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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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●カフェテリア『宿り樹に果実』

「やれやれ、ここでは敵にみすみす隙を晒すだけなのだよ。そうでなくとも今は大ババ様不在、主要生徒達が地上に向かっているというのに……」
「リリは心配性なのです。……ワタシも、エリザベートちゃんが最近リリと一緒で閉じこもりがちなのを、気にしてましたけどね」
「誰がヒキコモリだというのだ、ユリ? こうして現に外に出ているではないか」
「そういうのを屁理屈って言うんですよ、リリ」
 拗ねた様子のリリを宥めつつ、ユリがドーナツ作りを手伝っているミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)に声を掛ける。
「済みませんミリアさん、結局手伝ってもらっちゃって」
「いいえ、むしろ私の方が差し出がましい真似をしてしまったかしら」
「そんなことないです。リリはリリなりに、エリザベートさんを案じているんだと思います」
「ふふ、そうですね」
 微笑んだミリアが視線を向けると、そこにはエリザベートと、アーデルハイトの特別講義を聞きそびれたとの理由でエリザベートを訪ねてきた如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、ミスティルテイン騎士団について講義を行っていた。
「ですからぁ、ミスティルテイン騎士団は五千年続く、とぉ〜っても偉い所なんですぅ」
「先生! よく分かりません!」
 ……しかし、ろくに教えたことのない――というより、エリザベートはアーデルハイト以外に何か教えを乞うたこともない――エリザベートでは素人同然、玲奈はチンプンカンプンであった。そもそも玲奈は講義自体には参加していたものの、内容が難解で居眠り……おっと、これ以上は彼女の尊厳に関わるので止めておこう。ちなみに誰の擁護かは知らないが、リリも直前に魔法のレクチャーを受けたものの、エリザベートとリリとではそもそも魔法の捉え方が違うため、全く話が噛み合わないという事態が発生していた。
「もし万が一、その選挙とやらでホーリーアスティン騎士団に負けたら、どうなっちゃうの?」
 幾多の押し問答の結果、そこまで理解したらしい玲奈の質問に、エリザベートは腕を組んでう〜ん、と考え込む。
「……ホーリーアスティン騎士団の内、契約者が次のイルミンスールの校長としてやって来る、ですかねぇ。もし万が一そうなったとしても、どこの馬の骨にも、イルミンスールを好きにはさせませんよぅ!」
 グッ、とエリザベートが拳を握ったところで、ドーナツとハーブティーをトレイに載せ、ユリとミリアがやって来る。
「講義も一段落ついたようでしたら、休憩にしませんか? 今さっき、ドーナツが焼き上がったばかりですよ」
 トレイからは、出来立てのドーナツが甘い香りを漂わせる。
「いただくですぅ――」
「お母さん! 食事の前にはちゃんと手を洗わないとダメです」
 トレイからひったくるが如くドーナツを手にしようとしたエリザベートは、羽をはばたかせてやって来たミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に窘められる。
「ミーミル、今までどこ行ってたですかぁ?」
「ニーズヘッグさんと一緒に、フィリップさんとルーレンさんの見送りをしてきました。ニーズヘッグさんはその後、イナテミスに向かうと行って飛んで行きましたよ」
「そうですか、せっかくですからドーナツ、食べて行って欲しかったです」
 ミーミルの言葉を聞いて残念そうな表情を浮かべるユリ、しかしニーズヘッグがこの場に来れば、今あるドーナツだけでは到底、彼女? の腹を満たすことは出来ないだろう。
「後、リンネさんはアルマインの訓練場でもう少し訓練をするそうです。真剣でしたので誘えませんでした、ごめんなさい。
 あ、でも途中でエイボンさんとアリアさんに会って、お母さんに用があるそうなので場所をお伝えしておきました。もうすぐ来られると思います」
 ぺこり、と申し訳なさそうにしつつ、ミーミルがユリに、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が来る予定であることを説明する――。

「校長先生はカフェテリアかぁ。他にも生徒がいるって聞いたし、ボクたちと同じこと考えてたりするかな?」
 ミーミルからエリザベートの場所を聞いた二人、エイボンとアリアがカフェテリアに向かいながら話をする。二人は本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が諮問会に参加する間、どうしても守りの薄くなるイルミンスールに乗じてエリザベート襲撃、という事態が起こらぬように備えをするつもりでいた。
「そう……かもしれませんわね。まずは行ってみましょうか。……ミリア様もいらっしゃるのでしたら、より警戒しなければいけませんわね」
 エイボンの言葉に、アリアもうん、と頷く。涼介が帰ってきたら、イルミンスールと恋人が何者かに襲われてました、はあまりに辛い。
 大切な場所や人を守る、そんな意思を秘めて、二人はカフェテリアへの道を急ぐ――。

「ああぁ、ミーミルさんが謝ることないですよ。……じゃあ、そのお二方を加えて、ここにいる方で全員ですね」
 ユリが、ぐるりと視線を巡らせ、テーブルクロスの引かれたテーブルにドーナツとハーブティーをセットする。
「手洗ってきたですぅ! いただくですぅ」
「お母さん、皆さんを待ってからですよ」
「ひゃあ! ち、ちび、降ろすですぅ!」
 二度フライングをしようとしたエリザベートは、ミーミルに抱え上げられてジタバタ、ともがく。
「ドーナツは逃げませんよ。……皆さん、準備はよろしいかしら?」
 ミリアが一通り視線を巡らせ、皆の準備が出来たのを確認して、小さなお茶会の開催を告げる――。

 そして、少人数ながらも賑やかな時間が流れていく。
「まったく、一体この好機に何をやっているのだ。まったく……」
 結局、さしたる事件が起きなかったことに、リリは拗ねた様子でドーナツをめいっぱい頬張っていた。
「ミーミルさん、ヴィオラさんとネラさんはあれから、連絡を取ったりしていますか?」
「はい、時々連絡が来ますよ。カナンはまだ情勢が不安定だから、内海を渡ってシボラ方面に出る予定だ、とは聞いています」
 同行者と共に、残る『聖少女』の手がかりを得るためにイルミンスールを出たヴィオラネラは、どうやらシボラ方面に向かうつもりのようであった。パラミタ最初の土地と言われるシボラなら、古い時代の手がかりももしかしたらあるかもしれない、とのことであった。
「むぐむぐ……そういえばさっきの話で、ホーリーアスティン騎士団の代表、って言うの? それがエーアステライトって人だってのは聞いたけど、一体何が目的なのかしらね」
 ドーナツを頬張りながら、玲奈が漏らした呟きに、リリの動きがぴた、と止まる。
「ミスティルテイン騎士団を蹴落として、EMUを我が物にしたいだけですぅ! ろくに顔も見せない人なんて信じられないですぅ!」
 ぷんすか、と怒るエリザベートから、ドーナツの欠片が飛び散り、お母さんお行儀が悪いです、とミーミルに窘められつつ口元を拭われる。

 色々と話がなされつつ、お茶会の時間は過ぎていく――。


●イルミンスール:アルマイン訓練場

「ファイア・イクス・アロー!」

 雷を纏った炎が真っ直ぐに飛び、空間を裂いてそして結界に吸収されるように消えていく。それを放った、中世の騎士を彷彿とさせる風貌の機動兵器、『魔王』は同じ体勢のまま、角度を変え向きを変え二発、三発と連続して炎を放つ。

「リンネ、発射が早いんだな。まずは焦らず、動きを止めてから発射するんだな」
 炎が飛んでいった先を追っていたモップス・ベアー(もっぷす・べあー)の指摘に、ふぅ、と息を吐いて、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が振り返って答える。応じて『魔王』も、弓を構えるような姿勢を解いた。
「連続して同じ魔法を撃てるのはいいけど、やっぱり勝手が違うね〜」
「リンネは直接魔法を使ってきたから、道具を使った感覚に慣れてないだけなんだな。少し訓練すればいずれ慣れるんだな」

 たとえば何かを持つ動作をしたい場合でも、自分の身体を使って持つのと、自分が持っている道具で持つのとでは、全く同じにはならない。
 そして、機動兵器も結局のところは道具である以上、生身で戦う時とでは感覚が異なる。他の機動兵器と比べて直感的動作が多いアルマインにもそれは当てはまる。搭乗者は『魔法を撃っている』感覚ではあるが、挙動は銃などの火器を持って撃っている状態に近い。振り向き動作にかかる時間を考慮しなければ、狙いは大抵『振り向いた方向より手前側(左に向けば右にずれ、上を向けば下にずれる)』にずれることになる。

「そうだね! よ〜し、リンネちゃん頑張るぞ〜!」
 グッ、と拳を握って、リンネが一対の水晶に両手を置く。『魔王』はそれに応じ、再び弓を構える姿勢を取る。
 同じ魔法を、魔力が続く限り連続して撃てる――魔法を切り替えたい場合はその都度詠唱し直さねばならない手間はあるが、機体が動けさえすれば攻撃出来る(『武器破壊』はされない)利点がある――ことに気付いたリンネは、その特徴を最大限に活用できるように、こうして訓練に時間を費やしているのであった。
(……本当は、リンネもフィリップやルーレンと一緒に地球に降りて、諮問会で発言したっていいんだな。ミスティルテイン騎士団所属で、ロイヤルガードで、『アインスト』のリーダーでもある以上、色々と発言は出来るはずなんだな)
 リンネの背中を見つめながら、モップスが思案に暮れる。実際、モップスは事前に、リンネに何故地球に降りないのかを尋ねていた。
「ほら、フィリップくんとルーレンさんが行くんでしょ? これでリンネちゃんまで行っちゃったら、この子を誰も動かせないし。
 ……多分、この子の力は、これからも必要だと思うから。だから今の内に、二人だけで動かせるようになっておいた方がいいかなって」
 リンネの返答に、モップスは反論出来なかった。ルーレンがザンスカール家当主の地位を継いだことで、フィリップ共々、そう易々と前線には出てこられなくなる。もしリンネとフィリップ、どちらかしか『魔王』の乗り手になれないとして、どちらを選ぶかという話になれば、リンネになるだろう。性格的にも、フィリップは後衛向き、リンネは前衛向きな面が感じられるのもあった。
 ルーレンが、そしてフィリップが、自分に最も相応しい役割を果たそうとしているのなら、じゃあ自分に最も相応しい役割は何だ、とリンネは考え、結果、『魔王』に乗って戦うこと、を選択したのであった。
(……リンネがそう選択したのなら、ボクはそれに従うだけなんだな。
 大丈夫、ボク以外にも、リンネを見ててくれる人がいる。後はリンネがやりたいようにやれれば、それでいいんだな)

(なるほど、そういう意図があったとはな。確かに、こいつはイルミンスールにとって貴重な戦力だ。イルミンスールの為を思えば、一理ある選択と言える。……博季、いい女に惚れたな)
 音井 博季(おとい・ひろき)から『イルミンスールを、リンネさんを護ってほしい』と頼まれイルミンスールに残っていたコード・エクイテス(こーど・えくいてす)は、モップスからリンネが残った理由を聞いて、納得といった表情を浮かべる。
 皆が皆、最適と思われる役割を選択して、行動する。時にその行動が間違っていることはあるかもしれないけど、行動すること自体は決して責められるものではない。行動することを止めた時が、その人個人の、そして組織の終わりなのだから。
(俺様も、俺様の役割を果たさないとな)
 そう思い至ったコードは、リンネが訓練を終えるまで、何かあった際に直ぐに博季に伝えられるよう見守り、休憩と食事を兼ねて『宿り樹に果実』へ向かう二人に同行して、可能な限り地球の状況を伝えられる手筈を整えたのであった――。