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Moving Target

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●No Place Like Home

 短い休憩の後、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が前に進んだ。
 ――ソノダ女史、か。予想していた人とは少し違うようだ。
 呼雪は疑問を抱いていた。彼女が、聞いていたような急進的な活動家ではないことに安心した反面、ではなぜあのように過激な発言ばかり伝わってきたのか、という疑問はある。
 泰然とした態度で着席しつつ、呼雪が観察して導いた推論があった。
 ――恐らくは、取り巻きだな。
 取り巻き、という表現が悪ければ支持者でもいい。知的で洗練された容貌のソノダは、女性運動家たちが広告塔に担ぐには十分すぎる素材だ。「ソノダがこう言った」ということにすれば発言の重みも増す。
 実際、ここまで見てきた時点では、ソノダよりもその周囲の活動家のほうがずっと過激だし強烈な発言も多い。いわば彼女は活動家たちのジャンヌ・ダルク、シンボルであり旗印なのだ。
 もしかしたら今日の会合の結果、他の活動家の主張も全部、ソノダが口にしたことになるのかもしれない。
 問題はソノダ自身がそういった流れを否定したり拒絶したりしないところだろう。
 心の底では彼女らと同じなのか、拒否できないだけなのか。
 それともなにか考えがあるのか。
 呼雪はふと、パートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がなんともいえない表情をしているのに気がついた。腹痛がするのに、それを押さえているような……。
「具合でも悪いのか?」
「いや、なんていうかね、ソノダさんの周辺って情報が偏ってるみたいで……どうも、『げぇっ、鏖殺寺院の幹部ヘル・ラージャ!』って目で見られてるみたいで」
「気にするな……とは言いにくいか」
「いや、一応『今は更生して頑張ってます!』って根回しでアピールしておいたけど、敵意の籠もった視線は感じるよ」
 けれど気にしないようにするよ、ヘルはそう言って呼雪の背を叩いた。
「出陣だ。火打ち石でも鳴らそうか?」
「気持ちだけもらっとくよ」
 呼雪はマイクのスイッチを入れた。簡単に自己紹介し、背後に控えるパートナーたちのことも簡単に紹介して、
「婚姻制度が問題になったようなので、そこから話をはじめさせてください。たしかに重婚……法的には複婚が認められていますが、大多数は一夫一妻の婚姻を結んでいます。
 ならば、なぜそういった制度があるかと言えば……文化多元論、と簡単に表現することははばかるかもしれませんが、パラミタには実に多種多様な種族と民族文化があり、シャンバラの制度もそれらの多様性を尊重したものだからだと私は考えています」
 種族の話をするのなら呼雪の環境はうってつけと言えるだろう。
 彼はファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の手を取り前に導いた。
 あまりこういう場に慣れていないファルだ。その大きな目をぱちくりとして、
「わー、人がいっぱいだー」
 嬉しいような恥ずかしいような声を洩らした。
 ファルの外見には否応なく注目が集まっていた。地球人も彼らドラゴニュートの存在は認識している。だが認識しているからといって、理解しているというわけではないのは言うまでもない。よく言えば知的好奇心に満ちた……悪く言えば珍奇なものを見るような目でファルを見るのだった。
「あ、ぬいぐるみじゃないよ〜?」
 かぱっとファルが口を開けて笑うと、ルビー色の眼をもつ愛くるしさに、空気が和むのが感じられた。
「初めまして、盾の騎士としてシャンバラ宮殿に勤めているドラゴニュートのファル・サラームです!」
 ぺこりっ、とファルは頭を下げた。焔色の長い髪がふぁさっと流れる。
「パラミタの国には、あなたのような存在はたくさんいらっしゃるのですか?」
 ソノダが言う。
 ――なんだか、幼稚園の先生って感じ?
 ファルはそんな感想を持った。年齢としては園長先生になるのかな。でも現役といったって通用しそうだ。
「ええと、多いってわけじゃないけど、珍しくはないと思うな」
 パラミタは大陸のことであって国家としてはシャンバラと言うべき……つまりソノダには混同が見られるわけだが、それを指摘するとややこしくなるかと遠慮して、そこは聞き流しておく。解きたい誤解はそこじゃないから。
「マユも言ったほうがいいだろうね」
 ヘル・ラージャは小声でマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)に告げた。
「あ……はい、そうですね……」
 マユが萎縮しているのは一目瞭然だ。リュートを両手でぎゅっと抱きしめ、下唇を噛んでいる。小刻みに震えてもいた。
 ――ファルさん、堂々としててすごいなぁ……。
 この場を楽しんでいるファルを、ユマはうらやましく思ったりもしていた。
 けれど、わかってる、とばかりにうなずいて、ヘルはマユの肩に手を置いた。
「大丈夫、頑張ってね」
 はじめて自転車に乗る子を送り出すように、優しく押し出してあげる。
 マユは、ファルと呼雪に並んだ。
「あの……ハーフフェアリーのマユ・ティルエスです。よろしくお願いします」
 ――思ったよりとちらなかった。言葉がすらっと出てきたことにマユは安堵した。
 うんうんとヘルはうなずいている。マユの美しさに、地球側が溜息をつくのが聞こえた気がした。
「ぼくの気持ちを伝えたいけど、スピーチはあまり得意ではありません」
 歌のほうが得意なので、と断ってマユは、リュートに指をかけたのである。
「聴いて下さい。これは『六騎士の歌』という歌です」
 清涼な風が吹き込んだよう、それほどに清らかな歌であった。
 心をつかむ、そう表現するにぴったりの音楽だった。
 弦がはじかれるその一音一音が、
 メロディーに乗る詩が、
 そしてマユの声が、
 幻想的な世界を描き出し、聴く者を古代の世界に誘ったのである。
 旋律を終えると、マユは再度頭を下げてから語った。
「このお歌は、五千年前にヴァイシャリーの離宮を守護した六人の騎士の歌ですが、その半数は女性でした」
 唱ったおかげだろう、すらすらと言葉が出てきた。
「シャンバラは代々女王様の国ですから、地方や民族によっても違いますが、女性も強いんです。
 ぼくはシャンバラが滅んだ頃、家族を亡くして、ハーフフェアリーの女性騎士様たちと眠りにつきました。
 今こうしていられることは、とても幸せだと思います。
 理解して、などと傲慢なことは言いません。
 けれど、知ってほしいのです。この世界の文化を」
 ファルが続ける。
「現代のシャンバラも、職業や立場上の性差はほとんどどありません。ボクの同僚さんも女性が結構いるし、宮殿に務めている人も、むしろ女の人が多くて、強い印象があるよ」
 先代の空京市長も女性だったしね、とファルは笑った。
「それとパラミタは、一度つまずいたり挫折してしまった人が、再起できるチャンスがいっぱいあるんだよ!」
「硬直した文化なのはどちらでしょう? と問われるのですね」
 ソノダが口を挟んだので、ファルは驚いて、
「い、いや、そこまで言うつもりは……」
「意地悪に聞こえたのならごめんなさい。勉強になりました、率直にそう思います」
 ――あ、笑った。
 やっぱり幼稚園の先生みたいだよ、とファルはソノダを見て思った。
 呼雪がまとめに入った。
「契約者のほとんどどは年若く、時に家族のような形態を作り出すこともあります。
 また、必ず一緒に過ごしているわけでもなく、ファルのように独り立ちしていくパートナーもいますが、今も強い絆があることを感じています」
 拘束するもの、抑圧するもの、そういった契約関係でないことだけはわかってほしかった。
 ヘルは前に出ない。塵殺寺院出身ということもあってイメージを気にしたのである。
 けれど、ぽつりとつぶやいた。
「うちはみんな種族が違うけど、家族や一緒に生きていた人を失った子たちが、契約をきっかけに新しい家族を得たようなものなんだ。ソノダさんにもシャンバラやパラミタのこと、もっとよく知ってほしいな……」
 マイクを通したわけではないから、ヘルのつぶやきは会場すべてに行き渡ったわけではない。
 けれどソノダには、聞こえたものだと信じたい。
 彼女には長期滞在と視察を勧めたいものだ。もしかしたら、彼女にも新しい出逢いがあるかもしれないから。

「私は、パートナーのアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)と結婚しています」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の発言は、少なからぬ動揺を巻き起こした。
 彼女は腕に、一歳半になる赤ちゃんを抱いていたから。
「この子はユノ・H・ブラウ……私たちの子どもです」
 ユノは最初、「もう歩ける」と主張するように両足をじたばたさせていた。やがて彼女は、多くの眼が自分と母親に注がれていることに気づき、「なに?」と言わんばかりに朱里を見上げたのである。
「みなさんがね、私とパパの話を聴きたいんだって」
 朱里は優しく語りかけ、ユノを下ろした。
 瞬間、アインと視線が交差する。
 彼は口を開かなかったが、うんと言うかのように目でうなずいてみせた。
 昼休憩のあいだにアインが言った言葉を、朱里は思い出している。

「一夫多妻、及び男性による女性支配に対する異常な嫌悪から考えて、ソノダ女史の離婚原因は恐らく、元夫の不倫ではないだろうか……そう思っていた」
 アインは朱里に、携帯端末を見せた。
「予想通りだった」
 週刊ニュース誌(デジタル版)の記事だ。抜粋した内容を以下に紹介する。
 旧姓ジャネット・オドネルはアメリカ籍、あまり裕福ではない家庭の子だったが奨学金でコロンビア大のジャーナリズム大学院修士まで出ている。二十六歳で日系の上院議員ヨシオ・ソノダと結婚、ジャネット・ソノダとなった。
 マイノリティー出身ながら保守系の二世大物議員という異色の経歴を持つ夫は、その一方で異常なまでの漁色家であり、ジャネットは泣かされる日々が続いたという。
 証拠がなくジャネット本人も主張していないので真偽は不明だが、彼女はしばしば夫の暴力にさらされていたと言われており、包帯を巻いて政治家のパーティに出ているところが何度か目撃されているし、二度ほど精神科医に通院歴がある。子どもは授からなかったようだ。
 夫の影となり選挙では笑顔を振りまくだけの『政治家夫人』、家庭にあってはいわゆる『耐える女』だったジャネットが、離婚を機に言論活動を開始したのがおよそ十年前だ、同時に彼女はその思想が、女性運動を含むリベラルであることをあきらかにした。いまでは女性運動界のちょっとした偶像のような存在である。
 離婚したにもかかわらず彼女がソノダ姓を名乗り続けていること(法的にも復姓していない)には賛否両論あるが、親日家ゆえ日本とつながりを保ちたいからという理由が伝わっており、また、噂の域を出ないものの、これが今なお保守の大物である夫へのささやかな復讐だという説がある。いまや世界的には『ソノダ』といえば元夫のことではなく、むしろその正反対の思想を持つジャネットのことを指すからだ。
「……ソノダ議員はその漁色ぶりばかりではなく、しばしば女性蔑視発言が問題視されている男だ。汚い言い方だが『下衆野郎』というのがふさわしい。同じ男から見ても嫌悪の対象だ」
 アインの言葉に怒りがにじんでいた。しかし、と彼は言う。
「この男のように、女性に対して非道な扱いをする男が存在するという事実は否定しない。だが、それは非契約者にも起こりうることで、『契約』とはまた別の問題として分けて考える必要があるだろう」
 それをソノダ女史に伝えてほしい――アインは朱里に言葉を託した。

 そんなアインの言葉を心に反芻しながら、朱里は壇上にて話している。
 妻として母として、これまえで生きて来たなかでの思いを。
「私の場合、パートナーの中で婚姻関係を結んだのはアインただ一人。残りは皆、養子もしくは保護者として育てている身寄りのない子供たちです。
 私たち『家族』は、お互いに助け合い、支え合って生きてきました。夫も家事や育児を手伝ってくれる。……そこに支配とか従属といったものはありません」
 ソノダが人生で感じてきただろう痛みや悲しみを思う。ソノダだけではない、あの女性団体のメンバーの多くが、そのような傷痕を持っているのではないか――そう考えるから、朱里は語りかけるように言葉に熱を込めるのだ。
「私は思うんです。『契約』とは、地球とパラミタという、本来なら出会うはずのない別の世界に住む者同士が『絆』を結ぶことじゃないかと。
 たしかに契約は、片方を失えば相手も大きく傷つくリスクを伴う。
 けれどそれは、覚悟をもって、血よりも濃い『絆』を結んだ『家族』になるということだと思います」
 胸が詰まってきた。感情が高ぶってきたのだ。しかし朱里はしっかりとユノの手を握ったまま続けた。
「もしアインと『契約』していなかったら、私はパラミタに上陸することもできず、多くの友人や子供たちに出会うこともなく、そして彼と結婚し、この子を……ユノを授かることもなかった。二つの世界が出会うことで生まれた、新しい命を」
 もう一度、朱里はユノを抱き上げた。
 ユノは不思議そうな顔をしている。
 けれど母を絶大に信頼しているから、その身を任せてたじろがなかった。
「だから私、自信を持って言えます。『彼』を選んだ事を誇りに思う、と」
 拍手が朱里と、ユノを包んだ。
 朱里の耳に届いたかどうか……だが、アインの卓越した聴力はとらえてしまった。
 ソノダではない。そのすぐ近くに座っていた女性だ。その女性はしらけたような口調で、
「でも、機械と交配するなんて……」
 あきらかに侮蔑の意を込めてつぶやいたのである。
 アインが気にしたのは、ただ一点、
 ――朱里が聞いていなければいいが。
 ということだった。
 そのときソノダが振り向くのが見えた、例の女性に顔を向けている。
 アインの場所からはソノダの顔は見えない。
 だがソノダが正面を向き直ったとき、例の女性は怖れをなしたように青ざめ、そそくさと立ち上がって会場を出て行くのがわかった。

 ふーん、と五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は言った。
「ソノダさん、って人はまあマトモみたいだからいいとして、引き連れてきた人たちがちょっとアレよねん」
 理沙の言いたいことはわかるが、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)はあえて口を挟まない。
「正直、問題にしなくてもいいところまで問題にしているような……」
「その傾向、なきしもあらずと言ったところでしょうか」
「なきにしもあらず……? そんな甘いもんじゃないって、あれはケンカ売りに来ているよね、うん!」
「まあまあ」
 そう怒らずに、とセレスティアはなだめておく。
「覚えておいて下さいね。仮にあの人たちがケンカを売りにきていたとしても、買ったら負けです。暴論に暴論で応じるほど短慮なことはありませんわ」
 感情に正直な理沙と理性的なセレス、二人は理想的なパートナーシップにあるといっていいだろう。
「さって、反論しにいくとしようか」
 理沙は壇上に上がった。セレスも一緒だ。
「地球には一夫多妻制度っていうもっと明確な攻撃対象あるのにどうしてパラミタに文句いうの?」
 いきなり理沙は飛ばした。直球ストレートの剛速球という感じだ。
「それってこういうこと? 一夫多妻の国はいろいろときな臭いところだからおおっぴらに批判せず、新興勢力で叩きやすいウチにきたってことかなぁ?」
「理沙やめなさい。わたくしたちの正当性を主張するためにここに来たんでしょう?」
 ぶー、という顔を理沙はするが、たしかにセレスの言う通りであるので主張を変えて、
「えーっと、私たちはメイド喫茶のオーナーと野球応援アイドルユニットをしているんだけど、その顧客対象は可愛い女の子が好きな人たちなのよ。彼らに喜んでもらい、商売成り立っているの。ぶっちゃけ、顧客的には男性が多くなるワケ」
「まあ同性のアイドルが好きな女の子も少なくありませんけどね」
「でもさ、男性が『女性をはべらしたい』と望むのは生物的本能に基づくとこあるっしょ? ソコを『駄目』と抑制しちゃうと、生真面目な面白くもない男ばっかりになっちゃう。それじゃ私達困っちゃうのよ。喫茶のメイドちゃんたち目当てにお客さん沢山きて欲しいし、球場にあたしたち目当てでイイからお客さん沢山来て欲しいワケ! だからソノダさんたちの言う『色々な女を囲おうという浮気症な男ケシカラン』とかいう主張は商売のメイワクなのよね! 極論を言うと」
「怒らせようと思って言っているんではないんですよ」
 と断ってから、ソノダは穏やかに言った。
「私たちは、そんな男性の本能を批判しているわけではないのですよ」
「そんなことはない、すべての男は去勢しろ!」とでも言いたそうな目の活動家もいたが、ソノダはたくみにその視線をかわした。
「まあそうだけどさ。続き言っていい?
 日本のサブカルチャーだって男女問わず『可愛いモノ』を獲得しようという消費で経済廻っていってるトコあるんだし、契約システムと重結婚OKってだけで『この世界は女性蔑視だ』って言われてもねぇ? 別に男性のみそういう優遇を受けるのにどうして女性だけがって思うのん? そういう目で見るみなさんこそ女性軽視してるんじゃないのん?」
「ああまた暴投気味……」
 セレスティアがたくみに補足した。
「ソノダさんがパラミタを批判する根拠がちょっと解らないのですわ。そもそも、パートナーになるのに性別制限はありませんし。重婚容認についても、別に一夫多妻のみOK、女性が多数の男性とでもいいし、同性結婚だってOKなのです。
 そうして考えると、地球の多くの国家に比べて性別の垣根を取り払っている考え方だと思いますのに……どうして女性が抑圧されていると思うのでしょうか」
「そうですね、それは……」というソノダに、
「叩きやすいところから叩いている、と見られても致し方ないかもしれませんわよ」
 追求する口調ではなく、やんわりとセレスは言ったのである。
「回答はとくに必要ありません。シャンバラ……というよりパラミタそのものが、どうしても話題にあがってしまうのは仕方ないことですもの。ただ、そういう見方もある、とだけ見知りおき下さいまし」
 ぺこりとセレスは頭を下げ、それを見て理沙も続いた。 
 それでは失礼して……と、褐色の肌した巨漢が壇上に上がった。
 見上げるほどの身長、丸太のような腕、ぎっちりと詰まった筋肉。
 それでいて朗らかな顔に印象的な笑みを浮かべたその男は、かのルイ・フリード(るい・ふりーど)なのである。
 シュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)パールビート・ライノセラス(ぱーるびーと・らいのせらす)ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の三人も付き従っている。
「実は私、壇上に上がって説明を行うのは初体験です。ところどころぎこちないかもしれませんがご容赦願います」
「主張、させてもらっていいですか?」
 セラエノ断章が片手を上げた。
「ええ、お願いします」
「では……」
 と名乗って彼女は続けた。
「セラは魔道書です。生まれた頃は自我もなかったのですが、ある程度年数を重ねることによって、希薄ですが自我が生まれまして、保存されていた図書館で日々ぶらぶら過ごしておりました。あ、これって地球人の感性ではわかりにくいですかね? 本であるとか図書館とか、そういう前提条件抜きで、静かだけど孤独に過ごしていた――とでも思ってもらえればいいでしょうか」
 言葉が伝わるのを待ち、セラはまた口を開く。
「そんな日々の中、その図書館にルイが迷い込んできまして、なにしろ彼、あの身なりですから、『図書館に似合わぬ人』だと興味を持ち、目で追っているうちに『この人についていけばここにはない面白いことがあるかも』と思うようになったので付いていくことにしたのですよ、問答無用で」
 要するに、半分押しかけといった塩梅だったというわけだ。
 話しながら、セラの顔は輝いていった。
「それからは楽しいことも悲しいこともありましたが、充実した時間を過ごしてますね。本来なら成長することがなかったかもしれない身体も経験を積んで、十二歳から十八歳ほどまで変化しましたし」
 とにかくセラは、充実した生活であることを強調した。楽しそうに。
「一つ辛いことを言えば……ルイ、世界規模の迷子は程々に……捜すの大変なんです」
「はははは、気をつけます」
「つづいて我輩が語るあるねー」
 ノールがかわって進み出た。
「堂々と宣言しよう。我輩はメモリー……つまり記憶がたしかであれば、壱千五百年くらい前に存在してたのであるねー。数十年の誤差は容赦してほしいのだが」
 微笑してノールは言った。
「そうして我輩は、大破した状態で現契約者のルイたちに発掘されて修復されたのであるよ。あ、その時の姿は三メートル越す巨体であったのだよ
 いやー、この時代の技術は進んでいるのであるよねー。日々楽しく過ごしていたら、イルミンスールで戦争勃発がして我輩もそれに参加、再び大破したので改修を受け、結果、体長は四メートル越しました!」
 たしかに技術の勝利といえよう。
「だがその大破の繰り返しで少し家計圧迫しちゃったので、節約しようということでこの身体にダウンサイジングしたのであるよ。
 多少のキズも再生可能なこの金属皮膚! メンテフリーでとってもお得である〜。人間サイズになったので行動もしやすい! ちなみにAIは男性型であるよー」
 相手を言い負かすことより、いかに自分たちが幸せかを、誇っているようなセラとノールだ。
「〜〜〜〜♪」
 それまでパールビートは立ち上がっていたが、くるっと丸まってどこかのスイッチを押した。
 すると壁にプロジェクタが映し出される。
「パールビートは話せないのでね。絵図で説明してくれると思います」
 ルイの言った通りだった。ハンドベルト筆箱を駆使して、パールビートはまず、楕円を描いた。
 それが『卵』だとわかるころには、もう次の絵を描き始めている。
 その語った(=描いた)生い立ちの記は以下の通り。

 1、卵でした
 2、生き物の卵と思われてました
 3、孵ったらびっくりでギフトでした
 4、自然に帰そうにもギフトの事よくわからないので責任持って契約
 5、日々ご飯おいしー


「だいたいわかってもらえましたかな?」
 ルイがスマイルで訊くと、会場から賛同の拍手が帰ってきた。
 嬉しいのかパールビートは身をくねらせている。実際、彼(ないし彼女)の生涯で、いまほど充実しているときはなかった。
「以上、私のパートナーが幸せに暮らしていること、私からの抑圧や拘束など存在しないことをわかってもらえたでしょうか?
 この場にいない子たちのことも話しておきましょう、とルイは言った。
「最初に出会った子は、私が修行という名の放浪中に出会いまして」
「放浪? 世界規模の迷子中では?」
 とセラが茶々を入れるが、ルイは苦笑いして続けた。
「そのときにパラミタの存在を知り『もっと自分を強く鍛えることが可能かもしれない』と思い契約しました。向こうも契約してくれる人を探していたので二つ返事で進みましたね。
 ここにいない二人目の子は、怪我をして倒れているところを見つけて保護、本人から両親が他界していると聞き、まだ幼い子供だったので養子として受け入れ、今は義娘として大切に育てています」
 ルイの説明はたしかに言葉巧みではないかもしれないが、その分、誠実な性格が伝わってくるように温かな口調だった。
「三人目は……むりやり酒を飲まされた挙句、強引に契約に持ってかれましたね。その時の記憶があやふやなので確実性はないですが」
 けれど後悔はない、とルイはスマイルを見せて言った。
「こうして集まった私たちです。今は皆、家族のように日々楽しく過ごしています。依頼をこなすことで収入も安定していますので、生活に問題もありません」
 自分のところが絶対敵に正しいわけではない、とルイは断って、
「ただ、憶測に基づく噂を流すのはできればやめていただきたいのです。それは私というより、私のパートナーを傷つけることになるからです。人権ということに高い関心のある皆さんであれば、十二分にご理解いただけていると思いますが……改めてお願いします」
 ルイの誠実な言葉、そしてパートナーたちの寄せる信頼は、確実に伝わったことだろう。