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第三章:青い闇の警告
 オレンジ色の時が去り、青と黒の混じった闇が降り始めた荒野を御弾 知恵子(みたま・ちえこ)ハンゲルグ・ツェルヴ(はんげるぐ・つぇるう゛)の乗る知恵魂暴夷が、コンビニに向けて爆走していた。
「ハンゲルグ! あんたもっと飛ばせないのかい?」
 隣に座る知恵子の厳しい声に、ハンドルを握るハンゲルグが静かだがハッキリした口調で応える。
「知恵子様。確かに私は夜の眷属、蝙蝠の獣人。夜の仕事は大得意です。この夜の大荒野は暗いでしょうが、ライトと【ダークビジョン】を使用すれば昼間同様の視界を得られます。……しかし、それはあくまで私個人の話であり……」
 目の前に広がっていた流砂をハンゲルグが急ハンドルでかわす。
「おっと……! さて、続けますと既に床までペダルを踏み込んでいます。この状況で更なるスピードアップを図るには、荷物を捨てる、くらいの選択肢しかございません」
「はっ! それが出来たら配達は苦労しないさ、何せコンビニはパラ実生にとって大切な分校候補だからねぇ。それよか、応援はどうなんだい?」
「はい。コンビニの警備部に連絡は致しましたが、まだ合流までには時間がかかると思われます」
 ズンッと、何かがトラックの傍へ着弾し、ハンゲルグが再び急ハンドルをきる。
 助手席の知恵子は窓を開いて半分体を外へ出す。
「知恵子様? どちらへ?」
「知恵魂暴夷の砲座へ行くんだよ! こんなとこで大切な荷物を奪われるのはシャクだからね! まあ……ちょっと反動で車が揺れるかもしれないけど……でも襲われて荷物を奪われるよりはマシだろう?」
 前を見つめていたハンゲルグが知恵子を見る。
「運転はお任せ下さい。何卒、お気をつけて」
「あんたもね」
 黒の長髪を風になびかせた知恵子が、巧みにトラックの背を伝い、後部コンテナへ向かう。
 バッとかけられていた布を払うと、イコン用アサルトライフル砲座が現れる。
 砲座に腰掛ける知恵子、その先に不気味に蠢くイコンが数体見える。
「パラ実のトラックをただの丸腰の車と思って欲しくはないねえ! 巨獣だろうが像賊だろうが、ただで済むと思うなよ!」
と、迫るイコンに狙いを定めた知恵子。
 アサルトライフルの音が、闇夜にこだまする。


 ハンゲルグが無線で出したSOSの連絡は、コンビニの警備部に駐在していた高円寺 海(こうえんじ・かい)により受けられていた。
「配送中の知恵子のトラックが賊の襲撃にあってる。直ぐに助けに向かうんだ!!」
 海の言葉により、警備員達に緊張が走る。
「イコンで行くのか、じゃあ俺の出番だな、海?」
健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)が瞳の中に炎を燃やす傍では、パートナーの君城 香奈恵(きみしろ・かなえ)が不満そうな顔を見せる。
「ああ、頼むぜ」
 海がポンと健闘の背中を叩く。
「何で警備員やらなきゃなんないの〜? あたし、店員になりたいよ〜。摘み食いもできるのにな」
「あら、香奈恵さん、ずいぶんと興奮しているじゃない?」
とは枸橘 茨(からたち・いばら)の言葉である。
「当たり前よ、茨ちゃん! あたしが弁当を食べなくなっちゃうのよ〜! どうしてくれるの!」
「香奈恵、何をしてるのよ!落ち着きなさい!」
と、香奈恵を止めたのは熱海 緋葉(あたみ・あけば)である。
「だってー、だってー」
「大丈夫。あたしはダークビション(暗視)のスキルを持っているから、夜でもへっちゃらよ」
「夜だと、光条兵器で敵の目眩ませることができる……ふふふ……」
と、互いに顔を見合わせ笑いあう緋葉と茨。
「二人とも、わかってない!」
「香奈恵さん、この戦いが終わったら、健闘くんがご馳走するわ。落ち着いて」
 茨が香奈恵の肩を優しく抱いて悪魔の如き誘惑をかける。
「おい……茨、俺がご馳走するだと? んな事は言って……」
 健闘が反論しようとするも、茨の青い瞳が彼の次の言葉を停止させる。
「いや……少しくらいなら……」
「良かったわね、香奈恵さん。満漢全席クラスでも奢ってくれるそうよ?」
「おいッ!!」
 香奈恵はパッと目を輝かせ、
「ようしッ!! そうと決まればチャッチャと片付けに行くわよ!! ほら、健ちゃん、緋葉ちゃん、茨ちゃん! みんな、あたしに続けぇぇぇぇッ!!」
 クェイルのハンガーを目指して一目散に飛び出していく香奈恵を、健闘達が追いかけていく。
 健闘達が駈け出して行った後、海は同じく警備員である杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)に向き直る。
「柚も頼めるか? 他の警備員は店の周囲の警戒をしなきゃならないんだ」
「え、あ……は、はい! 勿論です!!」
 海の言葉にウン、ウンと激しく頭を振る柚を傍らの三月が意味ありげな笑みを浮かべ肘で突っつく。いつもは夜に出歩くと三月に止められる柚だが、海と一緒だからいいと言われ、夜のバイトに赴いていた。勿論、その真意は柚の乙女ゴコロを察した三月にある。
「じゃ、じゃあ私もイコンに向かいますね?」
「ああ……と、ちょっと頼みがあるんだ」
「はい?」
 海が頭を掻きつつ、申し訳なさそうな顔をする。
「オレのイコンさ、メンテ中で持ってきて無いんだ。良ければ柚のグレイに同乗させてくれないか?」
「え……ええ! ど、どうぞどうぞ! ふ、二人乗りだけど、海くんなら大歓迎ですっ!!」
 そう言って柚が海に見えない角度に火照った顔を背けると、柚の様子を見た三月はますますニヤニヤするのであった。

 海に率いられたイコンパイロット達が知恵子の配送トラック救助へと出撃していくのをセルシウスは店から眺めていた。
 セルシウスは出撃前の海に「コンビニの守りはどうする?」と尋ねるも「店に物資が届かないんじゃ、お客が困るだろう?」と返されていたのだ。そもそも、コンビニの警備部は本店の直轄であり、店長代理のセルシウスが把握困難な組織である。
「(今夜確かめる、と、そう言っておられたなアポロトス殿は……)」
 セルシウスは店の前で彼らを見送った後、先ほど来た一人の客、アポロトスの事を回想する。