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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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空京 


 今より、しばらく前の事。
 その日は休日で、空京の倉庫街は閑散としていた。
 コンテナ置き場に人目を忍んで集まっている者がいる。
「それだけで金を払ってくれるんだな?」
 何人も集まった中で、チンピラ風の若者がスーツの男に聞いた。
「証拠を提出すればな。ちゃんと言って回っている様子を、すべて録音して持ってくればバイト代は払ってやる」
 誰ともなく「おぉ〜」と声をあげる。それだけ男が提示した金額が良かったのだ。
 契約者でも正社員でもない、一般人の学生やチンピラには、魅力的な額だ。
「本当に、その『さいおん』とかいう囚人を脱獄させて連れてこい、って募集するだけで、その金額がもらえるんだな?」
 男は質問に「もちろんだ」とうなずく。
 その時、コンテナの間に声が響いた。
「この空京市内で悪事を進めるとは……いい度胸です!」
 そして怒りに燃えた空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が、その場に飛び込んでくる。彼は空京の地祇だ。
 集まっていた一人、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)がスーツ男に言う。
「あんたが捕まったら元も子もないッス。ここは僕に任せるッス」
「すまんな」
 すると、他に集まっていた者まで「ありがと」「後はよろしく」と、これ幸いとアレックスを置いて逃げていってしまう。
「あれ?」
 アレックスは目を丸くするが、狐樹廊はかまわず焔のフラワシで攻撃する。

 サイレンの音が鳴り響く。
 倉庫街の警備員や、彼らが呼んだ近くの派出所勤務の警察官が駆けつけてきた。
 彼らが駆けつけた先には、燃えさかるコンテナとこんがり焼けたアレックス。
「傷害及び放火の現行犯として逮捕する!」
「はい……?」
 狐樹廊は空京警察に逮捕されてしまった。



 現在。シャンバラ刑務所の面会室。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はパートナーの狐樹廊の面会に来ていた。
 彼女が面会するのは今回で三回目。狐樹廊は差し入れのうち、すでに読んだという雑誌を彼女に返す。
「……狐樹廊、少しは反省してるんでしょうね?」
 怒った風にリカインは言う。
「地祇の私が言うのも奇妙な話ですが、実に人間らしい生活を送っています」
 狐樹廊は刑務所での暮らしについて語る。
 聞き終わると、リカインは大きくため息をついた。そして立ち会っている看守に声をかける。
「彼に、携帯電話に保存してある写真を見せたいんだけど、いいかしら?」
「通話でないなら、かまいません」
 看守は歩み寄って、リカインが見せる画面に視線を走らせ、それが通話状態でないのを確認すると、また壁ぎわに戻った。
 リカインは狐樹廊に電話を見せる。彼は面会室の仕切りごし、声を聞かせる小さな穴から携帯電話に手をあてる。
「皆様方には、御心配をおかけして大変に申し訳ない旨、お伝えください」
 狐樹廊は名残惜しげに、電話に手をあて続ける。

 やがて制限時間が過ぎ、リカインは面会を終えて刑務所を出る。
 周囲に人気がないのを確認し、携帯電話を開く。そこには狐樹廊の念写で地図が描かれていた。砕音が収監されている独房の場所が記されている。
(これで、こちらの分はそろったわね。アレックスはちゃんと出来てるかしら?)
 リカインはもう一人のパートナー、アレックスの事を思った。



 ふたたび空京の倉庫街。とある倉庫の屋根裏で、そっと息をひそめている者たちがいた。
 荷物と手すりごしに下の様子をうかがうディエム悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が牛乳とあんぱんを渡す。
「日本では、これを食べながら張り込みをするのが定番なのだ」
「へえ〜、試験の前のトンカツみたいなものか?」
 ディエムはありがたく受け取って、ごくりと牛乳を飲んだ。
 カナタは彼に、日本の刑事ドラマについて説明を始める。
 彼らは、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)救出(?)に名乗りをあげた者が、この倉庫に呼び出されたので、指定の時間のだいぶ前から屋根裏に張り込んでいるのだ。
 この倉庫街で仕分けのアルバイトもしているディエムによれば、倉庫は大手の製造業者のもので、この日は定休日で人はいないはずだという。置かれているのは廃材ばかりで、鍵の管理も甘かった。
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は声をひそめて、緋桜 ケイ(ひおう・けい)に依頼主に関する推測を話していた。
「過去、あの教師に恩を受けた者達とも考えられるし、どうも物騒な組織との関わりなど当然のように出てくるであろうし、どこから疑うか悩む所だな。まさかと思うが代王……理子が関わっていてもことだ」
「リコが?! っと」
 ケイは大きな声を出しかけ、口をつぐむ。司は言った。
「そのような可能性も考えられないではない、という程度の事だ。
 成功報酬のみでこのような計画を遂行させよう、というのは、いささか素人くさい気がするからな」
「そうか。俺の方でも知り合いに確認してみたんだが、ネフェルティティ派は依頼主じゃないようだった」
 ケイはディエムの名前を伏せて、説明する。
「砕音先生は引く手数多だからな。最近はエリュシオンだって……。
 すでに報酬目当てで動いている奴もいるかもしれない。とにかく相手をつきとめなきゃな」
 グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が考え込む二人に、魔法瓶を掲げて見せる。
「難しい顔で唸っていますが、少し暖かい物でも飲みませんか? 紅茶で良いでしょうか?」
「もらおうか。……ん?」
 司が「しー」と人差し指を立てる。
 遠くからエンジン音が近づいてくる。皆は息をひそめ、身を低くして、換気口の間から外の様子をうかがった。
 倉庫街では普通に見られる白いバンが走ってきて、皆が隠れている倉庫の脇に止まる。しかし窓には黒いフィルムが貼られ、中を見る事はできない。
 作業着に作業帽の運転手が降り、周囲を見回すと手早く鍵を開けて倉庫内に入った。人目を忍ぶように素早い動作だ。扉もすぐに閉じてしまう。
 すでに天井の板はずらして、屋根裏からのぞけるようにしてある。
(やっぱりおかしいよな?)
 ケイが視線で訴えると、カナタもうなずく。
 作業員の服装をした人物は、何をするでもなく、倉庫の中で人を待っている風だ。
 数分後。
 警戒した様子で倉庫の扉を開け、二人の人物が入ってきた。
 ヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)だ。
 ヒューバートは司のパートナーで、
「まさか、女の子を一人でそんな危ない場所へ行かせる訳にはいかないでしょ」
 と司に代わって、依頼者と接触する役割を買って出たのだ。
 しかし待っていた男は彼よりも、アレックスに注意を向けている。
「ん? おまえまで来たのか?」
「連絡役だけじゃなくて、もっとお役に立ちたいッス。今月は苦しいから、稼いでおきたいッス。それにターゲットの周りの情況も、すでに集めてるッスよ」
 アレックスは携帯電話を出して、リカインから送られた狐樹廊の念写地図を見せる。
 すでに「仲間」を身を呈して守った、という実績が評価されて、アレックスはそれなりに信用されていた。手加減なしでこんがり焼かれたものの、自分自身でもヒールを行い、とうに火傷は残っていない。

 作業服の男がアレックスとの会話を終えると、ヒューバートは軽い口調で言う。
「俺の方は、すでに内通者とも協力済みだ。今ここで砕音を電話口に出す事だって可能さ」
「ほう、ならば出してみせろ」
 促されてヒューバートは、携帯電話をかける。
「……もしもし、俺だ。クライアントが砕音の声を聞きたいって言ってるんだ。ちょっと電話口に出してもらえないか?」


 同時刻。シャンバラ刑務所の特別独房では、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が砕音に、自身の携帯電話を突き出す。
「砕音、こいつと話してやってくれないか」
「?」
 砕音は電話を手に取る事もなく、ふんふんと匂いをかいだ。
 彼の声を聞かせようとするラルクは困った。
「あー……『もしもし』とか『ハロー』とか何でもいいんだが」
 砕音は彼を見上げて、首をかしげる。
 仕方がないので、ラルクは砕音を抱き上げるようにしつつ、なでてみる。
「んー」
 砕音は目をつぶり、鼻にかかった声を出す。

 空京。男の脇で聞き耳を立てていたヒューバートは、苦笑する。
「まあ、こういう状態だからな。連れ出すのに本人の抵抗は、そう無いと思うぞ」
「ふん、確かにそうだ」
 男から返された携帯電話に、ヒューバートは礼を言って切る。

 刑務所。通話を終えたラルクは、ふうっと息を吐く。
 傍らではルカルカ・ルー(るかるか・るー)を始め、看守たちが息を殺していた。
 キム所長が肩をすくめる。
「後は、相手をおびきだして御用、となればいいんだけど。
 ……くれぐれも本当に脱獄とかしないように」
「わーってるって」
 ラルクは携帯電話を、看守に渡す。
 もともと独房内での携帯電話使用は禁じられているからだ。


 空京では、男がヒューバートとアレックスに連絡用の電話番号を教えると、車で走り去った。
 ヒューバートたちも念の為に、普通に帰途についた。
 倉庫が無人になると、ディエムが深刻な表情で告げる。
「あの作業服の男には見覚えある。鏖殺寺院の地球支部にいた奴……今はそのまま鏖殺寺院として活動してるはずの奴だ」
「鏖殺寺院?!」
 彼の説明によれば、そいつの上司は、何も知らない一般人を利用して脅迫や暗殺を行なうエキスパートだそうだ。
 司がうなる。
「素人臭いのは、実際に素人を使っていたからか。手付金すら無いのは、それだけの金もかけていないという事か……」


 その後、「脱獄させた砕音の受け渡し場所だ」と指定された場所に、教導団員がはりこんだが、誰もそこには現れなかった。
 魔法や術で囮捜査に気付いたのか、それとも最初から砕音の身柄確保を目的としていた訳ではなかったのか。
 真実はまだ闇の中だった。