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リアクション
●ホーリーアスティン騎士団本部
エーアステライトから渡された文面と写真を見たミストラルは、これらの処遇をエーアステライトと検討する。メニエスとパートナー以外の者を見下す傾向にあるミストラルだが、メニエスが一定の信頼を置いていると思われるエーアステライトを無下にするのは主人の意向に反すると汲んだが故であった。
「まず、イルミンスールの者がこちら側に接触を試みたこと、それ自体は利用しがいがあるでしょう。イルミンスールが一枚岩でないことを証明できることにもなります」
エーアステライトの言葉に、ミストラルも頷く。これは諮問会の場で、不穏な動きとして問わせることに決定した。
「写真の方は、議員の目は誤魔化せましょうが、契約者も同席している中ではいかがでしょうか」
「同様に超能力を有している契約者であれば、捏造と判明するかもしれませんわね」
ミストラルに意見を尋ねたエーアステライトが、写真の印刷された紙を折り畳み、袖の中に仕舞う。写真を使った追求は、写真そのものの真偽を追求される可能性があり、場合によってはホーリーアスティン騎士団の立場を悪くしかねないと判断され、しないことになった。
「最後に、イルミンスールの裏切り者という、彼については」
「……たとえこちら側に付こうとする意思がある者でも、メニエス様の存在が明るみに出る可能性がある以上、接触は控えてほしいわね。裏切りを行うような者は、二度、三度と裏切りを行うかもしれませんし」
余程の理由があれば、と付け加えたミストラルに、エーアステライトは思案し、珍しく楽しそうな感情を含ませて答える。
「イルミンスールは存続するのが当然と思っている議員方に、帝国に降った方がいいと訴える……是非ともミスティルテイン騎士団の代表として訴えて欲しいものですね」
再び、どういうことだ、と言わんばかりのミストラルの視線を受けて、エーアステライトはいいでしょう、とばかりに口を開く。
「我々ホーリーアスティン騎士団は、可能であればミスティルテイン騎士団を潰さず、手の内に取り込むことを目論んでいます。……それが叶わないのでしたら潰さざるを得ませんが、そうしてしまってはEMUの支持を得るのは難しくなってしまいますから」
エーアステライトの言葉はつまり、ホーリーアスティン騎士団、ひいてはEMUは、イルミンスールが滅ぶという結果は望んでいないことを示唆していた。それはもしかしたら、鏖殺寺院に代表される反シャンバラ派の考え――シャンバラ王国の解体、それは今や王国の一部として扱われているイルミンスールも例外なく――と食い違うかもしれない。しかし、今のシャンバラ王国がどのように成り立っているかを鑑みれば、ホーリーアスティン騎士団のやろうとしていることと、反シャンバラ派の考えに共通点が見えてくる。
「イルミンスールを潰すのではなく、イルミンスールをミスティルテイン騎士団の影響下から外し、その後に学校勢力からも引き剥がす。
……今のシャンバラ王国は、蒼空学園とシャンバラ教導団の二枚看板に、各地の学校勢力を加えて成り立っているようなもの。ですが、それはクロウリー様……十人評議会がお望みになられていません。メニエス様も無論、ご存知と思われますが」
十人評議会の目的は、『学校勢力主導によるパラミタ政策の否定』。
その一員である『クロウリー卿』もその目的に従い、現在はミスティルテイン騎士団の主導の元、シャンバラ王国の一部と化しているイルミンスールを王国から引き剥がす為、ホーリーアスティン騎士団を使い、ミスティルテイン騎士団に圧力をかけていた。あくまでEMUの目的である、魔法の復権と欧州の地位向上を目指す姿勢を見せつつ、十人評議会の目的を為そうとしているのであった。
そうして学校勢力が離れていけば、シャンバラ王国は体制を維持出来なくなると十人評議会――そして、クロウリーが真の代表を務めるホーリーアスティン騎士団――は踏んでいた。国としてあまりに脆弱なシャンバラは、学校勢力無しには他国と渡り合うことは不可能、そう読んでいたからである。
今のシャンバラ王国を潰すという点で共通が見られるからこそ、ホーリーアスティン騎士団は反シャンバラ派を取り込むことが出来たというわけである。
すると、アウナスの思想と、ホーリーアスティン騎士団の思想には食い違いが生じる。アウナスの思想は、エリュシオン帝国こそがパラミタを統べる唯一の国、であるが、ホーリーアスティン騎士団はそうは思っていない。これは無論、EMUも思っていない。それどころか、パラミタは地球によって統べられるべき、という点でむしろ一致している程であった。エーアステライトがアウナスのことを、ミスティルテイン騎士団の代表として発表して欲しい、と評したのは、以上の思惑が関係している。もしそんなことになれば、ミスティルテイン騎士団は一発でEMUからの信頼を失うだろう。そうなれば労せずしてホーリーアスティン騎士団はミスティルテイン騎士団を取り込み、EMUを掌握出来る。
「……相手もそこまで愚かではないでしょう。無論、我々も愚かな真似は致しません」
エーアステライトのその言葉は、アウナスのことは無視するという意思の表れでもあった。
「……分かりました。では、そのようにお願いいたします」
話は終わった、とばかりにミストラルが退室を促せば、エーアステライトは恭しく一礼して部屋を後にする。
(……今のことは、メニエス様にお伝えしておいた方がよろしいわね)
主を第一に慮る従者に相応しい態度で、ミストラルも部屋を後にする――。
●イルミンスール:ニーズヘッグの住処
校長室の直上に完成したニーズヘッグの住処を訪れた五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、そこにいた人間形態のニーズヘッグに、イルミンスールを守るために諮問会に出席することを伝えた上で、諮問会に出席する人たちのために、鱗か何かを一枚借りれないかと尋ねた。
「……何て言うかさ。ニズちゃんが悪く言われるのは、悪く思われるのは、とても嫌なんだ。
それにニズちゃんは私達の仲間で、大切な友人だ。こんな時だからこそ、共に在りたいな、って思うんだ」
ニーズヘッグの鱗に魔力を込め持たせることで、諮問会に出席する生徒たち、ひいては諮問会の人たちを守ることに繋がり、それはニーズヘッグが守った、ということにならないかな、と付け加えた終夏の話を、ニーズヘッグは黙って聞いていた。
「……話は理解したぜ。オリガにそこまで言われちゃあ、協力しねぇワケにいかねぇな」
言ってニーズヘッグが、背中に手を回したところで、ふと思い立ったようにニーズヘッグが終夏に問う。
「そういやあ、オリガの他に、オレの契約者は何人降りるんだ?」
「えっと、確か……」
終夏が、地球に降りる予定のニーズヘッグの契約者を指折り数える。終夏を含めて七名いるようであった。
「わりぃが、そいつらオレのところに呼んでくれねぇか。オレはその間、そいつらに渡す鱗を用意してっからよ」
「……ちょっと待って、まさか全員分用意するつもり?」
それは流石に……と言いかけた終夏を、ニーズヘッグが制する。
「オレの出てこれねぇところで勝手に死なれても困んだよ。オレはテメェらと契約してんだ、守るために何かすんのは当然だろ?
つうわけだから、連絡の方、頼んだぜ」
一方的に言って、ニーズヘッグが背を向け、奥に引っ込んでしまう。その姿はどこか、機織りの鶴を彷彿とさせる。……時折「いってぇ!」と声が聞こえてくるところが、神秘性もへったくれもないような気がするが、気のせいである。
「……ありがと」
終夏が微笑んで呟いて、該当する生徒たちに連絡を取っていく――。
「チビの代わりに地球に降りるテメェらに、オレが守りの品を用意したぜ。こいつを持ってりゃ、もし何かあったとしてもテメェらを守ってくれる。
ついでに、こいつを付けてその何だ、諮問会ってヤツに出りゃ、ちっとは見る目も違ってくんだろ」
しばらくして、ニーズヘッグの元に集まった者たち――ルイ・フリード(るい・ふりーど)、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)、沢渡 真言(さわたり・まこと)、赤羽 美央(あかばね・みお)、関谷 未憂(せきや・みゆう)、そして終夏――を前に、ニーズヘッグが送り出す挨拶をする。もしニーズヘッグの言葉をエリザベートが聞いていたら、「チビって言うなですぅ!」とでも返ってきそうだが、エリザベートは別件でこの場にはいなかった。
「そういやルイ、この前の戦いで死にかけたって聞いたぞ。……ま、あん時はオレも十分な援護が出来なかったってのもあっけどよ、降りて平気なのかよ」
「ニーズヘッグさんの仰ることは事実です……が、例え病み上がりだろうと皆さんの為、このマッスルボディは元気一杯ですよ!
このような時のために、鍛え続けてきたのですから」
マッスルアピールをするルイは、少なくとも表面上は何ともないように見える。
「……ケッ、そんな目向けられちゃ、止める気もしねぇよ。
いいか、五体満足で帰って来い。まだテメェと酒飲み交わす約束、果たしてねぇんだからな」
言って、ニーズヘッグがルイに鱗を渡し、送り出す。
「前回の戦いでは、皆さんの力で『犠牲者ゼロ』を成し遂げることが出来ました。今回もそれを引き継いで、成し遂げたいと思います。
傷つけたいわけでもなく、争いたいわけでもなく……私は、イルミンを護る人を護りたいです」
もしかしたら起きてしまうかもしれない争いに対する心構えを口にした結和の言葉を、ニーズヘッグが聞き届ける。
「オレもそれでいいんじゃねぇかって思うぜ。ま、行って来いよ。ユウワがやりてぇって思うことをやってこい」
言って、ニーズヘッグが結和に鱗を渡し、送り出す。
「……あまり、こういった状況での訪問はしたくありませんでした。ですが、直接EMUに赴いて発言する機会は今後、恵まれないでしょう。
我々契約者の姿を見てもらい、今パラミタでどんなことが起こっているか、そして、我々もこの状況で負けていないことを伝えられればと思います」
諮問会へ臨む決意を述べた真言の言語を、ニーズヘッグが聞き届ける。
「オレもそれでいいんじゃねぇかって思うぜ……同じことばっか言ってんなオレ。まぁいいや、行って来い。無事に帰って来いよ」
言って、ニーズヘッグが真言に鱗を渡し、送り出す。
「ドイツはライン川が有名で、ローレライという人々を魅了する歌声を持った乙女の伝説が残されているそうです。
いつか世界に本当の平和が訪れた折には、その伝説が残る地を訪れ、人々を魅了するような歌を口ずさんでみたいものです……」
ザインの言葉を聞き、ニーズヘッグが感想を漏らす。
「ふーん、地球とやらもなかなか面白ぇ所みてぇだな。……ま、オレがパラミタを離れるのはヤバそうだからな、直接見ることはそうそうねぇだろうが。ザイン、イナテミスの方もオレが見ててやっから、無事に戻って来いよ」
言って、ニーズヘッグがザインに鱗を渡し、送り出す。
「正直な所、急に大ババ様が居なくなったのは、少し身勝手では? と思ったりもしました。
……でも、信用していた人間に裏切られることは、大ババ様ほどの方であっても、傷つくものなのでしょう。
そして、それでも尚、私達生徒を信用してるからこそ、暫くは空けていても大丈夫だと、自ら魔法学校を離れたのではないでしょうか。
……その可能性が少しでもある限り、アーデルハイト様の帰る場所、私達が正々堂々と守りきってみせます。
私達はイナテミスの盾であると同時に、イルミンスールの盾でもあるのですから」
少しだけ、表情を硬くして意思を告げる美央に、ニーズヘッグが言葉を掛ける。
「まぁ、思うところがあるんだろうな、とだけ言っておくぜ。オレはよく分かんねぇしな。雪だるま王国の方はま、オレに任せとけ。
……そういやあ、ウィール支城の修理もしとかねぇとな。後で精霊ん所に話つけてくっか……?」
何かを呟きつつ、ニーズヘッグが美央に鱗を渡し、送り出す。
「私は諮問会で、精霊との絆について報告をしたいと思います。イルミンスール生として恥ずかしくない振る舞いを、心がけたいと思います」
「ま、ミユウなら大丈夫だろ。精霊の話ってことは、プリムも連れてくのか?」
「はい。プリムは今、セイラン様とお話をしています。精霊長のお言葉を伝えることが出来ればいいと思いましたから」
「……そうですか。イナテミスにエリュシオンが攻め込んで以後、落ち着かない事態が続いていますわね」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)に付き添われる形で訪れたプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の言葉――実際は殆どをリンが説明していた――を聞いて、セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)がイナテミスの、イルミンスールを憂いる言葉を口にする。
「ですが、この事態も必ず、人間と精霊、イルミンスールとイナテミスが力を合わせれば、乗り越えられると信じています。結んだ絆がそう易々と解けるものでないことは、プリム、あなたもお分かりでしょう?」
「……はい……セイラン様……」
セイランの言葉を受けて、プリムがこくり、と頷く。
「今の言葉は、五精霊の言葉として、お伝えになって頂戴。よい便りを、待っていますわ」
微笑んで、セイランが二人を送り出す。
「……これで一通り、挨拶は済んだな。あー……慣れねぇことしたから、身体が固まっちまったぜ」
その場の者たちに鱗を渡し終え、出立を見送ったニーズヘッグが、大きく伸びをする。
「ニズちゃん、私への挨拶がまだだよ」
「あぁ? んだよ、渡すもん渡したし、いいだろ……あー分かった分かった、そんな目で見るなっての」
終夏用の鱗と、諮問会参加者用の鱗――流石に全員分の用意は無理だったので、ミスティルテイン騎士団として活動してきた二名に託すつもりであった――を持ったまま、視線を向けてくる終夏に負けて、ニーズヘッグが口を開く。
「無事に帰って来いよ。またウメェもんでも食わせろ」
「ふふ、分かったよ。……じゃあ、行ってくるね」
微笑んで、終夏がくるり、と背を向け、ニーズヘッグの住処を後にする。
「……ま、後はヤツら次第、だな」
一人になった部屋の中でニーズヘッグが呟いて、彼らが地球に降りている間に済ませるべき事柄の準備に取り掛かる――。
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