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キマクの勝負日



「いきなりの呼び出しとはなんですか。決闘ですか?」
 ちょっと不敵に微笑みながらペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)が、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に訊ねました。
 いきなり、お化け屋敷の裏に呼び出されてちょっと警戒しています。他のゴチメイたちは、今ごろは散らばって遊んでいるか、デートです。ええ、デートですとも。
「いえいえ、ちょっとお話を聞かせてもらおうと思って。もちろん、ただとは言わないですよ」
 この遊園地にあるレストランのお食事券をひらひらさせて、ローザマリア・クライツァールが言いました。
「そうですか。で、何を聞きたいと」
 いちおう、素早くお食事券をもらっておいてから、ペコ・フラワリーがあらためて訊ねました。
「うちのおじさんとつきあっている、そちらのマサラさんのことなんですが……」
 つきあっているという単語に、ペコ・フラワリーの柳眉が一瞬ぴくっとしました。
「この間、マサラさんの姉妹らしい方々と出会ったのですか……」
「姉妹? はあ、親戚がいたのですか」
 なんとなく、気のない返事をペコ・フラワリーがしました。
 そういえば、百合園女学院にいたころに、それらしい女の子を見たことがあるようなないような。やたら貴族然としたお嬢様で、マサラ・アッサム(まさら・あっさむ)はことあるごとに避けていたような気もします。まあ、そんな感じですから、詳しく問い詰めたことはありません。
「というわけで、プライベートは非干渉がゴチメイの暗黙のルールなので」
 そう結論づけると、ペコ・フラワリーはローザマリア・クライツァールの前から立ち去っていきました。
 どうやら、マサラ・アッサムはヴァイシャリーのいいとこの出だったのは確かなようですが、過去形なのも確かなようです。
 ペコ・フラワリーが戻ると、チャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)リン・ダージ(りん・だーじ)ジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)が待っていました。マサラ・アッサムやココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)アルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)はそれぞれデートのようです。当然、アラザルク・ミトゥナもいません。
 このみごとに真っ二つな勝ち組と負け組はなんなのでしょう。
「まあまあ、まだ負け組と決まったわけではないではないか」
 遊園地の乗り物に乗れるようにと、人型をとっているジャワ・ディンブラが、ペコ・フラワリーたちに言いました。
「当然じゃない。勝負はこれからよ!」
 リン・ダージが意気込みます。
「それはそうとお、ジャワさんはどうなんですかあ?」
 チャイ・セイロンが、ジャワ・ディンブラに訊ねました。なんだか恋バナにはピンとこないのか、興味なさそうにしているジャワ・ディンブラですが、本当のところはどうなのでしょう。本人はともかく、他の者たちは気になります。
「それは、四千年ちょっと生きていれば、そんな話の一つや二つ……」
「あったの?」
「あったのですか?」
「あったのですかあ?」
 予想外の言葉に、三人が身を乗り出しました。
「あったようなないような……」
「どっちなんですかあ!!」
 曖昧なジャワ・ディンブラの言葉に、三人が声を揃えて叫びました。

    ★    ★    ★

「どこに行かれましたかな?」
「へへへ、こっちだよ、捕まえてみせてよ」
 こちらは、ミラーハウスの中でデート中のホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)とマサラ・アッサムです。
 重なり合うミラーの中を、いくつものマサラ・アッサムが出たり入ったりしていきます。それを目で追いながら、どれが本物のマサラ・アッサムなのかと、ホレーショ・ネルソンが楽しげに思いを巡らせました。
 従来のミラーハウスでは、そこに映る姿は大元の物を映した同じ物なのですが、ここパラミタのミラーハウスでは、なぜかそれぞれの映像が違ったポーズをとっています。時間的な遅延を利用しているのか、それとも魔法的な何かなのか、まあ、パラミタですからそれもまたありなのでしょう。
 それぞれに違った仕種を見せるマサラ・アッサムは、どれもが虚像のようで、それでいて、きっと、どれもが本物なのかもしれません。
 こんなたくさんのマサラ・アッサムを捕まえるのは、少し大変かもしれません、
 ところが、マサラ・アッサムの方から見れば、たくさんのホレーショ・ネルソンが自分を捕まえようとしてきているように見えます。
 結局は、たくさんのマサラ・アッサムが、たくさんのホレーショ・ネルソンと一緒に追いかけっこをしているのでしょうか。
 そのうちの一組で、ホレーショ・ネルソンがポンとマサラ・アッサムの頭をなでました。
「見つけましたよ」
「えっ、いつの間に……」
 ふいをつかれた感じで、マサラ・アッサムが降参しました。
 二人連れだって迷路を抜けると、外はもう黄昏時です。
「いい頃合いですな。次は観覧車などどうですか?」
「いいねえ」
 二つ返事で、マサラ・アッサムがホレーショ・ネルソンと巨大な観覧車に乗り込みます。
 ゴンドラが上に登っていくごとに陽は赤味を増していき、夕焼けになっていきました。なんだか、遠くの方で黒煙が立ち上っているのがいくつか見えますが、気にしないことにしましょう。
 外の光は、やがてゴンドラの中をも赤く染めていきました。
「夕日に染まるあなたのその横顔、とても素敵ですよ。夕日は、人を物憂げに映します。しかし、その瞬間がまたよいのです」
 ホレーショ・ネルソンが、外の景色に見とれているマサラ・アッサムに言いました。
 高く登ったゴンドラの窓に、二人の姿が見えます。赤く染まったマサラ・アッサムの唇が動いて、何か答えたようでした。夕日の中、影は一つになりました。