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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第4章(2)
 
 
「さて、それじゃ――って、どうしたの? やっちゃん」
 精霊の一体に狙いを定めて突撃しようとした霧雨 透乃の前に霧雨 泰宏が出た。葦原明倫館の女侍用の制服に身を包み、シャンバラ旗を括り付けた薙刀を持っているが、決して何かのイベント帰りなどではない。
 制服はデザインが気に入っているから着ているだけ、そして旗付きの薙刀は自分なりに考えた、精霊を引き付ける為の手段だった。
「囮になるのはいいけど、まだあの精霊がどんな奴か分からないだろ? これでも防御に関しては透乃ちゃんよりも上なつもりだ。あいつを引き付ける手も用意したし、まずは私に任せてくれないか?」
 泰宏はパラディンの道を選んでいるように、自身が攻撃するよりも相手の攻撃を一手に引き受け、それに耐えきる事に楽しみを見出すタイプだった。
 それに現時点では相手がどんな特殊能力を持っているか分からない。予想外の攻撃を受けて透乃が負傷する可能性を考えたら、まず泰宏が中距離で相手の出方を見るのが最善と言えた。
 ――本来なら。
「うーん、悪いけどパス。こういう相手と戦える機会はそう無いからね」
「いや、確かにそうだけど、いくらなんでも情報が少なすぎるだろ?」
「やっちゃん。戦いってのはね、相手の事を何も知らない状態から始まる事の方が圧倒的に多いんだよ」
「それも間違っちゃいないんだけ――って!」
 問答をしている二人が気になったのか、精霊がこちらへと向いた。それを確認した透乃が話を打ち切り、精霊へと駆け出す。
「あらら、行っちゃったね。どうするの? 泰宏君」
 隣に立った月美 芽美(つきみ・めいみ)が尋ねる。こちらは泰宏とは対照的に男性忍者用の制服だ。
「このまま何もしないんじゃ私の立場が無いだろ。相手の狙いが分散すればその分他の人が戦い易くなるだろうし、私は私であいつを引き付けてみるよ」
「そっか、それじゃ私はあいつを倒す為に動いてみるかな」
 二人も思い思いの方向に動き出す。一匹目の精霊との戦いが今始まった。
 
 
「さあおいで。やってみたい事があるから先手は取らせてあげる」
 透乃が龍鱗化を始めとした防御系のスキルを使い、防御力を高める。狙いは相手が攻撃を繰り出して来た所のカウンター。その為、相手の攻撃は甘んじて受け止めるつもりだった。
 頭の位置が高すぎて聞こえていないのか、それとも頭が悪いのか。透乃が策がある事を明らかにしているのも関わらず、精霊は拳を握ると叩き潰すように振り下ろしてきた。
「タイミングを合わせて……そこっ!」
 透乃の拳が精霊の拳とぶつかる。体格差はあるが、透乃はチャージラッシュとヒロイックアサルト『殺戮の狂気』を重ねがけした疾風突きでそれに対抗している。
「くっ……このぉ!」
 殺戮の狂気と武器、盛夏の骨気による二つの赤が透乃を包む。結局両者の力比べは相打ち――精霊の拳をはじき返すが、透乃自身も相手の勢いを殺しきれずに数m下がらされた。その前を庇うように泰宏が立ち、精霊の追撃を警戒して視線だけを透乃へと向ける。
「透乃ちゃん、大丈夫か!」
「な、何とかね。気合と根性で受け止めようと思ったけど、予想以上に向こうもパワーがあったかな」
「そりゃあれだけの巨体なんだから当然だろ。受け流すならまだしも、真正面から受け止めるなんて無茶だよ」
「まぁそっちは向こうが私の予想以上だったって事だからいいんだけどね。それよりも気になったのは、手ごたえはあったはずなのにそれほど効いてる感じがしないって事なんだよね」
「え? ――あ!」
 正面に視線を戻した泰宏が見た物は、あれだけ拳を受けたにも関わらず手が多少傷ついただけの精霊の姿だった。その傷も徐々に塞がり、攻撃前の状態へと戻ってしまう。
「あいつ、治癒能力を持ってるのか? いや、それにしたってダメージが少な過ぎる……どうなってるんだ?」
「もしかしたら、武器での攻撃に強い耐性があるのかもしれません。今度は僕がやってみます!」
 榛原 勇が遠めから氷術を撃つ。鈍い精霊は避ける事も出来ずに直撃を喰らうが、先ほどの拳と同じように大したダメージは入らず、おまけにすぐ回復されてしまった。
「魔法も駄目だなんて……ど、どうすればいいんでしょう」
 気弱な勇が対処法に困り、慌てる。一連の攻撃を冷静に分析していた緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が隣の芽美と対策を練り始めた。
「とりあえず……治癒能力を持っているのなら、それを上回る力かスピードで攻撃をしないといけませんね」
「つまり短時間で大ダメージか……陽子ちゃん、それならあいつに同時攻撃。どう?」
「そうね。試してみる価値はあるかもしれない。やってみましょう、芽美ちゃん」
 二人が精霊へと向き直り、構える。最初に動き出したのは芽美だった。
「まずは防御力を落とさせてもらうわ。受けなさい!」
 龍のように伸びた波動が精霊へと喰らいつく。波動は今までと違い、確実にダメージが通った事が分かる。
「効いた……! よし、行くよ! 陽子ちゃん!」
「えぇ……!」
 陽子が地獄の天使を発動して精霊より遥か高く、天井付近まで飛翔する。芽美もダッシュローラーを神速で極限まで速くし、更に軽身功で自身の身を軽くするとそのまま壁を駆け上がっていった。
 上空の陽子は普段愛用している凶刃の鎖を自身の左腕から拳にかけて巻きつけ、今度は奈落の鉄鎖を使用して降下に勢いをつける。
「さあ、この鎖で奈落へと誘ってあげます」
 そのまま絶対闇黒領域と封印解凍を同時発動し、まるでハンマーのような一撃を精霊の頭に叩き込んだ。勢いのついた一撃を喰らい、精霊の体勢が崩れる。
「さすが陽子ちゃん! それじゃ……これで決めるわ!」
 そこに芽美が追い討ちをかける。透乃とは違った黒い気を纏う『殺戮の狂気』を発動すると、更に轟雷閃によって自身を光らせた渾身の跳び蹴りをお見舞いする。
「雷光を纏いしその姿は、夜空を翔る流れ星! 受けなさい……翔宇流星脚!」
 上空を切り裂くその姿はまさに流星。天からの一撃を受けた精霊は更に体勢を崩され、地面へと倒れこんだ。
「どう! 私と陽子ちゃんの攻撃ならさすがに耐えられないでしょ!」
 綺麗に着地を決めた芽美が勝ち誇る。それに反して優雅に降下してきた陽子の表情は曇っていた。
「芽美ちゃん。残念だけど余り効果は無かったみたいよ」
 確かに精霊は倒れた。だがそれは単に体勢を崩されたからであり、ダメージの蓄積によって倒された訳では無かった。精霊が再び起き上がると、頭と胸に受けた傷が徐々に回復していく。
「嘘っ! 手ごたえは確かにあったのに!」
「透乃ちゃんの時と同じね……どういう事かしら」
 体勢を立て直した精霊が拳を振り下ろすべく獲物を探す。対抗策が分からない以上、まずは耐え切るしかない。その為には、と泰宏が自身を狙わせる為に旗付きの薙刀を大きく振った。
「こっちだ精霊! 狙うなら私を狙って来い!」
 精霊はやはり知能が低いのか、大きく振られる旗に惹かれるように泰宏を攻撃目標に定め、拳を振り下ろした。だが、受け止めるならともかく避けるだけなら大した苦労は無い。泰宏は避けると同時に薙刀の刃で拳を傷つける。
「――あれ? 攻撃が通った……?」
 振り返り、精霊の拳を見る。斬りつけたのは僅かであるはずなのに、その傷の修復は先ほどの陽子や芽美の時よりも遅い。
「そういえば、芽美さんの龍の波動も効いてたな……という事は……まさか!」
 泰宏が一つの考えに思い至る。それを確かめる為に先ほど氷術を撃った勇の所に向かった。
「お前、さっき魔法使ってたよな。何か無属性の物であいつに攻撃出来るやつ、無いか?」
「え、無属性ですか? えっと……あ、あります!」
「よし、ならそいつをあの精霊に向かって撃ってみてくれ!」
「わ、分かりました!」
 勇が精霊へと向けてアシッドミストを放つ。すると、酸の霧に触れた精霊の身体がダメージを負っていった。
「やっぱりそうだ! あの精霊は属性攻撃に強い耐性を持つんだ!」
「じゃあ私達の攻撃が余り効かなかったのは、属性を持っちゃってたから?」
「ああ。透乃ちゃんのその武器、炎熱属性がついてただろ?」
「なるほど、私の鎖は闇黒属性だからですか……」
「ちょっと待って、私の武器は属性ついて無いわよ?」
「芽美さんのは……ほら、雷が……」
「え、もしかして、轟雷閃無しでやってたら効果あった……?」
「恐らくは」
「そんなー!?」
 芽美がショックを受ける。演出の為に使用したスキルが全てを台無しにしたのだから当然だろう。
 
 ともかく、これで攻略の目処は立った。属性の無い攻撃に絞って精霊を攻撃し、回復量以上のダメージを与えれば良いのだ。
「ふむ、それならば私達の武器なら問題は無いな。のぅ、忍」
「ああ、そうだな、信長。皆も大丈夫か?」
 織田 信長と桜葉 忍が乾坤一擲の剣を構え、前に出る。更にルイ・フリードと杉原 龍漸がそれに続いた。
「お任せ下さい! 皆さんが戦い易いように私が敵の攻撃をお引き受けしましょう!」
「拙者の薙刀も問題無く腕を揮えるでござる! いつでも行けるでござるよ!」
「皆、もし怪我しちゃったら私が回復するからね。しーちゃんも気を付けて」
「ありがとうな、香奈。それじゃ皆、行こう!」
 東峰院 香奈に見送られて、新たに四人が飛び出す。ルイが精霊の正面へと回り、他の三人は相手の死角を突くように散開する。
 そんな中、勇は一人別方向へと歩き出すコンクリート モモに気が付いた。
「あれ? どうしたんですか?」
「あたし、こっちで待ってる……」
「はぁ……」
 洞窟の壁を見回しながら歩いて行くモモを不思議に思う勇。首を傾げながらも、とりあえずは皆の援護の為に精霊へと向かっていった。
 
「さぁ、こちらへいらっしゃい! ルイ☆スマァァァァイル!」
 鬼神力を使用し、身体が倍の4mほどにまで大きくなったルイが暑苦――もとい、爽やかな笑顔を浮かべた。
 その頭には牛のような角が生え、更に超感覚で耳と尻尾まで揃っている。
「はっはっは! そう、こちらです!」
 当然、精霊はかなり目立つこの存在目掛けて攻撃をしてくる。それを避け、肉弾戦を繰り広げるルイ。その光景はどこぞの大決戦あたりを彷彿とさせる物だった。
「凄いでござるな……でも、そのお陰で精霊の背中ががら空きでござる。杉原 龍漸、いざ……参る!!」
 龍漸が薙刀を振るい、精霊へと攻撃して行く。厳しい修行で鍛えられたその力で的確にダメージを与えていった。
「師匠! 拙者、師匠がこの前拙者に言った事、十分に出来てるでござるよ!」
 そこに大振りな剣を持った忍が精霊の左手より襲い掛かる。実剣である分光条兵器の時のような速さは見込めないものの、それでも自身の売りである高速戦闘を行うべくチェインスマイトを繰り出した。
「俺の連続攻撃……受けてみろ!」
「目の前にばかり気を取られているとこうなるぞ!」
 更に右手からは信長が斬り付けた。忍へと気を取られた精霊の死角を突く攻撃だ。
 無属性の攻撃を連続で受け、精霊の自己治癒が追いつかないほどのダメージを負わせて行く。そしてその治癒すら勇のアシッドミストによって妨害されていた。
「僕は皆さんみたいに直接戦える訳じゃ無いけど……それでも、こうやって皆さんの支援をする事は出来ます! 少しずつ回復するのなら、少しずつでもダメージを与えれば……!」
 それぞれが立ち回り、少しずつ精霊を削っていく。徐々に削ってはいるが、それでも精霊の耐久力は結構あるようだった。
「中々しぶといでござるな。もっとこう、一気に削れたらいいのでござるが……」
「確かにそれはあるけど――って、何だ? この音」
 龍漸と忍の――いや、その場にいる全員の耳に怪しい音が聞こえる。心なしか地面も揺れているようだ。
「し、しーちゃん上! 逃げてー!」
 香奈の声が状況を把握させる。見上げると巨大な岩が精霊目掛けて大量に降り注ごうとしていた。
「危ない! 皆避けろ!」
 精霊と戦っていた者達が急いでその場から離れる。それとほぼ同時に岩石が精霊を押しつぶした。
「み、皆さん、大丈夫ですか!?」
 遠くから魔法を撃っていた為に難を逃れた勇が駆け寄る。幸い落盤に巻き込まれた者はいないようだった。
「拙者は大丈夫でござる。でも、この洞窟は丈夫で落盤は無いと聞いていたのでござ――」
 その時、砂塵舞い上がる中から一人の少女が現れた。その手にあるは削岩機。その目が見るは洞窟の崩壊点。ドリルと共に突き進む少女、その名は誰が呼んだかコンクリート モモ!
 
 ――っていうかお前の仕業か。
 
「……助け、いる?」
 皆を巻き込みかけた事実など無かったかのようにしれっと言う。精霊はというと、何とか岩石の下敷き状態から脱出した所だった。だが、さすがに今のダメージは大きかったらしく、明らかに弱っている。
「あと一撃といった所じゃな。皆の者、勝負を決めるぞ!」
 信長の号令と共に全員で突撃する。回復される前に倒しきるタイミングはここしか無かった。
「ダメージが通らないのなら、通らないなりの戦いをすればいいだけ。透乃ちゃん、行きましょう」
「オッケー! あいつを引き倒すよ、陽子ちゃん!」
 最初に仕掛けたのは陽子と透乃だった。再び地獄の天使で舞い上がった陽子が凶刃の鎖を精霊の首へと巻き付けた。そして奈落の鉄鎖の併用で勢い良く降下する。
「足下、貰ったよ!」
 首を引っ張られ、前傾姿勢となった所に透乃が渾身の一撃を放つ。ダメージは通らなくとも勢いはそのまま。それを利用して足を払う事で精霊を再び倒れこませた。
「こっちも――」
「――貰ったでござる!」
 泰宏、龍漸の薙刀コンビが逆の足を狙い、完全に精霊の動きを止める。更に勇がヒプノシスを使い、追い討ちをかけた。
「完全に眠らせる事は出来なくても、皆さんが打ち込める隙を作る事が出来れば……!」
 その思惑どおりに精霊の抵抗が鈍る。そこで忍、信長、芽美、モモがそれぞれの攻撃を繰り出した。
「信長!」
「分かっておる! ここじゃ!」
「轟雷閃を使わなければ私の攻撃だって通るのよ。受けなさい!」
「……岩の気持ち、味わってみる?」
 四人の攻撃が相手の力を削って――ってモモ、削岩機を精霊の股間に見舞うのは止めなさい。痛々しいから。
 ともかく、精霊の体力は残り僅か。止めとばかりに巨大なモンスター……じゃない、ルイが両の拳を握り締めて構えた。
「これで終わりです! 鳳凰の拳・超連打ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 巨人から繰り出される拳の嵐。さすがにこれをまともに受けてはひとたまりも無かった。精霊が光となり、本を持っている者の所へと飛んでいく。
「皆さんお疲れ様です! それでは勝利を祝って、ルイ☆スマァイル!」
 ――いや、だからそれは止めて。暑苦しいから。