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ヒラニプラの休日



 ここは、ヒラニプラのとある山中。そこにある谷間に船体を隠した伊勢の中に、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は密かに潜伏していたのでした。
「ふふふ、この自分がいる限りテロの根絶はないのであります!」
 何やら、またはた迷惑なことを考えているようです。
「ちょっと、せっかく当局から逃げおおせたんだから、無茶なことはしないでよね。私まで要注意人物指定されたらどうするのよ」
 巻き込まないでほしいと、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が言いました。
「大丈夫であります。自分には、この相棒がいるであります。そう簡単には見つかるはずがないのであります」
 葛城吹雪が、愛用の歴戦のダンボールをバンバンと叩いて気楽に言いました。
「それでは、大佐、行ってくるであります」
「はいはい、勝利の栄光を君に……」
 ピッと敬礼する葛城吹雪に、コルセア・レキシントンが、なあなあで敬礼を返しました。
「さてと、お馬鹿は行ったようね。やれやれ、大佐っていうのは、謀るものなのよ」
 そう言うと、某所との司法取引を開始するコルセア・レキシントンでした。

    ★    ★    ★

「ただいま……うっ、暑! 何、この部屋、この熱気!?」
 空京への出張から戻ってきた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が、自宅のドアを開けたとたん中から吹き出してきたむっとするような熱気に、思わず数歩後退りました。
「いったい何があったのよ」
 手でバタバタと空気をかき混ぜながら中に入っていくと、居間の中央でキャミソール一枚にショーツ姿のマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、団扇を持ったままぼーっと座っていました。
「ちょっと、マリー、何があったの?」
 汗でべっとりとした両肩に手をかけて、水原ゆかりがマリエッタ・シュヴァールに訊ねました。
「壊れた……」
 ぼーっとした顔で、マリエッタ・シュヴァールがつぶやきます。
 壊れているのはマリエッタ・シュヴァールじゃないのと、水原ゆかりがパートナーの身体をブンブンとゆさぶって正気にさせようとします。
「クーラーが、お亡くなりになったのよ……」
 やっとのことで、マリエッタ・シュヴァールが答えました。
 見れば、なんだかクーラーの近くの壁が黒く焦げています。試しにリモコンのボタンを押してみましたが、うんともすんとも言いませんでした。
 慌てて窓を開けて外の風を入れようとしますが、外も涼しいとは言えない気温なので、たいして効果がありません。
「これは……、まあ、そんな格好になるのも分からなくはないわね……」
 言いつつも、すでに水原ゆかりも汗だくです。これは、下着まで着替えないと風邪をひいてしまいます。
「とにかく、クーラーをなんとかしないと……えっ!?」
 汗でぐっしょりとした服を脱ぎ捨てて裸になりかけた水原ゆかりでしたが、突然マリエッタ・シュヴァールに押し倒されてしまいました。
「カーリー……、なんだか私、あなたに堕落させられそう……」
「ストーップ!! 正気に戻りなさい、正気に!」
 熱さで朦朧とした頭のせいか、歯止めのきかないマリエッタ・シュヴァールを、なんとか水原ゆかりが引き剥がそうとしました。
 思えば、この間一線を越えてしまってから、なんだか歯止めがきかなくなっているような気がします。このままでは、二人とも本当に堕落してしまいそうです。なんとかしなくては……。
「いいじゃない……堕落でもなんでも……二人で堕ちるところまで堕ちちゃえば……」
「ちょっと、いいかげんに……」
「カーリー、私……はうあっ!」
 もうダメと水原ゆかりが思ったとき、突然、覆い被さっていたマリエッタ・シュヴァールがきゅうと気絶して倒れ込んできました。そのまま、下にいた水原ゆかりに頭突きをする形になって、あっけなく二人共気絶してしまいます。見れば、床には、ゴム弾が転がっていました。

「まずは一つ……」
 試製二十三式対物ライフル、通称『リア充スレイヤー』を構えた葛城吹雪が、ふっとほくそ笑みました。
「いました、あそこですぅ」
 そんな葛城吹雪を、街路から大谷文美が指さして叫びました。
「はい、カメラ回して」
 すぐに、シャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)が撮影スタッフに指示を飛ばします。
「こちら、連続リア充襲撃犯が現れた現場から中継しています。一通の通報電話から始まった今回の事件、通報通り、犯人がヒラニプラの街に現れました」
「よし、突入する!」
 ジェイス・銀霞が、兵たちを率いてビルに乗り込んでいきます。
「ああっと、今、治安維持を担当する特殊部隊が、犯人の立て籠もるビルにむかいました。激しい爆発音が鳴り響きます。あれはスタングレネードでしょうか……痛い……。誰、こんな所に段ボール箱おいたの? さっさと片づけて」
「は、はい」
 中継を続けるシャレード・ムーンに言われて、大谷文美が急いで段ボール箱を引きずっていきます。
「ふふふふ、自分は捕まらないであります。このまま、次の標的……あれー!?」
「えいっ」
 段ボール箱の中に潜んで逮捕を免れた葛城吹雪でしたが、なんと、大谷文美によって川に流されてしまいました。そのままどんぶらこっこと流されていきます。このまま流れていけば、雲海に流れ出て、遥か地上に真っ逆さまです。さようなら、葛城吹雪。そして、リア充ハンターは伝説に……!?

    ★    ★    ★

「帰ってきたのねえ」
「ああ、帰ってきたな」
 ラグナロクのブリッジで、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、見慣れたヒラニプラの風景を眼下に見下ろしていました。
 豪華な世界一周旅行から、お土産を満載して帰ってきたのです。パラミタ大陸の各国や各都市は言うにおよばず、ニルヴァーナや地球のルカルカ・ルーとダリル・ガイザックのそれぞれの実家にまでちゃんと行っています。
 とはいえ、これはまた、新しい旅の始まりを告げるものでもありました。
「さて、これらをどういう順番で配るのだ?」
 倉庫一杯の各国の土産物を前にして、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が訊ねました。作業がしやすいように、シェイプチェンジで人間の姿になっています。
 倉庫に積みあげられたお土産は、カナンからは、革手袋や、乗馬靴や、カナン・デンドロビウムの煎じ薬など。コンロンからは、崑崙道袍などの民族服や、人形。エリュシオン帝国からは、銘菓のお茶菓子や、アロマテラピー用の乳香。地球からは、限定品の大吟醸酒や、最新の携帯ゲーム機。シボラからは、珍しい薬草。マホロバからは、最高級の玉露や、30年ものの古酒。ティル・ナ・ノーグからは、ガーデニング用の花の種や、百花蜂蜜。ニルヴァーナからは、アイールの名水やタイムちゃん人形など。その他にもいろいろのお土産が集められています。
「お世話になった人みんなにちゃんと配りたいなあ」
「大丈夫だ。リストはちゃんとできている」
 唇に人差し指を当てて、んーっと上をむいたルカルカ・ルーに、ダリル・ガイザックがパッドに表示されたリストを見せました。
「さすがは旦那様」
 漏れがないかと、一応ルカルカ・ルーが確認します。結婚式に出席してくれた人々に対してのお返しでもあり、親しい友人へのお土産でもあります。
 まずは、金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長は絶対に外せません。当然です。羅 英照(ろー・いんざお)参謀長も外せません。関羽・雲長(かんう・うんちょう)は上司です。他に、仕事関係で、長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)中佐、メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)少佐にも。そうそう、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)も忘れてはいけません。
 他にも、高根沢理子、セレスティアーナ・アジュア、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)山葉 涼司(やまは・りょうじ)らの名前がリストに挙がっています。
「各都市はラグナロクで回るとしても、自宅なり勤め先にはもっと小回りのきくものでいかないとな」
 さてどうするかと、カルキノス・シュトロエンデが腕を組んで考え込みました。
「大丈夫だ、そのへんはスレイプニルで回った方が早いだろう」
 そのへんは考えてあると、ダリル・ガイザックが答えました。抜かりはありません。
「じゃあ、さっそく団長からお土産を配って回ろうよ」
 ルカルカ・ルーが、ちょっと甘えたようにダリル・ガイザックの腕を引っぱって言いました。
「では、ヒラニプラ以外は俺に任せてもらおう」
 お土産を仕分けして、カルキノス・シュトロエンデが言いました。
 ヒラニプラ組は金鋭峰を初めとして、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックが手ずから渡す予定です。
 スレイプニルにお土産を積み込むと、二人は教導団の本部へとむかいました。ゲートでのチェックを受けてから中に入ると、団長室を目指します。
「ただいま戻りました」
「仲人をしていただき、本当にありがとうございました」
 団長室の扉を開いて一礼すると、二人は元気な声で言いました。