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リアクション
●イルミンスール大図書館
薄暗い空間の中を、光を放つ紙で出来た使い魔が飛んでいく。その後を、トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)が見失わないように付いていく。
「図書検索が出来るのはよいが、持って来てはくれぬのか……お、そこだな」
備え付けの端末を利用して、花妖精についての資料を手に入れたトゥトゥが、ふむ、と満足気に頷く。最初検索が出来ると言った時は、犬養 進一(いぬかい・しんいち)はかなり驚いていたが、自分だって寝ていたわけじゃない。
「資料は余が探して持ってきてやる! だからシンイチは、書物を読むのに専念するのだ」
本を抱えて、トゥトゥが進一のいる場所へと向かっていく――。
「ふむ、見つけたぞ。今回の事例は、一部欠損した状態からの回復……」
その頃進一は、自習室でトゥトゥから受け取った本を読み漁り、必要な情報を集めていく。その情報は、進一の下を訪れた崇徳院 顕仁(すとくいん・あきひと)によって、現地の者たちへと伝えられていた。
そもそも、今回何故このような展開になったかといえば――。
「まさか、大図書館に資料がないとは……。つまり、前例がないということか?
さて、どうしたものか……これが俺にできる限界、か……?」
資料が見つからず、途方に暮れていた進一の背中に、声がかかる。
「急に呼び止めてすまない。少し、協力して欲しいのだ」
「ふむ……なるほど、事態は把握した。その資料なら流石に、ここにあるだろう。必要な情報をまとめ、連絡を取ろう」
現れた顕仁から事態を耳にした進一は、今自分が取り掛かっている事象が暗礁に乗り上げていたこともあり、協力を約束する。
「……なに? ……ふむ、分かった。聞いてみよう」
携帯を仕舞った顕仁が、現地から寄せられた質問の回答を得るべく、進一に尋ねる。
「花妖精の回復のため、血を捧げるという案があるのだが――」
「血を!? それは止めた方がいい。
インドの叙事詩に、『悪魔が血を撒いて、神聖な儀式を邪魔する』という記述がある。何故インドかというと、パラミタの地名は地球の古代インドやチベットの地名に酷似しているから……と、これは失礼」
コホン、と息をついて、進一が仕切り直す。
「ともかく、古典の記述には従った方が無難だろう。現地へ伝えてくれ」
「承った」
回答を得た顕仁が、現地に向かった茅野 菫(ちの・すみれ)、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)へそれらを伝えるべく携帯を取り出す――。
●イルミンスールの森:クリフォト根元
「娘を救えるのは私だけ!! これは私の仕事よ!!」
「君の熱意は分かる、だが方法が過激ではないか?
君の他にもこれだけの者たちが、花妖精を助けようと集まってきてくれた。無論、俺もだ。
だから、突っ走った行動は謹んでもらえないだろうか」
衰弱が見られる花妖精を助けるべく、自らの足首を切り裂いて血液を投与しようとした多比良 幽那(たひら・ゆうな)を、緋桜 ケイ(ひおう・けい)に同行を願われる形でやって来たケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)が羽交い絞めにして止める。
「離して! これが私の生き様よ!
取りこまれる? 養分にされる? 上等! 人外化? 幻獣化? それも上等!
全ては植物愛! 私が愛する植物にされるなら本望!
どんな毒を持つ植物でも私は愛する! どんな力を持つ植物でも私は愛する! どんなに嫌われてる植物でも私は愛する!
私は!! 全ての植物の母になる!!
そして植物の為なら私の命はどうなっても構わない!! 私はあの子を救う為に全力を、命を、全てを尽くす!!」
幽那の植物に対する“愛”を聞かされたケイオースが、何とかならないかという思いを込めてアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)に視線を向ける。
「あー、その、なんだ、我には母は止められんぞ」
視線を逸らすアッシュ、自身も花妖精という植物である以上、幽那の発言にまんざらでもないので、強く言えない。
「何か揉めてるみたいだけど、血流すのだけは止めてよね。さっき図書館組から連絡あって、血を流すのはマズイって言ってたし。
あんただって、自分がしたことでこの子が暴走したり、苦しんだりするのは嫌でしょ?」
顕仁からもらった情報を伝えに来た菫の言葉で、幽那は少し大人しくなる。
「それにしても、まさかとは思ったけど何でこんな所に婆さんの花妖精がね――あら? この子、尻尾がちぎられてる」
花妖精に近付いた菫が背後に回ると、尻尾が途中から無くなっていることに気付く。
「そっか、怪我してるのね。それじゃ見つけて、治してあげなくちゃ。
パビェーダ、尻尾探すの手伝って――」
菫がパビェーダに言いかけたその時、上空からゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)とバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)の搭乗するイコン、『宇留賭羅・ゲブー・喪悲漢』が降りてきて、中からゲブーが飛び出してくる。
「見つけたぜ、かあちゃん! ううっ、こんなにしおしおプーになっちまって……。
かあちゃん、オヤツを食べろっ! ジュースも飲めー!」
変わり果てた姿にゲブーが涙しながら、戻って持って来たフードバーやジュースを与えようとする。花妖精なのでおそらく食べられるはずなのだが、それほど衰弱していたのか、花妖精は食べ物を受け付けない。
「ダメか……そうか、あの白濁液がいいのか?
よし、俺様の服にジュースかけて搾り出せばちょっと出るかもしれないぜ――」
ゲブーが実際に行動に移そうとした所で、背後からパビェーダのガントレット装備の拳が脳天を直撃、ぐったりと倒れ込む。
「……なんか、止めといた方がいいと思ったのよね。
でも、大分衰弱が進んでるってことよね。早く見つけなくちゃ。みんなも手伝って!」
事は一刻を争うと、菫がその場にいる者たちを先導する。
「菫、私は周囲の土地を清浄にする手立てを話し合うわ」
「分かった。まずは尻尾あるかどうか探して、なかったら別の方法考えなくちゃね。今の所出血はしてないみたいだし――」
そこまで話した所で、ガバッ、とゲブーが起き上がり、花妖精の背後に回る。
「なんてこった! かあちゃんの尾っぽが取れてるぜ!
……くんくん、かあちゃんのにおいがするぜ! 誰だ奪いやがったの、かえせやー! おっぱいもませろー!」
「ああっ、ピンクモヒカン兄貴、待ってくれよ!」
物凄い勢いで駆け出すゲブーを、バーバーモヒカンがイコンで追う。
「……何なのかしら、一体……」
その様子を見て、菫がため息をつく。菫がここを知ることが出来たのは彼のおかげでもあるのだが、彼がどうして花妖精のことを『かあちゃん』と呼ぶのかは理解できなかったし、理解するつもりもなかった。
「ケイオース、何か分かりそうか?」
「ふむ……原理としては、この花妖精が周囲にある瘴気を吸い込み、無害なものとして吐き出しているのが確認できる。
ただ、全ての花妖精が同じように、瘴気を吸い込んで無害なものとして吐き出せるわけではないようだ。元となっているアーデルハイトの花妖精も然り。……経緯を鑑みるに、アーデルハイトの魔力が花妖精に降りかけられ、この地に植えられたことで発生した、偶然の産物のように思えるが……」
ケイの言葉に、花妖精を調べていたケイオースが答える。イナテミスからウィール遺跡西の砦に向かおうとしていた所を、ケイから話を聞いて同行を決め、イコンに乗ってこの地までやって来たのであった。
「ケイオースがイナテミスを離れるリスクも十分に承知している……でも、侵食に対する切り札を見つけることが出来るかもしれないんだ。
頼む……俺と一緒に来てくれないか?」
元々砦には、イルミンスールの森の侵食を抑える装置――イナテミス精霊塔の技術『ブライトコクーン』を応用したもの――を設置するつもりでいたケイオースは、方法を見つけられれば有用と判断、他の精霊長に事を任せ、こうして調べ物をしている。
「花妖精がこうして浄化の力を発したのには、花妖精が浴びた液体に理由があると思うんだ。
この液体が何なのかが分かれば、同じ浄化の力を再現できるんじゃないか?」
ケイの意見を耳にしつつ、ケイオースが表面に僅か残っていた液体の残滓を回収、解析を始める。
「……水に脂肪、タンパク質、糖質、アミノ酸、ビタミン、他多数の成分含有……これは、乳だ。
その中でもヒトの出す乳に、成分量が最も似通っている」
「……乳? その、なんだ、まさかとは思うが……」
「状況から鑑みて、アーデルハイトのものだろうな」
「そ、そうか……」
この答えは、ケイにとって予想通りだっただろうか、それとも予想外だっただろうか。
「じゃあさ、花妖精にぼ……ミルクをかけても、同じ効果を発揮させられるだろうか」
「ふむ、それは検討の余地があるな。戻り次第試すことも視野に入れておこう」
そう答えるケイオースに、ケイは言った後であっ、と思い至る。ヒトの乳が鍵なのかもしれないが、ではそれは、どこから入手するのだ?
(……いやいやいや、俺は何を考えているんだ。そもそもサラは精霊……じゃなくて)
今頃は永久ノ キズナ(とわの・きずな)と共に作業に当たっているはずのサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)のことを考えたどうかは定かではないが、ケイが首をぶんぶん、と振った所で、にわかに森が騒がしくなる。
「む……魔樹より発せられる瘴気が強くなった。気をつけろ、何かが起きるかもしれん」
ケイオースが周りの者に警告を発すると同時、森の奥から菫とパビェーダ、イコンに乗ったゲブーとバーバーモヒカンがやって来る。
「婆さんの花妖精の尻尾、見つけたよ!」
「へへっ、見つけたのは俺様だぜぇ!」
「すげえよ兄貴! まさかホントに見つけちまうなんて、ホントすげえよ!」
バーバーモヒカンが賞賛する通り、アーデルハイトの花妖精の尻尾を、ゲブーは匂いだけで嗅ぎ分け、見つけてしまったのだ。これも幽那とは方向性が異なるであろうが、“愛”の成せる技であろうか。
「なんかマズイことになってきてんじゃない? 早く治療してあげないと――」
「……いえ、どうやら来てしまったようですね。やはり狙いはアーデルハイト様の花妖精と、治療しようとする私たちでしょうか」
周辺の警戒に当たっていた風森 望(かぜもり・のぞみ)の張っていた『ディテクトエビル』に、反応する複数の悪意。しかしこうして迎撃に出てくるということは、それだけアーデルハイトの花妖精の効果が大きいことを証明していた。
「私たちが時間を稼ぎます。皆様はその間に、花妖精の治療を。
お嬢様、よろしいですね?」
「もちろんよろしくてよ、望。無作法に穢してくれたお礼は、きっちり致しませんと」
弓矢を携えたノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)を連れ、望が魔族の迎撃に向かう。
(おせんちゃんからのメールですと、ジャタの森や校長室の方も大変な状況の様……。
ですがここは、それぞれの地にいらっしゃる皆様を信じましょう。私は今ここで、全力を尽くすだけです!)
校長室に残っている伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)からのメール、その内容はどうも不穏な雰囲気を感じさせるものであった。とはいえ心配した所で、こちらからどうこうできるものでもない。それよりも今は、出現した魔族を撃退し、イルミンスールの森を浄化へと導くこと。
「……見つけましたわ! わたくしの目を侮らないことね!」
高められた視力で、魔族を目視したノートが『セフィロトボウ』に『ティファレトの矢』を番え、放つ。光のように真っ直ぐ飛んだ矢は魔族を貫き、矢に貫かれた魔族は地面を転がって身体を痙攣させる。
(数は5……それほど密集していない、であれば今は、個別に対応しましょう)
状況を素早く読み取り、望が杖の先端から魔力の線を発射して、接近を試みる魔族を撃ち落としていく。戦場が戦場だけに、出来る限り森は傷つけまいと思っているが、数が多くなり密集して襲いかかって来るようなら、容赦なく全体魔法をぶっ放すつもりでいた。
「アーデルハイト様が護ろうとしたこの地を護ることこそ、私の務め。
それを侵すのならば、誰であろうと杖を向けるだけの話です」
二人、それぞれ意思を胸に矢を放ち、魔線を撃ち、魔族と相対する――。
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