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リアクション
●フィリップとルーレンの部屋
「フィリポ、お願い! ボクたちが事前折衝に行った事を、みんなへ周知して欲しいんだ!
……それで、もしボクたちに何かあったら、助けて欲しいんだけど……」
ルーレンがノルベルトの所で打ち合わせをしている最中、部屋を訪れた赤城 花音(あかぎ・かのん)がフィリップに、自分たちはリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)と共に使者として、ホーリーアスティン騎士団と事前折衝を行う心積もりであることを告げ、協力を依頼する。
「や、止めておいた方がいいですよ。ノルベルトさんも軽率な行動は慎むようにと言っていましたし……」
花音を止めようと言葉を掛けるフィリップに、花音が自らの考えを口にする。
「陰謀が動いている事を、コッチが追求できる切欠になると思うんだ。ホーリーアスティン騎士団は反シャンバラ派をまとめてるって話だし、鏖殺寺院との繋がりだってあるんだと思う。証拠を掴むチャンスかもしれないんだよ? 簡単に尻尾は出さないだろうけど、牽制も必要じゃないかな?」
「無茶な索で申し訳ないと思っています、ですが、有事の際は僕が……花音と自身を護り抜きます」
花音とリュートの言葉を聞いたフィリップが、弱気な態度のまま押し切られる……かに思われたが。
「何か起きてからじゃ遅いんです! 事が起きた時には手遅れになることだってあるんですよ!?
牽制のつもり、なんて軽々しい気持ちで行動して、逆にこちらを追求するきっかけを与えてしまったらどうするんですか!」
フィリップにしては珍しく、強い口調での反論に、花音は驚きの表情を浮かべる。
「フィリポ、どうしたの? フィリポがそんなに怒るなんて、何かあったの?」
花音に声をかけられ、フィリップはハッ、と自分の口にした言葉を思い返し、俯く。
「…………とにかく、僕は花音さんの案に賛成できません。僕たちはアウェーで、どこでどのように監視されているか分かりません。
下手に動いて、ノルベルトさんやルーレンさんの努力を無駄にしたくはないんです」
協力できなくてごめんなさい、と頭を下げられ、花音とリュートは引き下がる以外になかった。
「菫、頼まれたものを手に入れて来たわ」
あてがわれた部屋で、これからの行動を考えていた茅野 菫(ちの・すみれ)の元に、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)と菅原 道真(すがわらの・みちざね)が戻って来る。二人は菫の案、『ミスティルテイン騎士団とホーリーアスティン騎士団に次ぐ勢力を持つ魔術結社に密約を持ちかけ、ミスティルテイン支持に回ってもらう』を実行するため、まずはEMUの議員の関与する魔術結社が記された書類を入手してきたのだった。
「ありがと。じゃあ早速……って、なにこれ!?」
書類を一読した菫が、大きな声をあげる。改めて読み直し、菫が横の紙に、議員の関与する魔術結社を記載していくと。
・ミスティルテイン騎士団:50
・ホーリーアスティン騎士団:12
・神道騎士団:1
・シメオン修道会:1
・
・
・
・
・
・
「ちょっと、キリないわよこれ! どういうことなの!?」
十ほど記載したところで、菫がペンをほうり投げる。これでもまだほんの一部で、中には一人の議員に十以上の魔術結社の名前があるものもあった。
「……おそらくは、魔術結社の数が多く、かつ規模の差に大きな違いがあるのだろう。一人の議員を出すために、複数の思想の似通った魔術結社が結託しているのだろうな」
書類を見て、道真が自らの考えを口にする。どうやらその考えは正しそうで、魔術結社の名前を見るに、ざっと数百は存在している。そのくせ名前は『騎士団』『修道会』『クロス』などがつくものばかりで、せいぜい十数パターンといったところであった。魔術結社の横には欧州の地名と思しきものが書いてあるのだが、一都市の名前しかないのがほとんどなのを見ると、どうやら勢力が及ぶ範囲はせいぜい一都市程度ということなのであろうか。
「……ミスティルテインって、実はとんでもない規模だったのね。伊達に五千年続いてないってことか」
せっかくだからこんな事も教えてくれればいいのに、と菫は今はここにいないアーデルハイトに愚痴る。……もしかしたら本人は時が来次第教えたのかもしれないが、そもそもがイナテミス防衛戦でのイレギュラーが招いた事態であるが故、このような事態はアーデルハイトも予想していなかったのが事実である……が、菫にそれを知る由はない。
「……ちょっと待って。ということは何、ホーリーアスティンはこのすっごいたくさんある魔術結社をまとめてるってワケ?」
「全部ではないかもしれないけど、そういうことになるわね」
浮かんだ疑問を口にした菫に、パビェーダが答える。議員の数としては50:25(ミスティルテイン騎士団以外の全員がホーリーアスティン騎士団に賛同したとして)だが、魔術結社の数としては1:数百になる。もちろん、全部の魔術結社がミスティルテイン騎士団のやり方に反対しているとはなかなか考えにくいが、それでも数十ほどの魔術結社が、ホーリーアスティン騎士団に賛同していることになるだろう。
「周りほとんど敵だらけ、ってことか。……フランクフルトでの襲撃も、どこがやったのか分からないわね」
ま、多分ホーリーアスティンでしょうけどね、と菫は付け足し、頭を掻く仕草を見せる。事情を把握したのはいいが、これでは菫が検討していた案が到底実行に移せそうにないことが分かったからである。どちらにしようか迷っている結社もあるにはあるだろうが、それを探すには多くの敵の中に飛び込まねばならない。もし運良く見つかったとしても、支持に回ってくれるのは75人中、1人。
「……下手に密約とかしない方がマシかしらね」
そうして菫たちは、イルミンスールの一生徒としてホテル内を回り、菫が契約者と知った者たちと話をしつつ、イルミンスールの良さをそれとなくアピールしていった。
それは、今回の諮問会には関与しないまでも、イルミンスールへの興味という形では影響を与えたようであった――。
ちなみに、同じような書類はもう一人にも渡っていた。
(……うわー、なにこれ。最大派閥二つ以外って、こんなに小規模だったの!?)
書類を目にした須藤 雷華(すとう・らいか)が、頭を抱える。ミスティルテイン騎士団の規模の大きさにまず驚き、そしてホーリーアスティン騎士団以後の魔術結社の規模の小ささに二度驚く、そんな具合であった。菫や雷華に限らず、EMUの内情をよく知らない者が見れば、一様に驚いたかもしれないだろうが。
(これじゃあ、懐柔策取るにしても効果薄いわよね。そもそも情報が少なすぎてどうしようか迷ってたところだし、このくらいにしておきましょ)
これ以上踏み込んで、ミスティルテイン騎士団にマイナスなイメージを与えても嫌ということで、雷華はこの問題を頭の隅へ追いやる。
(さて、と……。せっかく諮問会に参加出来るんだし、出たいとは思うんだけど、駆け引きってどうも苦手なのよね。求められてないって言われても、やっぱり気にしちゃうわよね。……ケイ君もメトゥスもあんな状態だし)
心に呟いて、雷華が二つ並んだベッドを見遣る。そこには北久慈 啓(きたくじ・けい)とメトゥス・テルティウス(めとぅす・てるてぃうす)が、疲労を滲ませた表情を浮かべてスヤスヤ、と眠りについていた。襲撃の可能性を検討し、取れる限りの対策を講じた――襲撃の際、契約者が何気に武器を持って戦っていたのには、啓の根回しの力が大きかった――啓、そしてメトゥスは、襲撃者との戦闘で消耗してしまったのである。大きな怪我こそしていないものの、少なくとも今日一日はまともに動くことは出来ないだろう。
(……なんとなくだけど、私が諮問会に出たいっていうの、気にしてくれたのかな)
そういえば、戦闘中妙に二人とも、自分の前に出ようとしていたような気がして、雷華はそんな可能性を思う。実際のところは本人たちに聞いてみないと分からないが、今はとにかく、明日の諮問会に向けて少しでも有用な話を出来るよう、資料をまとめておく必要があると感じていた。
(やれることは、やっておかないとね。誰かのフォローになるくらいでもいいわ。……どうせ、しばらくは眠れないでしょうし)
幸い、資料自体は啓が手配していたのがあるので、後はこれらを読み込み、発表という形で伝えられるようにすればいい。もし誰も発言していない内容があったら、その時に自分が発表すればいい。
もう一度ベッドを見つめ、お休み、と言葉を漏らして、雷華が資料の読み込みとまとめ作業に取り掛かる――。
「わざわざ時間を取っていただき、感謝致します。私、雪だるま王国にて法務を担当しております、サイレントスノーと申します」
招かれたノルベルトの部屋で、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が丁寧に挨拶する。ここを訪れたのは、雪だるま王国女王、美央の覚悟を
ノルベルトに示すためであった。
「……あまり時間もないようですので、本題を。
我々は今、ミスティルテイン騎士団イナテミス支部と対等関係にありますが、これは雪だるま王国内での自治での混乱を防ぐためでございます」
雪だるま王国は、場所こそ氷雪の洞穴の東に位置しているものの、国民――組織で言えば、構成員――はその所属がまちまちで、ともすれば内部亀裂を生みかねない状況であることが、サイレントスノーの口から説明される。イナテミスやイルミンスールの危機に際しては団結出来ても、ミスティルテイン騎士団の危機、となるとそうとは言えない面があることも合わせて話される。
「そのような状況をご理解頂いた上で、我が女王である赤羽美央を、ミスティルテイン騎士団本部に所属させて頂けないか、こうして参った次第でございます」
美央がミスティルテイン騎士団の本部に属することは魔法学校の意志に従うことと同義であること、案件が承認されることにより、雪だるま王国の活動がミスティルテイン騎士団の活動として認知されることを合わせて口にしたサイレントスノーへ、しばし考え込んだノルベルトが自らの考えを言葉にする。
「それは、そうして頂けることはこちらにとっても願ってもないことなのだが、その、よろしいのだろうか。
本部所属となったところでこちらから何か便宜を図れるかどうか分からぬ上、少なからぬ制約がかかることも予想される。決して自由ではない世界に足を踏み入れることになるやもしれぬが、それでも――」
「それが、赤羽美央の覚悟でございます」
サイレントスノーの言葉に、ノルベルトは二の句を継げない。七龍騎士を退ける大きな要因となった雪だるま王国の者たちをある意味で味方に引き込めるこの案を、破棄する理由は他に見つからない。
「……承った。正式な手続きは後日という形になってしまうが、よろしいだろうか」
「ええ、もちろんでございます。承認していただき、ありがとうございます。
……未熟な娘を、どうぞよろしくお願いします」
これからの成長を楽しみにしている、そんな様子を滲ませて、サイレントスノーが恭しく一礼する。
そして、全ての面会を終え、寝間着姿になったノルベルトが、一日の疲れを吐き出すが如く、椅子に腰掛け溜息を漏らす。
「……やはり私に、ミスティルテイン騎士団の当主は務まらないな」
自嘲とも取れる笑みを浮かべて、ノルベルトが呟く。
『魔術結社として三流、政治家としても三流、そして、父親としても三流』。ノルベルトは自らを、そのように評していた。正当なワルプルギス家の一族でありながら魔法の才をほとんど持っていないこと、温厚過ぎる性格であること、一人娘であるエリザベートとの関係が、それぞれ裏付けとなっていた。実際のところは、欧州で魔法が復活したとはいえ全員が魔法を使えるわけではないこと、EMUの議員たちは各国の政治家ほどにいわゆる“政治的な駆け引き”に通じていないことから、ノルベルトが自身を過小評価している点が少なからずあるのだが。
「手紙、か……。もらったのは、初めてかもしれないな」
ノルベルトが、机に置かれた一通の封筒に触れ、明かりにかざすように見つめる。それはつい先程、エリザベートから託されたものをお届けに来ましたという名目で部屋を訪れた、明日香から渡されたものであった。明日香は特に何かを言うでなく、確かにお渡ししました、と一礼して去っていった。
「…………」
中に何が書かれているのだろうか。全く予想のつかない中、しばらくそうやって見つめていたノルベルトが、意を決してナイフを通す。中に入っていた便箋を、少し怖い気持ちを含みながら、ノルベルトがそっと開くと。
「ありがとう」
その一文だけが、つたない文字で記されていた。
「……フッ、そうか、ありがとう、か」
何に対してありがとうなのかは分からなかった――諮問会に来なくていいように手配したことなのか、それとももっと大きなことなのか、はたまた小さなことなのか――が、ノルベルトはありがとう、という言葉を何度か呟き、その度に笑みを浮かべていた。
そうしてひとしきり満足したところで、ノルベルトは便箋を封筒に仕舞い、明日着る予定の服の内ポケットに入れる。
電気を消して床に就くノルベルトは、『父親として三流』の評価を『まあ、二流』に改めることにしたのであった――。
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