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空京センター街の夏祭り

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空京センター街の夏祭り

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【1】ぶらり夏祭り……3


「うおおおおおおっ! 祭りだーっ!!」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)はテンションマックスで、センター街の真ん中で雄叫びを上げた。
 はしゃぎまくる相棒に、匿名 某(とくな・なにがし)はやれやれ……とばかりに肩をすくめる。
「気持ちはわかるけど、あんまりはしゃいでると怪我すんぞ」
 某は紺の、康之は白黒の甚平を着ている。今日は夏祭りを満喫しようとやってきたのだろう。
 しかし、某の小言など馬耳東風、康之は鼻息を荒くしてあらぬ方向を指差す。
「うおおーっ! すげえ、ゴリラだ!! あと……歩くクリスマスツリーだ!!」
「はぁ? いやいや、浮かれるにもほどがあるから。ゴリラはどうせ獣人だろうけど、歩くツリーなんざ……」
 振り返り……、某は見た。人だかりの奥にゴリラの顔とクリスマスツリーが間違いなく見える。
「な、なんだあれ……。ええと木人? そんな種族マニュアルにあったっけか……?」
 戸惑う某……の横で、黒い浴衣のフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)はジッと彼の目線を追う。
 ……あれがツリー? 私には別のモノに見える。その証拠に、私の両手がワキワキしている。
 それから何か思い出しように、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)のポニーテールをにぎにぎ。
 綾耶はピンクの浴衣をひるがえし「え? え?」と不思議そうな顔。
「おそろい……」
 フェイは頬を赤く染める。今日は、綾耶と同じく彼女もポニーテールに髪をまとめている。
 そんな彼らの前をひと組のカップルが横切った。
 藍染めの着流しに軍刀を帯刀したレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)
 そして、赤地に蜻蛉の甚平を着た橘 ニーチェ(たちばな・にーちぇ)だ。
「言っておくが、何があろうとこの手を離さない事。その歳になって迷子呼び出しの世話にはなりたくあるまい?」
 レオンはニーチェの手を引き、人波を避けるように通りを進む。
「ま、迷子になんてなりませんよっ。子供扱いしすぎじゃないですか!?」
「その発言は事実と反する。とにかく……く・れ・ぐ・れ・も、離れない事。良いな」
「……はぐれても大丈夫ですよ。レオンさんおっきいからすぐわかるし……それにすぐ見つけてくれるでしょ?」
「そうならないのが望ましいが……。まぁいいその事案を検討するのは別の機会だ。何か食べるか」
「お祭りですもの、色気より食い気ですね、えへへ!」
 そう言うと2人は通りに見つけた苺飴の店に立ち寄った。
「ほう。林檎飴とは違うのだな。何となく損した感が無いか……?」
「えー、だって林檎飴食べづらいんですもん、美味しいからいいのですー」
「なるほど。まぁおまえの好物ならとやかく言わん。主人、ひとつもらおう」
「わ、買ってくれるのー? ありがと、頂きます」
 嬉しそうにほうばるニーチェ、レオンはその様子を目を細め、愛おしそうに見つめる。
 視線に気付くと、彼女は目をぱちくりとさせ、飴をレオンに差し出す。
「あーん?」
「む……」
 レオンははにかんだように笑い、差し出された飴をほうばった。
 それを見ていたミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)長原 淳二(ながはら・じゅんじ)の服を引っ張る。
「マスター、苺飴ですって。美味しそうですよー」
「苺飴はいいんだけど……、まずはその手に持ってるものをなんとかしたほうがいいと思うよ」
「え、えへへ……」
 既に一回りしてきたのだろう。彼女の腕には綿菓子やらおからドーナッツやらがてんこ盛りである。
「そんなに食べてたらお腹壊すぞ……?」
「だ、大丈夫です。女の子には別腹があるんですもん」
牛じゃないんだから……、食べ物はそこそこにして他の店も回ろう。ほら、アレとかどうかな」
 そう言って淳二は射的屋を指差した。
 カウンターで仕切られた店の中にはぬいぐるみや最新型ゲーム機、その他こまごましたお菓子や玩具が並ぶ。
「よう、兄ちゃん。デートかい。ここはひとつ彼女の為に可愛いぬいぐるみなんてとってやっちゃどうだ?」
 店主の筋骨隆々のタコ親父は彫りの深いスマイルでコルク銃を手渡す。
「デートと言うか……まぁいいや、女の子にはいいとこ見せないとな。ミーナ、何か欲しいものはあるか?」
「そうですねぇ……。あ、あのぬいぐるみが素敵です」
 指差したのは、目玉商品の『ジャンボ・ティーカップパンダ』のぬぐるみ、名前のとおり巨大である。
「い、いやいや……親父さん、ティーカップパンダってティーカップサイズだからティーカップパンダでしょう!?」
「あん?」
「あれ、ちょっとした熊ぐらいあるじゃないですか! こんなコルク銃じゃ絶対倒せませんよ!」
「バーロィ! ここは怪物ひしめくパラミタでぃ! あれぐらい倒せねぇんじゃ、生き残れねぇぞ、てやんでぃ!」
「そーゆー問題じゃなくてですね……」
 しかし、ミーナはキラキラと期待に満ちた眼差しを向けてくる。
 ここでやらなきゃ男じゃない……つか、マスターとしての沽券に関わってくる気もそこはかとなくある!
「……しょうがない」
 グッと銃を構え、ぱすんぱすんとパンダを撃ち抜く……が、無論のことヤツはびくともしない。
「マスター、頑張ってください! いつもどおり落ち着いてやれば大丈夫ですよ!」
「そうだそうだ! ふがいねぇぞ、兄ちゃん! 目だ! 目を狙え!
「……あ、あんたらマジで言ってるんですか??」
 とそこに先ほどの某達がわいわいと楽しそうにやってきた。
「へぇ、射的か。俺たちもやってみるか」
「こーゆーのは上のほうを狙えば落とせるっつーんだよなぁ」
 康之はぱすんぱすんとお菓子を狙い撃ち、けれども命中せずに弾はかすりもせず後ろの壁に跳ね返る。
「残念だったな、兄ちゃん。簡単に倒れるヤツは的が小さいからな。ほい、残念賞のお菓子だ」
「いえーい、おっさんありがと。なぁなぁ某ぃ、射的っておもしれーな、そっちはどう……」
「ちょっと今話しかけるな」
 某は真剣な面持ちでパンダを狙って弾を撃ち込む……まぁしかしびくともしない。
「く、くっそぉ!」
「……へたくそ名無し野郎」
 フェイはムカツクうすら笑いを浮かべる。
「うるせーな、フェイ! おまえもやってみろ、結構難しいっつーの!」
「……どうやるの?」
「そっか。フェイちゃん射的知らないのか。ええと……、射的って言うのはね……」
 綾耶が丁寧に説明すると小さく頷いた。
「……大体わかったわ。要は銃で落とせばいいのね。なら私の曙光銃エルドリッジ二丁が火を……
「……って、本物の銃持ち出したらだめぇ!」
「違うの?」
「ふっ……てんでダメだな。もういい、おまえは黙って見て……」
 某は鼻で笑う……とその刹那、フェイの撃ったコルク弾が棚に並んだ景品を次々に落としていった。
「おうおう。嬢ちゃんクソうめぇじゃねぇか」
「これぐらい普通」
 とか言いながらも優越感から、名無し野郎を鼻で笑うフェイさんである。
 どや顔しやがって……。このままでは俺の立ち場が……なんとしてもパンダをゲットして綾耶に良いとこ見せねば。
 ぐぬぬ……と唸る某に対し、フェイも空気を察したのか、今度はパンダに狙いを定め引き金を引く。
「こ、こいつ……!」
 不毛な争い巻き起こる戦場。レオンとニーチェも盛り上がりを聞きつけて、ふらりとここに足を止めた。
「ほう。射的か。随分と賑やかだな」
「ねー、楽しそうですねー。折角だから、僕たちもどっちがたくさん景品とれるか勝負してみましょうよー」
 するとレオンの表情が固まる。
「……一応断っておくが、後悔はしないな?」
「……後悔、です?」
 首を傾げる彼女を尻目に、レオンは代金を払い、銃の引き金を引く。
 その途端、発射された弾丸は景品を大きく外れて柱に命中、しかも当たりどころが悪かったのか、絶妙なスピンがかかり、縦横無尽に店内を跳弾しまくり。続けて連射された弾も同様に絶妙のスピンを得て、戦場のように飛び交う。
 そう。彼、レオンハルト・ルーヴェンドルフは極めて特殊に射撃の才能がないのである。
「うわわっ!!」
「な、なんだ!? あっぶねぇ!!」
 鼻先をかすめる弾丸に、流石の淳二や某たちも慌てて身体を伏せる。
 とその時、散々飛び回ったコルク弾のひとつが、店主にクリーンヒット、額を押さえて親父はうずくまってしまった。
 そして他の弾丸は支柱に連続ヒットを決め、潰れた蛙のようにお店はぺしゃんこに。
 からくも脱出した一同は不穏な目付きでレオンを睨む。
「……ふ、やはりこの眼では上手くいかんか」
 レオンは吐息を漏らし、眼帯の所為にして全力で問題から目をそらす。ダメな大人である。
「そう言う問題じゃないですよっ! おっちゃんもお店も景品じゃないですっ!!」
「ちょっと何を言ってるかわからない」
「いい加減現実を……! と言うかまず、埋もれたおっちゃんを救出してくださいーっ!!」
 恥ずかしくて顔を真っ赤にしたニーチェは、コルク銃片手にレオンを追い回すのであった。