シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

開催! 九校合同イコン大会

リアクション公開中!

開催! 九校合同イコン大会

リアクション


   第四章

  1

 デモ戦と決勝を控えた整備ドッグは、にわかに……否、恐ろしく殺気立った空気を放出していた。空気が煮えていると言ってもいい。
 発生源は試合に負けた出場者、ではなく、フル回転で仕事をこなし、ロクに昼食も摂れていない整備班の一部である。
「オイOSチェックやっとけっつったろ!」
「うるせえ今手が離せねぇんだよ! てめえでやれ!」
「なんだとコラ!?」
「うるっせーな気が散るだろ! よそでやれ!」
「なんだ文句あんのかぁ!?」
「……上っ等だボケ表出て――」
「はいはいはーい!」
 男どもが互いに鈍器(レンチ)を構え、一触即発となった空気を、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)の快活な声が吹き散らす。
 罵り合い、溜まりに溜まった疲労とストレスを同僚にぶつけかけていた男たちは、毒気を抜かれて目を見開く。
 鈴蘭は彼らの手からレンチをひったくると、
「みんなお疲れ様〜! 頑張ってくれるのはありがたいけど、たまには休憩も大事だよ?」
 代わりにスポーツドリンクを手渡していく。
 地獄に仏。腐海に姫様とばかり、たちまち作業服姿の男たちが群がる。
「はいはい順番じゅんばーん! あと、まだの人は交代でお昼ごはん食べといで! 順番は公平にジャンケンとかで決めなきゃダメだよー!」
『はーい』
 野太い合唱。
「さ、さすが鈴蘭ちゃん……」
 少し後ろをついて歩く霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)は、パートナーの手並みの良さにただただ感心するしかない。
「お。そこの美少ねーん、お姉さんにもドリンクちょーだい」
「は、はい、ただいまー!」
「こっちもー!」
「あらん、アタシのどストライクゾーン! 食べちゃいたい☆」
 沙霧は沙霧で、作業服姿の漢らしいお姉さんたち(マッチョで野太い声のオネエさんも混じっているが)から大人気だった。
「あれ、もしかして……鈴蘭ちゃんと沙霧くん?」
 と、お姉(兄)さんたちの腕から鈴蘭に助け出された沙霧は、聞き覚えのある声に顔を上げた。
「あ。ヴェロニカちゃん、セラちゃん」
 そこに佇んでいたのは、{SNM9998800#ヴェロニカ・シュルツ}と{SNL9998799#セラ・ナイチンゲール}。デモ戦の出場者だ。
「やっほー。あ、これドリンク。二人も頑張ってね!」
「ありがとう。ちょっと緊張して、ちょうど喉が渇いてたところよ」
 鈴蘭がドリンクを差し出し、セラは笑顔で受け取る。言葉通り緊張していたらしく、上品な所作ながらもハイペースで飲み始めた。
(教官たちと戦うなんて凄いな……なんだか僕まで緊張しちゃうよ)
 立ち位置的に、ヴェロニカには沙霧がドリンクを渡す流れだ。
 見れば、ヴェロニカもいささか緊張に強ばった表情をしている。激励の言葉くらいかけた方がいいかもしれない。
 そう考え、沙霧は人を安心させるような穏やかな笑みを浮かべ(たつもりで)、
「が……頑張ってね」
 どもった。
「うん。ありがとう」
 ヴェロニカは微笑と共に受け取ってくれるが、おそらく沙霧の笑顔は引きつっていた。
 動揺しつつ、どうしていつも僕はこうなんだ……と沙霧が自己嫌悪に陥っていると、
「あれ〜? 沙霧くんたらもしかして……」
 隣の鈴蘭が、にまにましながら肘で脇腹をつっついてきた。
「え? あっ、えっ!? いや、ちがっ……!」
「まあまあ、照れなくてもいいじゃんよー」
 なんだかあらぬ誤解を、一番して欲しくない人物から受けている。
「そ、そうじゃなくて、ぼ、僕が好きなのは――」
「わかってるわかってる。沙霧くんもお年頃だもんねぇ〜。応援してるよ」
「――う、」
『う?』
「うわぁあああああっ」
 脱兎。沙霧は逃げ出した。
「あら、逃げちゃった。恥ずかしがらなくてもいいのに。ねえ?」
「……鈴蘭ちゃんって」
「……ざんこく」
「?」
 沙霧の背中を気の毒そうに見つめるヴェロニカとセラの心中を、鈴蘭が理解するのは、まだしばらくは無理そうだった。


  2

「――スラスターよし。武装よし。エネルギー生成よし。システムオールグリーン、っと」
「お疲れ様」
「ん、おおヴェロニカくん。ちょうど機体整備が終わったところだよ」
 十七夜 リオ(かなき・りお)が端末から顔を上げると、ちょうどデモ戦出場組の内、三人が戻ってくるところだった。
「ありがとう。ごめんね、任せきりにしてしまって。あ、これドリンクの差し入れだって」
「お。ありがたい」
 ドリンクを受け取り口をつける。
 意識していたよりもずっと喉が渇いていたのか、レモンの爽やかな香りの液体は、全身に染み渡るようだった。
「まぁ、今回は整備に回って皆のバックアップってとこだよ。僕ら生徒の代表なんだから、ヴェロニカくんや辻永くん達には頑張って貰わないとね。
 ――ああ、うん、勿論山葉くんも」
 ヴェロニカの後ろで、傷ついたような表情を作っている{SNM9998829#山葉 聡}の顔を見て、一応付け足してやる。それだけで聡の表情は輝く。単純である。
「多少無茶やっても、きちんと修理してあげるから、思う存分暴れて、天学はイコンのスペックだけじゃないって所、他校生に見せてきてやんな!」
「おう、任せてくれ!」
 聡の気持ちの良い返事が、なんだか多少の無茶で済まない気がして心配になる。が、せっかくの士気に水を差すのも野暮かと、黙殺してやる。
「と、それとフェルから伝言を預かっているんだけど……直接聞いた方が良さそうだ」
 ちょうど、格納庫にはパートナー、フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)の乗る愛機、メイクリヒカイト‐Bstが戻ってきたところだった。
 と、翔が意外そうに目を見開く。
「あれ、試合出てたのか?」
「いや、警備のスクランブル要員だったんだが、昼の騒ぎの影響で巡回警備用のイコンが不足してね。急遽駆り出されたんだよ」
 騒ぎが原因の人的、物的損害はほとんどなかったものの、フィールドの監視役の機体も出撃した影響などで、警備シフトが一から組み直しになったのだ。
 本来、スクランブル要員は所定の場所で比較的頻繁な交代シフトの下、待機するだけだったのだが。
「なるほど。お疲れ様」
 機体から降りてきたフェルへ、ヴェロニカが労いの声をかける。
 フェルはなんだか妙にぐったりしている。疲れているようだ。
「思ったより忙しかったのか?」
「……むしろ、思った以上に暇かも」
 仕事内容はスクランブル要員も一般警備も大差ないはずだが、やはり長時間の退屈な待機が酷だったらしい。
 まあ確かに、所定の場所から『動かなくていい』のと『動いてはいけない』のとでは、識閾下に蓄積するストレスもだいぶ異なるだろう。
「ああ、そうだ。僕に伝言を頼んだ件、直接言ってはどうかな」
 ヴェロニカから受け取ったドリンクをこくこくと飲み下していたフェルは、そこでやや気恥ずかしそうに視線を泳がせると、
「……二人とも、頑張れ」
 ぽそりと小声でそう漏らす。
 ヴェロニカと翔は微笑み、ぐっと握り拳を作って意欲を表示。
 一方、完全に存在を無視された約一名が慌てふためく。
「俺は!?」
「……」
「ちょ、痛い痛い痛いやめろその『どっかいけー』的な視線痛いって!」
 などと騒いでいる内に運営スタッフが、三人のパートナーを引き連れ移動の指示を出して来た。
 改めて「頑張れ」と口にしかけたリオは、しかし苦笑して口を噤む。
 ……そんなことを言う必要がないほどに、彼らの顔は闘志に燃えていたのだ。



【デモンストレーション】


  3

「残り時間は!?」
「三分二十四秒だ」
 ジェファルコンの機内。
 翔の問いに、{SNL9998856#アリサ・ダリン}は端的に応える。
「ヴェロニカ、聡、ダメージは!」
『ちょっと厳しい』
『同じくだ! ちっくしょ、教え子相手に本気だなありゃ……!』
『ふふ、聡さんの場合、日頃の行いのせいもありそうですけど』
 聡の言葉に、{SNL9998828#サクラ・アーヴィング}が辛辣な指摘を入れる。
 あながち間違いではなさそうだ、と翔は思う。しかし聡の言う通り、教官たちが本気である、という点には同意できる。
 前半こそ互角の戦いを展開できたものの、後半になって徐々に、しかし確実に押され始めた。あるいは、当初は教官側が手心を加えてくれていたのかもしれない。
『どうしたお前ら。逃げてるだけじゃ勝てねぇぞ』
 五月田教官長のコーラントから、共有回線を介した通信が入る。
 翔はぐっ、と言い返したいのをこらえた。ここで熱くなっては向こうの思うツボだ。
「仕方ない。あまりやりたくなかったが……例の、いくぞ」
『了解』
『了解』
 翔の指示に応じ、僚機が周囲へと散る。
 教官たちの機体もそれぞれを追った。
「翔、来るぞ。一時方向」
 アリサの声に、翔が視線を前方へ戻すと、パイロット科長の駆るイーグリッドが迫っている。
 すれ違いざま水平に振るわれたビームサーベルを、翔は急降下で回避。機体を反転させ、新式サーベルを構えながら後を追う。
 敵機は空中で急停止。振り向いて、迎撃姿勢を見せている。
「上等……!」
 正面から接近。
 直前での急上昇と共に、斬り上げる軌道でサーベルを走らせる。
『惜しいな――』
 言葉に反し、科長は易々とこちらの斬撃を、自身の刀身で受け流して見せた。
『――だが、終わりだ』
 受け流す流麗な動作もそのままに、上段からの斬り下ろし。
 今度は一切手加減なし。
 回避不能。直撃コースだ。
 しかし、
『なに……?』
 静かな驚きの声。
 同時に眼前から響く衝突音。
「よしっ」
 翔は思わず拳を握る。
 すぐ目の前には、背後からの衝撃で体勢を乱した科長のイーグリット。
 そしてその背後を取っているのはブルースロートと、プラヴァー重火力パック仕様型。
 ヴェロニカと聡の機体だ。
 ブルースロートの携える大型ビームキャノンと、プラヴァーが背負ったプラズマキャノンの砲口が、イーグリットを睨む。
 教官機同士を引き離し、科長機のみに絞っての三対一。
 賭けの要素が多い上に、一対多数の構図に持ち込むのは小隊戦の常套手段。
 使い古された手が教官に通用するとも思えず、最後まで温存した甲斐はあった。
 もちろん、終盤まで温存したのには他にも意味があり、
「残り十五秒、こっちの攻撃で終わらせられる!」
 チャージ完了。
 僚機の二人が引き金を絞り、科長機を撃墜する――瞬間。
『えっ!?』
『うおっ!?』
 僚機から声。
「どうした!?」
 問いかけたが、答えは待つまでもなく結果として現れた。
 根元からへし折れる僚機の銃身。
 原因は、遠くに構える教官たちの機体。僚機二体の高速機動を追おうとせず、冷静に狙撃を選んだがゆえの、必然的な着弾だった。
『常套手段を、焦りが生まれやすい終盤に持ち込んだのは正解だが――』
 体勢を立て直した科長機が、改めてサーベルを振りかぶる。
『――次から、獲物に選んだ機体には近接戦で包囲をかけろ。離れていては、敵は躊躇なく射撃による妨害を試みるぞ』
 いや、接近してても正確に武器だけ撃ち抜けたんじゃないですか。
 そんな反論を上げる暇も貰えず、翔の脳天に手痛い教訓を降された。



  4

「対人武装?」
「ええ。俺……いえ、自分は重パワードスーツ乗りでして。やはりイコンの対人戦闘能力については気になるんです」
 首を傾げる雪姫に、三船 敬一(みふね・けいいち)は質問の意図をそう語った。
 場所は整備ドッグの休憩室。ちょうど観戦の合間で取り立てて急ぎの用もなく、話をするにはちょうどいいのだが、
「それは、私の話で役に立てるだろうか」
「いえ、専門外ならすみません。ただ、第二世代機の対人武装や、パワードスーツが装備できるクラスの火器で第二世代機にダメージを与えられるのかなど、ご存知でしたらご教授頂ければと」
「……肯定(イエス)。私にわかる範囲でよければ」
 しばし沈黙。雪姫は知識を整理し、説明を組み立てる。
「――まず、第二世代機の対人武装」
「はい」
「あるとも言える。ないとも言える」
「と、言うと?」
「設計思想、改造コンセプトにもよるが、基本的に第二世代機のイコンは対イコン用。対人用途に限定した兵器開発は稀」
 対人兵器が要求される状況といえば、一般的なケースは戦場だ。だが、戦車がわざわざ機関銃を取りつけたりすることがないのと同様、イコンにおいても、特に軍が対人武装を取りつけることは稀だ。
 戦車なら高機動の、たとえばバイクなどで接近、車体に取りつかれるケースもあるだろうが、それは歩兵を護衛に二、三人つければ済む話。
 イコンに至っては、全身が機晶エネルギーでコーティングされている。仮に機体に取りつかれても、コックピットへの侵入を許す恐れはない。
「一方で、対物、対イコン武装は人間に向けて使用しても、必要十二分な効果を発揮する」
 事実、対物ライフルの類も、戦場に置いては超長距離狙撃銃として、対人用途で運用されることが昨今では珍しくない。
「対イコンと呼ぶ場合、その兵器は機晶エネルギーへの干渉力を有しているという意味。干渉力さえ有していれば定義に当てはまる、と解釈するなら、対イコン武装が対人武装より絶対に威力が上、とまでは言い切れない」
 とはいえ、武装の物理的火力そのものが対人兵器より弱いとあっては、到底イコンの堅い装甲を抜くことなどできない。ほぼ間違いなく、対人兵器としても必要十分な威力を誇ると定義できる。
「対イコン武装はそのまま対人用途でも使用できる。よって、イコンがわざわざ対人兵器を武装することはないが、通常の武装が状況次第で対人武装へ転じる……ということですか」
「肯定。パワードスーツが装備できる火器で第二世代機にダメージを与えられるかに関しても、世代差はそこまで憂慮すべき要素ではない」
 従来機だろうと第二世代機だろうと、イコンが兵器として最も特徴的なのは、機晶エネルギーを利用している点だ。
 機晶エネルギーでコーティングされた装甲は、干渉力を持たない通常兵器では破れない。
「逆に言えば、対機晶エネルギー粒子を使用したビーム兵器、アンチ機晶エネルギーコーティングが施された実体武装など、イコンの装甲への干渉力を有する武装であれば、パワードスーツがダメージを与えることは可能」
「なら、武装次第でパワードスーツが第二世代機に勝てる可能性も――」
「否定(ノー)。極めて難しい」
 たとえ装甲を抜くことが可能でも、パワードスーツと第二世代機では射程、パワー、機動、あらゆる面で大きな差がある。
「むしろ、機晶エネルギーにより装甲がコーティングされていない状態――イコンの起動前か、エネルギーが一時的に切れた状態を通常兵器で狙う方が、破壊という目的を達する上では有効」
「なるほど……ありがとうございます。最後に、高速で動き回る人間サイズのターゲットに対して、第二世代機の命中率はどの程度です?」
「否定。その問いに対する有効な回答はない」
「……有効な回答がない?」
「肯定。イコンは運用者により、性能に個体差がありすぎる。狙撃型、射撃型、近接型、バランス型。機体自体の性能も調整次第でいくらでも変化する上に、操縦者の技量での変化もまた大きい」
 平均的な数値、という意味での目安はあるが、個々の数値の開きが大きすぎて、特別この程度の命中率を誇る機体が多い、という目安にはならないのだ。仮にそんな目安あったとしても、個性的な機体はそこらじゅうにある。
 結局は敵機と対峙するその都度、相手のスペックと技量を見極めるしかないのだ。
「さらに付け加えるなら、移動標的への射撃は殊更、操縦者の技量が左右する値が大きい」
 そこまで言って、目の前の人物が銃を使った格闘術を得意としていると自身を紹介していたことに気がついた。釈迦に説法だ。
「確かに……移動標的に対しては、兵器の性能以上に、獲物を追い込む狩人の勘、駆け引きが不可欠。下手な数字を聞いて、先入観を持つ方が危険ですね」
「肯定」
 そこまで話し終えたところで、決勝が間もなく始まる旨の放送が流れた。
 敬一は規律正しい動作で立ち上がり、丁寧に一礼すると、
「ありがとうございます。勉強になりました」
 雪姫の邪魔をするつもりはない、という意図だろう、足早に去って行った。