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   第三章

【一回戦第四試合】ランダムDvsアジュールユニオン


  1

 試合開始。
「ボクは風、風(ボク)の動きを捉えきれるかな?」
 合図と同時に、鳴神 裁(なるかみ・さい)シルフィードを駆り、人工島の対角線上の先へと進路を取った。
 裁の戦術は機動力を活かしたイコン格闘術。早い段階で距離を潰しておきたい。
「焦らなくても、あっちも似たようなこと考えてるみたいだよ?」
 そう言ったのはレーダー機器を担当しているパートナー、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)である。
 意味を図りかねた裁が首を傾げると、
『裁ー、前を見れば、意味がわかりますよ〜?』
 告げたのは魔鎧化して裁に纏われているパートナー、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)だ。
「お」
 言われるまま視線を前方へ戻した裁の顔が、嬉しそうに緩む。
 眼前には、敵の機体、シュラオウが迫っていた。

「さぁ! 戦いを始めようか!! オレの信念! そしててめぇらの強さとのぶつかり合いだ!! 全力で! 手加減無しでぶっ倒してやるぜ!!!」
 シュラオウの機内、天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)はそう吼えるや、速度もそのままシルフィードへと襲いかかる。
「レーダー各種機器の確認は任せて! 鬼羅ちゃん!」
「おう! 任せるぜ!」
 同乗のパートナー、リョーシカ・マト(りょーしか・まと)も気合は十分だ。
「相手さんの動きも逐一報告するで! 前や! 鬼羅ちゃん!」
「そいつぁ流石に見ればわかる、ぜ!」
 気合一閃。鬼羅は新式ビームサーベルの斬撃を繰り出した。

 シュラオウによる上下二連の斬撃――いや、三連四連と続く攻撃を、シルフィードは掌で受け流す。
 受け流した勢いそのまま懐へ肉薄。機神掌を放った。
「鳴神流イコン格闘術・穿風(うがち)」
 が、シュラオウは攻撃の縦回転を利用し、これを回避した。頭を下げることで機神掌をかわしたシュラオウは、縦に一回転。踵落としをシルフィードの頭部へ浴びせる。
 踵が落下したその空間に、しかしシルフィードはもういない。
「ヒット&アウェイってわけか! ……なら、こっちはヒット&ヒットだぜ!」
 シュラオウはさらに加速。再びサーベルの連撃を繰り出す。
「わわっ、強引! ――鳴神流イコン格闘術・旋風(つむじ)」
 シルフィードもかわしざま、旋風回し蹴りを放って連撃を絶つ。
「へへっ」
「やるじゃねぇか!」
「けど」
「まだまだぁ!」
 互い、咆哮。
 両者は引き合うように激突し、高機動高回転の高速戦闘を繰り広げた。
 戦況は一進一退。刻々と時間だけが過ぎていく。
 残り二分。
 仕切り直すように、二体の機体は距離を取った。

『あれ〜? あの剣筋は〜……』
「知ってるの?」
『きっと、ホクシンイットウリューとか、テンネンリシンリューなのですよ〜? きっとニノタチイラズなのですよ〜?』
「へー」
 シルフィードの機内では、ドールが相手の剣筋について適当な解説を述べている。
 と、アリスが神妙な声で呟いた。
「裁、相手は間合いの読み合いに長けてるよね?」
「うん」
「なら、アレ使ってみたらいいと思うよ?」
「アレかー」
 シルフィードに施した魔改造。確かに、近接戦を得手とする相手には効果的だろう。
 まだ温存しておきたい気もするが、あのシュラオウ相手に出し惜しみする理由もない。
「よし。やろう」

「鬼羅ちゃん! 大丈夫!?」
「ったりめぇだ! リョシカが柔軟性良くしてくれたおかげで、あんだけの接近戦でもほとんど直撃もらってねぇしな!」
「ホンマ!? 良かった!」
「しっかし、アレを落とそうと思ったら、ここらでデカイの一発食らわすしかなさそうだな!」
 時間もないし、即断即決。鬼羅はシュラオウを駆り、シルフィードへ肉薄させる。
「さぁ、シュラオウ! オレ達の力を奴らにみせてやれ!」
 シルフィードも機神掌で迎撃してくる。頭部に突き出された右の掌を、シュラオウは首を捻ってかわす。
 かわしきれずに衝撃が機体を貫くが、構わない。
「とどめの必殺! 波羅蜜多龍滅掌だ!!」
 カウンターでの大技。灼熱の一撃はシルフィードを戦闘不能に突き落とす――はずだった。
「なに!?」
 新たな衝撃は、しかしシュラオウの機体を貫いていた。
 原因を確認し、鬼羅は目を見張る。
 さらに衝撃。シルフィードの左の掌、ほぼ零距離でそこから撃ち出されているのは、レーザーだった。
「鳴神流イコン格闘術・気弾」
「コイツ、掌にツインレーザーを内蔵してやがるだと!?」
 先の機神掌はフェイク。本命はこちらだ。
 続いて指を揃えて貫手が繰り出され、鬼羅は咄嗟に首を捻ってかわしてしまう。だが、敵の掌は通りすぎざま、レーザーを放ってこちらにダメージを与えてくる。
「くそっ、間合いが読めねぇ!」
「鳴神流イコン格闘術・奥義――」
 戸惑ったのは一瞬。しかしその一瞬が致命的だった。
「――覇風(はぜり)」
 いつの間に気を集めていたのか。
 シルフィードによるイナンナの拳がシュラオウを捉え、勝敗は決した。


  2

「ふう……」
 鬼羅を下した裁を破って、連続で二戦目。
 試合開始間近となったヒポグリフの機内、桐生 理知(きりゅう・りち)は軽い溜息をついた。
「理知、疲れたの?」
「あ、ううん。大丈夫だよ」
 気遣ってくれるパートナー、北月 智緒(きげつ・ちお)に笑顔を返し、理知は首を振る。
(翔くんと話せなかったのは残念だけど、今は試合に集中しないと!)
 前方に向き直り、理知は試合まで、集中を高めることに専念した。

「なんてことをしてくれたんだーーー!!!」
 飛遊星スターマインのコックピットに、玉屋 市朗兵衛(たまや・いちろうべい)の絶叫が木霊する。
「どうした? うるさいぜ?」
「まずい……」
 操縦席に括りつけてある六尺 花火(ろくしゃく・はなび)に応える余裕もなくし、頭を抱えながら、市朗兵衛は通信を切った。
 通信相手はチームメイトのドールだった。問題は、彼女の発した一言にある。
『あ、ボム娘さんの機体、主武装の火薬が空だったので補填しておいたのですよ〜?』
 スターマインの主武装。その名はブレストクレイモア。
 胸部装甲内に収納された大型近接戦闘用炸裂弾を前方に大量に発射。目標を粉砕する強力な武器である。
 が、大量の火薬を積むため、攻撃を受けるとほぼ100%誘爆するという欠陥品。
 爆発に命を賭けていると豪語するパートナー、花火が選んだ主武装だ。市朗兵衛としては当然、そんな物騒なものを放置しておける訳もなく、
「せっかく抜いたというのに……」
 火薬を抜いておいたのだが、それをドールが補填してしまった。
 まずい。非常にまずい。
 うっかり胸部に被弾しようものなら、ただちに誘爆、爆散。即死である。
「何か、何か手が……そうだ、運営に事情を説明すれば……」
 試合開始のブザーが鳴る。
 もはや手遅れ。運営に事情を理解してもらう前に敵に撃たれる。
「……、やるしかない……!」
「さぁて、今日も全力で爆破しますかね!」
 出撃の直前、そんなことを言い放つ花火を、市朗兵衛は涙目で殴りつけた。

「な、なんか……」
「うん……」
 理知と智緒は戸惑いを隠せずにいた。
 対戦開始から五分。
 ヒポグリフと射撃戦を繰り広げる敵機、スターマインはなんというか、
「――必死、だね」
 心構えがどうだとか、そんなチャチなものでは断じてない。
 文字通りに、必死。
 ツインレーザーライフルでこちらへ弾幕を張り、前後左右上下に動き回るその姿。特に回避に関してはより顕著で、まるでこちらの攻撃が『一発でもかすれば死ぬ』とばかり、大袈裟なほど確実に回避している。
「す、少し申し訳なくなってくるんだけど……」
「智緒も……」
 こちらのビームキャノンによる一撃に対し、地面すれすれへダイブ。土下座を通り越して土下寝に近い姿勢で回避している姿を見ると、追撃を躊躇してしまう。
 二人にとって、やりにくいことこの上なかった。

「かすったら死ぬかすったら死ぬかすったら死ぬかすったら死ぬ……」
 そんな相手パイロットの心中を察する余裕があるはずもなく、市朗兵衛は敵の銃口をひたすら注視していた。
「あーもー、しゃらくせぇなぁ! 二、三発撃たれる覚悟で突っ込んじまえよ!」
「黙ってろッ! つーかもう黙ってて下さいお願いだからッ!」
「……お、おぉう……」
 涙目でブチ切れながら哀願する、という器用な真似をして、市朗兵衛はまた、敵の心無しか控えめな(彼女にそんなことに気づく余裕はない)攻撃を回避する。
 その形相たるや、花火をして思わず押し黙るほどの迫力だった。
「って、オイオイオイやめろこっち来んな来んなってオイ!」
 と、敵機が射撃をやめ、ビームサーベル片手に距離を詰めてきた。
 実のところ射撃を続けるのが余りに不憫になっての戦術転換、すなわち市朗兵衛への優しさだったのだが、当然のこと、彼女はそんなもの知る由もない。
(やばい)
 敵が迫る。
(やばいやばいやばいやばいやばい)
 非殺傷設定とはいえビームサーベル。かすめれば十二分に誘爆はありうる。設定がどうだろうがこの機体にとっては一撃が致命傷だ。
(どうする……どうするオレどうするよ……!)
 走馬灯じみた勢いで脳裏に浮かんだのは四枚のカード。
 選択肢は、

→迎撃する
 迎え撃つ
 お迎えする
 お迎えくる

「迎撃するしかないじゃねぇかぁああああ!」
 特に四枚目の選択肢は論外である。
 叫びながら、市朗兵衛は総合格闘家もびっくりの鋭いタックルを狙う。
 敵機の腰へ密着するまでの一瞬が、永遠だった。すべてがスローで流れていく。
 サーベルの切っ先でもかすめればお互いに死ぬ。
 敵はこちらの急な動きに驚き、足を止めてサーベルを振り上げた。切っ先がこちらの胸部を向く。回避したいが、自機の動きも苛つくほどに遅い。
「う、ぉおおおおおおッ!」
 その時、市朗兵衛はたぶん、時間という戒めを引きちぎった。
 この瞬間の、スターマインの動きをなんと形容したものか。
 タックルに入った姿勢から、腰から上をほぼ直角に後方へ逸らし、サーベルをかわすという荒業。名づけるならば、ダイナミックリンボーダンス。
「ぃよっしゃあああああああ!」
 そらした上体を戻すや、敵機の腰にしがみつき、喝采を叫ぶ市朗兵衛。
 他者の腰にしがみついて大喜び、という図は想像するにいささか変態じみているが、彼女に他意は一切ないのであしからず。
『ひっ!?』
 あまりのことに、スターマインの機動を見ただけで、理知と智緒は悲鳴を発した。
「喰らえぇええええええ!」
 そんな相手の様子を知らず、知ったとしても構うわけもなく、市朗兵衛はブレストクレイモアを放つ。
 敵イコンに密着したことで(かえって安全性を損なっている)安全装置が外れ、胸部から吐き出される膨大な量の炸裂弾。
 指向性を持ったその一撃は敵機の腰から下を消し飛ばし――スターマインの勝利となった。
 ……だが結局、この試合に全精神力を使い果たした市朗兵衛はそのまま失神。医務室へ運ばれ、次の試合は棄権となった。


  3

「ひどい目に遭った……」
「まあ、腰から下で良かったよね」
 戦闘続行不可能となり、一足早く戻った整備ドッグ。
 落ち込む理知を、智緒が励ます。
「良くはないでしょ……もう、今日はホントついてないなぁ……」
「そう? きっと良いことあると思うけど」
「?」
「さ。何が起こるかな〜?」
「お。いたいた」
「!? しょ、翔くん!?」
 現れたのは{SNM9998857#辻永 翔}、理知の想い人である。
 理知は彼と同じチームに入ることを希望していたものの、翔はデモンストレーションを行うため本戦には不参加。準備に忙しそうで話すチャンスもなく、理知は朝から落ち込んでいた。
「前の試合で事故? に巻き込まれと聞いたんだが。見たところ、無事みたいだな」
「えっと、あの、ありがとう。あれ、けど、デモンストレーションの準備は……?」
「一段落ついた」
「そ、そっか。それなら、ええと、良かったら少しお話でも――」
 二人の様子を見届け、智緒はそっと距離を取る。
 智緒はみんなを笑顔にするのが好きだ。
 中でも理知の笑顔は格別だと、智緒は満足げに微笑んだ。


  4

「おいおい、またあのタイプかよ……」
 試合直前のウィンドセイバーの機内、中継されてきた映像に、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は顔を引つらせた。
「何かの流行かしら……」
 パートナーの高嶋 梓(たかしま・あずさ)も、そんな呟きを漏らしている。
『フハハハ! カリバーンよ、このイコン大会で、エクス・カリバーンの力を示し、我ら悪の秘密結社オリュンポスの存在を世に知らしめるのだっ!』
 中継映像の中、哄笑を上げているのはドクター・ハデス(どくたー・はです)である。
 傍らにある機体は神剣勇者エクス・カリバーン。パッと見は変哲のないスフィーダ機である。
 だがすでに先の映像で、亮一や観客たちは目撃している。機体のコアとなる部分に聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)が入り、機体と融合――すなわち合体する様を。
 合体を試合開始前に済ませたのは、先のハーティオンの失敗から学んだというところか。
 やがて中継映像が途切れる。試合中の機体には、中継用の映像は配信されないルールとなっていた。
「さて。なにはともあれ、始めるとしようか」
『良い試合をしよう』
「ええ。宜しくお願いしますね」
 繋いだ通信越しのカリバーンは、パートナーの台詞に反し真摯なものだった。梓も穏やかな口調でそれに応える。
 試合開始のブザーが鳴った。

 観客の予想に反し、試合展開は玄人好みの高度な攻防が中心となった。
 海上の空を縦横無尽に飛び回る二つの機影。
 高速機動を駆使し、一定の距離を保ちながらレーザーアサルトによる射撃を主体とするウィンドセイバー。
 射撃をかわし、スフィーダレーザーで牽制しつつ距離を詰めようとするエクス・カリバーン。
 二機の趨勢を担うのは、間合いの競り合い。
 完全パワータイプのエクス・カリバーンは最短距離の直線移動で距離を潰し、射撃型のウィンドセイバーは円運動で距離を保つ。
 ウィンドセイバーが速度を上げた。海面近くを飛行し、エクス・カリバーンが追撃してきたところで、急上昇。空中で反転するや、レーザーバルカンが火を噴いた。
 口径二〇ミリの弾幕が、エクス・カリバーンの行動範囲を狭めんと降り注ぐ。まともに回避しては、よけた先で狙い撃ちにされると見て取ると、エクス・カリバーンは急降下。足下の海面へ力任せの機神掌を放った。

「なっ!?」
 亮一の驚嘆は無理からぬものだ。
 ウィンドセイバーの視界が白く煙る。原因は、足下から立ち昇った水飛沫のカーテンだった。
 イコン、それも完全パワータイプにチューニングされた機体の、降下の勢いを利用した一撃。衝撃は大量の海水を上空へ拡散させるに至った。
「敵機接近!」
 梓の警告。良一は咄嗟に機体を大きく後退させた。突発的な急加速で、強烈なGが全身を締めつけた。
 直後、水のカーテンを突き破り鼻先を通過していったのは、一対の巨大な角。エクス・カリバーンの、氷獣双角刀だった。こちらの視界を封じ、同時に距離を潰して来たのだ。
 理性的判断に先んじた行動だが、結果は吉と出たらしい。あれだけのパワーで振るわれた斬撃だ。一撃でも致命的になりかねない。

「ククク、今のは惜しかったな」
「ああ。だがあれをかわすとは、良い勘をしている」
 ドクターの言葉に頷きつつ、カリバーンは相手への畏敬の念を禁じ得ずいた。勘、と一言で片づければ簡単だが、それが養われるまで、おそらく多くの窮地を生き抜いてきたのだろう。
「エクス・カリバーンの初陣の相手としては、願ってもない。勇者と認めるに相応しい」
「そうとも! 強敵を打ち破ってこそ、我らの実力もより顕著に示される!」
 微妙に食い違った意見を交わし、しかしウィンドセイバーへの評価は一致していた。
「よしカリバーン! アレを使え!」
「アレを……? いや、出し惜しむ必要のない相手ではあるが、しかし――」
「案ずるな。考えがある」
 再び距離を取った敵機の射撃をかわしながら、カリバーンはドクターの提案を聞く。
「なるほど……いけるかもしれない」
 その性質上、決勝まで出番はないと考えていた切り札だが、ドクターの案に従えば、転用は可能だ。
 どの道、機体はすでにボロボロだ。原因は先ほど強引に距離を詰めた時、かわしきれなかったバルカンの弾幕だった。パワーのみに特化し、薄くなった装甲が災いした。
 このまま判定に持ち込まれるくらいなら、やってみる価値はある。

 試合時間残り三分。
「なんだ……?」
 エクス・カリバーンの予期せぬ機動に、亮一と梓は眉をひそめた。
 こちらを追うでもない急上昇。ぐんぐん高度を上げ、太陽の方へと飛翔していく。あの勢いでは、すぐにルール上の制限高度へ到達してしまうはずだ。
「梓、位置は」
「大丈夫。捉えてる」
 太陽のせいで目視が難しい。だがレーダーがあれば接近は容易に警戒できる。
 訪れた静寂に耳を澄ませ、亮一は銃口を上空へかざした。
 敵機の目的はおそらく、自由落下の加速度を利用し、一息で距離を潰しての一撃必殺狙い。あの機体のパワーと加速の勢いがあれば、不可能ではない。
 だが、垂直落下中はあちらの機動も制限されるはずだ。
 それならば、
「届く前に、撃ち落とす」
「来た」
 機体のセンサーが上空からの飛翔体を捉える。
 頭上を仰ぎ、視界の光度を落として太陽を背にした対象を捕捉、照準した亮一は、息を呑んだ。
「なんだ、アレは……!?」
『神剣エクス・カリバーン! 勇者よ、勝負だ!』
 恐ろしい速度で飛来するそれは、――巨大な剣だった。
 形状は西洋のツーハンデッドソード。刀身が放つ黄金の輝きは、さながら伝説の聖剣のそれ。
 これぞ{ICN0004107#神剣エクス・カリバーン}。変形したエクス・カリバーンの神剣形態、イコン用の両手剣である。
「くっ」
 亮一は撃墜すべく弾幕を張るが、長く薄い刀剣の形状となったエクス・カリバーンにはなかなか着弾しない。着弾しても、鋭利な刀身はこちらのレーザーを斬り散らしてしまう。
 迫る剣。速度はぐんぐん上がっている。
 このままでは刺し貫かれる。
『必殺! カリバァアアンン・ストラァァ――』
 収束する光条エネルギー。
 刀身を包んだエネルギーは触れるものすべてを斬り砕く威力を秘めていたが、
『――ッシュゥウウウウ!?』
 咄嗟に急機動で機体を右へスライドさせたウィンドセイバーの動きについていけず、エクス・カリバーンは海中へと没した。
 水中行動能力のないエクス・カリバーンはそのままリタイア。勝負は亮一の勝利で決した。

「ありがとう。手強かったよ」
「こちらこそ。しかし、かわされた時のことは考えていなかった……やはり、剣は誰かに身をあずけてこそだな」
 勇者形態に戻ったエクス・カリバーンを、ウィンドセイバーが海中から引き上げる。
「いや、直撃してたらやばかった。……いずれどこかで共闘することがあったら、俺が使わせてもらっても?」
「おお、もちろんだとも! 君のような勇者になら、俺も安心して命運を委ねられる!」
 機体ごしに強く握手を交わし、互いの健闘をたたえ合う彼らの姿に、観客からは自然と大きな拍手が起こったという。


  5

 印章(シジル)で装飾された薄暗いコックピット。
 壁面を魔術式に覆われた、祭壇を思わせるその場の中央に座し、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は魔力を放つ。
「コンバーター正常、擬似クリファよりバイパス確認。サーキット接続……よし」
 鼓動に応じて印章が脈打ち、グラルダは機体――デクンザルカイルと自身が『繋がった』手応えを得た。
 視界の端で地面が揺れる。耳朶を叩くのは潮のざわめき。触れるはずのない海風のざらつきを皮膚が感じ、自身と機体の境界が曖昧になる感覚。
 グラルダの肉体と機体を循環する魔力は、魔導コンバーターを介して機体の動力へと変換される。
 わずかな目眩と吐き気を覚えるが、グラルダは意に介さない。
 デクンザルカイルは貪欲にグラルダの魔力を搾り取る。この程度は副作用の範囲だ。
「仮想領域を含め、出力安定圏内に到達しました。十五分の稼動であれば問題ありません」
 グラルダの座る操縦席の下方、副操縦席から、シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)の声が飛んだ。
「初戦は飛ばし気味にいくわ。ロス出すんじゃないわよ」
 ロスとは、エネルギーに変換されずに余剰となった魔力のことだ。シィシャの役目は、通常のシステムでは修正が利かない部分への、魔術的干渉による調整だ。
 グラルダの言葉にシィシャは無言で頷き、出力制御に専念し始める。
 彼女の周囲に計器の類は一切ない。代わってあるのは、座席を中心に敷かれた大掛かりな魔法陣だ。
「アルマインを魔術師が駆る、という事の意味を披露してあげるわ!」
 チーム全体の勝敗を担う、大将機同士の対戦。
 自身と機体を試したい思いと、海の幸への期待を胸に、グラルダは表情に笑みを浮かばせていた。

「信長、後ろだ!」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)の警告に、メインパイロットを務める織田 信長(おだ・のぶなが)は、機体を背後へと振り向かせる。
「そこか!」
 六天魔王の機体前面に取りつけられた、紅い瞳を思わせる水晶が光を放つ。
 ビームアイの連撃に、こちらへ斬りかかろうとしていた敵機は身を翻した。
「なかなか、やりおるのう!」
 賞賛しつつ、信長は追撃。
 だが敵機は航空力学の常識を嘲笑うかのような、複雑怪奇な回避機動でこちらの照準をかわす。
「流石は魔術師の駆るアルマインってとこか……っと、感心してる暇はないか」
 忍が呟いた直後、敵のデクンザルカイルが急接近。予想外の角度から斬撃を浴びせかけてくる。
「ククッ、面白くなってきおったわ!」
 信長は機体の上体を捻り、厚い装甲でその斬撃を受け流した。コックピットを衝撃が貫く。
 こちらの反撃を警戒してか、敵機は素早く後退、距離を取った。
 敵の武装は大胆にも、ひと振りのマジックソードのみ。だがあの複雑な立体機動を駆使することで、六天魔王の機動力を前に、一撃離脱の戦術を成立させている。
 再び敵機が急速接近。ビームアイで迎撃するが、弾道をすり抜けて来る。射撃姿勢のままではかわしきれず、信長は今度も装甲で受ける。
「よし。信長、そろそろこっちからも行こう」
「うむ」
 いくら装甲が厚いといっても、回数を重ねたことでダメージが蓄積している。
 残り時間五分。
 今度は自ら仕掛けるべく、六天魔王は人工島上空を離れ、海面を目指した。

 突如海上へと飛行を始めた六天魔王を、デクンザルカイルが追う。
「逃がさないわよ!」
 時折放たれる牽制射撃をかわし、デクンザルカイルは距離を詰めていく。
「信長、ここだ!」
 だがそれも、六天魔王側の策の内。
 急降下した敵機をデクンザルカイル側が訝しんだ瞬間、周囲の大気に異変が生じた。
「これは……嵐の儀式!?」
 六天魔王の秘策。準備に時間はかかったものの、その術中にデクンザルカイルは首尾良くはまった。
「く、回避を……!」
 慌てて回避機動を試みるデクンザルカイルだが、時すでに遅し。
 周囲の大気が荒れ狂い、機体制御が上手くいかない。
 そこへさらに撃ち込まれるビームアイ。デクンザルカイルは辛うじて回避を成功させるが、六天魔王の攻撃にはまだ先があった。
「とどめだ!」
 起こした嵐を、自ら吹き散らすような轟音。
 観客は誰もが、六天魔王とデクンザルカイルの間を駆け抜ける黒いドラゴンを幻視した。六天魔王のヴリトラ砲による一撃である。
「これで――」
「いや、まだのようじゃ……!」
 六天魔王のコックピットに走る緊張。
 直撃を避けたのか、デクンザルカイルは満身創痍ながら健在だった。
「こ、のぉおおおお!」
 グラルダの咆哮と共に、一気に距離を潰すデクンザルカイル。
 近接武装のない六天魔王に成す術はなく、このまま勝敗は決する――と、大多数の観客が確信した、その瞬間。
「なっ!?」
「っ……!」
 互いの機体内に響く苦悶の声。
 デグンザルカイルのマジックソードは、観客の予想あやまたず六天魔王の機体に達している。そして予想を裏切りデグンザルカイルの機体に達しているのは――六天魔王の握る不可視の刃、無光剣だった。相手に近接武装の有無を錯覚させる不可視の剣。その目論見は成功したが、迎撃を焦るがゆえに、防御までは六天魔王もできなかった。
 試合終了を告げるブザー。
 判定の結果、最後の攻撃は同時。どちらもその一撃で撃破判定。勝負は引き分けとなった。
 これにより、一回戦第四試合から準決勝へ勝ち進むチームは不在。対戦者不在につき準決勝を待たず、チーム「バベル」は決勝への進出を決めた。