リアクション
海京の勝負日 「インストール終了だ。いつでもシミュレーション開始できるぜ」 大田川 龍一(おおたがわ・りゅういち)が、ノートパソコンからイコンシミュレータに接続されたケーブルを外してから、コントロールルームにいる湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)に告げました。 「了解した。実験開始するぞ」 それを受けた湊川亮一が、イコンシミュレータのコックピットにむかうよう、岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)にむかって指示しました。 彼らは、湊川亮一の発案で、新型イコンのシミュレーションテストをしているのでした。 開発コードはガルーダIII。以前、単独大気圏離脱実験に使った高高度実験機「HI・FRONTIER」の開発データとウィンドセイバーのサポートシステムとして開発したイコンホース「ガルーダ」の運用データをベースとして基本コンセプトをデザインし、細かい設計やプログラムは大田川龍一にやってもらった物でした。 現在のストークのツインリアクターシステムは、二つの機晶ジェネレータからの生成エネルギーを、片方の稼働限界が来たら予備の物に切り替えて全体での稼働時間を延長させる物です。長所としては、稼働時間の延長がありますが、短所として、システムの大型化と、過剰出力による自壊の危険性が常に伴います。つまり、出力はシングルリアクター以上にはなりません。そのため、大型のリアクターを搭載することで高出力を目指しています。 比較されるトリニティシステムでは、本来推進用である機晶石のエネルギーを本体に回すことによって、より高出力の装備を使用可能とした物です。長所は、コンパクトなシステムで得られる高出力なわけですが、短所として、エネルギー量に準じた稼働時間の短縮と、高度なエネルギーバランス計算を必要とされるため、コンピュータリソースをより多く制御に取られるということがあります。当然、パイロットの負担が増すため、熟練度が要求されます。 さて、湊川亮一のアイディアは、このツインリアクターシステムを同時稼働できないかということでした。単純に、リアクター出力が二倍になれば、トリニティシステムよりも高い出力を得ることができます。ちなみに、トリニティシステムの場合、あくまでもフローターの出力を利用しているため、三基のリアクター出力を足しても、二基のメインリアクター出力にはおよびません。 基本は、ツインリアクターの同時出力で、全体的な高出力状態を維持し、オーバーフローを起こしそうなエネルギーはイコンホース側のコンデンサにため込んで適時利用しようという考えでした。これであれば、理論上は安全性は保てるはずです。 依頼を受けた岡島伸宏は、ツインリアクターの同期をとるプログラムを書き、その出力に耐えられるようにイコンホース側のフローターの調整も行っています。後は、実際の稼働データがないと何とも言えないところですが。 基本的に、開発機の基礎パーツは既存の物を流用しつつ、可能な限りの改造を施す物となります。これは、リアクターを含むコアユニットが、完全なブラックボックスであるからです。これは、いかに機晶技術が優れている者でも外せないプロテクトとなっています。未だに覚醒がコリマ・ユカギールの許可なくして発動できないことからうかがいしるしかありません。ハードウエア的にもソフトウエア的にも解析不可能なため、それ以外の何かがあるのかもしれません。あるいはないのかも……。そこから解明しないことには、誰にも手が出せないのでした。 そのため、フルスクラッチを謳ったイコンでも、コアユニットは既存の物を必ず流用しているのでした。 今回使用されているイコンは、ストークをベースとした物です。主に本体のカスタマイズよりも、オプションであるイコンホースの方に注力が注がれていました。 「伸宏さん、準備いいですか? システム、起動してください」 「了解した。{ICN0005682#雷光}、起動する」 オペレータの高嶋 梓(たかしま・あずさ)に指示されて、コックピット内の岡島伸宏がイコンの起動シークエンスに入りました。 「プログラム実行状態良好。今のところ、エラーはないわ」 メインシステムとシミュレータ間でやりとりされるデータを逐一モニタしながら、山口 順子(やまぐち・じゅんこ)が告げました。 「何かあったら、すぐに知らせてください」 高嶋梓が、山口順子に言いました。内心、岡島伸宏も大変だなと同情しています。いくらシミュレータと言っても、自爆したらコックピットは思いっきりシェイクされることでしょう。 「発進する」 岡島伸宏が、イコンを発進させました。 「現在、各リアクター出力30%。現状を維持し、基本動作チェックに入る」 「了解です。テストシークエンスを順次実行してください」 岡島伸宏の報告に、高嶋梓が答えました。 走行テスト、飛行テスト、射撃テスト、格闘モーションテスト、いずれも良好です。 「現状問題ありません」 数値をモニタした山口順子が言いました。 「続いて、出力50%でお願いします」 それを受けて、高嶋梓が言いました。つまり、二倍の100%の出力、通常のストークの運用状態と同じことになります。 それらのテストも、問題なく終わりました。とはいえ、ここまでは、通常の運用と何ら変わりがありません。 「余剰出力バイパス試験に入ります」 「了解」 やるのかと、岡島伸宏が渋い顔をしました。さすがに合計で200%は自爆確実でしょうから、110%程度で様子を見ます。 「イコンホースへ、エネルギー伝達……。エラーです! エネルギー伝導管、温度上昇。溶解します!」 「おっ、おい!?」 山口順子の警告に反応する間もなく、実験機が誘爆、四散しました。 「大丈夫か!?」 あわてて湊川亮一が駆けつけると、盛大にシェイクされた岡島伸宏がシミュレータのコックピットからふらふらと出てきました。 「脆すぎるぞ。なんでだ?」 酷い目に遭ったと、頭を軽く振りながら岡島伸宏が言いました。 「設計は問題なかったはずだが……」 大田川龍一が、湊川亮一と顔を見合わせました。 「設計以前の、パーツ強度などの問題のようですね」 データを確認して、山口順子が言いました。 シミュレーション用のデータをインプットできると言っても、基本的にはデザイン以外はありもののパーツの組み合わせしかできません。 今回、イコン本体から、オプションであるイコンホースへとエネルギーを移動させ、イコンホースに蓄積しようとしたわけですが、元来そのような機能をイコンホースが持っていないため、エネルギー伝導管が崩壊してしまったようです。同時に、イコンホース用のコンデンサも専用の物があるわけではないので、フローターの機晶石と干渉を起こしたようです。トリニティシステムがイコンホースにも搭載されていればまだましだったのかもしれませんが、補助移動装置でしかないイコンホースに、本体用のジェネレータやコンデンサの機能を求めるのは材料学的にもプログラム的にもかなり無理があるようでした。 特に、汎用性を求めるのであれば、一からパーツ開発する必要がありそうです。 「ない部品は組み込めないか。今一度、パーツ構成を考える必要があるな」 みんなで頭を悩ませていると、天城 千歳(あまぎ・ちとせ)が紅茶とマドレーヌの載ったワゴンを押してきました。 「皆さん、一息入れられてはいかがですか? 甘い物をとれば、いい考えもわいてくるというものですわ」 そう提案すると、天城千歳が銘々に紅茶とマドレーヌを配っていきました。 ★ ★ ★ 『――それは、無理な相談だな』 天御柱学院の校長室。ソファーに座った新風 燕馬(にいかぜ・えんま)にむかって、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)がテレパシーできっぱりと答えました。 「では、元に戻る方法はないのですか?」 あらためて、新風燕馬がコリマ・ユカギールに聞き返しました。 新風燕馬が質問しているのは、強化人間からパラミタ人の要素を取り除いて、元の人間に戻れるのかどうかと、その方法です。 『――まず、定義からして曖昧だな』 諭すように、コリマ・ユカギールがテレパシーを送ってきました。 強化人間がパラミタの因子のみを付加した存在であり、それを取り除けば元に戻るという考え自体がすでに曖昧です。何をもって、元に戻ると言うのでしょうか。元とはなんなのでしょうか。 まるで言葉遊びのようですが、問題が物理的なことであるのか、精神的なことであるのか、それによって言葉の意味は大きく違ってきます。 物理的にであるのであれば、まったくの元の身体に戻るのは不可能です。手術を受けた前の状態、それこそ傷一つない元の状態に戻せというのであれば、それは強化人間とは関係なく物理的に無理なわけです。また、たいていの被験者は、肉体的に弱い部分があって強化手術を受けていますから、元に戻すことがいい場合の方が少ないとも言えます。 精神的にという意味であれば、それこそ、本人にしかできないわけで、他人がどうこう言うべきことではないでしょう。 怒濤のように送られてくるコリマ・ユカギールのテレパシー情報に、新風燕馬は無言でした。どうせ、答えなくても、コリマ・ユカギールには分かってしまうはずです。 『――答えの出ている質問ほど、他人の時間を浪費する物もないな』 「不確定を、確定に変えられるのは、相談に乗ってくれる存在のおかげだと思います。ありがとうございました」 新風燕馬が、コリマ・ユカギールに頭を下げました。結局、きっかけがほしいだけ。本質は臆病なのです。自分を納得させるために、自分の背中を自分で押す力がほしかっただけなのでした。 幸い、実家の財力があれば、世界の命運だの、パラミタの滅び云々だの、そういったこととは無縁の暮らしをサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)にさせることは可能です。ただ、それにも、説得するための材料、大義名分はほしいところなのでした。 |
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