シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

リアクション公開中!

プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

リアクション



砕音からの聞き取り 


 確保された砕音は、ひとまず看守や職員用の事務室に連れていかれる。
 砕音は床にぺたりと座り、ミューレリアからもらったキャンディーを舐めている。
「砕音君、手がベタベタになるぞ?」
 ミューレリアは包み紙をひらひらさせる。砕音はキャンディーを手に持ったままペロペロ舐めては、時々照明の光にかざして見ている。
 舐めても美味しい、綺麗な小石とでも思っているのだろうか。
 ラルクが彼を椅子に座らせようとするが、椅子が好きではないのか、砕音はずるずるとすべる様に床に下りてしまう。
 手編みのライラック色のセーターを着込んだヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、キャスター付きの椅子を、ロイヤルガードの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の後ろに押してくる。
「ほら、呼雪も座って。薔薇の種の試練以来、体調が悪いんだから。無理はダメ」
「備品を勝手に持ってきたら、叱られるぞ?」
「イスは事務所のまわりモノ☆ 他にも椅子はいっぱいあるんだから大丈夫ー。
 砕音から聞き取りするのに時間もかかるだろうから、楽な姿勢でね」
 ヘルに促されて、呼雪は椅子に座った。
 皆も適当に、近くにある椅子に座ったり、机や壁によりかかる。
 刑務所所長のマイケル・キム大佐も、連絡を受けて事務室にやってきた。
「逃げる様子はもう無いのかな?」
「逃げ回る事はなくなったが、人が近づくとすごく緊張するようだから、ちょっと距離をおいてくんねぇか?」
 ラルクが周囲と砕音に目を配りながら答える。ヘルが砕音の様子に首をかしげる。
「退行したのは、嫌な思いして他人を拒絶してた頃なのかな? とにかく、警戒を解かない事にはねぇ」
「こちらとしては、ちょっとでも話を聞きたいんだけど」
 所長は困った様子だ。ヘルはバレないように所長を観察する。
(聞いてた通り、所長さんって女装が似合いそう、って、逆に男装してるのかな?)
 刑務所の荒んだ状態から、若い女性が男性だと偽って任務についていてもおかしくはない。
 所長が試しに砕音に話しかけるが、後ずさりされれただけだった。
 代わってラルクが聞く。
「なぁ、砕音。お前、行方不明の時、何があったんだ?」
「……?」
 砕音はきょとんと彼の顔を見返すばかり。
 ヘルは背後から呼雪をつつく。
「砕音がミューレリアちゃんの、どこを見てるかよーく見て」
 呼雪が砕音の視線を追うと、ミューレリアの頭では、かわいらしい猫耳がぴこぴこと動いている。
「……耳?」
「そそそ。呼雪も耳、生やせるでしょー?」
「耳なら、もともと付いてるが」
 呼雪は自分の素のままの耳を指差す。
「そーじゃなくてっ。けも耳! 砕音は人間不信みたいだから、けもけもしてる方がきっとウケがいいよ」
 そう言いながらヘルは、自身の下半身をヘビ状態にした。
「?」
 砕音は不思議そうにその尻尾ににじり寄り、指先でつんつんとつつく。
 呼雪はヘルから別の思惑も感じないではなかったが、確かに獣部位がある者への砕音の警戒心は、他の人間よりも薄いようだ。特に、ドラゴニュートのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)に対しては、まったく怖がっていないようだ。
 呼雪はあきらめて超感覚で猫耳を出し、それでも驚かせないように椅子から立ち、そっと砕音に近づいた。幼い子供にするように、優しく話しかける。
「お空から誰か、話しかけてくるのかな?」
 砕音は話しかけられて呼雪の方を向くが、猫耳をじっと見るばかりで、答える様子はない。
「言葉でよく分からないなら、絵に描けば伝わるか……」
 呼雪がつぶやくと、ヘルがすかさずコピー機から紙を、近くの机の上からマジックペンを持ってくるが。
「あのさ……呼雪が描くの?」
 言いにくそうなヘルに、呼雪はふぅと息をつく。自分の絵の腕前は自覚している。
「ファルに頼んだ方が良さそうだな」
 ファルも呼雪と共に友人たちと情報交換をして、目撃されたUFOの形状は聞いている。
 呼雪と入れ替わりに、紙とペンを持ったファルが砕音の前に行く。円盤型のUFOを描いて、見せた。
 砕音は絵を見て、それから窓の方を見た。
「うん、そう。お空を飛んでるピカピカしたものだよ。この中には誰か乗ってるのかな?」
 ファルが聞くと、砕音はきょろきょろと周りを見回した。首をかしげる。
 そこでファルは、寿司が好きそうな宇宙人を描いて、砕音に見せる。
「こんな人?」
 砕音はきょとんとしている。
 今度は、自転車に乗せられていそうな宇宙人を描いてみた。
 やはり、きょとんとされる。
 ファルは次に、三分間しかもたなそうな宇宙人を描いてみた。
 砕音は少しながめてから、違うと言うように首を振った。
 ファルは自分の描いたナントカマンの絵を見返す。
「反応があったって事は、違うけど、ちょっと近いのかな?」
 呼雪がその絵をのぞきこみ、ふと思い当たる。
「銀色の肌……機晶姫か? ポータラカの機晶姫は、古風なタイプの者が多いと聞く。
 やはり、目撃されているUFOは、ポータラカの乗物かもしれない」
「ポータラカは国交もないし、内情もいまだに分からない国なんだよねぇ」
 肩をすくめるキム所長に、呼雪は言う。
「砕音先生のパートナー、アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)はポータラカ製の機晶姫です。彼女の部品は、先生の体にも埋め込まれているそうです。
 先生が他の行方不明者と違う症状が出ているのも、アナンセの事も関係しているのかもしれません。たとえば、UFOから送られてくる何かの負荷が高過ぎて、アナンセがダウンしてしまっているせい、という可能性もあります」
「アナンセちゃんの異変がメインかもしれない、という事かぁ」
 所長は刑務所で保護したアナンセを、技師の朝野 未沙(あさの・みさ)白河 淋(しらかわ・りん)にも見せていたが、システムダウンの理由も分からず、彼女の状態も変わっていない。
「UFOから出ているナニかを遮る装置が必要……その前に、ナニかを観測して発見しないといけないねえ」
 所長は事務室にある電話で、ヒラニプラ本校に連絡を入れた。
 その間、ファルがふたたび砕音にUFOの絵を見せて質問する。
「砕音くんは、この中の人とお話出来るの?」
 周囲の者が驚いた事に、砕音はこくんとうなずいた。
「UFOは何か探してるのかな。この地下にあるのかな?」
 しかし次の質問には、小さく首をかしげただけだった。
 その間に、所長が電話を終えた。
「十日から二週間をメドに、人員と設備を送るって。
 ……まあ、教導団も対帝国やコンロン出兵で、イコンの整備を始めとして多忙を極めているからねえ」

 砕音が、くたとラルクの股に頭を乗せて、よっかかる。
「砕音、ナニ、枕にしてるんだ……」
「眠くなっちゃったんだ?」
 ファルがのぞきこむ。砕音はもぞもぞと身を動かすと、自分の手首がじがじと噛みだした。ラルクがすぐに腕を押さえて、それを止める。咎めるような視線を向けられ、ラルクは困った様子でその頭をなでる。次いで所長に申し出た。
「すまんが、砕音の世話や警護は俺に任せてもらえねぇか?」
「ほぉ。彼を誘拐した事もある君が、そういう事を言う?」
 ラルクがぐっと言葉に詰まっていると、所長はため息をつく。
「ただ……そうは言っても現状で我々は、彼を閉じ込めておける術がない。正気の時なら、本人が協力的だったからこそ、表面上は収監しておけたのだけど」
 所長の謎めいた言葉に、彼をいぶかしげに見る者もいる。
 だがラルクはまず、この交渉を進めたい。
「だったら、俺が砕音と一緒に独房に入って警護をしてぇ。それで周りから警備でも何でもやってくれて構わねぇ。もし装備が駄目だってなら、褌一枚だろうが全裸だろうがなってやるぜ?」
 ラルクは立ち上がると、バッバッと服を脱ぎ捨てて、フンドシ姿になってしまう。周囲に女子がいなかったら、全部脱いでいるところだ。
 砕音はラルクが脱いだ服に這いよると、その下にもそもそともぐりこんだ。
 どうやら本人は隠れているつもりのようだが、服はこんもり膨らんでいるので丸分かりだ。
 所長はやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ、そういう事で。ただ服は着たままの方がいいねぇ。
 あと周囲の監視は……」
 所長が適当な看守はいないかと見回る。
「その役目、ルカルカに任せてください!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が元気良く立候補する。
「じゃあ、君で。
 落ち着く前に、ちょっと実験をするから、協力してもらうよ」


 所長は砕音を、独房のひとつに連れていった。
「では実験。婚約者君は外で、ルー君は砕音君と一緒に独房に入り、何もせずに様子だけ見ていてよ」
 ラルクもルカルカも不思議そうに指示に従う。
 砕音はルカルカと一緒に閉じ込められると、不安そうに周囲を見る。ルカルカは思わず元気づけたくなるが、命令なのでじっと我慢する。
 砕音がフイと壁を見、そのまま見つめる。彼の前に黒い波動が生じ、壁を吹っ飛ばした。
 もうもうとほこりが舞う中、砕音は特に驚いたり、急ぐ様子もなく、壁の穴から外に歩みだす。所長に背中を押されたラルクが、逃げる前に砕音を捕まえた。
「こりゃぁ何の実験だ??」
 ルカルカは目の前に散らばる壁の欠片に違和感を感じ、それを拾い上げる。
「なに、これ? 発泡スチロールじゃない?」
 確かに、それは色を塗って石材のように見せかけた発泡スチロールだ。
「やっぱり婚約者と一緒にしておかないと、刑務所が穴だらけになって大変、という確認作業」
 キム所長がルカルカに答える。
 その後は、また別のちゃんとした独房にラルクと砕音が入り、ルカルカが入口を守る事になる。独房、と言っても特別製で、家具と窓がほとんどない事を除けば、普通の部屋のような作りだ。
 独房に入っていく砕音に、ルカルカはほほ笑みかかる。
「不自由かけてゴメンね。貴方の保護を担当する事になったの。してほしい事が有ったら言ってね」
 それから、ラルクにそっと耳打ちする。
「誰か来る時は携帯鳴らすからね。ごゆっくりーん♪」
 思わず赤くなったラルクに、ルカルカはふふふ笑いを浮かべると、ドアを閉めた。
 さすがに扉は、外側からしか開けられない仕組みだ。


 とりあえず砕音を確保でき、ひとつ問題が減った。
 キム所長は執務室に戻って、必要な書類の作成を始める。


 それは砕音がまだ退行する前の事。
 砕音との何度か目の接見時、所長は彼にあるリストを渡した。
「こういうモノがないか探って欲しいんだけど。君なら独房にいながらにして出来るでしょ?」
 いぶかしげにメモを見る砕音に、所長が説明を加える。
「それが歴代の所長を殺害してきた犯人、かもしれないと思ってねえ」
「犯人を突き止めたい、という事ですか」
「いや。どちらかというと僕の役目は、秘密の花園を見つける事なんだ」
「花園、ですか……?」
 砕音は訳が分からないという顔だ。
「じゃあ、とっておきの物を見せちゃおうかな。……ジャーン」
 所長は制服をくつろげ、シャツの下から何かを取り出す。シャツの下にちらりと見えた肌着に、砕音がぎしっと固まった。
 所長が出した物は、教導団の身分証明書だった。
「……え?!」
 砕音は驚いた様子で、証明書と所長を交互に見る。
「まさかミスター・ラングレイにこんなに驚かれるなんて意外だなあ。そうは言っても、マイケル・キム氏は実在していて、協力の上だから。
 とにかく、それでお花畑がどんなものか想像つくでしょ。このシャンバラ刑務所のどこかにある、という嫌疑があってね。その捜査で君にも協力してもらえると思うんだけど」
「……分かりました」
 砕音は所長に協力を約束した。


 時間は現在に戻る。
 独房では、砕音がベルトを押さえ、もじもじしながらラルクを見上げていた。
「ちー」
「…………………あ?」
 しばらく何を言われたのか分からずポカンとしていたラルクだが、ハタと思い当たる。
「ト、トイレか?!」
 あわてて周囲を見ると、独房の端に低いついたてがある。その陰に専用の便器があった。
 頬を染めて泣きそうになっている砕音を抱き上げ、急いでその前まで連れていき、彼のベルトを外す。
「大丈夫だ! なんなら漏らしたって、それはそれで……いやいやいや。心配なら今後はオムツをつけてやったっていいんだぞ? ……いや、真面目な意味でな」
 思わず、すごい事を口走りそうになって慌てながらも、ラルクは介助を続ける。以前に砕音の体が麻痺していた時も、色々と介護はしている。
 そもそも婚約者なのだから、今さら何を照れる事がある? と思うのだが、砕音に存外にあどけない表情を向けられると、いつになくドギマギしてしまうラルクだった。