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第2章 受け入れる今と過去

「妙だな・・・何時間経っても帰って来ないなんて」
 パートナーが何も言わずいつまでも戻らないことが気になり、マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)は携帯で沢渡 真言(さわたり・まこと)に連絡する。
 しかし何コール鳴らしても出る気配はない・・・。
「おい、何やってんだ・・・。早く出ろよ!」
 妙な胸騒ぎがし苛つくように怒鳴る。
「―・・・マーリンですか?」
「やっと出たか。今、どこにいるんだ?」
「いえ・・・もうすぐ戻りますよ」
「俺はおまえがどこにいるか聞いてるんだぜ!―・・・うわぁっ!何か爆音が聞こえたぞ!?」
 電話越しから聞こえる音に思わず携帯のイヤホンを外す。
「心配は要りません・・・ちゃんと帰ってきますから・・・。では、切りますね」
「はぁ!?おい、勝手に電話切るんじゃねぇよっ。真言のやつ、電源切りやがったな。切羽詰ってるくせに、素直に助けを求めろってーの」
 明らかに何か隠したような感じの声音だっていうのに、ふぅとため息をつき彼女のために援軍を呼んでやる。
「もしもし、俺だ」
「んー?どうしんだい、マーリンさん」
「真言のやつが面倒なことに首を突っ込んでいるみたいなんだ。ちょっと一緒に来てくれないか?イルミンスールの森の入り口の辺りで待っているぜ」
「はいはいー、じゃあすぐ行くよ。人手が足りないみたいだから皐月も来て」
「皆さん、首を突っ込むのが好きなのね・・・」
 佐々良 縁(ささら・よすが)は電源を切ると、佐々良 皐月(ささら・さつき)と共に急いで向かう。
 一方、一足先にオメガの護衛をしていた刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)たちは、十天君の研究所を探しに森の中へ入っていた。
「えっと・・・どっちに行けばいいのかしら」
「まさかと思うが、道に迷ったのでは・・・?」
 表情を曇らせユーリア・ヴォルギナ(ゆーりあ・う゛ぉるぎな)はじっと刹那を見る。
 その言葉を聞いた他の2人のパートナーが唖然とする。
「―・・・あ、あの。ちょっとここで待ってみてはどうでしょうか?」
「無闇に動いて迷うよりかはマシかしらね・・・」
 遠慮がちに小さな声音で言うアレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)に、他の生徒が通りがかかるのを待つことにした。
「誰かと合流出来ればいいですが。もし発見されなかったら・・・どうなるんでしょうね。フフフ・・・」
「やっ、やめてください・・・セファーさん。きっと・・・誰か、ここを通るはずです・・・。来てくれないと困っちゃますよ・・・ぐすんっ」
 不吉なことを呟くセファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)にアレットは瞳を潤ませる。



「やっほーマーリンさん、お急ぎのようで〜お手伝いするよー」
 ぶんぶんと片手を振り縁は皐月と手をつないでマーリンに駆け寄る。
「おっ、やっと来たか」
 早く来いと2人を手招きする。
「何やらこの森の中にある研究所を探している者たちがいるみたいだな。あなたたちもそうなのか?」
「ん、あぁ。今から行くところだぜ」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に声をかけられ振り向く。
「魔科学の実験もやってようだが、今は不老不死という実験だけという噂を聞いたんだ」
「そのようなものは禁忌の領域ではないか?」
 彼に装着している魔鎧のアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が言う。
「無闇に広められては、多くの者の心が病んでいってしまうぞ」
「1つ得れば、もっと他のものも得たいと、欲望に飲まれていくだけだ」
 ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)は横から口を挟むように言い、不愉快そうに顰め面をする。
「ありゃー・・・何だか大事になっちゃっているんだね」
 彼らの話を聞いた縁は、自分もどえらいものに首を突っ込んでしまったと肩を竦める。
 森の中に入り、何十分も歩いただろうか・・・。
 ちょっと余所見をしてだけで、どっちに進んでいるのか方角すら、分からなくなってしまいそうだ。
「逸れたらアウトみたいな感じかなぁ。もう少しこっちにおいで」
「うん・・・」
 迷子にならないよう皐月は縁に肩を抱き寄せられる。
「マーリンさん、そこの木にリボンがあるわ」
 先に進んだ生徒が残した目印を見落とさないように、薄暗い森の中をキョロキョロと見回す。
「右の矢印が描いてあるな、こっちだぜ」
「はいはい〜。ん・・・そこの茂みに誰かいない?」
 縁の視線の先を見ると、道に迷った刹那たちの姿があった。
「もしかして迷子さんかな」
「―・・・よかったわ、どっちに進んでいるのか・・・。途中で分からなくなってしまってね・・・」
「それじゃあ俺たちと一緒に行くか?」
「えぇ、そうしてもえるとありがたいわね」
「うぅ・・・合流出来てよかったです・・・」
 うるうると涙目になっているアレットは小さな声音で言う。
 誰とも会えなかったら永遠に彷徨うかもと、不安でたまらなかったのだ。
「探すのが大変だから逸れるなよ」
「また迷うなんてごめんだわ」
 パキキッと小枝を踏み鳴らし、刹那たちはマーリンの後についていく。



「いくつか目印がありますけど、順番にたどっていけばつけそうですね」
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は獣道を進み、矢印が描かれたリボンをたどり研究所を探す。
「―・・・なぁ、おい」
「とはいえこの森は迷いやすいみたいですし」
「おーいレリウス」
「余所見をせず慎重に進みませんと・・・」
「こらっ、無視するな!!」
「はい?あぁ、すみません。進む方向間違わないように、集中していたものですから。どうしました?」
 顔に青筋を立てるハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に笑顔を向ける。
「教導団で受け取った爆弾で、何するつもりだ?」
「ちゃんと破壊工作を覚えているのかよ」
「う〜ん・・・きっと何とかなりますって」
「(うわぁ〜、1人で行かせたらえらいことになってたぞ。まったく・・・)」
 テロリストどころか自爆テロもいいところだとハイラルは頭を抱える。
 彼を止めようとは思わないし、言ってもどうせ止まらないとすでに諦めている。
 しかしイルミンスールの森は1度彷徨ったら、無事に出られるか分からない危険な場所。
 1人で行かせたらそれっきりになってしまうと思いついてきたのだ。
「何か・・・甘い匂いがしてきましたね?」
「あぁ、何だろうな・・・気を抜くなよ、レリウス」
「―・・・はい。でも、・・・凄く落ち着くような・・・そんな感じがします」
 頭の中が霧がかったように、ぼーっとしてしまう。
「ハイラル・・・?」
「どっち向いているんだ、俺はこっちだぜ」
 明後日の方向を見ている彼の視線の先を見たとたん・・・。
「はぁ!?俺が2人だと!!?いや何か違うな、あれは・・・」
 自分そっくりの傭兵の男が身体から血をぼたぼたと流し、憎々しげにレリウスを睨んでいる。
「そんな、そんな顔で見ないでください・・・俺は・・・・・・っ」
 死んだはずのハイラルに瓜二つの男が突然現れ、レリウスは周章狼狽する。
「お前のせいで死んだ・・・」
 目の前の存在から目を背け、逃走しようとする彼の前へ亡霊のようにスウッと現れる。
 レリウスは傭兵時代に視界の悪い森で戦闘は慣れていたが、パラミタに来て間もない彼は、イルミンスールの森の妖しく惑わす危険さなんて想像もつかなかった。
 彼が原因ではないのに・・・。
「俺の・・・せいで、俺が弱かったばっかりに・・・!」
 自分が弱かったせいで団長が死んだ。
 しかも目の前で・・・。
 あの時、自分がもっと強ければ、傭兵団の団長を死なせずにすんだはず。
 銃を捨て生きる気力を失っていたが、その彼と瓜二つのハイラルと出会い、生きる気力を取り戻せた。
 自身の無力さを悔やみ、今は大切な存在を自分の手で守りきれるくらい・・・、強くなるために生きている。
「同じ死の痛みを味あわせてやる」
 トラウマとなって現れた幻影がレリウスに銃口を向ける。
 ギリリリ・・・。
 早くこの手で殺してやりたいと冷たい眼差しを向けトリガーを引く。
 ズガァンッと銃声が轟き、トラウマを目の前に動けないレリウスを、嘲笑するかのように木々がざわめいた。
「馬鹿野郎!死にたいのか!?」
 とっさにハイラルが彼の身体を抱え、草の上へ転がる。
 今を生きていないような目をしていない彼に向かって怒鳴り散らす。
 しかしレリウスは返事を返さず、
 心の底から敬愛し慕っていた団長が、何の躊躇もなく銃殺しようとしてきたショックと、彼の死の原因はやっぱり自分なのだと思い込み唇を震わせる。
「こんな俺なんかが団長の傍にいなければ・・・。いえ、むしろ・・・分相応をわきまえて、ひっそりと暮らしていればよかったんです・・・。無力な俺が傭兵なんて、なるべきじゃなかったんですよ!!」
 自分の無力さを怒り嘆き責める。
「過去の幻影なんかに、レリウスを殺させはしない!」
 暗器仕様の腕輪の形状をした光条兵器で、戦意を喪失している彼の変わりに倒そうと挑む。
 ヒュヒュヒュッ。
 手の甲側に出た刃を射出する。
「くっ、全て命中したはずなのに、まだ動けるのか!?」
「そのような魔法攻撃では致命傷になりいのだろう?」
 ズガンッ。
 全て受けることでわざと隙をつくり、ハイラルの片足を狙う。
「(避け切れなかったかっ)」
 ヒールで治療している暇はない・・・。
 レリウスと逃げる手段も考えたが、それでは彼のトラウマは消えないままだ。
「だったら、こいつだったらきくよな!?」
 ホーリーメイスを握り、殴り潰そうとする。
「そう簡単に、接近を許すと思っているのか?」
「―・・・ちっ」
 間髪銃弾を避けたものの、片足の傷がじわじわと痛み出す。
「おい、レリウス。今、おまえの目に映っているのはどっちだ!?心が死んじまった過去か?それとも・・・オレと一緒に生きている現実か・・・答えろ!!」
「(俺が・・・生きている場所?)」
 自分の過去の幻影と戦ってくれている彼の姿が、戦場で敵の攻撃を受け、力尽きる団長の姿と重なり合う。
「無力で何も出来なかったのは事実です・・・。ですが、今・・・ハイラルを助け守り抜けるのは俺だけです!!」
 銃弾がこの身を傷つけようとも、今度こそ守ってみせる!
 ザシャァアアッ。
 ツインスラッシュで過去の幻影を斬り裂く。
「やっと乗り越えられたみたいだな・・・」
「すみませんハイラル、俺のせいで・・・・・・」
「まったく、おまえのそういうとこがいけないんだって。自分のせいとか・・・もう言うなよ」
「はい・・・すみません」
「その申し訳なさそうな顔とかするのもやめろ!傷なんて時間が経てば、治るんだからな」
「そうですね・・・。だいぶ時間をロスしてしまいましたね、急ぎましょう!」
 心の傷もいつか治っていくと信じ、ハイラルと共に生きている今を進む。



 研究所に向かおうとしていたアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)たちだったが・・・。
「朔・・・あんなに怪我をしちゃって!今すぐ手当てを・・・っていけないわっ。大切な私の朔の邪魔をすることになってしまうもの。あぁ、でもっ」
 一刻も早く傷を癒してあげたいのに、駆け寄りたい気持ちをぐっと堪える。
「私を・・・私を受け入れたいのに、どうして・・・っ」
 鬼崎 朔(きざき・さく)は闇幼女の朔を、必死に受け入れようとしているのに・・・。
「復讐心という闇以外・・・、必要ない!」
「(彼女を・・・いや、・・・“私”を受け入れるためには・・・)」
 トラウマの集合体の私を受け入れる方法を考えながら、鉄のフラワシで無光剣の刃をガードする。
 だが、守りに入れば入るほど行動予測で、いずれは隙をつかれてしまう。
「どうしても拒むというのなら・・・!」
 刃に聖なる輝きを纏わせ、闇の私に向かっていく。
「そんな技・・・バレバレだ」
 闇の私は行動予測し、もう飽きたという顔をして留めを刺そうする。
「(さぁおいで、・・・私)」
 冷酷な表情から柔らかな微笑みへと表情を変え・・・。
 ライトブリンガーで反撃すると錯覚させ、得物を地面へ捨てて闇の私を抱き締める。
 深々と肩に刃が刺さっているのに、ぎゅっと懐の中へ抱く。
「―・・・どうしてだ。私の攻撃を・・・どうして受けた?」
「それは、私の・・・全てを受け入れたいからだ」
「理解出来ない・・・・・・。理解なんてするものか、離せぇええ!!」
 腕の中から逃れようと闇の私がじたばたと暴れる。
「この私も私の一部なんだ・・・。否定なんていしない」
「復讐に取り付かれた存在・・・・・・、それが私だ。怒りも憎しみもなかった幸せなんて・・・欠片もないっ。身体に刺青を入れられ・・・穢れたこの身も。その一部ということになるのだからな!」
「ああ、それはわかってるさ。・・・ただ、“私”よ。これだけはわかってほしい。私は決して“私”を蔑ろにしたわけじゃない。あの時の想いは今も胸に燻っている。それも“私”だ」
「だったら、復讐のためだけに・・・・・・。それだけで、今まで生きていきたんじゃないのか!?」
「でも・・・そればかりではもう生きていけなくなったんだ」
 その生き方の気持ちも受け入れる・・・、しかし闇だけじゃなくもう幸せを見つけてもいいのだから・・・。
「護りたい大切な人たちが出来たから・・・だから、そんな私も受け入れてくれ、“私”よ・・・」
「闇の部分なんていつ暴走するかわからないのに・・・」
「そうかもな・・・。だが、“私”よ。少しは光も・・・受け入れてはくれないか?」
「光・・・?憎しみとも・・・怒りとも違う・・・。ずっと昔に全て奪い取られたはず・・・」
 それなのに、この気持ちは何なのか。
 抵抗をやめて確かめるように私を抱き締める。
「あの日からもう、必要ないと思っていた・・・・・・。なのに何だか・・・とても温かい・・・」
「―・・・ありがとう、闇の私・・・」
 私という光を受け入れ、私の中へ溶け込むように消えていく。
「なるほどね。互いを攻撃して、傷つけあっていちゃ、受け入れられるも何もないものね」
 助けてあげたい気持ちを抑え、見守っていたアテフェフが納得したように言う。
“これからよろしく、光の・・・私”と、どこからか声が聞こえてきたが姿は見えない。
「あぁ。これから先、ずっと一緒だ。―・・・っ」
 1つの存在になれた嬉しさにほっと息をつくと、堪えていた痛みが身体を襲い膝をつく。
「んもうっ!リジェネレーションだけじゃ、なかなか治らないわよ。その傷!」
「(ありがとう、お姉ちゃん)」
 アテフェフにヒールで応急処置をしてもらい、ずっと心配して見守ってくれていた彼女に心の中で、感謝の言葉を呟いた。
「これじゃ研究どころじゃないわね。魔法学校に帰りましょう」
「すまない。って、おんぶなんてしなくても!」
「何言ってるのよ。その傷じゃ、まともに歩けないでしょ?ちゃんと治療しなきゃいけないだし、この方が早く帰れるわよ♪」
「だが、恥ずかしい気が。やっぱり降ろしてくれないか」
「怪我人は黙っておんぶされていなさい。ウフフッ」
 顔を真っ赤にする愛らしい朔の姿に、アテフェフが降ろしてやるはずはない・・・。