、お前はどうするのだ?」
 ヴァル・ゴライオンが尋ねる。大樹は彼らの申し出に相当迷っているようだった。
「そうは言ってもよ、本に頼らなくても結局皆に頼っちまうんじゃ――」
「えい」
「痛っ。な、何すんだよ加夜姉ぇ!」
 加夜が背伸びしてコツンと軽く大樹の頭を叩く。痛いと言ったのは単なる反射だが、驚きの方は相当なものだった。
「まだ分かってないみたいですね、大樹くん。頼る事と依存する事は違うんですよ」
「そうですね。私達がするのはあくまでサポート。その人の全てを肩代わりする訳ではありません」
 沢渡 真言が言葉を続ける。執事の家に産まれた真言は支える事と甘やかす事の違いを理解していた。
「だから、差し伸べられた手の全てを跳ね除ける必要は無いんです。『頼って良いのは自分自身だけ』、そんな考えではいつか孤立して、寂しい人になるだけですよ」
「加夜さんの言うとおりだぞ、大樹君。ましてや俺達にはパートナーっていう存在がいるんだからな」
「そうだよ。大樹くんにだって月夜さんや天音ちゃんがいるでしょ。それに透矢さん達だっているんだから、皆に助けて貰うのは全然悪い事じゃ無いんだよ」
 更に無限 大吾と西表 アリカ(いりおもて・ありか)の二人が説く。
 そう、ここにいる者達は皆パートナーを支え、そして支えられて今まで生活してきているはずなのだ。もちろんパートナーだけで無く、家族や友人といった存在もそうである。全てを自分自身の力だけで解決して来た訳では無い。
 もしそう思い込んでいる者がいるとするならば――それは万能者では無い。ただの愚者だ。
 無論、他人に迷惑をかけぬようにするという事は当たり前であるが、前提を無視して何もかも自分で解決を試みる事は間違っているといえた。
 そもそも、何を迷惑と思うか、それは人によって様々だ。
 そして、手を差し伸べてきた彼らにとって、大樹の勉強の面倒を見る事は決して迷惑でも何でも無いのだった。
「再び問おう。少年よ、お前はどうするのだ?」
 ヴァルが先ほどと同じ事を尋ねる。今ならその問いにも自信を持って答えられた。
「もうこいつは必要ねぇ。皆には迷惑かけちまうけど、勉強を教えて貰って、それで試験を乗り越えてやるぜ!」
 大樹の答えに満足する周囲の者達。だが、大樹の考えはそれだけに留まってはいなかった。
「――けど、この精霊達はぶっ倒す。親父の手紙にも調査の手伝いとしてって書いてあったし、入り口のじーさんにも頼まれたからな」
「……なるほど、己の為でなく、義理を果たす為に試練を受けるか。良い答えだ。帝王として助力のし甲斐がある」
「帝王?」
「そうだ。俺はヴァル・ゴライオン。人をより善き道へと導く――帝王だ」
「そっか……ありがとな、ヴァルの兄貴……いや、帝王!」
 漢二人が笑みを見せる。そこにもう一人の暑苦――もとい、漢が加わった。状況把握の為に聞き役に徹していたルイだ。
「事情は理解しました! 皆様のお役に立ち、自分の鍛錬にもなる。ならば迷う事はありません! 私もお手伝いしましょう!」
「助かるぜ、ルイの兄貴!」
「礼には及びませんよ。こちらが終わった際には、勉強の方もお手伝いしますよ!」
「う……た、助かるぜ……」
 
 
「おーっし! それじゃいっちょやりますか!」
 本の処遇について解決し、改めて精霊を倒す為に動き始める一行。早速剣を構えて突撃の姿勢を見せる大樹に向けて、コンクリート モモがつぶやいた。
「何も考えずに突撃……それじゃ精霊よりも馬鹿……」
「何だって!?」
 思わず動きを止め、モモの方を見る。彼女はそっぽを向いたままだ。
「少女の言うとおりだ、少年よ。戦いも試験も同じ事。まずは落ち着いて問題を……相手を見ろ」
「帝王。そうか、相手を……」
 助言を受けて精霊を良く観察する。図体こそでかいがその動きは鈍く、また、限りなく人間的だと言えた。つまり――
「あいつってもしかして、後ろに立っちまえば楽勝?」
「楽勝かは分からぬが、有利なのは間違い無いだろうな。全体を良く見て手を付けられそうな所から攻略して行く。これも試験と同じだ」
 後方からの攻撃が有効なら、誰かが囮になれば楽になる。名乗り出たのは透乃、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)、ルルーゼ・ルファインド、そしてクド・ストレイフだった。
「私はスリルある戦いがしたいからね。どうせやるなら真っ向勝負。正面から戦わせて貰うよ」
「透乃ちゃんが前に出るのに私が下がっている訳にはいかないからな。向こうの精霊は私達に任せてくれ」
「では私達はもう一体を引き付けましょう。クド、宜しいですね?」
「いやいや、二人ずつで囮になるんなら俺はあっちのナイスバディのお姉さんと――って痛い痛い!」
 こうして、一行は二手に分かれ、それぞれ精霊達と戦う事に――
「あ痛たたたた! ルル、耳は、耳は引っ張っちゃ駄目ー!」
 ――そこ、うるさい。