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リアクション
●イルミンスール:校長室
「えっと、これはシュピンネさんからの質問……なんですけど。
空京万博にて、イルミンスールのロイヤルガードがメニエス・レインを庇ったという行為があったそうです。これはシャンバラ女王から指示が出されてのことなのでしょうか、とのことです」
校長室に詰めていたフィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)が、連絡を取っていたシュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)からの質問をルーレンに確認する。シュピンネは別所で、今はシャンバラ王国の政を司る人物とコンタクトを取っているというイルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)の補佐として、レポートの作成に勤しんでいた。
「確かに、ロイヤルガードはかつての代王、そして今はシャンバラ女王をお護りする役割を担っているでしょう。
ですが、イルミンスールの要職にある人物をお護りすることも、イルミンスールのロイヤルガードとしては担われた役割ではありませんか? シャンバラ女王であれば、そのような行いをすることを喜んでお認めになると思います。
その意味では、今回のロイヤルガードの件は罪に問われるべきではありません。ただロイヤルガードとしての責務を果たしたに過ぎません。そもそも制度として、メニエスさんのような方が要職に就くということを想定していないのではないでしょうか」
それ以上は言わなかった。言えば、ロイヤルガードというものを設定したかつての東シャンバラと西シャンバラ、今のシャンバラ王国にこそ問題がある、と思われてしまいかねない。それは面倒なので避けたかった。
(そもそも一介の、それも新参の生徒がシャンバラ王国へのお目通りなど、余計に不信感を煽るだけでは?
お気持ちは尊重したいですが、行き過ぎた愛国心は諸々の反発を生みかねません)
とはいえ、彼女の行動を咎められるとは、ルーレンも思っていない。自分が格段優れた人物でないと思っているし、こちらはこちらである意味身勝手な振る舞いを行なっている、あるいは許容しているのだから。今はただ、イルゼがやんわりと矛を収めてくれることを、祈るしかなかった。
「他にも、イルミンスールへの処罰について書かれてますが……」
「……ええ、それはある程度、免れないですわね。耳にした限りでは、アーデルハイト様にはザナドゥの監視という名目でイルミンスールを去って頂くという案が出ているようです」
イルゼの行動は過激に過ぎるが、アーデルハイトの事に関しては、ルーレンもある程度賛同の意を示していた。たとえシャンバラ王国がイルミンスールを不問にしたとしても(明確にどうする、と言っていない以上、いくらでも抜け道はある。発覚後の影響を恐れて事前に対策を講じることが、いつでも正しい訳ではないのだ。『バレなければよし』は、広く社会に蔓延っているのだから)、実質のトップであるエリザベートとアーデルハイトへは何らかの処罰を受けねばならないだろう。
「それって……えっと、提案した生徒さんは、ザナドゥに勝つつもりでいるんですか?」
「おそらくは」
まあ、負けること前提で話を進めたがる者もそうそういないだろうが、一意的に過ぎないかな、とフィッツは思う。前提としてはイルミンスール・カナンがザナドゥに勝つ・負ける・決着が付かないの三つあり、そのそれぞれで出来る話が違ってくる。
「たとえ勝ったとしても、イルミンスールだけじゃせいぜい、イルミンスールでの戦闘停止までしか行えませんよね」
「ええ……ですが、それが限界でしょう」
言いながらルーレンは、こと外交に関しては汚点が目立つな、と思っていた。それはイルミンスールの性質によるものなのか、シャンバラ王国の制度上によるものなのか、原因がはっきりしない以上何とも言えないが、とかく『○○と協力して』という話になると問題がボロボロと露呈する。
「自分としては、世界樹イルミンスールの守護を第一に考えるべきと思います。
世界樹イルミンスールとイルミンスール魔法学校は一括りではありません。魔法学校の暴挙が止まらない様であれば、世界樹から魔法学校を切り離す、その事も視野に入れるべきと思います」
そして、ルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)の意見にルーレンは笑みを貼りつけておくしかなかった。彼も最初の頃はザンスカール家の為に尽くしてくれていたが、最近はどうも過激な案を口にする様になっていた。どうやら政というのは、人を狂わせる毒のようなものであるらしい。
(……思えばわたくしも、すっかり毒されているのかもしれませんわね)
ニコニコと笑っていれば済む世界なんてものはないと分かってはいつつも、そう出来たら楽なのだろうな、と思う。この場に今は席を外しているフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)がいなくてよかったと、ルーレンは息を吐いた。
そんな感じで、シャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)とヘルムート・マーゼンシュタット(へるむーと・まーぜんしゅたっと)を迎えた時はなんとも憂鬱な気分であったが、問題提起の内容に関してはまだ頷けるものであった。
「今回のようなゴタゴタが起こった背景には、イルミンスール魔法学校とEMUとの関係が深すぎるのが原因の一つではないでしょうか。
今後、同じようにEMUから度を越した干渉が為されないよう、また、イルミンスールがEMU内部の勢力争いに巻き込まれるのを防ぐために、イルミンスールはEMUと適度に距離を置いて、自立を目指すべきではないでしょうか」
シャレンの言葉にルーレンは、イルミンスール魔法学校とEMUの関係云々に関しては他の学校がどうなっているのか詳しく知らない以上何とも言えないまでも、一定の理解を示す。イルミンスール魔法学校やEMUを排斥しようという意見よりも、適度に距離を置く、という点が気に入ってもいた。好き嫌いで態度を変えるのもいかがとは思ったが、それは今後の課題にしておくことにした。
「たとえば、イルミンスールの校長や教頭はイルミンスールの教員や生徒が選出できるようにし、学校運営の方針についても、EMUが直接口を出す事は原則控えて頂きます。
学校予算についても、EMUからの出資や援助に頼るのではなく、一般の個人や企業からの寄付や学校独自の経済行為から上がる利益の占める割合を徐々に増やしていってはどうでしょうか」
予算の件に関しては、自身が店舗運営に携わっていること(おそらく過去も影響しているだろう)からの切り口と言えよう。そういえばイナテミスにも学校があったはずだが、あの運営資金はどうなっているのだろうか、ルーレンはそんなことを思う。
「……勿論、私の主張はホーリーアスティン騎士団系の魔術結社だけでなく、ミスティルテイン騎士団内からも反発を受ける内容が含まれている、と思いますわ。ですが、EMUとイルミンスールが従来通りの関係を続けていく限り、EMUで内紛が起きる度に、魔法学校が干渉を受けて混乱するのは避けられないでしょう。
要は、今後、EMUとイルミンスールは保護者と被保護者の関係を改めて、出来る限り対等な……言わば大人同士の関係を目指していこう、という訳ですわ。無論、ノルベルト・ワルプルギス様をはじめ、ミスティルテイン騎士団の皆様のこれまでのご支援には心から感謝していますけれど、そろそろ両者は新しい関係に向かって踏み出す時期に来ている、と私は思います」
そう締めくくったシャレンに続いて、ヘルムートが当面の問題として資金源の確保を掲げ、言葉を続ける。
「イルミンスール魔法学校として独自に経済活動を行い、学校運営の資金を確保できるようにします。EMUに財布の紐を握られたままでは、自立なんて絵に描いた餅でしょうから」
結局の所、何をするにもまずは金、である。納得はしつつもルーレンは、エリザベートさんのご友人はお金の事で色々と苦労なされたのでしょうね、などと思いを巡らせたりする。その彼女は今は伴侶を得て、幸せを得ているように思えた。
「有意義なご意見どうもありがとうございます。是非今後とも一緒に、検討させて下さい」
言いながらルーレンは、イルミンスールが今後より一層イナテミスに働きかけ、経済活動を活発にさせ、生じた利潤の一部を魔法学校の運営資金に当てるという流れを思い付いていた。しかし同時に、これ以上イナテミスをいいように使っていいのか、という思いも生じる。何はともあれ、今までの意見よりは検討に値するでしょう、とは思っていた。
「近遠ちゃんの言う、『シャンバラ王国内イルミンスール魔法学校自治区内ザナドゥ亡命入植者特区』……この長い名称どうにかなりませんの?」
「た、確かに長いですよね……じゃあ、とりあえず『SIZ特区』でどうでしょう」
「サイズ? ……ああ、頭文字を取ったのですわね。ではそれで……コホン、SIZ特区の設立については分かりましたけど、一体何処に根回しをするつもりでいますの?」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)の問いに、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はうーん、と思案する。根回し、とは言うが、対象が明確でなければ行動のとりようがない。根回しをする、だけでは何も言っていないのと同義だ。
「街を作るに相応しく、かつ、イルミンスール魔法学校の影響が強い場所である必要がある、か?」
「そうですけど、そんな場所が何処に。森の大半は侵食されてますし、イルミンスール以外でイルミンスール魔法学校の影響が及んでいる場所なんて――」
ザンスカール領内であれば、イルミンスール魔法学校の影響は及ぶ。しかし国土の大半が森であるザンスカールは、なかなか街を作るに相応しい土地がない。辛うじて領内の東側と南側には平地が広がっているが、南側はヴァイシャリーと接している。西側と北側は荒地になっており、そこに街を作れと言われても、ザナドゥと大して変わらない土地では、さほどの意味が無い。かといって樹を切り倒してまで土地を確保することに、賛同が得られるとはとても思えない。
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)の言葉に近遠が反論しかけた所で、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が口を挟む。
「一つ、思い当たる場所がございます。そこはかつて敵対していた種族と分かり合い、共存を果たしている街……可能性は決してゼロではないと思います」
ザンスカールの東側には、、ザンスカール唯一といってもいいくらい、大規模な街があった。
「……行ってみようか」
近遠の言葉にユーリカとイグナ、アルティアが頷き、そして一行は一路、イナテミスを目指す。
「……精霊の次は魔族、というわけか。だが、精霊は我々とイルミンスールの問題だけで済んだが、魔族はそうもいかないだろう。
街の皆も、精霊の時とは比べ物にならない恐怖、不信感を抱いているはずだ。不可能とは言わんが、道は果てしなく険しいだろう」
近遠から話を聞いたイナテミス町長――そろそろ町長というには街の規模から鑑みれば相応しくないのだが、一種敬称的に使われていた――、カラム・バークレーが自身の意見を口にする。
イナテミスに『SIZ特区』の設立。『地球人と地上人(精霊)、ザナドゥの住民(元住民、になるが)が共存している』という既成事実が完成すれば、イルミンスール(ザンスカール)は他国に先んじてザナドゥの技術を得られる。なにより、『争わなくてもザナドゥの魔族は、地上に住むことが出来る』ことを証明出来る。
……無論、問題は山積である。もし隣国、カナンがザナドゥとの徹底抗戦を決定してしまえば、イルミンスール(ザンスカール)は同盟を反故にしたと取られてしまう。そうでなくとも、カナンを数千年に渡り苦しめてきた魔族と共存など、決して気分のいいものではないだろう。ここに挙げた問題以外に、様々な問題が浮かび上がっていくだろう。
「……しかし、我々が魔族を受け入れる姿勢を見せれば、隣国を巻き込んだ戦争を終結に導く、戦後処理を楽にすることが出来るのだろうな。
今すぐにとはいかないだろうが、検討させてほしい」
イナテミスを去る時、近遠はカラムが告げた言葉を思い返す。自分のやるべき事はひとまず終えた、後は相手の回答を待つばかり。
「EMUのミスティルテイン騎士団にも、何らかの支援を要請する必要がありますわね。そっちはあたしの方でやってみましょう」
「アルティアは、『SIZ特区』のことをイルミンスール魔法学校に知ってもらうために、呼びかけてみようと思います」
「ひとまずは、イルミンスールに戻ることになりそうだな。道中の護衛は任せてもらおう」
ユーリカ、アルティア、イグナ、それぞれが自分のやれそうなことを口にし、行動にしようとする。
「……そうだね、帰ろうか、僕達の学校に」
近遠が頷き、そして一行はイルミンスールへと帰還する――。
取る方法は様々ながら、皆が皆、己の信ずるもののために行動を起こしていた。
そこに善も悪もない。陳腐な言葉で言うなれば違った形の正義がそこにあった。
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