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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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ビートル 


 反省房から一人の囚人が出される。
 アゴヒゲを短く刈り込んだ、筋肉質の壮年男性だ。
 通称ビートル。五千年前に鏖殺寺院残党として投獄されて以来、シャンバラ刑務所に収監されている。
 ビートルは看守に促されて、手足を伸ばしに運動場へと出る。その彼にトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が走り寄った。
「あんたがビートルだな?」
 ビートルがジロリと見るが、トライブは笑みでかわす。
 シャンバラ刑務所に五千年前の鏖殺寺院の騎士が居る、と小耳に挟んだトライブはビートルに興味を持ち、彼と会う為に町でちょっとした騒ぎを起こして刑務所にみずからブチ込まれた程なのだ。
「おっと自己紹介がまだだったな。俺はトライブ。白輝精の所で働いてる者だ」
「……白輝精殿か。随分と久しぶりに名を聞いた。何か伝言か? 彼女は、どこで何をしている?」
 トライブが思った通り、ビートルは白輝精とは旧知だったようだ。
「特に言付けはねぇな。今、エリュシオンで選帝神をやってるぜ」
「なに?!」
 ビートルは驚く。白輝精とエリュシオンの結びつきまでは知らなかったようだ。
 トライブは知る限りの顛末を、ビートルに説明する。


 そこに白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が近づいた。
「よぉ、あんたがビートルか?」
 竜造は、学校などが依頼した事案の妨害や、それに関わる傷害罪で収監されていた。
 他の囚人と世間話をするうちに、五千年前から刑務所にいる囚人についても聞き及び、彼らに興味を持っていたのだ。
「鏖殺寺院で暴れまわって五千年もの間、ブチ込まれてるそうじゃねえか。いったい何やったってんだ?」
 ビートルは不機嫌そうに、フンと鼻を鳴らした。
「本来の刑期はとうに務めあげたはずだがな」
 今度はトライブが、ビートルに聞いた。
ブラキオとは仲が悪いそうだな? 五千年、同じ刑務所にいる仲間みたいなもんじゃないのか?」
 ビートルは顔をしかめる。
「あんなイカサマ宗教家と一緒にしないでくれ」
 竜造が思い返して言う。
「ブラキオつったら、あのアルサロムサマとかいう人形を崇めさせてるオッサンだろ?
 ありゃ、変態か?」
「アルサロムという木偶は、大昔この刑務所にいた囚人アルサロムがモデルだ。
 女王派の政治家……つまり我が敵だ。そんなシロモノを崇めたてまつる者と一緒にやっていけるか。
 気に入らん事に、向こうはそう思っていないようだがな」
 ビートルの話によると、ブラキオはビートルに仲間にならないかと再三、誘いをかけてきているそうだ。
 先日も、ブラキオの部下がしつこく誘うのに腹を立ててブン殴り、反省房に入る理由となった。
 トライブが聞く。
「囚人の方のアルサロムって、今も生きてるのか?」
「生きてるわけないだろう。もう何千年も前に死んでいるはずだ」
「そういや、ロイヤルガードが乳蜜香(にゅうみつこう)ってアイテムを刑務所で探してるそうだが、知らないか?」
「知らん。何だ、それは?」
 始めはトライブが鏖殺寺院と聞いて、それなりに友好的だったビートルだが、矢継ぎ早に質問されて不機嫌になってきている。
 トライブは話題を変えようと、切り出した。
「ブラキオって奴と直接戦ったりしないのか?
 鏖殺寺院の騎士として、敵対者が堂々とここのボスを名乗ってるのは、面白くないと思うんだけどなぁ。
 戦うってんなら、俺も手伝うけど……暇だし」
 ビートルは吐き捨てた。
「くだらん! こんな箱庭の中での覇権争いなどと馬鹿馬鹿しいにも程がある!」
 不機嫌になったビートルに、トライブは食い下がってみる。
「敵に舐められっぱなしってのも、あんたとあんたの主の名を下げるんじゃねぇか? 
うぉっ?」
 ビートルは激怒して、トライブに殴りかかった。
「貴様、自分を侮辱し、そそのかして、ブラキオと戦わせようと言うのか?! このゲスめが!!」
「ちょ、ちょっと待てって?!」
 拳を避けるトライブに、ビートルはそれでも執拗に追い詰める。周囲の囚人は面白がってはやし立てる。
「ハハハ、カンシャク持ちのビートル先生がまた暴れてっぞー!」
「やりかえせや、兄ちゃん!」
「どっちが勝つか、賭けようぜー」
 しかし騒ぎに気付いて、看守数人が駆けつけてくる。
「何してんだ、お前ら!! 散れ散れ! 自分の房に帰れ!」
「やめろ、ビートル!」
 看守達に取り押さえられて、ビートルはあっという間に反省房に逆戻りになった。
 やり返さなかったトライブは、警棒を振り回す看守に急かされつつ自身の房に戻る。
 ビートルから有用な情報を得られたら、それを元に彼を刑務所から出せないか、と考えての事だったが、逆に気難しいビートルを怒らせてしまった。
「はぁ……うまく行かねぇなー」



 ビートルが反省房に舞い戻ってから、しばらく経った頃。
 看守の目をかいくぐって反省房に近づく囚人がいた。
 一人は先程ビートルと話していた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)
 もう一人は、妙に横幅のある全身鎧の姿だ。鎧なのに、なぜかグルグルのビン底眼鏡を付けている。
 魔鎧へと姿を変えたブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)である。
(まるまっちぃ鎧だ。まるでダルマ運びだぜ)
 竜造はそう思うが、同じ魔鎧のブルタとつるんでいけば、気難しいビートルとも多少はマシに話せるだろう、と考えての事だ。
 反省房の小さなのぞき窓を開けて、ビートルに呼びかける。
「よう、カンシャク持ち」
 ビートルはジロリとそちらを見るが、竜造の横にいる鎧を認め、いぶかしげに眉を寄せる。
「看守から人間化しているよう言われなかったのか?」
 やはり魔鎧のブルタに目がいったようだ。ブルタはガチャリと肩をすくめる。
「話せば長い事ながら、ボクは人間化できないんだよ。最近まで地球人だったんだけど、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)にやられて肉体がなくなっちゃって……どうにか魔鎧に魂をつなぎ止めたのさ」
 ビートルは「ほう」とつぶやいて、ブルタをしげしげと見る。見た目では、普通の魔鎧のようにしか見えないのだ。
 ブルタは小窓ごしに聞く。
「ビートルの主は悪魔だと聞いたけど、ザナドゥの悪魔なのかい?」
「悪魔といえば、普通ザナドゥ出身ではないのか? 自分も主も、確かにザナドゥの出だが」
「だったら、ザナドゥが何故、封印されるに至ったのか、そしてどのようにして封印されたのか、知らないかな?」
「知らん」
 簡素な返事に、ブルタは絶句する。
 横から竜造が「話はもう終わりか」と彼を押しのけようとするので、ブルタは再度、ビートルに聞く。
「で、でもビートルは五千年以上、生きてるんだろう?」
「ああ。だが知らんものは知らん」
 すると竜造が、落胆するブルタにとって代わる。
「今のシャンバラに興味あるか?」
「今の? どういう意味だ?」
 竜造の問いに、ビートルは意味を取りかねる。竜造はニヤリと笑う。
「今のシャンバラはそれなり面白いが、どうも正義気取りの甘ったればっかりで張り合いがねえんだ。
 そういうところにお前みたいな奴がいると、実に楽しいことになりそうじゃねえか?
 もしその気があるなら、それでよし。ねえなら俺とパートナー契約でもしてみるか? こんな箱庭じゃねぇ、でけぇ世界で暴れまわらねぇか?」
 ビートルは少し考えて答える。
「自分と主は、ネフェルティティ様に剣を捧げている。ここを出られたら主を呼び戻し、共にネフェルティティ様の復活を目指すという目標がある。
 貴様の望みとは目的が異なる為、契約が可能だったとしても互いに不便となる故、遠慮しておこう。貴様が同じ道を歩めるパートナーに出会えるよう祈ろう」
 丁重に断られた。やはり怒りっぽいとはいえ「騎士」だからか、竜造の誘いが一方的なものでなかった為か。
 今度はブルタが竜造を押しのけ、小窓を埋める。
 人間時代の名残なのか、メガネを押し上げながらビートルに聞いた。
「ネフェルティティって、女王の妹でダークヴァルキリーだった、あの娘?
 呪いが解けたとかでおとなしくなって、……たしかアイシャ女王の戴冠をしたのも彼女じゃなかったっけ?」
「そうだ」
 ブルタはハンカチで、兜を拭いた。これも人間時の名残か、それとも油を伸ばしているのかは分からない。
「君が刑務所に収容されてる意味って、もう無いんじゃないか?」
「先代、いや、先々代か? ともかく以前の刑務所所長にその事を訴えたのだが、その後に所長は死んでしまって話も立ち消えになってしまったようだ」
 ブルタはずっと考えていた事を、申し出てみる。
「実は今、女囚の方の刑務所にサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)っていう悪魔がいて、ボクとちょっとした知り合いなんだ。
 彼女のパートナーは刑務所の外にいるから、いつでも召還で呼び寄せ……」
「それはできないぞ」
 ビートルに言葉を遮られて、ブルタは「へ?」と声をあげる。
「この刑務所には結界が張られていて、勝手に出入できない仕組みだ。テレポートや召還などの能力に対しても有効だ。そうでなければ、こんな場所、自分もとっとと出ていっている」
「その結界は、どうすれば解けるんだい?」
「知らん。知っていれば、とうに脱獄している」
「…………」
 ブルタは、協力者で所外で待機しているジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)に(これは難しそうだよ)と心の中で愚痴った。