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リアクション
最後方での戦いは、長期戦の様相を呈していた。結局、一般人に直接の被害はなく――撃たれたのは、一般人を装った襲撃者であるという結果に落ち着いた。しかし、撃たれた者が謎の爆発を遂げてしまった以上、完全に確かめる術はないのだが――、彼らは二両目と三両目に匿われている。そして、襲撃者と契約者の攻防は、契約者が危険を払って襲撃者を戦闘不能にしたところで、他の者が何と彼を蹴り飛ばし、車両の後方付近で爆発に巻き込ませるという戦法を取り始めたため、倒すもままならず、かといって凌ぎ切るにも限度がある、という状況に陥っていた。
「はわ! ……うゅ、ぶきおとしても、ばくはつしちゃうの。ちかづけないの」
気配を消し、死角からの一撃で敵の武器を破壊したエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、途端に爆発する襲撃者の影響から辛うじて飛んで逃れ、ローザマリアの元へ戻る。
「欧州に来てまで、神風特攻を目の当たりにするとは……忌々しい」
舌打ちするように言葉を吐いたローザマリアの直ぐ横を弾丸が掠め、爆風が襲う。自ら近付いても射撃と爆風、迎撃しようとしてもやはり爆風、といった具合で、必然、被害が増す。
「……はい、治癒が完了しました。どうか、お気をつけて……」
「これで動けるわよね? ケガしたら回復してあげるから、無理なんてしないでね!」
その回復を担っていたのは、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)と堂島 結(どうじま・ゆい)であった。特にレイナの一連の動作は、イナテミス防衛戦、果てはそれ以前から回復をメインに行動してきただけあって、効率性と即効性に長け、かつ本人の持続力も高いという、まさに『治療砲台』であった。……実際にそう呼ぶには、少々センスが悪いように思えるが、気のせいである。
「あの、どうしてそんなに効率よく出来るんですか? やっぱり、日々の鍛錬とか、そんな感じですか?」
治療を終え、生まれた僅かな時間に、結がレイナに尋ねる。結も回復、及び強化魔法には自信を持っていたが、レイナは回復魔法においては結のさらに上を行く。気にならないはずがなかった。
「……私にできることは、これくらいですから。……そのできることを、今は精一杯やりきるだけです……」
そして、結に対するレイナの回答は、非常に抽象的であった。レイナにとってはしかしそれが答えで、どうして出来るのかと聞かれれば、自分にできることが怪我人の治療であると強く思っていて、その出来ることを精一杯やっているから、となるのであった。
(……けれど、前回とは違う……。前回は、敵も味方も関係なく、戦いが終われば治療を施し、然るべき場所へ連れて行った。でも今は……)
そう思ったレイナの表情が陰る。前回、イナテミス防衛戦では、敵――エリュシオン龍騎士団――はそれ以上の継戦が不可能だと悟ると、降伏し、それまで戦ってきた者たちの施しを享受してきた。
しかし今回は、敵はただ契約者を巻き込んで殺す意図で、自爆――継戦が不可能になった時点で――してくる。差し伸べた手を振り払われて、銃を突きつけられる、そんな状態であった。
『異国の地で異国の民との戦闘』より、『祖国の地で祖国の民との戦闘』の方が凄惨とは、特に地球人にとっては精神的な苦痛が大きいだろう。とりわけレイナにとって、『施しを与えられる距離にありながら、施しが絶対に届かない』状況は、辛いという言葉だけでは表現しきれない苦悩をもたらしているだろう。
「…………」
それでも、心にわだかまるものを抑えつつ、レイナが顔を上げた矢先、契約者を突破して襲撃者の一人が三両目へ踏み込まんとする。巻き添えを恐れ消極的にならざるを得ない中の、一瞬の隙を突かれた結果であった。
「結をやらせはしない!」
踏み込んだ襲撃者が銃を構えた、そこに仁科 美桜(にしな・みおう)が立ちはだかる。銃に剣と相性悪い上、場所的な制約も重なり、ほぼ“肉の盾”にしかならないことが予想されながらも、『結を護る』その意思が美桜を駆り立てた。
(武器を落とせば、勝機はある!)
ただ一点だけを狙い踏み込む美桜を、銃撃が襲い、たちまち抵抗力を奪い取る。それでも、後方からレイナ、結と続く癒しの力が間に合い、美桜は足を止めることなく襲撃者に接近することが出来た。
「やああっ!」
突き出した剣が、構えた銃を弾き、その先にあった襲撃者の胸元に突き刺さる。致命傷を受けた襲撃者の顔を覆っていた布が剥がれ、表情が露になる。
「…………」
その瞳は、既に何も映していないように、虚ろであった。
「……!!」
言い知れぬ恐怖におののいた美桜は、剣を抜いて飛ぶように後ずさる。結果としてそれは、自らの負傷を免れることに繋がった。
襲撃者は直後爆発し、人間が有しているありとあらゆるモノを撒き散らす。だがそれは壁に地面に張り付いた直後、バッ、と蒸発するように消え、後には爆発の衝撃で歪んだ座席だけが残る。
「美桜、美桜!」
背後から結の声が、徐々に大きくなっていくのを耳にしながら、美桜は糸が切れた人形のように地面に倒れ伏す――。
「チッ、この状況、ヤベェな。せめてコイツら引き剥がせりゃ、ちったあ派手に戦えんだけどよォ!」
武器を落とした襲撃者にボディーブローを見舞い、姿勢が下がったところに膝を撃ち込み、蹴り飛ばすと同時に後方へ下がり、爆発の影響を逃れた武が言葉を吐き出す。
「形勢は限りなく不利、といった所ね。……そういえばライザ、貴方が彼らに同行する理由を聞いていなかったわね」
銃弾と爆風が雨霰と降る中、ローザマリアがグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)に、まるで世間話でもするように語りかける。変に焦ったところで事態が好転するわけでもないことを理解しているからこその態度であった。
「借りを――返したいのさ。それがイングランド王、エリザベス一世として出来る、せめてもの恩返し故」
ローザマリアに答えたグロリアーナの脳裏に、過去の光景が映し出される。今より遙かに過酷で困難な状況を、ひっくり返すに至った気候変動は、今のEMU――つまり、昔でいえば個々の魔術結社――が寄与していただろうとの思いが、グロリアーナにはあった。
(襲撃者を引き剥がす……流石に一人一人投げるわけにもいきません……考えるのですルイ・フリード、どうすれば……!)
思考を巡らせたルイの視界に、車両と車両の繋ぎ目が入る。
……そうだ、襲撃者を一人一人投げられないのなら、まとめて押し出してしまえばいい。どこぞの王妃の発言改良バージョンを実際に呟いたかどうかはさておいて、ルイが飛び出し、繋ぎ目を覆っている板を剥がし、連結部分をむき出しにする。
「ルイ、何をするつもりだ!?」
ルイの行動を目にしてやって来たリア・リム(りあ・りむ)とシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)に、ルイが自らの考えを口にする。車両を切り離した上で、襲撃者ごと車両を押し出し、一般人と諮問会に参加する契約者を危険から遠ざけるのだと。
「ここで一般人と、諮問会参加者を守りきり、また私達も無傷で生還したならば、私達の力の証明になるでしょう。EMUの方々にも、表向きな影響はなくとも、心の中では何らかの影響があるはずです。
そのためにはこうするのが、私に出来ることだと気付いたのですよ!」
連結部分に向けて、ルイが拳を見舞う。しかし、流石にちょっとやそっとの衝撃で外れるようには出来ておらず、ビクともしない。そしてルイ本人も、決して万全の調子とは言えない。普通に動く分には問題ないが、戦うのに必要な力の入れどころが、頭と身体とで乖離している状態であった。
「まったく、ルイの力バカぶりには呆れるな! ……待ってろ、こういうのは必ず、手動で解除できる仕組みが備わっているはずだ。力を出すのはそれからでも遅くないだろう?」
呆れた表情を浮かべつつ、リアが車両の下をチェックし、それらしい機構を見つけて操作を行えば、鈍い音がして連結部分が外れる。
「リア、助かります! ……さあ、後は押し出すだけですよ!」
今こそ、鍛えに鍛えた肉体を存分に活かす時。力の加減が出来なくとも、『力を出す』ことなら出来る。
「ぬぐぐぐぐぐぐ……」
ルイが車両の間に身体を挟むようにして、懸命に車両を押す。顔は赤に染まり、筋肉が躍動するが、それでも車両は動かない。
(ニーズヘッグさんにも言いました、このような時のために、私は身体を鍛えてきたのだと!
今こそその成果を見せる時なのです!)
ルイのその意思に呼応するかのように、懐に入れていたニーズヘッグの鱗が光を放ち始める。
「ぐぐぐぐああああ……」
両腕が大木のように膨れ上がり、車両を押す。直後、キッ、と金属音をあげ、車両が動き出した。一旦動き出した車両は徐々に加速度を付加され、他三両の車両と引き離されていく。
「あああああああ!!」
咆哮と共に、ルイが力の全てを車両に押し付ける。先程まで動いていた時の速度を持って、車両がトンネルを抜け、開けた空間へと飛び出していく。
「おぉ〜、ルイすご〜い!」
拍手を送るセラへ、ルイがいつものスマイルを浮かべようとしたところで、力を出し切った反動が来たか、ルイが膝をつきそのまま地面に崩れ落ちる。小刻みに身体が痙攣し、もはや自らの意思で動かせないようだ。
「ルイ!? やはり無理が祟ったか……そこで大人しくしていろ、襲撃者から皆を、僕とセラが必ず護る!」
「誰か〜、ルイを治療してあげてね〜。それじゃセラは行ってきま〜す!」
リアとセラが、今度は事態を解決に導くべく、車両を追って駆け出す。
声すら発せないほどに疲労したルイはその後、レイナの癒しを受けてなんとか起き上がれるまでに回復したのであった――。
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