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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション

 撃ち込まれる無数の弾丸に、乗客は、そして契約者たちは鮮血をこぼし、身体を震わせながら息絶える――かに見えた。
 しかし、実際はそうならなかった。その事態にまず気付いたのは、先制攻撃を見舞った襲撃者の方であった。

「ここで皆さんを護り切れなければ、責められる口実になるでしょう。……ですが、護り切ってしまえば逆にアピールすることも出来ます。
 一人たりとも、喪わせる真似は致しませんよ? この危機、存分に利用させてもらいます」

 異変を察知して射撃を止めた襲撃者の前に、鷹野 栗(たかの・まろん)の声が聞こえ、視界を覆い尽くすような蔦の壁が広がる。銃弾は全てその壁に吸収され、後方の者たちへの被害を防いでいた。

「諮問会まで何もなければいいけど……多分、何かしらあるよね。相手がどこから来て、強さがどのくらいかも分からない……。
 ヴァズデル、こんなこと聞くのも失礼かもだけど、どうしたらいいだろう?」
 ウィール遺跡を訪れた栗に対し、ヴァズデルは思案した後、こう答える。
「事前に対策を講じるのは、もちろん大切だ。しかし、どれほど対策を講じたところで、先手は敵の手中にある。
 肝心なのは初撃……それを抑えることが出来れば、事前の対策が生きてくる。……栗、これを持って行くといい」
 そう言って、歩み寄ったヴァズデルが栗に手を差し出す。そこには、植物の種のようなものが載っていた。
「この種に魔力を込めることで、蔦の壁を張ることが出来る。一度きりだが、先程言った、敵の初撃を食い止めるには十分だろう。
 ……本当は、あなたが行くことに私は、強い不安を感じている。けれども、イルミンスールの窮状は私も知っているつもりだ。危険であっても足を踏み入れねば、得られぬものもあるだろう。
 だから、私は栗をここで待っている。事を為して、そして無事に帰って来て欲しい」

 地球へ降り立つ前にヴァズデルと交わした言葉を、栗は思い返す。ヴァズデルから譲り受けた種は、見事に敵の初撃を防いだ。
(そして、ここからは私達だけで、危機を切り抜けなければいけない)
 そうすることで初めて、エリザベートやアーデルハイトなどの力を借りない、純粋たる生徒たちの成果として挙げることが出来る。最終的な評価は他人がするものとはいえ、自信を持てる成果を手に入れることは、それだけで自分たちの自信になる。
 護りを固めた栗に対し、襲撃者は銃撃では壁を突破することは無理と踏み、魔法の詠唱に入る。おそらく炎の魔法で蔦を焼き切り、突破を図るつもりのようだったが、直後に放った炎弾は襲撃者の手元を離れた矢先、まるで線香花火の火種がポッ、と落ちるように消えてしまった。

 理解せよ!
 魔女の操る古言葉
 罪は廻りて汝を縛り
 我が言葉こそ罰となる


 魔法を封じられ、隙を晒した襲撃者に、詠唱を終えたループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)の氷術が襲い掛かる。足元を這う冷気に触れた襲撃者が、瞬く間に足元を凍らされ、身動きを封じられる。あるいは腕を凍らされ、銃を取り落として攻撃の手段を失う。
(……しゅうげき、昔から、たくさんあったよ。とめられなかったよ、ずっと、ずっと。
 ……もう、このloopは、くりかえしちゃだめ。だから、ルーは鷹野といっしょにたたかうの!)
 次の詠唱に入りながら、ループは過去にもこうして、襲撃を受けて誰かを護るために戦いをしていたのではないかと思う。
 生物の歴史あるところに襲撃の歴史があり、自分がどの襲撃に巻き込まれていたのかは分からない。……だけど、この襲撃だけは、一人の犠牲も出さずに防ぎ切りたい。
 それできっと、悲しい思いの輪環は、断ち切られると思うから。
「かたまっちゃえー!」
 襲撃者が回復し切る前に、ループが再び冷気を見舞う。襲い来るそれらに、襲撃者は容易に態勢を回復できずにいた。


 先頭車両から逃げてきた乗客が、津波のように誰も彼もを吹き飛ばしながら、我先に後方の車両から外へ逃げようとする。両脇を塞がれた状態では、先頭と一番後ろの車両からしか、外へ満足に逃げ出すことが出来ない。
「落ち着いて! もう敵は追ってこないわ!」
 そこへリカインの声が飛ぶと、乗客の多くはまるで磁石に吸い付けられた砂鉄のごとく、その場に留まる。契約者の言葉は時に、人々の意識に作用し、放った言葉通りに誘導させる効果をもたらすこともある。今回も、『落ち着いて』という言葉を植え付けられた乗客は、表情に恐怖を貼り付けながらも取り乱した行動をしたりはしなかった。
「や、やめてくれ〜、も、もう終わりだ〜」
 だからこそ、一部の混乱したかのように地面に頭を抱えて伏せる一般人が、リカインにはやたらと目についた。多分彼らは、一般人を“装っている”、直感でリカインはそう判断する。
 後は、出来るだけ多くの仲間に、目星を付けた不審者を知らせる必要がある。リカインは乗客を不安がらせないよう平静を装い、車両の後方へと足を運ぶ。幸い、直ぐ近くにフィリップとルーレン、それに数名の生徒を見つけることが出来た。彼ら一行もまた、特に取り乱すことなく、周囲の者たちを安心がらせることに従事していた。
「手短に言うわ。……一般人の中に、襲撃者が紛れてる。武器を持たずに来たから、乗れたんだと思う」
 視線だけでリカインが、目星を付けた一般人を示す。二両目の乗客中、十数名を指定し、フィリップとルーレン、それに近くにいたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)がそれらの特徴を覚える。これで二両目は、両サイドの襲撃者に対して対策が取られたことになるだろう。
「それじゃ、ここは任せたわね。私は三両目に行って、同じことをしている一般人がいないかチェックしてくるから」
 言い残して、リカインがその場を後にする。自分と同じ、イルミンスールの生徒でない生徒も自分の役割を果たすため行動を起こしているのを見て、メイベルは改めて護衛を全うしようと思い至る。
「お二人のことは、私達が必ずお守りいたします。……気がかりなのは、ノルベルト・ワルプルギス氏の安否ですが……」
 ここに襲撃があった以上、ターミナル1で到着を待っているというノルベルトの所にも、襲撃があっておかしくない。メイベルの心配はそれを見越してのものだったが、次いで放たれたルーレンの言葉には、それらの心配を打ち消す――人によっては、驚くかもしれない――効果があった。
「ノルベルト様の所へは、一部の契約者を向かわせてあります。その方々がノルベルト様の護衛をなさる分、ミスティルテイン騎士団の方々に動いていただき、事態が広まる事のないようにしてもらう旨を、頼んであります。……尤も、ノルベルト様もその辺りは承知していると思われます」


●フランクフルト国際空港:ターミナル1

「……何?」
 ドイツのフラッグキャリアが管理するラウンジで、厳重な警備に囲まれながら契約者の到着を待っていたノルベルトは、傍に寄って来たミスティルテイン騎士団の者に『契約者が何者かに襲撃を受けている』という内容の連絡を受け、表情を険しくする。と同時に、『契約者の一部が先行してこちらに足を運び、事態を通達してくれたと共に、護衛を希望している』旨の言葉を受け、心持ち表情を和らげる。
「そうか、分かった。……お前たち、襲撃のあった地点に行き、事態が広がるのを防ぐのだ。ドイツ国内のことは契約者より、我々の方が詳しい。ここで我々が動かねば、諮問会に到着する前に決着が付きかねん。折角の機会を無駄にしてはならんのだ」
 ノルベルトの命を受け、それまで護衛に付いていたミスティルテイン騎士団の者が数名、現場へ急行する。
「訪ねてきた契約者を、私の下へ」
 言葉は直ぐに実行に移され、そして入ってきた契約者へ、立ち上がったノルベルトが挨拶をする。
「遠路遥々、よく来て下さった。……状況は聞いている、私の下へ駆けつけてくれたのは嬉しいが、その、大丈夫なのだろうか。
 ああいや、君たちの力量を疑っているわけではないのだ。ただ、ザンスカール家の当主様がお越しになられていることが知れれば、襲撃側も何としても排除を目論むやもしれぬ」
 ノルベルトの方に戦力を割くことは、襲撃者を迎撃する方の戦力が減ることになる。自らももちろんそうだが、ルーレンとフィリップも今回の諮問会の行方を左右する、重要人物である。もしここで喪われるようなことがあれば、事態は決定的に悪化することが容易に予想できるため、ノルベルトの心配も致し方ない――由緒あるミスティルテイン騎士団の当主としては、いささか心許ない部分があるのは否めないが――と言えよう。
「一部の生徒を先行させる案は、ルーレンさん自身が提案したことでした。故に私は、残った者たちで襲撃を防ぎ切れると信じ、今この場にいます。ノルベルトさんもまた、これからの諮問会に大切な方なのですから。私たちで必ず、お守りいたします」
 言い終え、出過ぎた真似を謝罪するように一礼した神野 永太(じんの・えいた)の言葉に、ノルベルトはようやく安心したようで、表情を和らげて「では、よろしく頼む」と答えた。
「……ところで、ここより先はやはり、空路を使う予定でしたでしょうか」
 ノルベルトがラウンジにいるということから、質問というよりは確認の意味で、永太がノルベルトに尋ねる。
「あ、それ俺も気になってた。まさか徒歩はねぇよな、車? って思ってたけど、飛行機で移動って、なんか危なくねぇか?」
 疑問に思っていた話題が聞こえてきたのか、椎堂 紗月(しどう・さつき)が横から話に混ざる。
「確かに空の便であれば時間も短くて済むし、一度に移動することが出来るでしょう。ですが、リスクも合わせて大きくなると思うのです。失礼ながら、もし私が襲撃側に立った際は、飛行機に爆弾を仕掛け一網打尽にしようと試みるでしょう。
 また、未然に防げたとしても、影響が空港に及べば長い時間足止めを食らうことになります。空港に長く留まればそれだけ、再び襲撃を受ける可能性も高まります。
 これらの懸念を考慮し、陸路……高速道路や高速鉄道でブリュッセルへ向かうことも考慮しておいた方が良いのではないでしょうか」
 永太の提案を含んだ言葉に、ノルベルトはうむ、と腕を組んで考え込む。ベルギー入りへのルート提案は他にも、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のパートナーであるエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)がやはり陸路のコースを、シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)は敵の待ち伏せの目を逸らす目的で、フランクフルトからマインツへ抜け、ライン川を下ってフランスへ入り、ストラスブール国際空港からブリュッセル入りというコースを提示してきた。
「誠に悲しいことですが、既に襲撃は行われ、生徒たちでなく一般の方々も巻き込まれてしまっています。
 生徒たちの安全を確保するのはもちろんのこと、一般の方々への危険も排除するべきではないでしょうか」
 ヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)を連れ、シャレンが安全性の面から迂回ルートの採用を提案する。そして、それらの提案を黙って聞き入れていたノルベルトが、組んでいた腕を解き、自らの考えを口にする。
「私個人としてなら、君たちの言うようにしたかもしれない。……だが、ミスティルテイン騎士団当主としては、君たちの提案は退けさせてもらう。
 もし迂回することを決めたとして、迂回したことは襲撃側に伝わってしまうだろう。襲撃側は我々を的確に襲撃してきたのだ、それだけの諜報機関を備えていると見るべきだろう。迂回路についても、迂回したことが判明した時点で絞り込まれてしまう。襲撃側の目的は、諮問会に参加する者たちの始末もあるだろうが、諮問会に参加させないことも含まれているはずだ。迂回を続ければ、彼らの目的は自動的に達成されることになるのだ」
 フランクフルトからブリュッセルまでは、直線距離で既に数百キロメートル離れている。そして、ブリュッセル到着から諮問会の開催までは、順調に行っても一日あるかないか――現地時間午後到着、翌日午前より諮問会の開催というスケジュールであった――。迂回して襲撃がない保証がない――それどころか、みすみす襲撃側に襲撃の機会を提供しているようなもの――以上、時間をかける結果になる迂回は避けるべき、という主張であった。
「また、到着が遅れた理由は必ず聞かれるはずだ。そこでたとえどんな理由を言ったとしても、『ミスティルテイン騎士団は襲撃を恐れた』という評価は必ず付いて回るだろう。パラミタ大陸ではシャンバラがエリュシオンの攻勢を受けている中、この評価はマイナス以外の何物でもない。敵に背を向けて逃げようとする者たちを、誰がEMUの代表として認めるだろうか。どれだけ発言が正しかったとしても、決して正当に受け取られはしないだろう」
 ノルベルトの放つ言葉は、決して否定出来ない。契約者が発した言葉が否定されない――しかし、賛同されるかどうかはまた別問題――以上、否定されることはない。
 それでも、契約者に取っては受け入れ難いものだろう。襲撃の可能性を認め、一般の人々を巻き込む可能性を認めながら、ある意味襲撃を受けなければならない事態を、どうして受け入れなければならないのか、そう考えるのは当然のことだろう。
「……意見は、覆りませんか」
 襲撃を未発に終わらせたい、そう考えていたシャレンが精一杯の抵抗を見せる。ここでもし別行動ということになれば、諮問会開催前に決着が付くようなもの。内部に不和を抱えた状態で、とても諮問会になど立ち向かえない。
「……私個人としては、非常に心が痛いよ」
 それだけを以て答えとするノルベルト。要は、ミスティルテイン騎士団はこのまま、飛行機でブリュッセル入りを目指す、ということであった。