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chapter.5 2日目・7時〜19時 


「おはよう、生徒諸君」
 スピーカーから、ロイテホーンの声が聞こえた。
「現在の状況をお知らせしよう。現在の生存者数は51人だ。ちょうど日程の半分を終えたわけだが、まだ半数以上生徒が残っているようだ。もう少しペースを上げた方が良いのではないか? というわけで」
 一呼吸置いて、彼の告げた言葉が島中に響く。
「これより、2回目の関羽タイム開始だ」



 東地区。
 風森 望(かぜもり・のぞみ)とそのパートナー、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は鍾乳洞前で関羽と向かい合っていた。
「関羽……やっと、やっとあなたと闘う時が来ましたわ。わたくしがこの時をどれほど待ち望んだことか……」
「ノート、本当に関羽に挑むつもりですか?」
「当然ですわ! 関羽を倒せば、わたくしの実力も証明されるというものでしょう?」
「……そうですね」
「もうこれで、ヘボキリーとは言わせませんわっ! 今こそ天才ヴァルキリー・ノートお嬢様の名を呼び戻す時!」
「……そうですね」
 望はつっこむのも面倒になり、見物を始めた。ちなみにもちろん彼女がそう呼ばれたことは未だかつてない。
「さあ、例のアレを!」
 ノートが望を急かし、すりおろされた大根を受け取る。アイテムが大根だったノートは、望のアイテムが運良くおろし金だったため、無事大根をおろすことに成功していたのだ!
「行きますわよ、関羽!!」
 バーストダッシュで勢いをつけ、大根おろしを関羽の顔面目がけ投げるノート。そしてそのまま関羽に向かって突っ込む。
「むぅん!!」
 が、当然大根おろしなんかで関羽が怯むはずもなく、ノートは吹っ飛んだ。これにはさすがの望も危ないと思ったのか、ノートの落下地点に向かって走る。ギリギリでノートを受け止めた望だったが、腕の中の彼女がつけていたプレートは既に赤くなっていた。
「ノート……」
「大根おろしが効かないとは……英霊にお清めは通じない、ということですわね……」
 そう言ってノートは力尽きた。望は思う。
 それ、大根おろしじゃなくて塩でしょ? と。清めるどころかちょっと風味豊かにしちゃってるじゃないの、と。
「次は貴殿の番だ」
 関羽が望に向かって詰め寄る。望はくるっと振り返り、関羽に赤くなったプレートを見せた。
「さっきノートを受け止めた時の衝撃で、私のプレートも変色しちゃったようです……残念ながら、私もここでリタイアですね」
「そうか……だが、どのみち収容所に行かねばなるまい。飛んでいかれよ」
「……え?」
「むぅん、むぅん!!」
 関羽が刀を二振りすると、望とノートはまとめて収容所までぶっ飛んだ。望のプレートは実は変色しておらず、ノートのプレートを見せて関羽を騙そうとしたのだが、その策はあえなく関羽の前に敗れ去った。と、その時アナウンスが再び流れた。
「予想以上に残っている生徒が多いため、関羽タイムを延長する。今からさらに30分、関羽ロスタイムだ」
 生徒たちはスピーカーに向かって次々に文句を垂れた。
「何だよロスタイムって、聞いてねえぞ!」
「まだ1日半あんのに気が短すぎだろ! そんなに執筆ペース早めたいのか!」
 もちろん執筆ペースうんぬんは関係ない。だが、このペースだと文章量がイベントシナリオのレベルをゆうに超えてしまうのもまた事実である。ただでさえ現時点で3万字近く行っており、これはとても危険なペースだ。
「全く……人使いの荒い男だ」
 関羽はひとつ息をつくと、もう一暴れするため生徒を探しに出かけた。

 その頃、望、ノートらがやられたすぐ近くで出くわしていたのは、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)東條 カガチ(とうじょう・かがち)だった。アリーセはその手にアタッシュケースらしきものを持っている。それはアリーセのパートナー、ケース型機晶姫のリリ マル(りり・まる)だった。ケースからはアサルトカービンがはみ出しており、なかなかスタイリッシュだ。
「おや、アリーセさんじゃねえか。随分物騒なもんを持ってるねぇ」
 ふたりはどうやら知り合いのようだった。カガチは発した言葉とは裏腹に、大胆に間合いを詰めていく。
「俺のこいつと、どっちが強いか試してみるかい?」
 そう言ってカガチが取り出したのは、箱に入った大量の輪ゴムだった。くじ引きアイテムで当てた物である。
「ふふ、カガチさんは相変わらずですね……いいですよ、やりましょうか?」
「この島では学校も歳も性別も関係ねぇようだしなぁ。意地でも生き残りてぇもんだ」
 カガチは輪ゴムを指にはめ、次から次へと輪ゴム鉄砲を発射していく。アリーセはリリを盾にそれを防ぐと、反撃に出ようとした。その時だった。
「取り込み中すまぬが、貴殿らには収容所へ行ってもらおう」
 ふたりの前に関羽が現れた。
「関羽!!」
 感情が高ぶるアリーセ。アリーセには、関羽を倒すべき理由があった。それは数週間前、購買で残りひとつだった焼きそばパンを関羽に取られたという結構どうでもいい理由だった。しかも当の関羽に奪ったつもりはなく、もちろん恨まれていることにも気付いていない。なのでもうこれは完全にアリーセの逆恨みである。
「おいおい、関羽と会っちまったらさすがに逃げざるを得ないな……だがよぉ、逃げる前に一発くらい喰らわせてやりてえよなぁ」
 カガチは距離をとると、再び輪ゴムを構えた。そこに、茂みから第三者が現れた。水神 樹(みなかみ・いつき)だ。
「っ! 大きな物音がしたから気になって来てみたら……まさか、関羽がいるなんて!」
 彼女はいざという時相手にぶつけるため、南の森で木の実を拾い集めていた。その途中、運悪く関羽ロスタイムに巻き込まれてしまったのだ。
「出会ったからには仕方ない……武士道の世界に逃げるという言葉はないのだから……!」
 彼女は覚悟を決め、持っていたボウルから木の実を取り出すと両手に持った。
「ふたりとも、ここはとりあえず、力を合わせてこの危機を乗り越えましょう」
 アリーセのその言葉を皮切りに、ふたりは木の実と輪ゴムを大量に関羽に向かい投げつけた。特に痛くはなかったが、関羽はなんか段々むかついてきた。
「むぅん!!」
 まず標的になったのは、木の実を投げていた方だった。ここで水神樹は脱落となった。それを見てカガチは関羽に背中を向ける。
「いいねぇ、面白くなってきたじゃねぇか。だが、俺はもうちょっとこの島で楽しみたいんでねぇ。ここは引いとくかぁ」
 全力で逃げ出すカガチ。残されたアリーセは焼きそばパンの怒りもあり、ひとりでも闘う覚悟だった。関羽は一瞬で間合いを縮めると、拳を振り下ろす。リリを盾にしたが、威力が強くリリはアリーセの手から弾き飛ばされた。
「くっ……!」
ダッシュでリリを拾いに行くアリーセ。そこに関羽が、落ちていた木の実や輪ゴムを投げつける。それらがもう少しでアリーセに当たる、というところで、木の実や輪ゴムは軌道を逸らした。ドドドドド……という効果音と共に、アリーセの背中から不気味なマネキンのようなものが姿を現す。そしてアリーセは何かに影響を受けたかのように若干キャラが変わった。
「この一条アリーセには夢がある。未開拓の地に自分の名を残すという夢が……だから、私はこんなところで倒れるわけにはいかないッ! 行きますよッ、ナッシング・トゥ・セイ!!」
 アリーセの背中から現れたのは、光学迷彩で姿を隠し潜んでいたゆる族のナッシング・トゥ・セイ(なっしんぐ・とぅせい)だった。アリーセはリリをその場に置いたまま、関羽に突進する。
「関羽タイムは実行する。向かってくる生徒も倒す。両方やらなくてはいけないというのが、NPCのつらいところだな。覚悟は良いか?」
 関羽が振るった刀での直撃は免れたものの、その風圧でアリーセは水平に飛ばされた。追い討ちをかけようと迫る関羽。
「まずい、あの状態では次の攻撃をかわすことはできないっ!」
 プレート変色済みで、地に倒れている水神が叫ぶ。しかしアリーセの表情は、平然としたものだった。
「まずい? これがいいんじゃありませんかッ! この位置がいいッ! 関羽に飛ばされ、追い討ちが来るというこの状況がッ!!」
 関羽がアリーセに追いつかんとしたその時、ちょうどその直線上にいたリリから、銃弾が放たれた。当然弾は、大きい的である関羽に向かっている。
「ぬっ!?」
 一瞬驚くが、冷静に刀でそれを防ぐ関羽。
「そうでしょうね……弾が来れば刀で防ぐ。誰だってそうする。肝心なのは、刀で防いだ、ってとこなんです」
 アリーセは弾を防ぐために刀を盾にした関羽を見て、勝利を確信する。
「それでは攻撃することができないでしょう。 勝ったッ! 喰らうのです、ナッシング・トゥ・セイ!!」
「むぅん!!」
 アリーセは空を飛んだ。刀が使えなくても、関羽には一級品の拳があったので何も問題なかったのだ。ついでに関羽はリリとナッシングもまとめて収容所に放り投げた。
 ここで、関羽ロスタイムが終了した。



 南地区。
 森の中の開けたところでは、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)、そして各々のパートナー、シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が何やらせわしなく動き回っていた。
「イリーナ、準備は出来たか?」
 レオンハルトが話しかけると、イリーナは少し顔を俯かせて彼の前に出てきた。
「こ、これは本当に有効な作戦なのか?」
 彼女はロングヘアーをツインテールにして、なぜか服の袖を切り落としノースリーブにし、手にはネギを持っていた。普段の彼女なら、間違ってもしない格好である。
「まあ、可愛いですわねイリーナ。当然、有効な作戦ですのよ。ネギならばプレートを叩く際距離が長くなって便利でしょう?」
「し、しかしこの格好は……」
 エレーナから無理矢理渡された服はミニスカートだった。ちなみにツインテールもノースリーブも彼女の案で、どうやら何か彼女にはイメージがあったらしいが、まあそのへんはあまり触れないでおこう。
「そういう格好の方が、油断を誘えるではないですか」
「う、うむ、まあそういうならこの格好で作戦を続けるが……」
「シルヴァとルインも準備は整っている。後はステージの設営を終えるだけだ」
 彼らの作戦。それはステージをつくってイリーナをそこで歌わせ、集まった観客を倒そうというものだった。本当に優れた作戦とは、他の誰もが考え付かないような作戦だ。レオンハルトは勝ち誇った表情で完成間近のステージを見た。その時、彼らの後ろで声がした。
「あれ、何このステージ? あ、もしかして君たちもライブやるの?」
 驚き振り返ったレオンハルトの前にいたのは、船内で九弓からプレートを受け取っていた路々奈、そしてパートナーのヒメナだった。
「あたしたちもライブやろうと思ってたんだよね。じゃあせっかくだし、対バン的なノリでやっちゃおうか」
「お、おい何勝手に話を進めて……」
「あ、それかアレだ、フェスみたいにしようか! あたし、こないだ別の場所で行われたフェスに参加したかったけど落選しちゃったんだよね。だから、ここでフェスやろう! ロウンチフェス09開催しよう!」
 どんどん話を進めていく路々奈に、レオンハルトはたじろぎ、しまいには諦めて好きにさせることにした。
「ふん……まあ、勝手にするがいいだろう。ただし、俺たちの邪魔をしたら容赦はしない」
 こうして、なぜかロウンチ島南地区の森でちょっとしたフェスが行われることとなった。

 お昼を少し過ぎた頃、ステージその他諸々の準備が整った。トゥルペが方々で呼びかけるなど結構派手に告知活動をしたため、会場には思ったより人が集まっていた。
 ステージで音楽に魂を懸ける者、歌い手を囮として舞台袖から観客を狙う者、観客に紛れ他の参加者を狙おうとする者、なんかよく分かんないけど楽しそうなんでふらっと見物に来た者、それぞれの思惑が交差する中、ロウンチフェスが始まった!
 その前に、見物にきた生徒たちをここで紹介したい。会場に足を運んだのは、
 チーム「美夢」の生き残り、竜花と神山、
 長女が脱落し当てもなくさまよっていた3姉妹の次女と三女、未那と未羅、
 初日に携帯を利用し騙し討ちを成功させた栗、
 これまで「見通しが悪い」との理由で森を避けてきたが、面白そうな匂いにつられやってきたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)
 そしてカレンのパートナー、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)八坂 トメ(やさか・とめ)の計8人だ。
 この数だけを見ると少ないように思えるが、現在の生存者が50人を切っていること、さらにそのうち8人が演奏者側ということを考えると、島にいる参加者の約20パーセントが来場したことになる。そう見ればむしろ観客は多い方だろう。お前らライブとかやってないでサバイバルしろよ、と主催者に言われてもおかしくない状態である。

 さて、そんなこんなで最初の歌手「緋眼の獅子」が登場した。名前はいかついが、登場したのは露出の多いイリーナ、そしてシルヴァとルインだった。シルヴァはハーモニカを吹きたかったが、そう都合良くくじ引きで当たるわけがなく、仕方なしに大根を叩いてリズムをとっていた。しかし、いざ演奏が始まるとイリーナの歌声とルインのコーラスが意外とまともで、大根ドラムもなぜかウケていた。なお歌詞は観客の声援にかき消されよく聞き取れない。しかし色々な事情もあり、この場合逆にそれで良かったのかもしれない。
 演奏も中盤に差し掛かった頃、レオンハルトは舞台袖の木から観客の様子を窺った。手には大根を持っている。
「金だらいでも当たれば良かったが……まあ良い。これで狩らせてもらうとしよう」
 そう呟く彼を、遠くから見ていた女性がいた。ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だ。
「レオン様ったら、イリーナ様にあんな格好をさせて歌わせるなんて……許せませんわっ!」
 離れた木陰からロザリィヌが大根を構える。彼女の大根に込められていたもの……それは嫉妬だった。愛しいイリーナと最近仲が良いレオンハルトが許せなかったのだ。愛とはかくも人を狂わせ、罪を呼ぶ感情なのか。今のロザリィヌは、感情に焼かれた愚かなスナイパーである。
「レオン様……あなたは良い友人ですけれど、イリーナ様を渡すわけにはいきませんのよ」
大根の先端をレオンハルトに向けるロザリィヌ。狙撃するにはやや不利なアイテムだが、ロケット花火が当たらなかった以上仕方ない! これで恋路の邪魔をする者を排除する! ロザリィヌは標準を定めた。
「その命、頂きましたわっ!!」
 そして、彼女の手から大根が一本放たれた。その軌道は正確にレオンハルトに向かって伸びている。レオンハルトはまだ凶弾に気付いていない。そして、大根がプレートを直撃した。
「……!!」
 ロザリィヌは驚き、立ち上がった。なぜなら、その凶弾に倒れたのが、レオンハルトではなく愛すべきイリーナだったからだ。
「イ、イリーナ!?」
 レオンハルトの前で両手を広げたイリーナが、膝をつき倒れる。
「なぜ……なぜこんなことをした!? おまえはただ歌っていれば良かったのだ!」
「私……は……レオンの剣であり……盾なのでな……」
 イリーナは目を瞑った。
「く……馬鹿者め……おまえはただ歌っていれば良かったのだ……そう、俺の隣で……ずっと……」
 イリーナを抱きかかえるレオンハルト。その傍では、イリーナのパートナー、トゥルペが狙撃手の位置を探っていた。
「見つけたであります!」
 トゥルペは持っていた大根を投げ飛ばした。ちなみにトゥルペはチューリップのような外見をしているので、はたから見たらチューリップが大根を投げるという、ちょっとシュールな光景だ。
「あぁっ!!」
 悲鳴、そしてどさっと何かが落ちる音がした。そこには、プレートを変色させ、倒れているロザリィヌの姿があった。
「全く……音楽の邪魔をするとは、無粋ですねえ」
「シルヴァ様シルヴァ様っ、ルインもこの糸で補助するよっ!」
 シルヴァがバニッシュを唱え、辺りが光に包まれる。そしてルインの放った糸が光を受けてキラキラと輝いた。それを照明の演出か何かと勘違いした観客はますます盛り上がった。

「あっちは大分盛り上がってるみたいね……こっちも負けてらんない、行くよ、ヒメナ!」
「はいっ、路々奈さん!」
 路々奈とヒメナはイリーナらが立っていたステージと逆サイドのステージで、演奏を始めた。アイドルユニットっぽかった「緋眼の獅子」とは対照的に、こちらは本格的なガールズバンドだ! バンドといってもふたりしかいないけど。
 しかし彼女らのテクニックは本物で、軽快ながらもインパクトのあるギターリフ、息の合ったコーラスは観客の注目を集めた。ちなみにギターはくじ引きアイテムではなく彼女の常備品なので問題なしだ! 電源は本来のアイテム「電池」とか雷術で補っているのでそれもきっと問題なしだ!
 曲の中盤、路々奈のギターソロになると、ヒメナがパフォーマンスとしてアイテム「アルミホイル」をばら撒く。しかしパフォーマンスとは建前、本当の目的は電気の伝導率を上げることにあった。ライブの盛り上がりが最高潮に達したところで雷術を使い、観客を痺れさせ、その隙にプレートを叩こうとふたりは目論んでいた。そして曲はクライマックスに突入した。
「よし、今よ!」
 雷術を使おうとする路々奈。しかし、そこにひとりの男が現れたことにより、作戦は台無しとなった。
「てめぇら、アトフェス優勝者の俺を差し置いて何勝手にライブやってやがんだ!? あぁ!?」
 竜司だった。彼は別の地で行われたフェスで紆余曲折あった結果優勝しており、それ以来調子に乗っていた。
「俺にも歌わせろ! マイクをよこせ! おらっ、行くぞてめえらぁ!! オレの代表曲、『オレは強いぜ吉永竜司』だ!」
 強引にヒメナからマイクを奪った竜司は、勝手に歌い始めた。そしてその歌はもうひどいなんてもんじゃなかった。
「耳栓っ……! なぜくじ引きで耳栓が当たらなかったんだっ……!!」
 観客全員がそう思ったという。
 竜司は一通り歌いきって満足したのか、マイクを放り投げるとステージから降りた。ようやく嵐が過ぎた……その場にいた誰もがそう思ったが、これは台風1号に過ぎなかった。竜司がステージを降りてすぐ、台風2号はやってきた。観客の栗が声を上げた。
「げえっ! 関羽!」
 そう、そこに現れたのは関羽だった。
「な、なぜ……今日の関羽タイムは終わったはず……!」
「初日にプレート譲渡による違反者を取り締まったが、違反者のプレートは結局見つからなかった……だが、ようやく見つけたぞ!」
 関羽の刀の切っ先が、路々奈に向けられた。
「不正によるプレート複数所持の疑いで、収容所へ連行する」
 何やら騒ぎになりそうだ。そう思った竜司は、再びテンションを上げ、ステージに上がった。
「まだ盛り上がりたりねえってのか!? 上等だ! てめぇどこ中だ!?」
「ちょっと、あたしのライブまだ途中よ!」
「路々奈さん、もうそれどころじゃ……」
「いいえ、たとえ関羽だろうと、あたしたちの演奏を聞きに来た人には差別しない。あたしは演奏を止めるわけにはいかない!」
「今回の攻撃対象はそこのふたりだけだが、向かってくるならば容赦せぬぞ! 青龍偃月刀の錆となりたい者は前へ出でよ!!」
「こんな時に決めゼリフ使うんじゃねえよ!」
 会場はもうめちゃくちゃになっていた。観客はその騒動を見て、なぜか「イリーナたちと路々奈たちどっちの演奏が良かったか」の争いだと勘違いし、観客同士でもいざこざが始まった。そんな観客の中で関羽にやたら興奮している人物がいた。カレンのパートナー、トメである。同じ英霊ということで何かビビっと来るものを感じたのか、トメは関羽を見て目をキラキラとさせている。トメは笑顔で関羽に呼びかける。
「か〜んう、セッ」
 何かとても危険な発言をしたようだが、セ、の後の数文字が会場の喧騒に消されて聞こえない! しかしトメはめげずにニコニコとしながら関羽に向かってその言葉を連呼した。
 だが、やはりタイミングよくセ、の後が掻き消され、トメの意志は関羽に届かなかった。
「ちょっ、トメさん、あんまり大声でそういうの言わない方が……」
 さすがにカレンは心配になり、トメの口を塞いだ。なおこの文章を書く際、「トメを止めた」って最初書いて後から「やべえ、意識外のギャグだ」と気付き慌てて直したが、今思えば逆にその寒さも一興だったかもしれない。いや、ないか。ないな、うん。
「あー、お姉ちゃん、今トメさんって呼んだでしょーっ! トメさんって呼ぶなっていっつも言ってるのにぃ〜っ!!」
 どうやらトメは、記述禁止用語を連発していたことより、トメさんと呼ばれることを気にしているようだった。
「カレン、トメは先ほどセ、の後に何と言っていたのだ?」
「あ〜っ、ジュレ、ジュレはそこ気にしなくていいから、とりあえず逃げよう? この混雑地帯から出よう?」
 カレンは半ば強引にもうひとりのパートナー、ジュレールの手を引っ張ると会場から出て行った。トメも連れて行こうとしたが、彼女はリップクリームを塗って唇を潤すのに夢中だ。トメさんはもう関羽に空京ラブストーリー、いや、ロウンチラブストーリー状態だと判断し、カレンは連れ出すのを諦めた。
 一方、イリーナ派と路々奈派で対立していた観客たちの前に颯爽と姿を現したのは、城定 英希(じょうじょう・えいき)だった。横にはパートナーのジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)もいる。
「チアリーディング美少女戦士、エーコちゃん見参っ!」
 ハーフムーンロッドを片手に、どこから調達したのかチアガールのコスプレをし、髪型をツインテールっぽくした英希がそこにいた。なお英希はれっきとした男性であるため、フォーシスターズの大和に負けず劣らずの気持ち悪さだ。ジゼルが横で溜め息をつく。
「なんでお前はこんなことを……いや、こんなことに……」
 英希がこのような奇行に及んだ理由は、魔法少女になったら小さい子とかにモテるんじゃね? と考えてのものだった。会場には偶然小さい子っぽい生徒たち、シルヴァやルイン、トゥルペ、未那や未羅などがいたが、誰ひとり英希に食いついてなかった。むしろ軽く引いていた。
「そーれ、ハッスルハッスル!」
 が、そんなことはお構いなしに杖を振り回し、観客同士の戦いを煽る英希……いや、エーコ。そこに竜司が襲い掛かる。
「てめぇ、舐めてんじゃねえぞ!」
 竜司の手がエーコを掴むより一瞬早く、エーコは竜司の大事な部分を蹴っていた。
「はぉおおっ」
 声にならない声を出す竜司。
「君こそ、元バレー部を舐めないでよねっ! タマの扱いには慣れてるのよ!」
 竜司はあまりの激しい痛みに泣きそうになっていた。涙が出ちゃう……だって、男の子だもん!
 エーコは竜司に敗北の印としてスタンプを押したかったが、アイテムが大根だったためさすがにそれは諦めた。次にエーコは大根を関羽に向け、声の限り叫んだ。
「か〜んう、セッ」
 しかしまたもやセ、の後が観客の怒号で聞こえない! なんという偶然! そこにトメも負けるもんかと対抗した!
 ふたりの声は次第に重なり合い、集まっていた観客もアンコールの声援か何かか? と思い皆で声を合わせた。湧き上がる関羽コール。そして、全員の気持ちと言葉がひとつになった。
「か〜んう、セ」
「言わせぬぞ!?」
 関羽は刀を振り回し、強引に生徒たちの言葉を塞いだ。そこからはもう、関羽の独壇場だった。

 数十分後、会場は見るも無残な姿になっていた。会場にいた生存者のうち、レオンハルト、シルヴァ、ルイン、トゥルペ、エレーナ、路々奈、ヒメナ、未那、未羅、栗、トメ、英希の12人が一気にここで脱落した。執筆のペースアップのためではなく、彼らは己が信念のために戦い、倒れたのだ。

「はぁ……はぁ……あ、危なかったね、神山」
 命からがら逃げ出した竜花が相方に話しかける。
「……あぁ、間一髪だったな」
「!? 神山、そのプレート……!」
 神山のプレートは、真っ赤に染まっていた。
「どうやら、脱出途中でドジっちまったようだな……各務、俺の分まで優勝しやがれ、分かったな?」
 神山脱落。ライブ会場の犠牲者は13人となった。



 西地区。
 会場から逃げ出し生き延びていたのは英希のパートナー、ジゼルだった。
「エーコ、いや、英希め……関羽が来たら何とかするっていうのはああいうことだったのか……」
 ジゼルは手に持った大根を見て、同じ大根を持っていた英希のことを思い出した。
「ビー玉が欲しいという私の願いも、英希同様叶わなかったな……だが、私は英希の勇姿は無駄にはしない」
 ジゼルは力強く大根を握り締め、森を抜けた。



 北地区。
 同じく会場からかろうじて抜け出したのは、竜司だった。金的蹴りを喰らい悶絶していた彼が目を覚ました時、既に会場は兵どもが夢の跡状態で、運良く竜司は生き延びたのだ。
「あの野郎、生きてたらただじゃおかねえぞ……それにしても、よく無事だったな」
 竜司はパンツの中からプレートを取り出す。その色は白いままだ。考えようによっては、プレートが無事だったため、彼の大事なところが無事でなかったとも取れる。変色したのはプレートじゃない方だったのかもしれない。竜司は急所をさすりながら、洞穴へと入っていった。

 ゲーム開始から48時間経過。2日目終了。
 【残り 28人】