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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第3章「試練『技』」
 
 
 『技』の間に進んだ篁 天音達。彼女達が広間に散らばる大根のような大量の精霊の様子見をしていた時、入り口の方からティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が現れた。その後ろには他にも何人かがついて来ている。
「あっ、あーちゃん! やっほー!」
「ティアちゃん! 来てくれたんだ」
「遅くなってごめんね。タツミが他の人も誘いたいって言うから」
 そう言って風森 巽(かぜもり・たつみ)に視線を移す。それに気付いた巽が天音に向かって軽く手を上げた。
「こんにちは、天音ちゃん。ティアから聞いたけど色々大変みたいだね。勉強なんて、自分の力で何とかしなきゃいけないものなんだけどねぇ」
 既に本の仕組みだけでなく、大樹の願いの話も聞いているのだろう。既に入り口で大半の者が同じ事を言っていた為、天音としては苦笑するしかなかった。
「でも、話を聞く限りは良い修行の場になりそうだったからね。ついでに何人か誘わせて貰ったよ」
 巽が後ろにいる者達を紹介していく。最初はどこか眠そうな顔をしている金髪の男だった。
「初めましてだな。ワイは七刀 切(しちとう・きり)。何か変な本を手に入れたら洞窟がどうとか聞くし、巽さんと朝斗さんがいるから面白そうだと思って来てみたんだ」
 その手には大樹と同じ装丁の本。どうやら彼も偶然本を手に入れた者の一人らしかった。
 自分の名前が出た事に反応し、続いて榊 朝斗(さかき・あさと)が前に出る。
「僕は榊 朝斗。巽さんに誘われての参加だよ。宜しく」
「その朝斗さんについて来た月谷 要(つきたに・かなめ)。本にも興味があったけど、今回はこいつのテストを兼ねて参加させて貰うよ」
 要が左腕の義腕を撫でながら言う。彼はとある経緯で両腕を義腕としていた。最近それを改良した為、使い勝手を精霊相手に試してみたいという事だった。
 
 
 他にも加わり、一気に倍以上へと増えた一行。まずは相手の特性を確認しようという事で、匿名 某を始めとする何人かが対象の観察を行った。そんな某の邪魔をしないよう、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は後ろで天音と話をしていた。
「天音さん。天音さんはあの本の事、本当だと思いますか?」
「う〜ん、そうねぇ……お父さんが送ってきたから全く何の効果も無い、っていう事は無いと思うかな。お父さんが旅先から送ってくる物って大抵何かあるから」
 それが厄介事な時もあるんだけど、と天音が笑う。綾耶は『パラミタは何でもありだなぁ』と思う反面、ある事に思い至り、表情を曇らせる。
「ん? 何か心配な事でもあった? 綾耶ちゃん」
「はい……本の事が本当なら、例えば好きな人の事が本に浮かんできたら、その人の知っちゃいけない部分まで見られるじゃないですか。それが原因で関係とかが崩れちゃうんじゃって考えたら、ちょっと怖いなって思って」
 綾耶は自らの身体にある秘密を抱えていた。その秘密は綾耶に痛みを与え、いつか限界を迎える時が来てしまうのではないかという不安を纏わせ続けていた。その事を恋人である某に知られてしまったら、この関係が変わってしまうのではないか――綾耶の心配はそこにあった。
 
 だが、そんな心配は無用だった。実は某は綾耶の『痛み』の事は既に知っていたのである。
 綾耶自身はそれに気付いていないが、彼はその全てを受け入れた上で愛し、護り続けていく道を選んでいた。
 調査を続けている某の頭に、奇遇にも『もし自分が本を手に入れていたら』という考えが浮かぶ。だが、彼は一笑すると、軽く頭を振ってその考えを打ち消した。
(今パラミタで起こってるゴタゴタがどうやったら解消されるか……なんて都合の良い内容が浮かぶわけが無いか。それに、そういうのは誰かに教えて貰うんじゃなくて、自分達で模索して見つけ出すもんだ)
 
「ところで、天音さん達は本を手に入れたんですよね? 大樹さんが持って行っちゃって、天音さんは良かったんですか?」
「そりゃああんな願いは駄目に決まってるけどね。大樹は先に行っちゃったし、それに――あたしには知りたい事なんて無いから」
 そう言って天音が曖昧に笑う。
 
 ――嘘だ。本当は知りたい事は色々あった。
 
 実は天音はここ一年半ほどの記憶しか持っていない。当時、シンク郊外で倒れていた所を大樹が発見し、懸命の看病で救われた過去を持っていたのだ。
 自分が何者なのか、どうしてあの場所で倒れていたのか。それまでどういう生活を送っていたのか。
 そういった事は一切分からず、また、天音のような人物の捜索願を出している所も無かった為、そのまま篁家へと引き取られて今に至る。
 本の力を使えばそういった事の真実も分かるのだろう。だが、綾耶が口に出した心配事、『相手の真実を知る事で関係性が変わってしまう』事を天音もまた恐れていた。
(あたしは『篁 天音』。馬鹿な兄弟と頼れる姉さん、家族みんなと幸せに暮らしてる……それがあたしにとっての真実よ)
 この話題は両者にとってあまり歓迎出来る話題では無い。そう思った天音は違う話を綾耶へと振った。
「ところで、綾耶ちゃん達はどうしてこの調査に参加したの? 何か本が目的って訳じゃなさそうだったけど」
「え!? えっと、それはですね……」
 途端に綾耶が慌てだす。言って良い物かしばし迷うと、小さな声でそっとつぶやいた。
「その……クリスマス、お正月と出費がかさんだせいで、その……うちの家計が、ですね……丁度その時にこの洞窟の調査依頼があったものですから……」
 ――何かもう、色々と台無しだった。
 
 
 外から観察して分かる事はこれ以上なさそうだったので、広間へと踏み込んで各自散開する。すると部屋中の精霊が反応し、それぞれに魔法で攻撃を開始して来た。
「なるほど、赤は炎、青は氷……どうやら色に応じた魔法攻撃を行ってくるようだな」
 襲い来る魔法を回避しながらキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が分析する。そしてハーフムーンロッドを取り出すと、先端に炎を纏って精霊の集団をなぎ払った。
「――何っ!?」
 黄色い精霊が炎に包まれて消滅する。だが、それ以外の色をした精霊はむしろ増殖し、一斉に魔法を放ってきた。
 魔法が炸裂する直前、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がその射線に入ってラスターエスクードを構えた。自分を含めて4人は纏めて防御出来る巨大な盾で精霊の攻撃を防ぎきる。
「キュー、大丈夫?」
「ああ、助かった。増殖するとは厄介な性質を持っているようだな」
「属性攻撃に反応しているのかしら……丁度いいわ。アレックスの修行に役立ちそうだから、それまで魔法は控えていて頂戴」
「やれやれ……修行は構わんが、我らだけの都合で動いている訳では無いのだ。他の者の援護の範囲では使わせてもらうからな」
 勢力を増した精霊を警戒する。近くで観察していたダリル・ガイザックが一連の現象を某と共に分析し始めていた。
「黄色だけ消滅した事が気になるな。攻撃だけでは無く、防御も特定の属性を弱点として抱えているのではないか?」
「なるほど、その可能性はあるな。となると、爆炎波で消えた黄色の弱点は炎か」
 某がテクノコンピューターへと記録していく。それを受け、今度はキューが魔法の出力を絞り、精霊単体を狙って次々と放っていった。
「白と黒は恐らく光と闇――互いが互いの弱点属性だろう。となれば後は赤と青を調べるだけだ」
 氷術と雷術が赤と青それぞれ一体ずつ目掛けて駆けて行く。すると、氷術を喰らった赤と雷術を喰らった青が消滅し、残りの二匹が逆に増殖した。
「赤が氷、青が雷――と」
 テクノコンピューターへの情報が蓄積されて行く。
 問題は各色ごちゃ混ぜになっているこの状況で、どうやって特定の色にだけ魔法を当てていくかだった。一匹一匹狙っていく事は不可能では無いが、効率が良いとは言えないだろう。
(……あら?)
 その時、神代 明日香がある事に気付いた。自分が受けている攻撃は炎ばかりなのだ。自身も炎系魔法は扱えるのでそれを当てて炎の軌道を変えたり打ち消す事で迎撃しているのだが、光や氷といった他属性の攻撃が飛んできた覚えが無い。
 攻撃が止んだタイミングで相手を良く観察する。
(こっちに動くと……)
 明日香が左へと動く。すると赤い精霊達も同じ方向へと動いた。
(こっちだと……)
 今度は右へ。やはり赤い精霊達もついて来る。
(もしかして、これに反応しているんですかね?)
 大根精霊のつぶらな瞳はどうも明日香のリボンやスカートに向けられているようだった。かといっていやらしい視線かというとそういう訳でも無い。試しにその二つを押さえながらゆっくり歩いてみると、動きそのものには反応するものの、先ほどのような強い反応は見られなかった。
「某さん! この赤い大根さん達、ひらひらした物に寄って来るみたいです〜」
「何? 本当か?」
「はい! 見てて下さい〜」
 明日香がわざとリボンとスカートのはためきを大きくしながら動く。それに反応した多くの赤い精霊が明日香の方へと動き出した。
「なるほど! それならルカにも出来そうね。こっちの誘導は任せて!」
 ルカルカ・ルーが空中へと浮かび、ワンピースをはためかせながら逆方向の赤い精霊達の誘導を始める。それを見て朝斗も手持ちの荷物から有効な物が無いか探し始めた。
「え〜っと……これでも無い、こっちも違う……あ、あった!」
 取り出したのはタオルだった。その生地にはろくりんピックのロゴが刺繍されている。
「ほら精霊達、こっちにおいで!」
 タオルを振り回し、明日香とルカルカの誘導から漏れた精霊達の所へと向かう。三人におびき寄せられた赤い精霊達は次第に一箇所へと集められていった。
「そろそろ仕掛ける頃合いかしらね。二人とも、準備はいい?」
「はいですぅ」
「こっちも大丈夫です!」
「それじゃ、行くわよ。ダリル! 援護よろしくね!」
 ルカルカの指揮の下、明日香とダリルのブリザードが発動した。
「行きますよ〜、ブリザードですぅ〜!」
「……凍れ」
 周囲に氷の嵐が吹き荒れる。団子状態になっていた精霊達はたちまち凍りつき、光へと変化して消滅して行った。
 更に、残った精霊に向けてルカルカの絶零斬と朝斗のアルティマ・トゥーレが襲い掛かる。
「これでっ!」
「最後っ!」
 一閃。赤精霊の最後の一匹が消滅し、五色のうち最初の一色を倒しきった事を確認する。
「まずは第一段階クリア、と。それじゃ、他の色の援護に回りましょうか」
「了解です〜。私は黄色さんとの戦いのお手伝いに行ってきますね〜」
 ルカルカと明日香がそれぞれ散って行く。それを見送りながら、朝斗は自分の胸に手を当てた。
(何だろう……この胸騒ぎ。洞窟に来てから身体の調子もおかしいし……僕の気のせいだといいんだけど)