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【2】緊張の夏、三悪人の夏……3


 こちらは美食連盟『鍋の会』主催の鍋物屋台。
 業務妨害とかもろもろの罪で捕まっていた前科者【鍋将軍】の経営するお店である。
 とても良い匂いがするのだが……如何せん夏、湯気だけでうっとおしく、近寄る客はまずいない。
「美食がわかっておらんヤツらめ。暑い夏に熱い鍋をかっこむ、そして噴き出る汗がまた心地よいと言うのに……」
「だよねー」
「だよねー……じゃないっ!」
 真横に店を構えるカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)にイライラをべしっと叩き付けた。
「しかも何の嫌がらせだ! なんで同じ『鍋物』を隣りでやるかなぁ! これじゃ潰し合いでしょーがっ!」
「そんなこと言ったって、場所は運営の人が割り当てたんだからしょうがないでしょお?」
 カレンのところは『おから鍋』を出す屋台。
 イルミンスールの森で採れたキノコや野菜で出汁をとって、あとはひたすらおからを煮ると言う究極のヘルシー鍋だ。
「ここで稼いでおかないとねっ。パートナー達も食べさせなきゃならないし、魔術の研究にもお金がかかるし……研究に使う希少な触媒とか目が飛び出るほど高いんだ。こっちは学生なんだからもう少しまけてくれたっていいと思わない?」
「知るか!」
「……まぁ商売もいいが。結局、調理は我がするのだな。そろそろ料理のひとつも覚えて欲しいものだ」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は火加減を見つつ言った。
「ところで鍋将軍……、おまえのほうが鍋事情には詳しいだろう。なにかこの鍋に助言をもらえないだろうか?」
「知らん! なんで敵に塩を送らにゃならんのだ!」
 けれども、そこはやはり鍋で成り上がってきた男。敵であろうと鍋とあらば口を出さずにはいられない。
「……ふむ。ちと出汁の味が強過ぎるな。おからを多めに入れて、もっと味をマイルドにするとよかろう」
「なるほど。さっそく試してみよう」
 と、ジュレールが取り出したものはどっかで見たおからドーナッツ
「ちょ、ちょっと待って。そ、そのおからはなんだ。将軍にはドーナッツの形してるように見えんだけど……」
「ああ、向こうに店の裏に置いてあったんだ。テロリストの資金源を潰すと言うことも無論兼ねている」
「おぬし……見つかったら殺されるぞ……」
「……って言うか、このクソ暑いのに鍋とかやるのが無謀だと思う!」
 ふと、突っ込んだのは蒼空学園のアイドル小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)である。
 鍋将軍の屋台と並び『冷やしチョコバナナ』屋を営んでいるところだ。無骨な鍋将軍とは違い、美羽はミニの浴衣姿。ばばーんと露になった太ももに世の男性は釘付け。しかもスキルで集めたファンが列をなし随分と店は繁盛している。
 更にその脇にはベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の飲み物屋が。
「よく冷えたラムネにビールがありますよぉー。テーブルもありますからゆっくりしていってくださいー」
 店頭の巨大扇風機が目の前に置かれた氷塊の冷気を飛ばし、店の前はとても涼しい。
 スタイル抜群の彼女の清楚な浴衣姿……から溢れんばかりの色気もあって、こちらも賑わっている。
か、完全に客が流れとる……! こ、小娘、貴様ァ!!」
「ふーんだ。私は普通に商売してるだけだもんねっ。この猛暑の中、鍋を食べる勇者がどんだけいると思ってんのっ」
 以前、彼女は自身のバナナ豆乳鍋を将軍にdisられ、結構根に持っているようだ。
 ケンカ売ってるのが丸出しの彼女に、正面でかき氷屋を営むコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)はため息。
「過ぎたことなんだから、放っておけば良いのに……」
 こっちは割りとヒマそうである。かき氷屋は既に大手が二つあるので、客がそっちに流れているのだ。
「それにしても、こんなに暑いのにずっと火の前で働くなんて鍋将軍はすごいなぁ……。褒められた人じゃないけど、鍋物への情熱は本物だからね、ちょっと尊敬するかも……まぁ暑苦しいからお近付きになるのは遠慮したいけど……」
 とは言え、彼の気持ちなどどこ吹く風、美羽の鍋将軍イビリはとどまることを知らない。
 がしかし、捨てる神あれば拾う神あり。ちょっとまたれよ、とケンカに割って入るものもあらわれた。
「ふふふっ、また顔を合わせる事になるとは思いませんでしたわよ、鍋将軍」
 カカッと屋台の柱に突き刺さるのはラスター菜箸。ミス食道楽姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)
「小鳥遊殿、食べもせず批評を行うのは礼節を欠いています。食はいただきますに始まりごちそうさまで終わるのです」
 食べ歩きは人生だ。美食の道を追求する孤独のグルメ、鍋皇戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)
 2人は優美な動きで鍋を取り分け、ハフハフと口に運び、そしてグルメ批評を始めた。
「ご指摘の通り、鍋物は夏場には適しません。しかしながら……はふっ、この鍋は実によく練られています」
「ね、練られてる……?」
「ええ、仕込みの行程から観察していましたが、食材も上質なものを使っていますし、器具も手入れが行き届き、調理の手際も良い。しかも販売価格は破格の値段です。原価計算したら、もう少し上乗せしてもいいぐらいです」
「金儲けのためにやっているわけではないからな。あくまで上質な鍋を世に知らしめるためにやっている」
「その心意気も素晴らしい」
 ぐぬぬ……と唸る美羽。
「そして鍋ですが、食材はどれも夏野菜、彼らを鍋で楽しめるのはこの時期だけです。スープも……あっさり塩味マーベラス、程よい加減で箸が進みます。スープに溶けたトマトの酸味が実に良く、どことなくイタリアを感じさせます」
 更に……と、今度はカレンのおから鍋をかっこむ。
「こちらは大豆のまろやかさが実に優しい。夏野菜鍋とは好対照の関係を築けているように思えます」
 そして……と、最後に冷やしチョコバナナをちゅぱちゅぱと口に入れる。
「熱い鍋を食したあとのバナナのなんと美味なことか。素晴らしい、実に素晴らしい。姉ヶ崎殿もそう思いませんか?」
「え……、わたくしは鍋なんてどうせ売れ残ってると思い、食べにきただけですので……、そういうのはちょっと」
 ただ己の腹を満たすためだけの来訪である。
「…………と、ともかく! ここの料理は互いに高め合ってます。争う理由などどこにもありま……わっ!」
 小次郎の鼻先をかすめ、鍋将軍の愛刀『渡辺』が空を斬った。
「ともあれ、将軍の覇道を邪魔するものは捨て置けん……! それが非鍋系女子となれば尚更だっ!!
「やれるもんならやってみなさいよっ!」
 渾身のひと太刀をひらりとかわし、美羽は護身用の機晶スタンガンで将軍の股間にスパーキンッ!
 あがががが、と痺れる彼へトドメとばかりに、ミニ浴衣からのハイキック連撃。将軍は鍋をひっくり返して倒れる。
「な、なんだか妙なことになってきたね……」とカレン。
「うむ、巻き込まれん内に避難しておくか」とジュレール。
 しかし、そうは問屋が卸さない。こそこそ隠れる彼女たちの上にニコリーナの巨大な影がかぶさる。
「どうも作り置きが少ないと思ったら、このクソドロボーどもがパクってやがったのねぇ。ゆるせないわぁ……!」
「し、しまった。悪事がバレたぞ、カレン!」
「に、逃げるのよっ!」
 次の瞬間、ニコリーナのロケット砲が火を吹き、おから鍋の屋台は粉々に吹き込んだ。
 完全なる異常事態に駆けつけるJJ、すると美羽は誰よりも早く彼に抱きつき、えーんえんえんと嘘泣きをする。
「ゴリラくん、助けてー。元犯罪者に営業妨害されたんだよー」
「な、なんですって!」
「こ、こっちの台詞だ、クソガキ! と言うか、誰だ、ロケット砲なんて持ち出したヤツ!!」 
 ともあれ数分後に警官隊が到着。事情聴取のため全員しょっぴかれたのは言うまでもないことである。