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リアクション
◆第一章1「準備万端の万端」◆
「本日はご来場いただき、まことにありがとうございます」
会場内に涼やかなアナウンスが響く。リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は渡された原稿に目を通しながら、大会の開催時間やプログラム、施設の案内をしていく。
(こういう放送だけですんだら一番なんだけどね)
そんな彼女がいるのは、会場に設置された天幕の一つ。大会運営本部だ。
「おい、バカ女! さっそく迷子がいたぜ」
バカ女、とリカインを呼んだのは、やや派手な格好をした男――アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。彼の後ろには、3歳ごろと思われる女の子が泣きべそをかきながら突っ立っている。
とっさにアストライトを怒鳴ろうとしたリカインだが子供の姿を前にぐっとこらえ、目線を合わせるためにかがみこむ。年齢と名前を聞き、即座に放送する。
「じゃあ、あとは頼んだからな」
リカインが目で頷いたのを確認して、アストライトはまた見回りに戻る。
広大な敷地に集まった大勢の人々。ただのお祭りと化しているそんな光景を見ていると、これが作戦の一環だとはとても思えない。
「なるべく流血沙汰はさけたいところだが、もしもの時は、アレ使うか」
アストライトは気合いを入れなおし、空を見上げた。青い空に、黒い影がポツリと浮いている。
「さすがにまだ動きはないようね」
レッサーフォトンドラゴンの背に乗って上空から会場を見下ろしているのはサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)だ。
空からの警備、というわけだ。
とはいえずっと飛んでいるわけにもいかない。もう少し見回ってから降りることにした。
「できたら他の子とも触れ合ってみたいわね」
楽しみができた、とサンドラは空の警戒へと戻って行った。
◆
「予想以上に大きな大会だなぁ。こりゃ気合いいれて警護にあたらなきゃな」
ぐっと拳をつくった黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は、「がんばろうな」と誰かに声をかけた。……だが、不思議なことに返答はない。
竜斗は「あれ?」と首をかしげて後ろを振り返った。まず目に入ったのは、恋人であるユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)の姿。焦点が合わない目をしており、身体がふらついている。
「あうぅ、可愛い動物さんたちがいっぱい。……はっ! ダメダメ、お仕事に集中しなきゃ……あぁ、あのネコさん可愛い。もふもふしたいです」
ぶつぶつと何やら呟いている。それからきょろきょろと周囲を見回し、竜斗と目があった。
「ちょっとだけ……ちょっとだけならいいですよねっ? 気にしながらお仕事するよりいいですよねっ?
竜斗さん、あとはお任せします!」
「え、あ、ちょ」
それだけ言ってどこかへ走っていくユリナ。慌てて追いかけようとした竜斗の横を駆け抜けたのは、
「ユリナお姉ちゃん待ってー! ボクも一緒にもふもふするー!」
同じく竜斗のパートナーであるリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)だ。銀色の尻尾を楽しげに振りながらユリナを追いかけていく。
「行った先に悪い人がいるかもだし、これもお仕事だよね!」
声をかける暇もないとはこのことか。あっという間に姿を消した2人に、竜斗は頬をかいた。そしてもう1人は、と姿を探す。
探し人はすぐに見つかった。というよりも、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)から近付いてきた。少し服が汚れている。竜斗が怪訝そうに眉を寄せると、セレンはくわえた煙草に火をつけながら答えた。
「ま、ようするに悪人さえ捕まえりゃいいんだろ?」
「……もしかして」
「ああ。会場のあちこちに落とし穴やトラバサミ、かすみ網とか大量のトラップを仕掛けさせてもらったぜ」
竜斗は額を押さえた。大のめんどくさがり屋のセレンは、楽だからとこうして罠を仕掛けることが多い。もちろん設置場所には気をつけているだろうが、ここには一般人も大勢いるのだ。
(発動したらオレの携帯に着信が入るように設定したし、何が掛かるか楽しみだなぁ〜)
セレンはニヤつきながら、竜斗に背を向けてひらひらと手を振った。
「つーわけでオレは自由にさせてもらうぜ〜」
またどこかへと去って行ったパートナーに、竜斗はため息もつけない。
「とりあえず、俺のやるべき事はみんなの制御、か? 結構苦労人だなぁ、俺」
がんばれ、竜斗。負けるな竜斗。君の明日はきっと明るい(といいね)。
◆
さて、会場には参加者や観客だけでなくたくさんの出店もあった。その1つ、『イキイキ焼』でバイトにいそしんでいる笠置 生駒(かさぎ・いこま)の元に、ユリナとリゼルヴィアがやって来た。
満足そうな顔を見る限り、たっぷりともふもふできたのだろう。そして昼時にはまだ少し早いが、美味しそうな匂いのする屋台を前に、昼食を取ることにした。
「えっと、焼ソバを1ついただけますか? あ、この場で食べますので」
「ボクはねぇ。タコ焼き!」
「焼ソバとタコ焼き、ね。了解。席に座って待ってて」
完成品の在庫はなかったので、生駒は新たに焼ソバを作り始める。隣では生駒を雇った店主が手際よくたこ焼きを作っていた。
「もうすぐ焼ソバできますけど、タコ焼きの方はどうですか?」
「ああ、こっちももうすぐだよ……っと、できた」
「ほいっと……こっちもできました。ジョージ! 料理運んで。Aの3番のお客さんだよ」
生駒は焼ソバを盛りつけると、パートナーであり共に働いているジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)を呼んだ。ジョージはタコ焼きと焼ソバを受け取り、ユリナたちの元へと運んでいく。
Aの3、と書かれた札を見つけたジョージはユリナたちのテーブルに料理を置いた。そして「待たせたのぅ」と言おうとし、すごく輝いた目を向けられていることに気付いて動きを止めた。
「うわぁ、すごくかしこいペットちゃんだね!」
毛深い……毛深すぎるジョージの姿は、チンパンジーによく似ていた。
「違うペットじゃない! 人間です!」
「喋った! すごーい」
ジョージが反論するが、余計に喜ばれる。周囲の他の客たちもひどく驚いていた。そんな騒ぎを聞きつけたのだろう。怪訝な顔をした生駒がやってきた。
「ん? 騒がしいけどどうしたの?」
「生駒。いや、こちらのお嬢さんがじゃな、ワシのことをペットと呼ぶんじゃよ」
どうにかして誤解を解いてくれ。ジョージはそう助けを求めた。生駒は「なるほど」と頷き、
「やっぱりそうなるよねぇ」
ふか〜く、納得した。ジョージが「納得するでない」などと反論するたびに喜ぶキャラリー。
これは良い宣伝になる、と店長の目が輝いたとか輝いていないとか。
◆
さて、肝心の大会はどうなったか、というと……イキモの開会宣言が終わったところだった。
イキモは別の場所からマイクで喋り、その声が人形の胸に仕込んだ小型スピーカーから聞こえているのだ。
ステージを降りて特別審査員席に座ったダミー・イキモの傍には理沙と、悠里、ランディがいる。舞は診療室だ。
悠里は油断なく周囲を見ながら、そっと『禁猟区』を張りめぐらせる。ルカルカが動かしているとはいえ、所詮は人形。近づいて見られると偽物とばれてしまう。
こっちが本物であると思いこませるためには、あまり近づかせてはならない。悪意を早期発見する必要があった。
「よくわかんねーけど、とにかくイキモのおっさんは守ってやるからな。安心しろよ」
ランディは、どうも人形を本物と思っているらしい。良くも悪くも素直な彼が余計なことを言わないように、と知らされていないからだ。……まあ、単純に聞いていなかったというのもあるが。
理沙と悠里はそんなランディを見て、これだけ真剣に守ろうとしているランディがいるのだからそうそうばれることはなさそうだ、と思った。
「舞の方は、忙しくないと良いんだが」
「そうねぇ」
いろんな思いのこめられた悠里の言葉に、理沙は頷くにとどめた。
『イキモさん、ありがとうございました。それではこれより、ペット自慢大会の始まりです!』
『参加者はまだまだ募集していますので、良ければご参加ください』
ステージにあがった司会者とアシスタントの女性――セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の声がモニターから聞こえてくる。
「はじまったね」
「そうだな」
診療室の一角に密かに設置されたモニターを眺め、舞とダリルは少し目を鋭くさせた。大事なのはこれからだ。
「他にもたくさん契約者のみんながいるし大丈夫とは思うんだけど、人も動物も元気で居てほしいね」
「こっちとしても、怪我人は少ない方が助かるしな」
冷静に呟くダリルは、まったくの0とはいかないだろうと口にしかけ、診療室へと誰かがやって来たのを見て立ち上がる。
「さて。俺たちは俺たちの役目を果たすとするか」
「そうだね!」
モニターから離れる前に、舞は画面に映っていた悠里の姿を見て心配そうに少しだけ眉を寄せた。
◆
ひときわ響いた歓声に大会が開始されたことを知った源 鉄心(みなもと・てっしん)は、会場ではなく屋敷の中にいた。部屋には他にも家政婦や庭師など、イキモの家人たちがいる。イキモが狙われるのならば、同じく周囲にいる人々への影響もあると考えたためだ。動物を大事にするあまり人が怪我をしてしまったら意味がない。
(まぁ、実際人質を取った後に交渉と言った訳でもなかったし……考えすぎだろうけど)
もしくは内通者の可能性も考えていたが、ここにいる面々は真剣にイキモの身を案じているようだ。それでも危険なことには変わりなく、こうして一部屋にかたまってもらっている。
こうなると鉄心の役目はほとんどない。パートナーに任せることにし、窓から会場を眺めた。
『君らの方が警戒もされにくいだろう、けが人の無い様しっかりやってくれ』
そう鉄心から会場の警備を託されたティー・ティー(てぃー・てぃー)、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、積極的に『人』に話しかけていた。
それは人を守るという意味もあったし、内通者や敵を探し出すためでもあった。
「こんにちは、すごい動物たくさんですね!」
穏やかに話しかけるティーに、動物を連れている人々のほとんどが笑顔で答えていく。だが時折、悪意を感じる時もあった。そんな時、ティーはそっと動物の首輪やゲージに手をかざし、密かに想いを読み取っていく。そして、左手首をとんとんと軽く三度叩いた。
「最近はペット愛好家のモラルも、ちょっと考えてしまうところですわね」
などと、胸を張って通行人に語っていたイコナは、携帯が鳴ったふりをして携帯電話を操作し、鉄心へ連絡をする。
三度叩くのは、本物のペットと飼い主ではない可能性が高い場合。つまりは、要注意人物を意味している。
「さっき面白い動物をみかけましたの。写真とらせてもらいましたから、見せてあげますの」
話しているように見せかけて画像を鉄心へと送り、その場で解決できそうなら鉄心から指示が。厳しそうなら本部へとその連絡が行く手筈となっている。
イコナは画像を送信した後、居心地悪そうに身じろぎした。周囲には途切れることなく人の波があり、落ち着かない。正直、今すぐにでも鉄心のところに行きたいぐらいだ。
「イコナちゃん。大丈夫ですか?」
「ぜ、ぜぜん大丈夫ですの! わたくし、まだまだ頑張れますの」
心配そうなティーにイコナは、そう強く言い返した。
さて、こうして整えられている警備体制に対し、組織はいつ。どのような動きに出るのか。
それが分かるのは、もう少し先の話だった。
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