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リアクション
●イルミンスールの森
「よし……まだ埋まってはないみたいだな」
大樹の根元、絡まり合う根と根の間にぽっかりと開いた黒い穴を覗き込んで、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が頷く。
「エリザベートに匂いを消す魔法もかけてもらったし、この先を進めばザナドゥに行けるはずだよな」
「湿っぽい場所ネ、長居はしたくないワ」
肩に乗ったアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が自分の身体を気にするのを横目に、アキラは手にしたランプの灯りを頼りに道……というよりは土と土の隙間のような場所を進む。
事態を知ったアキラは、アーデルハイトなしにこの事態を収拾させるのは難しいと判断し、ザナドゥへアーデルハイトが向かったことを知ると、記憶を頼りにザナドゥへの入り口へ向かったのであった。街へ入る際、人間の匂いがすると危険なので、エリザベートにアレコレ言って魔法をかけてもらい――ただ、魔法を教えてもらうことは、エリザベートが天才肌で教えベタなので、叶わなかった――、万が一の時に戦う準備も整えていた。
「大ババ様は、ザナドゥのことに詳しそうだった。ブルタさんを監獄に送ったのも、大ババ様だ。
だから、監獄に行けば、行方不明になった大ババ様の手がかりが掴めるはず……っと」
自身の考えを口にしたアキラが、しかし立ち止まる。石が所々積み上げられたような形跡の残る周囲、そして前方は、ただの土の壁が広がるばかり。
「行き止まり……なのか?」
一応触ったり、押してみたりするものの、壁はうんともすんとも言わない。
「何か、この前と違った様子とかないのカシラ?」
「う〜ん、見たところ違いはねぇはずなんだ……ん? そういえば……」
アリスに問われて、アキラは一度この場所を通った時に得た、何かよく分からない、強い違和感を呼び起こす感覚が今は得られないことに気付く。あの時は得られなかった、木の呼吸、道管を流れる水の音、湿った落ち葉、虫のかさかさと動き回る音も、少し感覚を研ぎ澄ませれば聞き取れる。
「……ってことは、この先はもう、ザナドゥに通じてないってことになるのか」
手がかりを絶たれ、アキラが悔しげな表情を浮かべる。
「マ、他にも同じような場所が、あるかもしれないワネ」
「それを探すのかぁ? この、一日で様子が変わることだってある森で」
イルミンスールの森は、今も日々成長を遂げている。昨日あった目印が、今日になったらなくなっていることだって、あり得ない話ではない。
「とにかく、外に出ましょうヨ。身体が水っぽくてたまらないワ」
肌の様子を気にするアリスを連れ、ともかくこの場にいては始まらないと、アキラは元来た道を辿り、再び大樹の根元まで戻って来る。
「同じような場所ったってなぁ……あ」
腕を組んで考えていたアキラは、そういえば、と思い至る。ザナドゥがザンスカールの地下にあって、その地下に最も近い場所が、イルミンスールの森にはある。
「……行ってみるか」
呟いて、アキラは箒にまたがり、該当する場所へ向かう――。
「確かに、これだけの大穴、ザナドゥまで繋がってるかもしれないワネ」
二人が到着したのは、かつてイルミンスールがそびえ立っていた場所。底が見えないほどに深い穴からは、得体の知れない感覚が沸き上がってくるようであった。
「このまま落ちていって、いきなりザナドゥの街についたらどうする?」
「怖いこと言わないデヨ。もしそうなら、とっくに魔物がイルミンスールに攻め込んで来てるワヨ」
そりゃそうだ、と言って、アキラは箒にまたがった姿勢のまま、穴の先へと降りていく。少しずつ光が届かなくなり、そして元々イルミンスールの根の長さくらい降りたところで、見えてきた地面に危うくぶつかりそうになる。
「っと、あぶねぇあぶねぇ。……やっぱりここも、行き止まりか」
箒から降りたアキラは、強い違和感を覚えながら、周囲を見渡す。どうやらここがザナドゥと無関係でないのは確からしいように思えたが、確証を持てる証拠もない。
「……掘ってみるか?」
「このパターンだと、徒労に終わりそうネ」
ダメ元で、アキラはスナジゴクに地面を掘らせてみる。……しかし、いくら掘ってもそれらしい手がかりは得られない。とうとう、スナジゴクの方が掘るのを諦めてその場で眠ってしまった。やっとの思いでスナジゴクを回収した頃には、日も暮れ、アキラにかけられた魔法も解けてしまった。
「ま、得るもんは得られたし、このくらいにしておくか」
「すっかり土まみれネ。早く帰ってキレイにしてもらいたいワ」
そして二人は、その場を箒に乗って去るのであった――。
●イナテミス:イナテミス総合魔法病院
『イナテミス総合魔法病院』、ここには先のイナテミス防衛戦で学生たちとの戦いに敗北し――彼女の名誉のために補足しておくと、二度の一騎討ちのいずれも、僅差ではあるが勝利を収めている――、今は捕虜の身分である“元”七龍騎士、アメイア・アマイアが入院し、治療を受けていた。
「……? どうぞ」
ベッドから起き上がり、窓から外を眺めていたアメイアは、扉を叩く音に振り返り、入室を促す。
「失礼いたします。突然の来訪をお許し下さい、アメイア卿」
入ってきたのは、峰谷 恵(みねたに・けい)とエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)であった。礼儀正しく振る舞う恵を認め、アメイアがフッ、と身体の力を抜いて窓から離れ、歩み寄る。
「いや、よく来てくれた。……思えば、ニーズヘッグ襲撃以来か」
どこか懐かしむような視線を向けるアメイアに、恵ははい、と答える。イナテミス防衛戦の折は、恵はウィール遺跡の防衛にアルマインで向かい、終戦後もゴタゴタがあって満足に会うことが出来なかった。こうして面と向かって二人が会うのは、エリュシオンに帰還するアメイアを仲間と見送った時以来である。
「身体の具合を案じていましたが……お元気そうで何よりです」
恵が見るアメイアは、既にほとんどの傷が塞がっており、二度に渡る一騎討ちで瀕死の重傷を負った身とは思えない回復ぶりであった。
「ああ、それもイナテミスの者が、私によくしてくれたからだと思っている。……私は結果として二度、この街の者たちに助けられたことになるのだな」
そう口にするアメイアの表情には、七龍騎士としてなのか、一人の騎士としてなのかまでは分からないまでも、恩を受けた者たちに対して返すべきという意思が見えるように恵には感じられた。
「アメイアさんが、今の待遇に満足されているのでしたら、何よりです。もし何かございましたら、気軽に仰って下さい」
エーファもそう口にしつつ、今のアメイアであれば味方になるかどうかはともかく、少なくとも敵にはならないだろうという思いを抱く。いつどこで敵の目が光っているか知れたものではない中、一騎当千の戦闘力を有する者の立場は、可能な限り把握しておきたい。
「ああ、ありがとう」
礼を言うアメイア、その表情には微笑みというものが付加されていた。
同じ頃、『ミスティルテイン騎士団イナテミス支部』を訪れたグライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)とレスフィナ・バークレイ(れすふぃな・ばーくれい)は、諮問会で配布する予定の資料をまとめていた風森 望(かぜもり・のぞみ)の協力を得て、それら資料の記憶作業に取り掛かっていた。何が起きるか分からない状況の中、資料を紛失する事態も有り得なくはない。共有を図っておけば、不測の事態にも対処できるだろう。
「記録が本分の魔道書、これしき造作無い」
片端から資料を読み通していくグライスに、同じ魔道書である伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)も渋々といった様子で付き合う。
「……そういえば思ったのじゃが、魔道書は人の姿で飛行機に乗るべきかの?」
資料から目を離さないまま、『山海経』が疑問を口にする。人の姿と魔道書の姿を両方取れる魔道書故の疑問であった。
「どちらか、という指示はありませんでしたが、旅費は可能な限り抑えて欲しいという通達はありましたよ。これが蒼空学園でしたら、何の問題もありませんでしょうにね」
蒼空学園にいたこともある望の発言に、グライスの警備をしていたレスフィナが口を挟む。
「とはいえ、もし手荷物として送れば、それを破棄される可能性もあるのでは。同行していれば、ワタシたちで守ることが出来る」
今も監視の目を怠らないレスフィナに、しかし手荷物としてベルギーに送ってしまえさえすれば、もし何かあって到着が遅れたとしても、間に合った人たちだけで発表を行うことが出来るのでは、との意見が入る。そしてしばらくの議論の後、魔道書は手荷物でベルギーへ、という結論になった。
「手荷物扱いされるのは初めてじゃよ、主……」
はぁ、と息を吐いて、『山海経』とグライスは資料の記録と確認に従事する。
そして、全ての準備が整い、いよいよ舞台は地球へと移ろうとしていた――。
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