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リアクション
●熱情
「私はパラミタで魔法少女アイドルとして活動しています。そして、パートナーとして契約している羽純くんと結婚しています。
今日は女性の契約者の立場から、話をさせていただきますね」
遠野 歌菜(とおの・かな)が一礼して話し始めた。
彼女を支えるように、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が隣に立つ。
今日壇上にあがった初の組み合わせだ。女性が契約者、パートナーが男性である。
さすがアイドルだけあって、眉目秀麗な羽純は眼を惹いた。
「契約は対等なものです 。決して、パートナーを支配するような隷属的な物ではありません。私は絶対に支配なんてしないし、できない」
強い言葉もあるが、感情を爆発させたりはしない。歌菜は切々と訴えるのだ。
「それに、契約は誰とでもできるわけではなく、何らかの素質や相性のような物があると聞いています。原理原則を説明するのは難しいのですが、契約したいと強要してできるものではありませんし、『判断力のない相手を騙して契約』という手法も成立し得ないのです」
契約関係について、そのどちらかが死ぬと心身に残るダメージがあることを歌菜も述べ、それほどの関係なのだからどのような組み合わせであれ信頼しあっていること断言した。
「私の知ってる契約者は、皆パートナーを大事にし、お互いに信頼し合ってます。そしてパラミタのため、地球のため、種族も性別も関係なく力を合わせて一緒に戦っています」
私欲だけの契約はない、たとえ報いがなくても、多くの契約者がみずからとパートナーの命を危険にさらして戦っているのだ。
「パートナーの立場から、俺も言わせてほしい」
歌菜が情感に訴えるようなメッセージであったのに対し、羽純は理路整然と話し始めた。
「現状を認めよう。男性契約者が複数の女性パートナーを従えるケースは実際に多い」
きっぱりと言い切り、言葉が会場に浸透するのを見計らってから続けた。
「しかし、逆に女性契約者が複数の男性パートナーを従えるケースも多い。それは認めてもらいたい。必要ならデータもある」
パートナーの人権を不当に貶めるのは不可能だ、そう主張して彼は論拠を示した。
「パートナーは、契約者と同等かそれ以上の力を使える。パラミタでは、『力』のおかげで男女の力差は極めて少ない、むしろないと言っていいだろう。仮に俺と歌菜が喧嘩したら……勝負は付かないと思う」
多くの戦場で男女がともに陣頭に立っている状況を羽純はつまびらかにした。機動兵器であるイコンにも、男女が半々の割合で登場していることも示す。
「パラミタで活躍している女性は、ラズィーヤを筆頭に多い。それは地球以上の割合であるはずだ。要職につく女性の割合は、地球の先進国のそれを上回っている」
情と論の両方を使ってのスピーチだ。
ソノダは大きくうなずいた。ソノダは、
「私たちが事前資料なく、ここにきたことを認めたいと思います」
と発言したのである。
歌菜は安堵した。伝わったようで嬉しい。
最後に、歌那はこう締めくくった。
「すぐに理解頂くのは難しいと思います。私たちも急かしはしません。
でも、お願いです。どうか私たち、このパラミタに住む人たちをよく見て判断してほしいのです」
と。
ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)はもう少し過激だ。
「女性を抑圧する国が女王を頂に据えますかって話ですのよ!」
きっぱりと断言した。
身を乗り出すあまり演説台を倒しそうになるノートを、風森 望(かぜもり・のぞみ)が支えている。
「そもそも契約とは、自分の命を預けられる相手と結ぶもの! ナンパかなにかと勘違いして、軽い気持ちで契約結ぼうとする有様は失笑どころか嘆息すら出てきませんわ」
実際に叩いたりはしないが、机をバンバンやりそうな勢いである。
「個人的には、そういう輩は女性の敵だとは思いますし、軽蔑に値すると思っていますわ」
「もう少し穏便に……やる気はわかりますが、ケンカすることが目的では亡いでしょう?」
望の言葉が効いたか、ノートはそれよりは少しトーンを和らげて、
「けれど……その、ナンパのような男と契約するにしても、その女性が自分たちの意思でその状況を望んでいるのだとすれば、話は変わりますわ」
それは自由意志ですから、とノートは言うのだ。
咳払いして、前に垂れてきたブロンドを背中に流す。
エレガントな雰囲気を取り戻したノートであるが、やはり眼は怒っていた。
「『自分の自由意志で選んで』そのような状況にある契約者たちを、ただ一方的な視点で『複数の女性への支配』だと断じるのは、それこそ彼女らの意思を抑圧する行為ではありませんの?
ソノダ様、そして皆様、これがわたくしの主張ですわ」
「他の方の主張とは矛盾するところもあるかもしれませんが、言わせて下さい」
ノートにかわって望がマイクを取った。
「お嬢様の言葉通り、契約するのは当人同士の問題ですし、理由も人それぞれですので、男女間の人権問題として単純化するべき類の内容ではないでしょう。
……ですが実際問題として、過去、ネットを用いた『出会い系契約詐欺』なんていうのがあったり、鏖殺寺院が手っ取り早くテロリストを育成する為に発展途上国や下層民を契約者に仕立てたりという痛ましい事件もありましたので、契約に関しては、人権問題とは別個の問題として対策は必要だと私は考えます」
重婚については触れないでおこうかな――と望は思った。
ノートは(没落したとはいえ)貴族であるから、複数夫人のある状態も多数見知っているであろうし、望自身、アーデルハイトの愛人志望だったりするわけなので、表立ってアレコレと言える立場ではないような気がするのである。
望とノートは八神 誠一(やがみ・せいいち)の前を横切っていった。
誠一は壁を背にして立っている。立っていて、そこから動かない。
しかしオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)は、まっすぐに壇上に向かって言った。
誠一は腕組みしたまま、彼女を見守っていた。
「ここまで、多少話はでてきたが、まず、女王はアイシャ・シュヴァーラ、その補佐役たる代王、高根沢理子とセレスティアーナ・アジュア、国家のトップ三人が女性であるという事は、当然ご理解していただいているとして話を進めよう」
威風すらただようオフィーリアの立ち姿である。
声を張り上げることはしないが、それでもなにか、張りのある口調だった。
「国家のトップ三人が女性である時点で、この国の支配階層が窺えると思うが、どう思われるかな?」
質問への回答は待たない。通じているものと信じているので。
「ソノダ女史たちは重婚等を問題視しているようだが、あいにくと、女が複数の男と婚姻関係を結ぶ事を禁止した法はシャンバラにはないぞ? 禁止されていないものを振りかざして、不平等であるように言いふらす様では、無能が知れるというものだ」
「その法そのものを批判しているのでは?」
会場のどこかから声が上がった。ソノダではないらしい。彼女は黙って、オフィーリアの挙動を見つめていた。
当然予想される反論だった。オフィーリアは、鼻で笑うように言うと、
「ほう、では、このような出し物は、いかがかな?」
壇上を降り、誠一の袖をつかんで引っ張ってきた。自分の横に立たせる。
誠一はといえばまるで人形だ。求められるままに歩き、立った。
「これは我が剣に過ぎん。女である我が、この男を武器として支配し、使役している」
言いながらオフィーリアは彼の頬を手の甲で叩いた。
乾いた音が鳴り響いた。相当強く叩かなければ出ない音だ。
ところが誠一は、まったく反応しなかった。まばたきすらしなかったのではないか。
殴りつけられても無言で立つ八神を指して彼女は続ける。
「このように我が殴ろうとも、これは不服も言わん。我が死ねと言えば死ぬであろうし、ここにいる人間全てを敵に回して殺せ、と命じれば、壊れて動かなくなるまで、それを遂行しようとするだろう。試してみるかな?」
一瞬、会場は騒然となった、しかし、すぐに沈静化する。
「お言葉の意味は分かりました」
今度はソノダが口を開いたのだ。ソノダは怯えている風ではないが、『理解できた』と言いたいのはよくわかった。
よろしい、というように微笑を浮かべてオフィーリアは前を向く。
「我らを特殊な一例と呼ぶか。では、問う。この地に疑念を持つ者よ。『女への抑圧』を訴える外部の者たちよ。お前たちが思うその多くの例の実例を、お前たちはいくつ言うことができる?」
「なんていう傲慢な言いぐさ!」
女性たちが次々立ち上がったが、オフィーリアはひるまない。
「具体的な名と、その人数を挙げてもらわねば困るというものだ!」
「おやめなさい。皆さん。オフィーリア様のおっしゃる通りです」
ソノダがなだめると、女性団体のメンバーたちはブツブツ言いながら着席した。
「けれどオフィーリア様、あなたも、戦いをしにいらっしゃったわけではないでしょう?」
どうか穏便に、と言われて、「それも道理」とオフィーリアはうなずいてトーンを落とした。
「少々助けてやろう。実例として、複数の女と契約する連中を我は知っておる、が、そういう連中は、女の方が立場が強いパターンが多くてな、大抵、複数の女の中で右往左往して、戦々恐々と過ごしておる」
何事も実際を見るべきだ、そう告げてオフィーリアは、まだ立ち尽くす誠一の腕を引いて壇から降りたのである。
続いては、シャウラ・エピゼシーが前に出る。
彼の目的はスピーチと言うより「会話」だ。
だから壇上に上がるのではなく、前方に用意した椅子に腰を下ろしていた。
服装は、抑えたデザインのダークスーツ、暑い時期だが上着も着用し、梔子の花の色したネクタイまできっちりと締めている。
彼は名乗りを終えると、まっすぐにソノダの目を見て話し始めた。
「まず知っておいてほしいのは、俺も女性は大切に思ってるということだ。そればかりか、女性をないがしろにする奴は許せないと考えている。ソノダさん、あなたが危惧する女性の人権無視の状況がこの地にもし本当にあるのだとすれば、俺は全力を持って阻止することだろう」
ただ、と断ってシャウラは険しい表情になった。
「……ここからは俺の個人的見解だ。
さっきの演者も口にしていたように、この地では法的にも認められている制度ではあるが……正直俺は、重婚にはふざけんな! って思ってる。愛だの絆だの言い繕っても、それは糞野郎の戯言さ。その意味で、あなたの意見はもっともだと思う」
この発言には会場がどよめいた。
実際、参加者の中には重婚を経ている者もいるからだろう。
「だがそんなクズばかりが契約者じゃない、それは断言する。
考えてみてほしい。ごく一部に犯罪者がいようとも、国全体が悪ってことにはならないんじゃないか?
同じことだ。仮に一部に重婚する連中がいようとも、この地が異常という証拠ではないはずだ。俺たちが白い目で見て非難すべきなのは、そういう一部のクズ野郎だけだと思うんだよ」
「私も、重婚には心から賛成はしていません」
ソノダが言った。
「しかしパラミタを訪れたのは、私自身の見解を深めるため……可能なら、重婚されているかたのご意見もうかがいたいと思います」
シャウラはうなずいて、
「よければソノダ女史には、この地にステイしてして色々な契約者の実際を見てほしい。俺のパートナーは男ばっかだけど、それでも良いなら歓迎しますよ」
シャウラが下がると同時に、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が壇上に上がっていた。
知っている者は少なくないはずだ。エクスは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の妻の一人である。
場の空気が緊張したものに変わった。
しん、と静まり返っている。危険な兆候を読み取ったとでもいうかのように。
ところが当のエクスは場を睥睨するも、その物腰はいたって平静だった。
「ふむ? 重婚程度はそこまで騒ぐことかの?」
これが彼女の第一声だ。
「妾はこれでも王族の出でな。といっても古王国時代に滅びた小さな一族ゆえ、知らぬ者が大半であろうか」
それはともかく、と続けて、
「ま、そういう訳で重婚などは当たり前でな。妾の周囲では、正室・側室のおる者が普通であったよ。
……いや、現代にその理屈が通じるとは思わん。だが、妾個人の価値観としてはその程度の問題ということ。ゆえに妾に抑圧だのなんだの言われても『気にならん』としか言えぬよ」
「なんだか注目を浴びてるわね……」
コホン、と咳払いしてエクスに並んだのはリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)、彼女もまた、唯斗の妻だ。
「えーと、ソノダさん。最初に言うわ。私たちは抑圧もされてなければ、支配もされてない。私たちが唯斗と契約したのは自分の意思よ」
リーズは、やや強い口調でそう断ってから、いくらかためらいがちに続けた。
「けれどたしかに……ソノダさんが危惧するような状況はあるのかもしれない……ううん、実際あると思う。でもそれが全部じゃない。だから、一つの方向からだけ見て否定するのはやめて下さい」
木を見て森を見ない、その論法は、シャウラと同一であった。その主張するところは違うのだけれど。
「私たちはこの選択肢があったからこうしている……想いを諦めたり、自分を抑えたりしないで生きている。
もし、この選択肢がなかったら私はここにいないだろうし、そもそも私を含めた誰かが想いを殺してたと思う。でも、それもなくこうして皆で一緒にいられる。それでも、あなたは私たちのことを間違いだというの? 私たちが貶められている、不当に支配されてるというの?」
「まあ待て、ソノダ女史はそこまで言っておらん」
年の功というのかエクスは、たくみに彼女をなだめて言葉を引き継いだ。
「多様な価値観を、などという手垢にまみれた言いかたはせんがの。こういう考え方もあるとわかってほしい。我らにとっては、現在の安定を否定され禁じられるほうが『不当』であり『抑圧』なのだよ。
ソノダ女史のみならず、我らの『家庭』に異を唱える者たちよ、どうか聴いてくれ。そなたらの弁は正しい部分もあるだろう。しかし知ってほしい。抑圧から人を解き放っているつもりが、逆にその人を『抑圧』することもある。すべては表裏一体ゆえな。五千年以上経っても結論の出ぬこと、早急に結論が出るとは思わんよ」
それにの、とエクスは唯斗に目を向けた。
「男、つまり『夫』も無制限に妻を迎えていいというわけではない。妻の三人や四人、なんとかできる程度の甲斐性は持ってもらわねばななぁ、唯斗?」
「ここで俺に振るかよ?」
唯斗は一瞬天井を仰いだが、すぐに壇上へと力強く駆け上がった。
「えー、ただいまご紹介にあずかりました……ええい、小細工はしない! そうだ、俺が重婚した忍者だ!」
針のむしろとはまさにこの状態だろう。敵意混じりの視線を感じつつも、彼は臆さなかった。
虚勢、かもしれない。
だが唯斗は萎縮するより胸を張ることを選んだ。
「俺は諦めるのが嫌いだ。だけど、パラミタに来るまではずっと諦めてばかりだった。
そんな俺でも何かを諦めなくても良いようになれた。諦めずに手を伸ばすことができるようになったんだ」
会場は静まり返っている。誰もが、彼の発言に固唾を呑んでいるのだろう。
「そして、俺は今までいろんな人が何かを諦めたり、失ったり、奪われたりするトコを見てきた。俺自身がそうだったからこそ、その気持ちがわかる……どうしようもなく辛いんだよ。
いや、誰だって、知ってるんだ。なにかを失うのは嫌だって」
いつしか彼はマイクを台から外して握っていた。
「俺は昴もエクスもリーズも好きだ。三人とも俺を好きだと言ってくれる。だから、皆でいることを諦めないし諦めさせたりしない!
ああ、分かってるよ。だけどな? 理論的じゃないとか、道徳がどうとか、そんなのはどうでも良いのさ。理屈なんかじゃないんだよ!」
吼えるように彼は主張した。
この挑発的な言葉が、会場の全員に受け入れられたとは言いがたい。
公平にみて半々といったところだ。非難、ブーイング、異を唱える声がほうぼうから上がった。
ただ、黙って唯斗の言葉を聴いている者も少なくなかった。
ソノダも、その一人だった。
「感情の領域において俺は言おう、俺はすべてを諦めたくないし、取りこぼす気もないと! 俺を好いてくれる人の手を離さないと!」
唯斗は、壇上で主張しようと考えていた言葉をもう忘れていた。魂につかれるように言を発した。
「その上で俺は宣言するよ。この手につかんで、この背に背負ったすべてで幸せをつかむと!
夢物語じゃないさ。俺達で同じ場所を目指すんだ。実現しないはずがないだろうよ」
だが残念ながら、彼の主張のこの締めくくりの部分は、怒号に近い抗議の声でほとんどかき消されてしまっていた。
前列で聞く一部にしか届かなかったに違いない。
けれどその中に、ソノダの姿もあった。
彼女は立ち上がって、マイクを手にした。
「みなさんご静粛に」
まだ不平を漏らす口に向かって、もう一度、
「ご静粛に、と言いました」
するとようやく、ざわめきは静まったのである。
「私は、紫月さんの主張すべてに賛同はしません。けれど彼は、自分の責任で自分の考えを堂々と主張した。批判を覚悟し、矢面に立つことに躊躇しなかった。それはとても勇気のあることです。堂々と名を明かして批判する人以外は発言をお控え下さい」
ここまでの流れを、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)はハラハラとしながら見守っていた。
「あうう、私は外で見てるだけってじれったいです……!」
気を揉む睡蓮だったが、その横をすっと通り抜ける者を目の当たりにして息を呑んだ。
「あれ? 結花さん?」
紫月 結花(しづき・ゆいか)だった。
彼女ばかりではない、ドクター・ハデス(どくたー・はです)と高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)も一緒だ。
すぐに睡蓮は、別の意味で気が動転することになった。
「ま、まさかまたハデスさんをけしかけて来るんじゃ!? だ、ダメです! 今は絶対駄目です! 皆が話してるのに!」
先回りしておくと、その危惧は見事に的中することになる。
唯斗の妹……か、どうか真実のところは明らかではないが、とりあえず『妹』を名乗る結花は、
「あなたの出番ですよ!」
とハデスをけしかけていた。
白衣をまとった魔神ドクター・ハデスは、
「フハハハ! よかろう!」
言うが早いかひらりと壇上に飛び乗り、唯斗らを押しのけてマイクを奪ったのである。
「ジャネット・ソノダの言うように、今のパラミタは間違っている! より解放的な社会にならねばならん!」
キィィィン、とマイクがハウリングした。しかしその不協和音すら、ハデスにとっては登場のファンファーレとなる。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ククク、ジャネット・ソノダとやら、お前の主張は全面的に正しい! パラミタは間違いなく抑圧的な国家である!」
言った。言い切った。
あらゆる参加者を驚愕の彼岸へ吹き飛ばしながら彼は力説するのである。
「まず、シャンバラ王国のトップが女王であることが男女差別である! 我らオリュンポスは、世界の既存の秩序を解体し真の平等社会を実現するという理想の実現のため、ここに正式に抗議したい!」
ハデスの眼鏡が白くぎらっと光った。彼の亜空間パワー持つ眼力のなしえる技か、それとも何かしかけがあるのか。
「あれ? ハデスさんが真面目に演説してる! 凄いです! 初めて見ました!」
と、最初だけは結花も畏敬の念に打たれていたが、だんだん彼の議論はおかしな色彩を浴び始めた。
「現在パラミタ大陸の崩壊を防ぐための祈りを強制させられているシャンバラ女王アイシャを即刻その重責から解き放ち、女王制を廃止。さらに女性による代王の制度も廃止し、シャンバラ王国の民主制への移行を提案する! ここまですれば、真の平等社会となるはずだ!」
ハデスの弁舌は加速する。
「なによりも、このパラミタという国が抑圧的であるということは、我ら秘密結社オリュンポスが抑圧されていることから考えても、確定的に明らかだ!」
それって私怨では……というツッコミは今日はほとんどない。考えようによっては、ソノダたちの団体への痛烈な皮肉ともとれるからだろうか。
しかし、やんややんやと結花は手を叩いている。
「ハデスが語ると、どんな正当な理論でも説得力を失うのが不思議ですね!」
一方で、睡蓮は安心半分気落ち半分といった様子だ。
「あ、でも最後はやっぱりいつも通りなんですねー。安心しましたー」
「さあ、もっと主張しなさい!」
「ちょ、ちょっと、結花さん……! なに兄さんを焚きつけてるんですかっ!」
さすがにこれは――と思ったのだろう、咲耶は結花を止めようとするが、咲耶は力強く首を振った。
「大丈夫。意味があってのことよ……! これで会合の論点は重婚から逸れるはず! この隙に重婚を既成事実の習慣としてしまいましょう! そして、どさくさに紛れて兄妹間での結婚も合法化すれば、私と唯斗兄さんも……!」
えっ、と咲耶は硬直した。弁慶の泣き所、そして咲耶のブラザーコンプレックス……いずれも刺激されると弱い部分だ。
「……わかりました、結花さん。これも、パラミタの抑圧をなくすためです。仕方ありません。私も協力しましょう!」
くりっと咲耶の表情は変わっている。抑圧云々というよりは、単なる愛のなせるわざかもしれない。
なにがなにやらわからない展開に呆然となる唯斗だ。
そんな彼めがけ結花は、鮮やかな若草色のツインテールを揺らし彼に駆け寄る。
「唯斗兄さん、私とも結婚してください!」
「なんてちゃっかりな……!」
けれど咲耶としたって、この機を逃す法はないわけだ。結花同様に黒髪をなびかせ、
「難攻不落の兄さん! いまこそ、私を受け入れるときが来たのですよ!」
とハデスの胸に飛び込もうとして、
「ククク! このハデスには、私怨はあっても隙はない!」
ひょいと彼にかわされている。
「主張は以上だ! 再考してみるといい!」
さらばだ、と手を振ってハデスは壇上から駆け下りるや、そのまま会場から撤収する。
「待って兄さん!」
咲耶はもうハデスしか見えていない。同様に姿を消した。
「俺たちは続きを聴く」
唯斗は気を取り直してそう言い、席に戻った。その横にパートナーたち、そして結花が陣取った。
ここで一旦仕切り直し、昼休憩となったのだった。
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