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百合園女学院の進路相談会

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百合園女学院の進路相談会
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第1章 百合園女学院・進路相談会


 2024年2月のとある日。
 ヴァイシャリーに薄く差し込まれた朝の光が、湖に浮かぶ街並みを白く浮かび上がらせていく。
 ひっそり眠りについたおとぎの国のような街も徐々に起きはじめ、パン焼きかまどを手始めに、各家庭の暖炉には火があかあかと燃され、煙突から白い煙が立ち上っていく。
 そのうち扉が開いて、人々は看板を裏返したり、家の前の掃除をはじめたり、登校中の子どもたちが霜柱を踏みしだきながら、白い息を吐き出して街はにぎやかになっていった。
 ヴァイシャリーの細い路地が入り組んだ街並みの、少し広い道には箱型馬車が行き交い、細い轍を付けて百合園女学院に入っていく。街路には霜が降りていたのだ。徒歩の生徒たちは足元にお気をつけてと声を掛けあって、通いなれた街路を狭い歩幅で歩いていく。
 そのうちの馬車と徒歩の生徒の幾らかは、しかしいつもの道を曲がって別校舎へと入っていった――今日、百合園女学院では進路相談会が行われる。別校舎であるのは、お茶会も同時に行われ、こちらに男性も招かれているからだ。
 彼女たちが到着した時には、メイドたちが窓を結露ごとぴかぴかに磨き上げていた。
 流石にお嬢様学校というべきか、お茶会の会場は慎ましくも上品で、豪華でもあった。中央には幾つものテーブルがセッティングされ、周囲にはヴァイシャリーから招かれた飲食店のバイキングが並び、一見ホテルのパーティ会場かラウンジのようでもあった。
 お茶を楽しむ人たちが廊下に出れば、ここから相談会の行われている三つの個室に行くことができる。
 予め誰に面談を申し込むか申請をしてあった生徒たちが待てるように、こちらにもカフェテーブルとソファが置かれていた。ここではラズィーヤの秘書であり前生徒会長でもある伊藤 春佳が、生徒たちを各部屋に呼んだり、生徒たちの緊張を和ませるように軽い世間話をしていた。


 三つの個室――そのうちの一つ、最も豪華な部屋にて。
 複雑な装飾が脚に施されたコーヒーテーブルを挟んだ、こちらもふかふかの複雑な織りが施されたソファで、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)はファイルをめくっていた手を止めた。
「お入りなさい」
「はい!」
 元気な声を弾ませ、ピンクのポニーテールを揺らして、はじめの相談者・ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が入ってきた。
 ラズィーヤは、二人掛けのソファの中央にすとんと腰を下ろしたミルディアと書類を見比べた。
「ミルディアさんも入学してずいぶん経ちますのね」
 見かけは入学時と変わらず中学生くらいに見えるが、もう23歳になる。年齢的に大学も卒業していることは、ミルディア自身もちょっと気にかかっていた。
 ラズィーヤは書類を目で追いながら訊ねる。
「将来は何を目指していますの?」
「あたしは、パパの後を追って貿易商になりたい。っていうか、ここ、パラミタと地上を貿易で橋渡しをしたい」
 ミルディアはきっぱりと答えた。
「決まってらっしゃるのね。立派な決断だと思いますわ」
 微笑んで、書類にさらさらと書き込むラズィーヤだったが、でも、とミルディアは明るい顔に迷いを見せた。
 これは自分のしたいことで、したいことと、できること、していいことは違う。
 ミルディアの父が彼女を百合園に入れたのはお嬢様らしくしてほしい、等の願いがあるからだろう。別に貿易商をさせたいわけではないから……いや、そんなことよりもっと大事なことがある。
「貿易って、歴史的にも問題があるんじゃないかなって……思うんですけど。あたしがやってもいいのかな?」
 ミルディアの懸念は、自分が勝手に初めて、軋轢を起こすのでは、ということだった。今までは無理を突っ切ってきたミルディアだが、こればかりはちょっと気にしていた。
 ラズィーヤは少し意外そうだが、嬉しそうに微笑んだ。
 どんな時でも元気でおてんばな少女も、もう大人になったのだ、と思った。
 それでお嬢様にありがちなことに、実家の影響下にあるのだから。
 百合園の女生徒たちの進路といえば、進学か、お見合い、結婚することが一般的だ。ただの女生徒でなく、背後には彼女らの実家の名声と資産、財力がある。個人と個人ではなく、家と家との結婚――それらに左右されるのだ。
 ミルディアはそのなかで、自分でしたいことを選ぼうとしている。
「歴史的な面では、問題ないと思いますわ。
 ただ……地球とパラミタの交通……輸送手段は限られていますわ。シャンバラ政府と日本の許可を取れば、していただけますわよ。
 日本校がある百合園出身というのは、貿易の強みになりますわよ。あちらの卒業生との繋がりもありますもの。必要があれば色々ご紹介しますから、商談はご自分でなさってね」
 それからラズィーヤは快く具体的な手続きについて教えてくれた。
 相談を終え個室の扉を出たところで、ミルディアは拳を空に向かって突き上げた。
「まだパパの掌の上だと思うけど……今はそれでいいよ、目標が見えるところにあるんだから!」