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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第5回/全6回)

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第1章 お正月を移そう

 年が明けた。それとほぼ同時に雪が降った事は状況に影響を与えた。ぶっちゃけ防寒の準備や移動に手間がかかるため、事態の進行が一時的にスローペースになった。もちろん、教導団第3師団では万全を尽くしているが兵員の大半がシャンバラ人、さらにその大半がゆる族なため対策に手間取っている。
 正月でのんびり出来るかと言えばさにあらず、他の師団ではクリスマスやら正月をそこそこ堪能しているようだが、第3師団は気が抜けない状況だ。特に正月というのは日本人にとっては大事な年中行事であるが、それ以外の人種にとっては必ずしもそうではない。特に地球人がシャンバラにやってきて正月を祝う様子はシャンバラにも理解されつつあるが、逆に言えば、『正月を盛大に祝う民族が地球人にはいる』ということをシャンバラ人に理解させる事となった。
 その結果、第3師団では正月を通常通りの警戒態勢とし、正月行事の日程を大幅にずらすこととした。要するに『テト攻勢』を心配してのことである。
 『テト攻勢』とはベトナム戦争中の1968年1月30日に北ベトナム軍および南ベトナム解放戦線が行った大規模攻勢である。この時期はいわゆる旧正月であり、それまで暗黙のうちに『休戦期間』となっていた。アメリカ軍は警戒していたが、南ベトナム軍は『まさか正月には攻めて来ないだろう』と油断しきっていて大打撃を受けた。敵側も地球人の事を研究していてもおかしくない。そこで正月は警戒を厳しくしていた。

 「で、これは何なのよ?」
 ハンナ・シュレーダー少佐は自分の戦車を見てそう言った。戦車の前面に鏡餅が置かれ、正月飾りが取り付けられていたからだ。
 「見ての通りの鏡餅なのです」
 例に拠ってこういう事をするのは技術士官のレベッカ・マクレガー大尉に決まっている。
 「……前から疑問に思ってたんだけどね?あんた、出身は?」
 「イスラエルなのですが?」
 マクレガー、マッキンレー、マクダニエル、マッカーサー、マクドナルドなど姓の頭が『Mc〜』で始まるのは概ねユダヤ系だ。
 「それで何で鏡餅!」
 「ふ、甘いのです。イスラエルでも正月にはパンを重ねるのです」
 ユダヤ教では正月に種なしパンを重ねて祭る鏡餅そっくりの風習がある。
 「とにかく、正月は終わり!さっさと外せ!」
 「せっかく飾りましたのに」
 等と馬鹿をやっているのは仮設陣地のまっただ中である。場所はタバル砦からしばらく行った街道の分岐点よりちょいと東よりの緩やかな坂道、通称『タバル坂』である。現在、二段構え作戦の真っ最中である。敵ワイフェン軍はこちらの約三倍。これに対して第3師団側は敵を引きつけつつ敵の物資集積所を叩いて、敵軍を後退させることをもくろんで作戦遂行中である。この間の作戦第一段階では概ね後退しつつ敵に脅威を認識させている。予定では敵は主力前進にともない、物資集積所を前進しているはずである。作戦第二段階として今度は敵の襲来にあわせてこれを叩く予定である。
 あちこちで部隊は展開中であるが今回の作戦では敵の進撃に対して平行に布陣するのではなく右肩あがりの布陣を行っている。これは敵の右翼を引き延ばし、味方の機動打撃部隊が突入しやすくするためのものである。
 陣地も雪化粧で一面真っ白だ。所々に灯油缶に穴開けた即席ストーブで暖をとる姿が見受けられる。
 その一角では列をなしている兵の姿がある。ラク族のところで進めていた毛織物産業育成の結果として第3師団が発注していた『軍用セーター』が届いたからだ。購買で一人一着もらえることになっている。その隣ではゆる族兵士が列を作っている。彼らはセーターはサイズが合わない。かといってもらえないというのも何である。そこでゆる族兵士には同じく作られた特大の毛織物『腹巻き』が支給された。陣地ではでっかい腹巻きをしたウサギやモモンガの兵隊が小銃もって警戒している。
 そんな光景を見てとりあえず弛緩した所はないので師団長和泉 詩織(いずみ・しおり)少将はほっとした表情である。
 「うう〜。ちゃっぷい(寒い)、ちゃっぷい」
 後ろから着ぶくれたダルマがやってきた。参謀長の志賀 正行(しが・まさゆき)大佐はこれでもかと着込んできたのだ。背を丸めて寒そうにしている。
 「志賀君……。貴方、北海道じゃなかったかしら?」
 「旭川ですが」
 マスクを降ろして返答する。
 「……それで、なんでそんなに寒がりなの?」
 すると志賀はぱたぱたと手の平を上下させた。
 「冬の北海道はとっても寒いところでして、家の中ではストーブをがんがん焚いて、外に出るときは完全装備でして……。なので道産子は寒い状況には慣れていますが、寒さ自体には慣れてないんです」
 「ま、まあそう言うこともあり得るわよね。……で、そろそろ敵が来る頃と思うけど」
 「そうですね。ちょうど雪が降りましたから敵も進撃が遅れているようですが、敵にしてもこの雪は幸運と思われているでしょう」
 「車両の脚がとられ易くなるものね」
 「それに敵の物資集積所が森に籠もったらなおのこと発見しにくくなります」
 「ちょっとやっかいかしら?」
 「そうでもないです。雪が降ったら降ったで、それを利用する方法もあります。ある意味、防衛側には結構有利ですよ。迷彩掛けやすいですから」

 皆々、雪が降ったことで白いスモックを被っている。これで伏せればかなりの迷彩効果がある。普通に見ているぶんにはそこにいることは解るのだが、戦闘時とっさに視線を走らせたりしたときには簡単には解らなかったりする。
 「う〜ん。いいかも」
 キアラ・カルティ伍長は塹壕の中で何やらシートを見ている。
 「何見てるんです?」
 マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)がひょいとのぞき込んだ。大きなぬいぐるみ猫が首をかしげる姿はそれなりに愛らしい。
 「空京にぃ、新しい店がオープンするらしいですぅ〜。ほらほら」
 エニュールが差し出された物を見ると、広告をプリントした物だ。言うまでもなく、第3師団でもある程度一般情報がわかるようにニュースや広告の配信を行っている。移動PXのところの端末を利用すると直通ではなく、タイムラグがある物の情報サービスなどが受けられるようになっている。一応はお買い物情報や書籍情報なども手に入る。
 「近日オープン、ピザとクレープの店?」
 「休暇とれたら行きたいですぅ」
 「『頭の良くなるDHAピザ』、『人気沸騰、真っ赤なクレープ』、なんか変わってますねぇ?」
 「苺のクレープなんかあったらうれしいなっ」
 「餡このクレープはあるようだね」
 いろいろ変わり種の創作喫茶?らしい。

 そんなこんなで皆々準備中だが、作戦の重要な柱の一つが『機動打撃部隊で敵を側面から突破し、敵の統制攻撃を妨害する』ことである。そのため、車両関係の準備も余念がない。特に戦車はもちろんとしてAFV(歩兵戦闘車)は今回重要な役割と言える。
 「それにしても、第3師団は装備多いな」
 AFVの足回りをチェックしながら松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が言った。今回はAFVからの降車戦闘も必須と考えられている。
 「そうでもないだろ?。本来の師団編成ではもっと車両が多いはずだ」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は髪をかき上げる。
 「それでも、だ。第4師団なんてまともに車両がないんだぜ?あっちには配備されないのかね」
 「そりゃあ、第4師団しだいだろうね」
 MBT-S1『ビートル』戦車の車長席からシュレーダーが言った。
 「まあ、多分、第4師団の上層部は配備したがらないだろうね」
 「そりゃまた」
 「第3師団は機甲師団に近い機械化歩兵師団ってのが師団の基本コンセプトだけど、あっちは山岳歩兵師団編成でしょ?」
 『師団』というのは軍における部隊の基本編成の一つであり、概ね兵員一万数千名から二万名ほどで編成され、補給段列などを含む自立行動部隊を指す。通常はここまでが部隊特色のある編成となる場合が多い。師団の上位編成を『軍団』といい、師団が二個以上集まって軍団という部隊が出来るが、軍団以上になると特定の兵科が意味を持たなくなる。師団には歩兵師団、装甲師団、自動車化歩兵師団などがある。歩兵師団というのは『徒歩』で行軍する歩兵を主体とした師団の事である。行軍時、歩兵をトラックで移動するのが自動車化歩兵師団、AFVで行軍するのが機械化歩兵師団である。戦車を戦力の主体に据えたのが装甲師団、もしくは機甲師団と呼ばれる物だ。現代の先進国では歩兵は皆トラックか装甲車で移動するので単に『歩兵師団』といえば昔の自動車化歩兵師団を指す。そう言った師団種類の一つが『山岳歩兵師団』という物でかつてはドイツ軍やイタリア軍に存在した。要するに山岳地や森林地帯での戦闘を想定した師団である。特徴としては重装備を持たず、登山用具を用いて崖を登ったり分散して森林地帯を移動して強襲を掛けたりする。
 第4師団は『騎狼』といい狼の一種を飼い慣らして移動に利用している。森の中での戦闘移動速度はシャンバラ最速といえる。そのため、第4師団の得意な戦闘領域は山岳・森林地帯である。これに対し、いくら不整地走行性が高いと言っても戦車は崖を登れないし、トラックは森林を進むこと自体が困難だ。
 つまり、第3師団は平地での正面戦闘を想定して編成されているのに対し、第4師団は、山岳・森林地帯を中心とした遊撃任務および対不正規戦闘(対パルチザン戦)を主任務として編成されている。
 より正確に言えば、第4師団というのはコマンド部隊を大規模化したものに近い。そのため第4師団が車両を多数装備することは得意技を捨てることに等しい。このあたりは第4師団自身の編成コンセプトによる、コマンド部隊的特性を放棄して重装備化を計るか、今のままでいくかは第4師団が決めることである。
 「ま、別に同じ教導団だから同じ編成にするっていうなら配備されるんじゃないの?」
 シュレーダーは例に拠って車長ハッチの縁に『スイカ』を陳列したまま言った。実の所戦車乗員は小柄な方が望ましい。旧ソ連では車長以外の乗員に厳しい身長制限を設けた結果、乗員になれるのがほとんどアジア系の兵ばかりとなり、戦車長と乗員で意思疎通が出来なくなったという冗談みたいな事が起こった。ある意味、戦車乗員を女性にすると言うのは一つの手と言えよう。宇宙飛行士に比較的女性が多いのも同じ理由である。シュレーダーは女性としては大柄だがさすがに野郎と比べれば小さい。もっとも、あれでは確かに出入りしにくいだろうな、と思わせているのはひとえに巨乳のせいである。

 そんな中、張 飛(ちょう・ひ)は『ビートル』戦車の二号車を見て月島 悠(つきしま・ゆう)に聞いた。
 「こっちは戦車に乗らないのか?」
 月島は機甲科であり、先任順から言って三号車が完成したら乗ることが出来る。現在、工廠で作成中であり、もう少ししたら配備可能になる。張は二号車の車長キューポラから身を乗り出す夏侯 淵(かこう・えん)の様子を見ている。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はもっぱら操縦手をやっているため、二号車では夏侯が戦車長だ。張としては対抗意識があるらしい。元々張と夏侯は前世で敵同士であり、さんざんどつきあいをやらかしている。一方この二人、実は姻戚関係にある。夏侯の娘(姪ともいう)が張の妻だったりする。そのため実は夏侯から見て張は義理の息子(または甥)にあたる。もっとも、事実上の略奪婚なため、仲が良いわけではない。張も前世では車騎将軍(現代風に言えば装甲軍司令官)であり、戦車を乗り回しておかしくない。
 『ビートル』は四人乗りであり、戦車長、砲手、操縦手、無線手の四名で搭乗する。もっとも、無線手はいざとなったら砲弾装填の手伝いもするし、砲塔を手動で回さねばならないときは戦車長と一緒にレバーを回すなど何でも屋である。
 「そうだな。三号車が完成したらの話だ。いずれにせよ、今は無理だ」
 月島はさらりと答えた。