百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

リアクション



●ウィール砦

 エリザベート一行の計画を耳にした土方 伊織(ひじかた・いおり)は、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)たち五精霊と今後の方針を検討する。
「校長せんせーも無茶するのですぅ。もし計画通りになれば、お空の敵さん達は皆そっちに行っちゃいますよねぇ?」
「おそらくは、そうなりますね。飛空艇に世界樹……どちらもよく目立ちますから」
「じゃあ、地上の敵さん達はどーしてるです? 今は確認されてないみたいですけど」
 伊織の言葉に、五精霊が険しい表情を浮かべる。クリフォト出現直後の侵攻では、軍勢の大半が地上軍であった。ジャタの森での戦いでそれなりの打撃を与えたとはいえ、その一つだけで枯渇したとは到底考えにくい。
「こっちの方は僕達で何とかした方が良いかもですぅ。空と地上の両方から攻められたら、イルミンスールだって大変なはずですから」
「そうだな。では今後、具体的にどうするかを話し合う必要があるな」
 サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)の言葉に、一同が頷く。
「精霊長さんに確認ですけど、『フォレストブレイズ』は今どんな感じですか?」
「それについては俺から話そう。現在幾人かの協力を得て、フォレストブレイズの強化が進められている」
 ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)が口を開き、状況を報告する――。

「うぅむ……使えなくはない、といった所じゃな。乾き切っている上に栄養素も殆ど残っておらん。セフィロトの加護とやらも受けられぬのではないか?」
 風森 望(かぜもり・のぞみ)が持ってきたカナンの土(というかほぼ、砂)を鑑定した悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、結果を伝える。
 瘴気の浄化作用が確認された『アーデルハイトの花妖精』を育てるため、カナタは代用のミルクを――本来効果があるとされたのは『母乳』なのだが、アレコレと面倒なことになるのでカナタ自身が使用を禁じた――精製し、望が花妖精を植える土壌を用意しようとしていた。
「そうですか。……ひとまずはその土を使えるようにする方向で行くとして、いずれ肥沃な土を用意する必要がありますね。その他にも色々と材料を調達しなくてはいけないでしょうし。……まぁその点は、世界樹研究機関を利用することで見通しが立っていますが」
「良いのか? わらわは話に聞いただけだが、そのようなことをすれば面倒なことになるのではないか?」
「構いませんよ、私はアーデルハイト様の為に尽力しているのですから。
 カナンの方へは、『草木による土壌回復の可能性』という形で、研究の進み具合と成果を共有することにしておけば、ただ一方的に利用しているという批判を浴びることはないかと。……まぁ、発起人のあるかどうか分からない権限ということにして」
 言いながら望は、今後の組織のあり方について、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)と検討し合った結果を思い返す――。

「今現在は国境を越えた組織を標榜してますが、これをシャンバラ国内に規模縮小した上で、機関の目的を『世界樹イルミンスール及び周辺の森の守護』と定義しましょう。……勿論、情報連携が行える様、カナンとのパイプは残しておきますわ」
 提案を行うノート、そして望が懸念していることは、世界樹イルミンスールがザンスカール家の手を離れてしまうことにあった。世界樹イルミンスールはシャンバラの礎であると同時に、イルミンスール魔法学校の生徒にとっては“家”同然である。家がシャンバラ政府に差し押さえを食らうような自体は避けたかった。
「元々はザンスカール家を筆頭としたヴァルキリーが世界樹イルミンスールを守り育ててきたのですから、政府組織として立場を固めつつ、元の形に戻るだけですわ」
「……お嬢様、その発言は流石に過激に過ぎません? ……まぁ私も私で、ミスティルテイン騎士団の面々に泥を塗る形になってますが」
 望の発言は、組織の方針転換を進め、ザンスカール家に世界樹イルミンスールの(言い換えれば、イルミンスール魔法学校の)運営を任せる形にしてしまおうというものに基づいてのものであった。そんなことになれば当然、地球サイド――EMU――はいい顔をしないだろう。
「ただ何となくですが、ノルベルト様はこの方針を受け入れて下さると思うのです。地球とパラミタという複雑なしがらみから娘を解放出来ることになるのですから」
「……望の方がよっぽど性悪ですわ」

「……何にせよ、魔女や魔法使いの誇りにかけて、代用品を作り出してみせねばな。
 幸いにして、研究のための設備や費用の援助があるのじゃからな。わらわからも感謝するぞ、おぬしとおぬしの伴侶にな」
「ありがとうございます。イルミンスールはノーンの故郷でもありますし、それに環菜も、エリザベートを助けたがってましたから」
 HCであちこちと手配を進めながら、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が答える。ウィール砦の強化のため、設備投資や補給物資の調達に奔走するその姿は、かつての御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を彷彿とさせていた。……尤も当の本人が見たなら、「まだまだね」と口にしそうではあるが。

「お花さん、元気に育ってねー」
「うーん……これ本来はセリシアの分野なんじゃないの? まぁ、良い花を育てるには良い水と良い土って言うけどね」
 その頃ウィール砦の居住区の一角では、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が植えられた植物の種に水をあげていた。ここに植えられているのは宿根草と呼ばれるタイプのもので、球根から芽が出て茎が伸び、葉が開いて花が咲いて種子を作り、一定期間を経て枯れ、再び球根の形になって時を過ごすサイクルを繰り返す植物である。アーデルハイトの花妖精が浄化作用に長けているとはいえ、森のそこかしこにこれが植えられている光景は、流石に異様に過ぎる。よって、効果は薄くとも出来る限り自然な形で――とはいえこれらの植物も、特殊な土と水、今後精製される予定のミルクによって成長を急激かつ別方向に伸ばされたものであるため、自然かと言われると怪しい所があるが――森を元の姿に戻す試みが取られていた。直近の浄化をアーデルハイトの花妖精が担い、その後はこれら花々が行う、二段構えの方針であった。
「環菜がこちらを手伝うとは、いささか予想外でしたわ。てっきり陽太と資産管理を行うものと思ってましたのに」
「お膳立ては済ませたわ。必要な時は手伝うけど、陽太にもこなせるようになってもらいたいし。
 ……それに、命を育てるということがどういうことなのか、触れておきたかったのよ」
 別の場所では、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)と環菜が、土に肥料を撒いたり、雑草を取り除いたりしていた。環菜の呟きにエリシアは一つの推測を思い付くが、思慮深い彼女は心に留めておいた。
「……!」
 瞬間、遠方から近付いて来る気配を感じ取り、エリシアが表情を険しくする。環菜の護衛を務めていた彼女は、何気ない風を装いながら辺りに悪意がないかを監視していたのである。同時に環菜の携帯が鳴り、出た環菜は陽太から、敵性存在が砦に近付いているから避難してほしいとの連絡を受ける。
「それだけの時間はある?」
「いえ、厳しいですわ。気配は一つ、ですが早い……! ノーン!!」
 環菜に頷きつつ、エリシアがノーンに呼びかけ、カヤノと共にノーンが戻って来る。
「逃げた方がいいんじゃない?」
「いえ、その余裕はありません。敵はすぐにでも接触しますわ」
「じゃああたいが壁を作るわ! ちょっと息苦しいけど、我慢してて!」
 逃げる時間が無いことを知らされたカヤノが、氷の壁を両脇と前後、それと上に張り、即席の防空壕を作り出す。
「わー、カヤノ様すごーい!」
「ミオの言葉通り休んでたからかしらね。……来たわ!」
 砦の前方から機影が二つ、先を行くのは禍々しい風貌の、後を追うのは黒色のアルマイン・マギウスが砦の上空を飛び過ぎ、木々が風にはためく。

 ――直前、緋桜 ケイ(ひおう・けい)永久ノ キズナ(とわの・きずな)アルマイン・マギウスに搭乗、ウィール砦周辺の森を哨戒していた。ウィール砦がフォレストブレイズと、アルマイン用の魔力供給システムを備えたことで、ウィール砦はウィール遺跡やウィール支城に満たぬ大きさながら、此度の戦争における重要拠点と化していた。生物で言えば心臓に値するかもしれないほど、である。
(……ウィール砦は完成したばかり、まだ魔族たちもこの砦の重要性には気付いていない。
 けど、ケイオースが危惧している通り、それがいつまでも続くとは思えない。俺たちの戦力は今、I2セイバーや大型飛空艇に集中している。もし魔族たちがこの砦の重要性に気付いたなら、即座に軍勢を送ってくるかも知れない)
 開戦当初ほどではないにせよ、戦況は未だイルミンスール側に不利と読んでいたケイは、不意の事態にも可能な限り即座に手を打つために、哨戒という任務に当たっていた。
「……! ケイ、レーダーに反応だ! これは……アルマイン!?」
 その時、同じ思いで砦周辺の状況を確認していたキズナが、レーダーが示す反応に訝しげな表情を浮かべる。イルミンスールのイコンであるアルマインが、単騎で、しかも戦場から逆方向に飛んでくるのは、不自然であった。
「修理や補給ならI2セイバーが受け入れているはず……通信、開けるか?」
「……ダメだ、応答がない。どうする、ケイ?」
 これが魔族なら、多少の抵抗こそあれ撃ち落とすことに躊躇いはない。しかし同型機となると、判断に迷う。契約者の中にはザナドゥ側に付いている者が少なくなく、戦場では一瞬の迷いが命取りと分かっていても、即撃墜、と出来る者はそうそういない。今回幸いだったのは、モニターに敵影を直接捉えた時点で、そのあまりに禍々しい風貌に、どう考えても味方ではない、と判断が付けられたことだろうか。
「単騎なら……ここで迎撃し、追い返す!」
 判断を決めたケイ、そしてマギウスがカノンを構え、魔弾を放つ。敵は速度を落とさぬままそれらを回避した後、やはりカノンで反撃をしてきた。それを回避したケイは、敵が追撃を行わず、一直線にウィール砦を目指していることを悟る。
「既に位置が知られている……? キズナ!」
「心得た!」
 頷いたキズナが、ウィール砦に敵の接近を告げる警告を飛ばす。マギウスはその間にも敵を追うが、敵の機体の方が速く、砦に着くまでに追い付けそうになかった。
「くそっ……!」
 もしここにサラがいてくれたら、あるいは。詮無いことと分かっていながらケイは思わざるを得ない。……しかし敵は砦に攻撃を仕掛けるでもなく、様子を確認するように飛び過ぎた後は、旋回してクリフォト方面へ向かおうとしているようだった。
「敵は、何が目的なんだ? 砦の位置を知っていながら、攻撃しないとは」
「それは、直接聞いてみないことには分からないな。……今はまず敵を追い払い、その後砦に帰還してこれからの方針を練る必要があるだろう」
 少なくとも、ザナドゥに与するであろう契約者に、砦の位置を知られてしまった。もしかしたら砦の機能すら、暴かれてしまったかも知れない。イコンであれば、積んでいる物によってはそういった芸当も可能かもしれないからだ。同型機であるアルマインなら、なおさらのこと。
「! ケイ、別の方角に複数の反応がある!」
 一難去ってまた一難とはこのこと、敵のイコンを追い払ったケイとキズナは、別の反応をレーダーに捉え、その付近へ向かう。
 今度こそ、地上部隊を中心とした、魔族の軍勢であった。