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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第2章(2)
 
 
「痛てっ!?」
 転移した際の着地に失敗し、ベルトラム・アイゼン(べるとらむ・あいぜん)が地面に倒れる。
 彼が跳ばされたのは大きめな部屋と呼べるくらいの空間だった。出口であろう道には鉄格子があり、気分は座敷牢と言った所か。
「さて、我らは同じ所に転移した訳だが、どの様な試練が待ち受けているのであろうな」
 デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)がこの場にいる者達に視線を送る。それに対し、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がまず一つの確認をした。
「精神を突く攻撃か……であれば、ここにいる者達が苦手にしている物で責めてくる可能性が高かろう。唯斗、おぬしは何が苦手であったかの?」
「俺か? まぁ、一つだけ挙げるなら昆虫の類だな。あいつらはどうやっても慣れん」
「奇遇だな。俺も虫は駄目なんだ。あの足がどうもな……」
「あら〜、私もそうなのよ。やっぱり苦手な人って多いのね〜」
 妙な所で気が合った紫月 唯斗、エヴァルト・マルトリッツ、師王 アスカの地球人ズ。
 だがちょっと待って欲しい。こうして同じ弱点同士が集まったという事は――
「……なぁ、余り後ろを振り向きたく無いんだが」
「奇遇だな。俺もそう思った所だ。嫌な予感がどうもな……」
「あら〜、私もそうなのよ。でも向かない訳にはいかないわよね……」
 恐る恐る後ろを振り向く三人。次の瞬間、この場は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「☆○ε×■φ△〜〜!!」
 そこにいたのは虫、虫、虫。昆虫嫌いでなくとも身の毛のよだちそうな光景に、最早声という声にもならずに逃げ回る三人。この場には他にベルトラム達四人がいたが、精霊は昆虫嫌いな三人に的を絞って襲い掛からせていた。
「きゃー! 嫌、来ないでー!!」
 アスカが必死に逃げ回る。持ってきている武器が弓のみなので、襲い来る昆虫は本を振り回す事で払うしかない。
 そんな彼女の姿を見ながら、蒼灯 鴉(そうひ・からす)は冷静に精霊へと付け入る隙を窺っていた。
(アスカと他の虫嫌いな奴には悪いが、精霊の隙を突くなら弱点が明確な奴を囮にするのが最適だ。あの女悪魔ははぐれたみてぇだし、俺が苦手なもんは精霊が突いてこれるとも思えねぇ)
 それに、と鴉が少し不機嫌そうな顔になる。
(知りたい情報があの校長様っていうのがむかつくからな。少しくらい意地悪したって罰は――)
「……ふ、ふふ」
 何かが切れたような感覚と共にアスカの様子が変わる。限界を突破するほどの負荷が彼女を暗黒の縁へと追いやったのだ。
 ――まぁ早い話が、キレた。
「この外道精霊共が〜っ! そんなに死にたいようだなぁ!! 喰らえ! サイドワインダー!!」
 素早く二本の矢をつがえ、奥にいる精霊へと狙い撃つ。何匹かの虫を巻き込んだその一撃はすんでの所で射抜かれそうだった精霊の横を抜け、奥の壁に突き刺さった。
「あはははは! 虫なんて全て廃棄してあげるわぁ! 芸術家を舐めるんじゃないわよ〜!! 屑がぁっ!!!」
「ちょっと待て! それはヤバい! 何て言うかヒロインとして!!
 少しの意地悪大きな後悔。アスカを正常に戻す為の苦労は並大抵のものではなさそうな予感がひしひしと感じられた。
 その頃、同じく混乱へと陥っている二人がいた。唯斗とエクスだ。
「くそっ、この! 来るな、来るなー!!」
「えぇい、落ち着けというに! こ、こら! それを投げてはいかん!」
 唯斗が懐から次々と物を投げようとするのをエクスが必死に阻止する。それぞれのパートナーを止めながら、エクスと鴉は胸中で自分の立場を嘆いていた。
(全く、わらわの弱点なんぞ突きようが無いと思い、気楽に構えておったというのに!)
(どうなってんだよ一体……って、まさか――)
 
『世渡りがヘタってこういう事か!?』
 
 はい大正解。
 
「ああ! 見つけました! 唯斗兄さん、エクス姉さん、大丈夫ですか?」
 鉄格子の外から少女の声が聞こえてくる。そこに現れたのは紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だった。後ろにはプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)の姿もある。
「どうやら聞こえていないようですね。マスターの嫌いな昆虫がいるからでしょうか」
「アスカも同じ状況みたいね。さて、試練というからには精霊を倒せばここを開ける事が出来るんでしょうけど、肝心の精霊があちら側にいるわね」
 どうやらここにいるのは昆虫を出している精霊一匹のみらしい。その精霊はこちらに気付くと目を光らせた。
「ケケケ、オ前達ノぱーとなーノ苦シム姿、ソコデ見テイルガイイ」
「だ、駄目ですよ! そんな事はしないで、唯斗兄さん達を出してあげて下さい!」
 睡蓮が精霊を叱ろうとするが、精霊は気味悪く笑うだけだった。説教が苦手な彼女では強く出るのは難しいだろう。心理的な勝負であれば逆におだて上げるという手もあるが、正直者な睡蓮ではそれも難しく、ましてやお世辞がヘタなプラチナムでは――
「いいからとっとと開放しなさい、この枯れ枝」
 ――そもそもそんな気自体更々無かった!
 ともあれ、オルベールも含めて外の三人が精霊へと手を下すのは難しそうだった。
 魔鎧であるプラチナムは鎧化をする事で鉄格子をすり抜けて唯斗の所へ行く事は出来るだろうが、今の混乱した状況に突っ込んだらとばっちりを受けかねない。
 ひとまずは中にいて、かつ冷静さを保っているベルトラムとデーゲンハルトに任せる事に決めた。
 
 
「なあなあ、俺やアニキみたいに味覚関係が弱点な奴にはどういう攻撃が来るのかな? もしかしてバラエティ番組みたいな舞台が出て来たりして!」
「そんな手間のかかる物があるとは思えないがな。せいぜい――」
 デーゲンハルトの言葉を遮り、どこからともなく円盤が飛んでくる。それに一撃を叩き込むと、円盤は真っ二つに割れて地面に落ちた。
 どうやらクッキーのようだ。
「こういった物だろう。虫のように気味が悪い訳では無いが、不愉快な事に変わりは無いな」
「クッキーにケーキにドーナツねぇ。これ、甘い物が好きな奴にはむしろご褒美じゃない?」
「好きならな。それより叩き落すのを手伝え」
「ほいほーい。っつーかこれなら……よっと」
 ベルトラムが飛んでくるお菓子の一つを掴む。そしてそのまま食べ始めた。
「ん〜、俺の舌じゃ細かい味は分からないけど、悪くないな。丁度腹減ってきてたし、せっかくだから食わせてもらおうっと」
 言うが早いか次々と捕まえだす。そして一度に頬張れる量ギリギリまでかき集めると、大きく口を開けた。
「いっただっきまーっす!」
「こら、ここは試練の場所だぞ。何があるか分から――」
 
 ボンッ!
 
 ベルトラムが食べ進めていった瞬間、その口から大量の煙が出てきた。同時に飛び出した紙切れには『ハズレ』と書いてある。
 他の人なら途中で味に違和感を感じて吐き出していただろうが、舌が鈍いベルトラムは運悪くトラップに引っかかってしまったという訳だ。
「……ケホッ」
「だから油断するなと……仕方ない、多少強引な手を使わせてもらうとするか」
 デーゲンハルトが昆虫と格闘しているエヴァルトへと視線を向ける。彼は火術や焔のフラワシ、果ては松明までも利用し、とにかく虫を近づけないようにしていた。そんなエヴァルトへと歩み寄ると、ドラゴンアーツで強化した力で思い切り持ち上げる。
「うぉっ! 何をする!?」
「このままでは埒が明かないのでな……行って来い」
 そう言うとおもむろに腕を振り下ろし、エヴァルトを一直線、精霊へとぶん投げた。幸い軌道上に虫はいないが、その周囲にはわんさかいる。
 ――パートナー相手に結構鬼畜である。
「う、うぉぉぉぁぁぁぁあああ!!」
 さすがにこの奇天烈な接近は予想外だったのか、精霊が慌てて周囲の昆虫をエヴァルトへと向ける。だが、それを素早く空飛ぶ魔法で上へとかわすと、天井を蹴った勢いで龍飛翔突を喰らわせた。
「これで――どうだっ!!」
 鉄甲が深々と精霊に突き刺さる。どうやら姿を現している時は実体のある者と何ら変わりはないらしい。
「ミ……見事…………ダ」
 精霊の姿が光となり、同時に鉄格子や昆虫の姿が消えた。外に締め出されていた三人が中へと入ってくる。
「唯斗兄さん、エクス姉さん、無事ですか!?」
「はぁ……はぁ……む、虫はもういないか……?」
「非常にリアルでしたが、あれでも幻影の一種だったようですね。まぁ傍から見ていた分には楽しい余興でしたよ、マスター」
 純粋に心配する睡蓮に対し、クールに毒を吐くプラチナム。彼女達はある意味いつもどおりと言えた。
 光となった精霊は周囲を浮遊し、アスカの持っている本へと宿る。それを合図にしたかのように、彼女も正気を取り戻した。
「あ、あら? 私、何をしていたのかしら?」
「やっと元に戻ったか……」
 鴉がぐったりと座り込む。オルベールはそんな鴉を無視し、アスカへと歩み寄った。
「アスカ、大丈夫だった? そばにいてあげられなくてごめんなさいね」
「あ、ベルも無事だったのね。良かったわ〜」
「ああもう、自分よりも先にベルの心配だなんて、なんていい娘なのかしら。安心して、アスカの疲れをベルが癒してあげるわ」
 アスカを溺愛するオルベール。そんな彼女と反りが合わない鴉が口を挟んだ。
「おい女悪魔、何するつもりだ?」
「うるさいわね、バカラス。当然、ベルが癒すとなったらこの美声に決まってるじゃないの」
「美声って……おい、ちょっと待て!」
「本当は精霊を聞きほれさせようと思ってたんだけどね。アスカ、これで疲れを吹き飛ばしてあげるわ」
 鴉の静止を無視し、オルベールがその歌声を披r

〜〜〜しばらくお待ち下さい〜〜〜

「あら、皆揃って寝ちゃうなんて。ベルの歌声はもう罪の領域ね」
 
 後日、この場に居合わせた者は口を揃えてこう語った。
 『心の試練は二段構えだった』と――