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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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惨劇 


 マイケル・キム所長や鑑識、秘術科団員がカリアッハの独房に集まってくる。
 所長は一連の出来事の説明を聞き、こめかみを押さえる。
「つまり、空間が歪んで、騒動を起こしてカリアッハの封印を弱めた囚人が、ぺいっと放り出されたと。……古王国の非常用装置ねぇ」
 所長は壁の石仮面のアゴをこしょこしょとくすぐる。
「カリアッハが何かする前に封じ込められて良かった……なら、いいんだけどねえ」


 時刻は、カリアッハの封印が緩んだ時まで遡る。
 シャンバラ刑務所から数キロ離れた所に、小さなオアシスがあった。
 普段は二百人程度の住人しかいない小村だ。しかし、この日は月に一度の市場が開かれて各地から人々が集まり、人口は十倍にも膨れ上がっていた。
 商品を並べた露店や荷車が並び、客引きや値段交渉の声が賑やかだ。大道芸人や踊り子もやってきて、市場は華やいでいた。
 契約者の生徒数人が補給の為に、このオアシスを訪ねていた。お目当ての遺跡探検はたいした収穫もなく終わって、母校に帰る途中だ。
 ジャンケンで負けた少年が、市場に露店を出す古物商に発見物の買取をしてもらいに来ていた。
 水晶や古代の食器、きれいな石などを古物商の前に並べる。
「ありふれた物だから、そう高い値はつけられないねぇ」
「おじさん、そこを何とか!」
 値段交渉をしていた時、彼は突然、激しい痛みに襲われた。痛みのあまり、周囲を認識できなくなる。
 ただ幼い女の子のゲラゲラという笑い声だけが脳裏に響いていた。

(え……?)
 気付くと、かすむ視界が真っ赤だった。何が何だか分からずに見ていると、真っ赤の中にある物が、屋台に詰まれた野菜の山だと認識する。古物商の露店の隣にあった八百屋だ。テントも樽もゴザも辺り一面、赤い何かに覆われている。赤の中に白い石のような物や、色取り取りの布や毛束が散らばっていた。
 唐突に認識する。
 赤の正体は、バラバラになった人体だった。白は骨、布は服、毛束は髪だった。市場に集まっていた人々は、肉塊となって周囲に散乱していたのだ。彼らが売買していた商品や道具、建物などは傷ついた様子もなく残っている。檻に入れられていた食用のニワトリが、檻内部にも飛んできた肉片をついばんでいる。
「うわあああああああッッッ?!」
 少年は引きつった悲鳴をあげて、尻餅をついた。腕に何か当る。思わずそちらを見ると、今しがた値段交渉をしていた古物商の頭部だけだった。
「ヒッ……」
 さらに後ずさって、嫌な物が目に入る。見慣れた自分の腕だ。引きちぎれて他の肉塊の間に転がっている。
 契約者としてシャンバラに来て、いくつもの冒険をこなしていた彼だったが、こんな惨状に遭遇した事はなかった。
 少年は震えながら片腕の止血をすると、パートナーや仲間がいる茶屋へと向かう。
 意識では走っているが、実際はショックでよろけながらだ。嫌でも、一足ごとに人肉や人骨を踏みしめるほど、遺体の破片は散乱していた。
 聞こえてくる野鳥のさえずりや売り物の牛やヤギの鳴き声が、異世界のもののように感じられた。
 見慣れたパートナーの少女が肉片の間に座り込んでいるのが見え、少年はようやく本当に走る事ができた。
「無事だったか!」
 しかし彼女は、何かゴボゴボと音を立てるだけで彼から顔をそむけようとする。
「どうしたんだ?! 怪我をしてるのか?!」
 少年は隠そうとするパートナーの手をつかみ、愕然とする。彼女の顔の、下半分がなくなっていた。


 夜半。ムショ前町に、重傷を負った契約者が現れた。片腕の少年と狼が引く荷車に、顔を包帯で巻いた少女とバラバラになった機晶姫が乗せられていた。
 狼は獣人で、人間に近い姿になると、驚く町の住人や野次馬に仲間の治療を頼み、オアシスでの凄惨な出来事を語った。
「どういう訳か私だけが無事だったのです。惨事が起きた時、狼の姿を取っていたからかもしれません。
 他に生存者を探してはみましたが、あれではもう……」
 その報せは、すぐに目の前のシャンバラ刑務所にも伝えられる。重傷者も刑務所に運び入れられ、駆けつけた医者が治療にあたった。
 医師の一人和原 樹(なぎはら・いつき)は、患者を安心させるように言う。
「シャンバラには移植技術や再生医療もある。すべてが完全に元通りとはいかないかもしれないが……絶望はするなよ」
 患者達はこれから設備の整った病院に緊急搬送する事になるが、その前にできる限りの適切な治療を行なう。そうすれば事後の治癒にも良い結果が期待できた。
 樹は、仲間につきそう獣人にも声をかけた。
「無事だった事で、自分を責めないでくれ。君が無事だったからこそ、仲間をここまで連れてこられたんじゃないか?」
 獣人は「ありがとうございます」とつぶやく。体は無事でも、心はそうはいかないだろう。
 樹は彼の手を取ると、軽く唇を触れさせる。アリスキッスだ。獣人はふたたび「ありがとう」と礼を言う。若干、表情は柔らかくなっただろうか。
(全員、心身共に長期的な治療が必要だな)
 樹は病院の医師への申し送りに、そう伝える事にした。
 医師のうち毒島 大佐(ぶすじま・たいさ) は、現地へ確認に向かう部隊に同行する事にした。
「もしかすると、まだ生存者が見つかるかもしれないからな」
 しかしオアシスは全滅しており、その役割は検死となるのだが。
 市場で集まっていた約二千もの人々は、正体不明の力によって八つ裂きにされていた。
 教導団員は付近を捜索したが、謎の大量虐殺の手がかりとなる物は見つからなかった。
 もっとも二千人もの人間を一瞬で殺してしまうなど、並大抵の技ではない。

 ただ後に、刑務所で録音されていたカリアッハの声を、生存者の少年に聞かせたところ、現場で聞いたと思った幼子の笑い声によく似ているようだ、という証言が得られた。