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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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カリアッハのもとへ


 夜が訪れた。
 ムショ前町の外れから見ると、シャンバラ刑務所の高い塀は夜空を遮り、黒々とそびえている。
 夕条 アイオン(せきじょう・あいおん)は掘っ立て小屋に身を隠すようにして、刑務所を見上げていた。
 線が細く、あまり場に馴染んでいないアイオンだが、UFOフィーバーを受けて、刑務所周辺で空を見上げる者はこの時間でもおり、警備にあたる教導団員から特に見咎められる事もなかった。彼女の後ろにはマキナ イドメネオ(まきな・いどめねお)が立ち、無言の威圧感を周囲に放って、無法者を彼女から遠ざけていた。
 アイオンの手の中で、使い魔のネズミがそわそわと身じろぎする。
 こくりとツバを飲み、彼女は身をかがめてネズミを地面に放った。彼女の命じた通りにネズミは刑務所に向けて走っていく。行先は、アイオンのパートナー夕条 媛花(せきじょう・ひめか)が入れられた独房だ。
 媛花は、しつこいナンパ男の急所を握りつぶし、傷害罪で入所している。
 アイオンは彼女との面会時に、読み終わった本を宅下げした。その本のページ毎、最後の行のラストに一字づつ文字が書き足されていた。媛花からアイオンへの指示だ。
 そこには使い魔のネズミを送るように書かれ、独房の位置なども記されていた。
 そんな事をして刑期が延びないだろうか、とアイオンは心配だったが、大好きな媛花に嫌われたくはない。
 意を決して使い魔を送ると、アイオンは「無事に媛花の元に辿り着くように」と念じるのだった。



 今夜は夕食の後、看守が集まってUFO対策やダンジョンに関してミーティングが行なわれる。
 その分、通常の監視は薄くなるだろう。
 とある独房の中。
 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は辺りに看守の気配が無いのを確認し、集中する。彼女が持つ鍵状の物体が、牢の鍵穴へと宙を飛んでいく。それは彼女が密かに持ち込んだハンダとヤスリで作り上げた合鍵だ。数日前から少しづつ作業を進め、火術とヤスリで微調整してきた為、合鍵は本物の鍵のようにスムーズに牢を開けた。
 媛花は静かに戸を開け、廊下へとすべり出る。
 少し進むと、声を潜めた話し声が聞こえる。媛花は様子を伺った。

「ふぅ、出してくれて大感謝なのネ」
 レディー6ことキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、ろくりんピックファンの古参女囚に、牢の鍵を開けてもらっていた。女囚が言う。
「馴染みの看守にちょいと握らせれば済む話だもの。それより冬季ろくりんでのチケット、よろしく頼んだわよ」
「OKOK、ミーにお任せあれヨ。その代わり、カリアッハの所までエスコート、よろしくネ」
 キャンディスは女囚に案内されて進んでいった。
 その背後を、これ幸いと媛花が密かにつけていく。彼女もまた、カリアッハに会おうと考えて牢を抜け出したのだ。

 二人と一人がしばらく進むと、前方の牢からカチャカチャと小さな金属音が響いてきた。
 音の主はサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)。食堂からくすねたスプーンの柄で牢の鍵をピッキングしようとしているのだが、苦戦している。
「なんだか大変そうですネ」
 キャンディスのつぶやきに、サルガタナスがそちらをジロリと見る。
「冷やかしならお断りしますわ。あなたがたこそ今、わたくしが大声で看守を呼べばどうなるのか分かっておいでなのでしょうね?」
「そ、そこは、冬季ろくりんピックのチケットでなんとかならないかナ?」
 交渉に出たキャンディスに、サルガタナスは牢の鍵を指す。
「そんな物よりも、ここを開けていただければ結構ですわ」
 キャンディスは同行する女囚を見るが、彼女は渋る。
「さすがに脱獄の手引きをするのはマズいわよ」
 サルガタナスは眉を寄せる。
「脱獄はマズい? ですが、あなた方はこうして牢を抜け出しているではありませんか」
 キャンディスはぶんぶんと手を振る。
「脱獄ノンノン。ミーたちはカリアッハに会いに行くだけヨ」
「まあ。でしたら、わたくしも同じですわ」
「オウ! これは奇遇ネ。なら、ご一緒しようヨ」
 キャンディスは千客万来といった態度だ。古参女囚も安心して、サルガタナスの牢の鍵を慣れた手つきで開ける。
 サルガタナスは優雅な調子で礼を言いつつ、心の中では「うまく利用できた」と舌を出していた。

 牢から出たサルガタナスを加え、キャンディスたちと後をつける媛花は、カリアッハが収容された特別房に向かう。
 その房の前では、真口 悠希(まぐち・ゆき)が見張りについていた。悠希はロイヤルガードとしてシャンバラ刑務所に来たが、カリアッハの境遇にいたく同情して、身の回りの世話をしたいと申し出たのだ。
 カリアッハは食事をせずとも生き続け、発汗や排泄などの生物的な新陳代謝もない。
 そのため悠希が申し出たうち、入浴や食事の世話は不要とされたが、牢の掃除や警備は任されていた。
 何者かが近づいてくる気配に、悠希は緊張を高める。
「そこにいるのは誰ですか?!」
 しばし迷った後、キャンディスが廊下の陰から悠希の視界に進み出る。
「怪しい者じゃないヨー。ミーはレディー6(シックス)ネ」
「十分、怪しいです……」
 ろくりんくんの登場に悠希の緊張は下がるが、不審そうな様子は消えない。
「ミー達はカリアッハとお話したいだけなのヨ」
 悠希は戸惑い、廊下の陰を見る。サルガタナスは堂々と姿を現した。
「わたくしも、そうですわ。こんな場所に一人閉じ込められた可愛そうな童女とお話して、寂しさをまぎらわせてあげたいと思いましたの」
 サルガタナスは親切そうな口調で、嘘をついた。
 彼女は協力関係にある囚人ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)から、看守の噂話を聞いていた。
 その噂とは「可愛らしい百合園生のロイヤルガードが、『カリアッハが可哀想だから、一緒にすごして面倒をみてあげたい』と言っていた。あんな不気味なデンパ小娘に同情するなんて、世間知らずのお嬢様に違いない」
 サルガタナスは噂の少女が、目の前の悠希に違いない、と検討をつけていた。悠希を説得せんと、表情を作る。
「他の看守は席を外しているのでしょう? 今ならば、誰にも分かりませんわ。
 わたくしたちで可愛そうな女の子を励ましてあげましょう」
 悠希はたじろぎ、また廊下の陰に視線を送る。
「そっちにいる人も、そうなんですか?」
 あわてて鍵開け役の女囚が顔を出し、「わたしは案内を頼まれただけよ」と告げる。
 しかし悠希は小さく首を振る。
「あなたじゃなくて……その後ろにいる人」
 それまでずっと背後に身を隠していた媛花が、姿を現す。さすがにロイヤルガード相手に隠し通しはできないか。
 きょとんとするキャンディスを無視し、媛花は悠希に答える。
「私もカリアッハという魔女に会いに来た。ただ、それだけです」
 媛花は、騒ぎを起こすつもりはない、という風に、何も持っていない両の手を振った。
 悠希はそれでも迷うが、現れた囚人たちからはカリアッハへの害意は感じない。
 それに自身も、本当はカリアッハと話したいと願っていた。それまでは彼女の牢に掃除の為に入っても、カリアッハには口かせがはめられていて、話す事はできていなかったからだ。
「……お話するだけですよ」
 悠希は鍵を取り出し、カリアッハの牢を開ける。
 他の独房とは違い、外部とやり取りできる格子や小窓は存在せず、厚い鋼材で囲まれた密室だ。部屋には何重もの封印呪文もかけられている。
 教室程の広さの部屋を、蜘蛛の巣のように無数の帯が覆っている。帯には封印の糸が織り込まれ、さらに封印呪文が記されている。
 部屋中に広がる帯の中央で、全身を帯に巻かれ、目隠しと口かせをはめられているのが魔女カリアッハだ。外見は、五、六歳の幼女。身長よりも長く伸びた髪は、原色の青だ。
 壁には、牢内の封印を操作する石仮面がある。地球人には、真実の口を連想される彫刻だ。
「カリアッハの耳と目と口を自由にしてください」
 悠希が仮面にそう命じると、封印帯がシュルシュルと音を立てて、巻きついていたカリアッハの頭から離れていく。目隠しと口かせは、どこへともなく消滅した。
「カリアッハさま、少しお話しませんか?」
 目を開いたカリアッハに、悠希が優しく声をかける。
 しかしカリアッハは絶叫した。
「そんな事より殺させろ殺させろ殺させろーッ! 殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
 悠希は耳鳴りを覚えながら、牢の扉が閉じているか確認する。幸い特別房は防音仕様で、その声が外に聞こえる事はなさそうだ。
 媛花がカリアッハに語りかける。その間も魔女は「殺させろ」と連呼を続けているが。
「やはり、もうこんなところに拘束されているのは飽きたのでしょう? また外で、好きなように人を殺したいでしょう?
 私は貴女を脱獄させることができるし、無尽蔵の殺害対象も用意してあげられる。
 だけど一つ要求がある。私と契約して。私は貴女の力が欲しい」
 とても聞いていないように見えたカリアッハだが、反応した。
「できるもんなら、とっととやれよ! 早く殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
 媛花は当惑する。
 どうやってカリアッハとパートナー契約するのか。
「……私は魔女カリアッハと契約します」
 そう宣言してみたが、何も起きない。カリアッハは吐き捨てる。
「役立たず! ウゲンのクソ穴でも舐めほじくってろよ! とっとと殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
 悠希が媛花の前に立ちふさがる。
「カリアッハさまに何をさせる気ですか?!」
「こんなデンパな発言をしている娘なら、こういう話題に食いつくかと思って確かめてみただけよ」
 媛花は軽く肩をすくめて見せ、とぼけた。
「殺させろ」と騒ぐカリアッハに、今度はサルガタナスが問いかける。
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と会いたくない?」
 五千年級の魔女同士なら、何か因縁があるかもしれない、と思っての発言だ。
「あんなガキ、どうだっていいわ。それより殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
 代わってキャンディスが、魔女に聞く。
「乳蜜香はゆる族のキャラ寿命を延ばせるんじゃないの?
 それとも、その封印呪文にキャラ寿命を延ばす効果があるのかしら?」
「殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
 見事に無視された。
 キャンディスは続けて言ってみる。
「ミーに教えてくれたら、冬季ろくりんピックに招待して特等席を用意するヨ〜」
「乳蜜香にそんな効果ない! 約束だ。冬季ろくりんピックの参加者と観客全員、殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ殺させろ」
「エ〜」
 キャンディスは困って、ぽりぽりと頭をかく。

 ミーティングが終わり、他の看守が戻ってくる時刻が迫っていた。
 悠希に促され、囚人達はそれぞれの独房に早足で戻る。
 悠希は「ごめんなさい」と謝りつつ、石仮面でカリアッハに再び封印の帯や目隠し、口かせを施した。
 落胆を隠せない彼女達の中で、唯一サルガタナスだけは希望を捨てていなかった。
(コミュニケーションは取れなかったですけれど、あの様子なら騒動に巻き込んで被害を大きくする事もできますわね)

 翌朝、小事件が起きた。
 キャンディスに同行してカリアッハに会った女囚が、他の囚人に襲いかかったのだ。彼女はとり憑かれたような空ろな目をしながら、相手の首を絞めたという。幸い、周囲の囚人や看守が割って入って、相手は軽傷で済んでいた。
 その後、看守が事情を取り調べたが、彼女は空ろな様子で「殺さなきゃ……」と繰り返すばかり。結局、訳が分からないまま反省房に収監される事となった。