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リアクション
6
準決勝を控え、整備ドッグの運営本部は朝にも増して慌ただしい。
観客同士の揉め事の報が届いて警備スタッフが通路を駆け抜け、観客から細かいルールについて問い合わせを受けた運営スタッフが審判スタッフを探して奔走。転んで怪我をし泣き喚く迷子に、医療スタッフがなだめながらの手当を施す。
中でも特に慌ただしく、大声を通り越した怒鳴り声に近い音量で指示を飛ばすのは、整備班のスタッフである。
「クリスさん、そこが済んだらメインスラスターのノズル交換を!」
「あいよ!」
「恵美さんはOSを起動して、エネルギー生成状況をチェックして下さい!」
「おお!」
機械油独特の香りが充満し、溶接の火花が散る整備中の機体の眼前。天学の整備科代表生徒、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)も、整備スタッフの一員としてパートナーの、クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)と真田 恵美(さなだ・めぐみ)へ指示を出す。
指示を出すかたわら、参加パイロットに提出してもらったオーダー、すなわち整備希望表を確認。最も効率の良い整備手順と、必要な予備パーツ等を脳内に列挙していく。
一回戦を終え、どの機体も朝のデータと比べると損傷が目立つ。実戦顔負けの酷使だ。まだ実戦での整備を経験したことがない恵美には良いテストにもなるかもしれない。
「長谷川さん、この機体のフロートユニットだけど――」
「あ、はい。そこはパイロットの希望で――」
他の機体を担当しているスタッフにも、的確な指示を出す。
イコンの整備には細心の注意が必要だ。
搭乗者次第で機体の改造コンセプトは千差万別。比較的購入時の機体のスペックに近いものもあれば、中核に至るまで別物と化している機体も少なくない。
どれも特定の搭乗者による操縦で初めて性能を発揮できるという意味では、超ピーキー。すべての機体がワンオフ機と呼ぶに値するほどだ。
こんな兵器は他にない。
だがだからこそ、やりがいもある。
「よし、ひとまずコイツでラストだね! 時間は……ギリギリ間に合いそうだ!」
「真琴! 指示頼む!」
「はーい! えっと、まず右腕部装甲を交換して――」
準決勝出場機体のラスト一機の整備手順を説明、真琴もスパナを握り、整備を主導する。
確かに忙しいし、それでなくとも機嫌を取るのが難しい機体ばかりだ。
それでも、真琴の胸を満たしているのは言いようのない充実感だった。
パイロットの道を断念した自分は、直接彼らと共に戦うことはできない。だが、自身が整備し、コンディションを整えた機体は確かに、戦場へ赴く彼らの助けになってくれる。
だからこそ真琴は、スパナを握る指先に、指示を飛ばす一声一声に、祈りをこめるのだ。
――皆さん、無事に戻ってきてくださいね。
【準決勝第一試合】シュトゥルムヴィントvsランダムA
7
「――計器類、問題なし。エネルギー生成、正常。システムオールグリーン、っと。よし!」
出撃前、セレナイトの整備状況を情報端末でチェックし終え、セレナイト・セージ(せれないと・せーじ)は息をついた。もう一人の自分と呼ぶべき機体だ。整備時に払う注意も細心だった。
「終わったわよー!」
「お疲れ様です」
「んー」
振り返り呼びかけると、パイロットであるパートナー、秋穂とユメミが寄ってくる。二人とも、一回戦で受けた、セクハラじみた攻撃による精神的ダメージからは抜け出した様子だ。
「わ、ほとんど元通りですね」
「うん。流石……かな」
セレナの差し出した端末を覗き込み、機体状況をチェックする二人。
秋穂は優しげな眼差し、ユメミはまだ少し残るセレナに対する警戒の色がにじんだ表情で、整備の労をねぎらってくれる。どちらもいつも通り。これなら準決勝でも、実力を発揮できるだろう。
やがて、スタッフが人工島へ移動して欲しい旨を伝えにやって来た。
「それじゃ……行って来ます!」
「いってらっしゃい!」
「ん、行ってくるー」
セレナイトに乗り込んでいく二人。
共に戦場には立てないが、セレナの胸に寂しさはない。秋穂の手には、セレナの本体である認証カードキー。もう一人の自分、セレナイトも一緒だ。
整備にも全力を尽くした。後はもう、みなの無事を祈ってただ待てば、それでいい。
「頑張ってね、皆! ……ちゃーんと帰ってくるのよー!」
最後にそう声をかけ、セレナは彼女たちを見送った。
「きゃっ!?」
急激に身体にのしかかった圧力に、秋穂は小さく悲鳴を漏らした。
「ぎりぎりだったー……むー……ユメミ、もっと頑張るー!」
心なしか悔しげな口調で、機体の操縦を担当するユメミはさらにセレナイトを加速する。
その間も、敵機の攻撃が休まることはない。機体の目と鼻の先を二条のレーザーが走り抜けていく。
試合開始から七分。状況は劣勢だった。
機体性能ではこちらに分があるものの、敵の堅実な戦術や攻防の組み立ては、その差を補って余りある。
だがもちろん、秋穂にはこんなところで諦めるつもりなど毛頭ない。
「次のタイミングで攻撃しかける! 機会を見て間合いを詰めて!」
「うん、わかったー。ユメミに任せてー」
全力を出さずに勝てる相手ではない。
敵機の射撃が止んだ瞬間、そこに生じたわずかな隙に、ユメミがセレナイトを駆る。攻撃を担当する秋穂も、新式ビームサーベルを構えた。
が、敵はすぐさま体勢を立て直し、迎撃準備を完了させている。
「っ、回避――」
『大丈夫!』
回避機動に移ろうとしたユメミを、秋穂は精神感応越しに引き止めた。刹那の時間、高速で互いの意思を疎通させる。
『でも――』
『大丈夫、この機体とセレナさんを信じて』
秋穂の強い意思に頷いて、ユメミは敵機目がけて直進を続けた。
敵機が放つレーザーが機体をかすめ、衝撃がコックピットを貫いていく。だが、直撃はしていない。
「――!」
大上段に振りかぶったビームサーベルを、鋭く敵機へ叩きつける。秋穂は手を緩めず、バランスを崩した敵へ連撃を叩き込んだ。
その手応えを裏づけるように、決着を示すブザーが鳴り響く。
「勝った?」
「うん。勝てたみたいだねぇ」
「……油断も軽視も、したつもりはないんだけど」
深々と溜息をつき、秋穂はその場で項垂れた。
今回は完全にこの機体、セレナイトに助けられた形だ。もっと戦術を練り込む必要があるかもしれない。
「けど……」
この機体を信じることができたのは、セレナや、機体を駆るユメミを信じることができたからこそ。
秋穂は自分を信じさせてくれたパートナー二人に感謝して、
「ひとまず今日のところは――」
素直に、勝利を喜ぶことにした。
8
薄暗い海中を、光が走る。
「五時方向、ビーム来ます!」
パートナー、ルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)の声が飛び、狭霧 和眞(さぎり・かずま)は愛機トニトルス・テンペスタスを急浮上させた。
視界に表示された回避ルートを辿る。ルーチェが敵機の弾道を予測、弾き出してくれたルートだ。
速く、速く。機体にかかる水圧が恨めしい。
敵機はそのルートすら予測し、さらに追撃の射撃を加えてくる。
しかしルーチェはルートが敵に予測されることをさらに予測、あらかじめそれに備えた回避ルートも示してくれていた。
「お、おおおおおおッ!」
辛うじて全弾を回避。
反撃に出る暇もなく、敵機は距離を取っている。近接戦闘タイプのトニトルスに対し、距離を取っての射撃戦。こちらの間合いには決して入らない戦術だ。手強い。
「どこへ行ったッスか……?」
「おそらく誘っていますね……現在距離を維持して弾幕を張ってください。周辺水域を捜査します」
「了解ッス!」
暗い海中。目視での索敵は難しい。
ルーチェの指示通り、和眞はレーザーバルカンを敵が消えた方向へと放つ。
「出ました、二時方向! 敵機も射撃姿勢です! 回避を――」
ルーチェが再び回避ルートを提示してくれるが、和眞はあえてそれを無視。一直線に敵機へ向け高速機動による接近を試みる。
「む、無茶です!」
「男は度胸ッスよ、度胸!」
獰猛な笑みを浮かべ、和眞は吼える。
どの道、このままでは試合終了までに敵機を捕まえることなどできない。
覚悟を決め、ショットガンとレーザーバルカンによる弾幕を張りながら急速接近。敵機は好機と見てか、弾幕をかわしながらビームライフルによる迎撃をしかけてくる。
「ぐぁっ!」
「きゃっ!?」
被弾。衝撃がコックピットを突き抜け、バランスを崩した機体は水圧の壁に衝突、前進を止める。
とどめを刺そうと迫る敵機。
絶対絶命のその瞬間、
「こ、こだぁああああッ!」
和眞はワイアクローを射出した。
鉤爪つきのワイヤーが敵機に絡みつき、動きを止める。力任せに引きちぎろうと試みているようだが、本来登攀用の、イコンの重量を支えられるワイヤーだ。簡単には切れない。
「絶対に逃がさないッスよ!」
ワイヤーを辿り敵機へ接近。構えたビームサーベルを鋭く振るい、斬撃を入れる。
しかしまだ、敵機も諦めていなかった。
サーベルが触れる瞬間、敵機は身を捻り、ワイヤーの絡みついた装甲を斬撃に晒した。ダメージは与えたが、ワイヤーが切れて自由な動きを許してしまう。
「!? しまっ……!」
敵も新式ビームサーベルを構え、鋭い突きを放ってくる。
水中であることも手伝い、トニトルスの防御は間に合わない。
「脚部ブースター、最大出力です!」
そこへ助け舟。割り込んだルーチェの操作で、トニトルスの脚が周囲の水を吹き散らし、跳ね上がる。
跳ね上がった脚は敵のサーベルを蹴り上げ、隙を作った。
「助かったッス!」
返す刀で、下段から敵機を斬り上げ、今度こそ和眞は勝負を決めた。
9
20ミリレーザーバルカンの弾幕がシュトラーフェを襲う。
「また継ぎ目狙いか……!」
今度こそ回避しきれない。機体を駆るクレアは不屈の闘志と鉄の守りを発動。かわしきれなかった攻撃の被弾に耐える。
狙われた装甲の継ぎ目は守ったので、なんとか最低限のダメージで凌げた。
こちらもレーザーバルカンで反撃するが、敵機は凄まじい加速と機動性能を活かし、全弾を紙一重で回避する。
「回避性能が並じゃねぇな……」
「ああ。加えてこちらの射程を完全に把握、回避ルートも予測されている」
「あっちのが上手ってことか……」
「そうなるな」
パートナー、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)の言葉を肯定し、しかしクレアの表情に諦念はない。
敵機の機体性能や技量がこちらより上であると理解したのなら、理解した上で勝てる方法を模索、実行に移すのみだ。
「残り五分……やれるか?」
「ま、やるしかないだろ?」
こうした事態に際してどうするか、打ち合わせは事前にできている。
エイミーに無言で首肯すると、クレアは機体を地上へと降ろした。配置されたコンテナを遮蔽物として利用、射撃戦の構えを取る。
遮蔽物がある以上、弾幕だけでは埒が明かない。敵もそれを承知しているのだろう、武器をアサルトライフルに持ち替え地上へ降下。接近してくる。
「よっしゃ!」
ぎりぎりまで敵を引きつけ、シュトラーフェは逆に敵機の頭上へと飛翔した。
その位置からレーザーバルカンの弾幕。真上からの射撃でいくらか被弾させることには成功したものの、決め手にはならない。
以降は遮蔽物の陰から陰へと位置取られ、距離を開けての射撃では有効打を取れない。
敵が反撃に転じようとすると、シュトラーフェはその鼻先へ機先を制する牽制射撃。遮蔽物の陰からの射撃は、距離を取って回避。それを何度も繰り返した。
じりじりと時間が経過していく。
敵は待っている。痺れを切らして、こちらが接近していくのを。
「残念だが、そのつもりはない」
残り一分。敵機が焦ったような挙動を見せる。
「やべ、気づかれたか」
クレアたちの狙い。
それは判定による勝利だ。
受けたダメージこそこちらが上だが、三分以上に渡る、頭上からの一方的な射撃。審判の印象点は得られているはず。
できれば時間いっぱいまでこの膠着状態を続けられれば良かったのだが。
「流石にそれは、都合が良すぎるか……!」
敵機が飛翔する。弾幕を掻い潜り、被弾も無視して接近してくる。
全武装を連続使用しての弾幕がシュトラーフェを襲った。だがシュトラーフェも死に物狂いでそれらを回避。バルカンとマジックカノンで反撃する。
左腰部に被弾。機体が傾く。
敵機がとどめを放とうと武装を構え、
『試合終了です!』
試合終了を告げるブザーが鳴った。
やはり終盤の展開でポイントを取り返されたらしく、勝負は惜しくも引き分けとなった。
10
最初の接敵直後。
眼前に迫っていた敵機の姿が掻き消えた。
と思えば、LH・エトランジェのすぐ背後から殺気。跳躍で後ろに回ったのか。
「っと!」
装甲の継ぎ目に苦無の切っ先を入れられる寸前、伏見 明子(ふしみ・めいこ)は機体を捻った。分厚い装甲が苦無と衝突し、火花を散らす。
明子がビームランスを突き出すと、敵機は軽快な身のこなしで後退、地面を蹴って距離を取る。
「へえ、面白いじゃない」
獰猛な笑みを刻んで、明子が呟く。
敵は第二世代機でこそないが、天学生。相手にとって不足はない。
「本気でやるつもりですか、マスター……」
苦々しげな顔でそう確認を取るのは、パートナーのレイ・レフテナン(れい・れふてなん)である。
「当たり前でしょ」
「正気じゃないですよ……」
「あーはーはー、ごもっとも。でも私ぐらい頑丈じゃないと、試したら大けがするじゃない」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題よ。せっかくコレも持ち込んだんだし」
明子がコックピットの傍らに忍ばせているモノを示すと、レイもかすかに好奇心を隠せない様子だった。彼としても、確かめてみたい試みではあるのだろう。だからこそ、わざわざ運営に持ち込み許可も取ったのだし。
「って、来ますよマスター!」
「おおっと」
正面から貨物コンテナを軽やかにかわしながら迫る敵機に対し、エトランジェは腰を落とした。
敵が繰り出したアダマントの剣を、明子はビームサーベルで迎え撃つ。
敵機は目の前から身体ごと消えるフットワークでこちらを幻惑。上下左右から縦横無尽の斬撃を放った。
サーベルがそれを受け、さばき、衝撃が機体を揺すった。火花が視界を埋め尽くす。
「頑丈と馬鹿力が取り柄のパラ実パイロットを舐めるなよ……!」
吼え、斬り結ぶ明子だが、状勢は不利。
生身であればいざ知らず、イコン操作の技術差が大きい。
そう。生身であればいざ知らず――。
ニィ、と口元を歪め、明子は準備を整える。
「レイ、操縦任せた」
「……契約者ってのは本当に……」
その時、中継を眺めていた観客がどよめいた。
当然である。
イコン同士の近接戦闘の最中。
あろうことか、エトランジェのコックピットが開放されたのだ。
機械の誤作動。事故。なんらかのミス。
そんな単語を思い浮かべた観客の予想を裏切るように、凄まじい速度でコックピットから飛び出す影が、ひとつ。
明子である。
コックピットでチャージブレイク、空飛ぶ魔法の準備を整えていた明子は、持ち込んでいた蒼炎槍を手に正面の敵機へ突撃。アナイアレーションを放つ。
生身によるイコンへの挑戦。そんな無茶を考える者が一日に二人も現れるなど、一体誰が予測したことか。
だが先の乱入者とは異なり、運営から一応の(メインはあくまでイコン同士の対戦、生身での攻撃はあくまでもその駆け引き材料のひとつというだいぶ苦しい建前の下での)許可を受けている明子は堂々と突進し、
「勝負ッ!」
「……」
――ごく冷静に頭上から降りおろされた剣(イコンサイズ)の一撃で、地面へと叩きつけられた。
11
「おやおやマスター、どこを狙っていらっしゃるのですか?」
「っ、仕方ないだろ、動きが速すぎるんだよ!」
これみよがしな溜息をついているパートナー、ハングドクロイツ・クレイモア(はんぐどくろいつ・くれいもあ)に、ライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)はそう応じる。
敵機はすぐ眼前。先ほどから脚部を狙って射撃を試みているが、その柔軟な機動は着弾を許さない。
やがて距離を詰められ、苦無の一撃が頂武の装甲をえぐる。
「ぐっ」
襲う衝撃に、ライオルドは歯を食いしばる。
本来、頂武は距離を取っての射撃、狙撃を主体とする機体だ。これだけ近づかれてしまっている時点で、分が悪い。
すでにこれは大将戦。負ければ後がない。
装甲の厚さでなんとか耐えているものの、それもそろそろ限界。残り時間は一分。
「勝負に出るか……!」
「ようやくですか。まったく腰の重い」
バングドクロイツとタイミングを打ち合わせる暇もない。
敵機はこちらに休む間を与えまいと、再び距離を詰めてくる。
飛行し、回避機動に移った頂武だが、逃げ切れない。
「ぐぁっ!?」
一際強い衝撃がコックピットを貫いた。
視界には大映しになった敵機。その手には氷獣双角刀が握られている。
さらに敵は、とどめを刺すべく刀を振りかぶった。
回避機動。機体が動かない。
確認すると、先の氷獣双角刀の一撃は飛行ユニットを凍結させていた。
「……っ」
絶体絶命の一瞬。
「行きます」
バングドクロイツの声と同時に、視界が歪んだ。
次の瞬間、前方に現れる敵機の後ろ姿。
成功だ。
神出鬼行のワープで相手の背後を取り、ライオルドはマシンガンとアサルトライフルを構える。敵機の装甲は薄い。零距離射撃なら一瞬で勝負を決められる。
「取った……!」
しかし、ライオルドの確信は裏切られる。
引き金を引き絞った瞬間、眼前の敵機は掻き消えていた。
「!?」
よもやあちらも神出鬼行か。
そう判断し背後を振り返るが、そこには何もない。
「マスター、上です!」
警告虚しく、装甲の隙間へと突き立てられるアダマントの剣。
機体の警告音が鳴り、やや遅れて試合終了の合図も響く。
「……負けた」
「やれやれ、まだまだ未熟ですね。マスター」
「お前な……」
「もちろん、私もですが」
「……ああ。こりゃ、特訓が必要だな」
「少しわずらわしい気も致しますが……そうですね。お付き合い致しますよ」
「退屈も紛らわせるしな」
「ええ。退屈は死より厭わしき病でございますから」
一回戦でまだまだ旧世代機なりに戦える部分も確認できた。課題は多い。
自身の腕を確かめる目的は果たせた。
次回の戦いでの必勝を胸に、ライオルドはひとまず、敗北の苦渋を呑み込むことにした。
【準決勝第二試合】バベル――一回戦引き分けにより不戦勝
12
「ゆきちゃーん、はっじめましてー。アルちゃんだよー。だっきゅるー」
試合の観戦をひとまず終えた雪姫がドッグの通路を歩いていると、小さな女の子がそう言って抱きついてきた。
「……」
「……」
雪姫の無反応をどう受け取ったのか、女の子はそこで雪姫の腰に回していた腕を解く。
姿勢を正すと、
「……ということで、初めまして。牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)です」
そう名乗った。
声のトーンといい眼差しといい、人格が切り替わったかのような変容ぶりである。
「アリスジャバウォックという機体をご存知ですか?」
薄いリアクションながらも戸惑う雪姫をよそに、アルコリアは早速本題に移った。
「否定(ノー)。知らない機体」
「そうですか。なら、ラズンちゃん」
「はーい。ん、これ」
呼ばわれたラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)の差し出したファイルを受け取り、雪姫は素早く目を通す。職業柄、というわけでもないが、こうした書面の理解はかなり短時間で済む。
「ご感想は?」
「……無茶苦茶」
端的な感想は、適切な表現が他に出てこない。
「元々搭乗者が晒される危険が無視できないBMIと、そのBMIを応用したモーショントレーサーに加え、魔力ユニットまで。身体能力はもちろん、超能力、魔法能力まで搭乗者に要求。負担は身体能力と魔鎧で、いわば誤魔化す形での運用が前提となっている」
俗に言う挙動が極端にピーキーなワンオフ機でも、ここまで搭乗者に多くは求めないだろう。
世の中には、ヒトの脳を戦闘機の部品として組み込むなどといった発想もいくらでもあるので、狂っているとまでは言わないが、十分に非常識だ。
挙句、アルコリアはそれを開発中だという。
「とても推奨はできない。……ただ」
「ただ?」
「斬新な設計思想と、仮にこの機体を乗りこなせる搭乗者がいるなら、興味はある」
正直な気持ちを漏らすと、アルコリアは我が意を得たりとばかり、笑みをこぼした。
「なら是非、意見をお聞かせ願えます?」
「肯定(イエス)。構わない」
「よかった。ナコトちゃん」
「ごきげんよう、初めまして。司城雪姫様」
呼ばわれたパートナー、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)は雪姫の前で恭しく一礼した。
さらに、スキル『超知性体』を発動、『イコン整備』の特技を引き出す。
「イコン整備は一通りできますわ。雪姫様が忙しいようでも、知識をご教示と設備を貸し出し頂ければわたくしが開発を行いますわ」
「……あらかじめ言っておく。私は解析・分析は得意だけど、一から何かを組み上げたりするのは苦手。魔力ユニットの開発に役立てるかは疑問」
雪姫はそう前置いて、資料で読んだ限りの情報を整理。分析。気がついた部分へ意見を述べる。
「超能力、身体能力、魔法能力の三つを同居、安定させる設計は、ある意味でトリニティ・システムに近い部分がある」
「トリニティ・システム……三位一体、という意味でですか?」
「肯定。トリニティ・システムはその出力ゆえに、機体OSのほとんどをシステム制御に当てることが必要」
わずかでも数値がズレれば機体は安定しない。ジェファルコンの安定稼動に必要な数値は、機体ごとに多少の誤差があるとはいえ、調整可能な範囲内だ。
だが、他の機体に導入するとなれば話は別。一から全て計算し直す必要があり、制御系統もそれを元に組まなければならない。
「時間さえかければ安定稼働領域を発見、それを元にOSを組むことも技術的に難しくはない。この手順は、アリスジャバウォックの開発にも応用可能。ただ通常、同じ手順を踏めば完成までに最低でも三年はかかる」
「三年……」
「肯定。けれど、ある程度の短縮はおそらく可能」
トリニティ・システムもアリスジャバウォックも、根本的な動力自体は既存のもの。開発の焦点が、複数の動力をいかに同居、安定稼働させるかにある点は共通している。
「肝要なのは、魔力ユニットがまだ未完成である点。開発段階から、機体全体での安定稼働領域を視野に入れ、OSを組む作業を並行すれば、時間は短縮可能。同時に、想定するOSの未完成品だけでもそばにあれば、魔力ユニットの開発に行き詰まった際のヒントにもなる」
「なるほど」
「ひとまず私に言えるのはこの程度」
「ありがとうございます。参考にしてみますね」
「……それと、ひとつ訊ねたい」
「はい?」
「あなたはなぜ、こんなものを欲しがる?」
雪姫の質問に、アルコリアは目をぱちくりと瞬きさせた。
一般的には、目的は最初に訊くべきものだったろうか。
常の雪姫であれば、他人の目的などに興味は抱かない。だが、午前中に出会った人々との会話が、雪姫にそんな疑問を抱かせた。
「えーと、説明しきれません」
「……説明、できない?」
「というか、複数ありまして。大雑把に言えば、契約者の可能性、イコンの可能性、技術の向上、闘争の根絶、闘争そのモノになること、友達の手助けから、見ず知らずの人の手助け……全部ですよ。とても絞りきれません」
「なるほど……」
「あ、でも、シーマちゃんなら」
急に話を振られて、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)はわずかに逡巡する間を見せた。
しばらくして、重々しく口を開く。
「ボクの目的は……月並みなモノだが『力』だ。復讐を果たしたいという」
「復讐、か……」
「ロクでもない目的だがな。哂うか?」
「否定。どんなものであれ、目的は尊い」
そうして、アルコリアたちは丁寧に礼を言って去っていった。
残された雪姫は、今日の自分にわだかまる疑問の存在に、ただただ戸惑うばかりだ。
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