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リアクション
第一章 目撃者
「うん、確かにおいしいですね。これ」
夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、つい今しがた蒼空学園の購買部で手に入れたばかりの“蒼空きなこパン”の味に満足していた。このパンは、そのリーズナブルな価格と後を引くおいしさで、“蒼空ウォーカー”などの情報誌にもたびたび取り上げられた商品である。
前評判通りの“後引くおいしさ”にたちまち1本を平らげ、しっかり買っておいた2本目をほうばりながら、彩蓮は、壁に貼られた『蒼空新聞』に何気なく目を向けた。「どうなる春休み!?御上先生失踪!!」という派手な見出しに惹かれて、記事を読み進める。どうやら、自分の医学の心得が役に立ちそうな状況のようだ。
きなこパンが予想以上に美味しかったせいもあるのだろう、迷うことなく救助隊への参加を決めた彩蓮の足が、ふと止まった。視界の端に、気になるものを見つけたのだ。
訓練された動作で物陰に隠れた彼女のすぐ脇を、数人の蒼空生が通り過ぎて行く。おとなしそうなショートカットの女の子の周りを、いかにもガラの悪そうな男子生徒数人が取り囲むようにして歩いていた。
「本当に、こっちなんですか……?」
今にも消え入りそうな女生徒の声に続いて、
「そうそうこっちこっち、もう少しだから。とりあえずついて来てよ」
という男子生徒の声が聞こえる。ハタから聞いていても、適当なのが見え見えの口調だ。
このまま見過ごす訳には行かない。後を追おうとして、彩蓮が一歩踏み出そうとしたその時だった。
「あの〜、どうかしたんですかぁ?」
「!!!」
不意に、背中から間延びした声をかけられ、彩蓮は心臓が止まりそうなほど驚いた。飛び退く様にして後ろを振り返ると、マンガにでも出てきそうな真ん丸いメガネをかけた女生徒が、きょとんとした顔で立っている。
「あ、ごめんなさい、びっくりさせちゃいました?」
目の前の少女はペロリと舌を出すと、茶目っ気たっぷりに自分の頭をポカリと叩いた。見ると、左腕に「報道」と書かれた黄色い腕章をつけている。
「私、報道部の記者なんです!何だかお困りのご様子でしたけど、何か、事件とか事故とかありましたか!?」
ものすごい勢いで詰め寄ってくる少女にやや気圧されながら、彩蓮は事情を説明した。彼女の表情が、 見る見る険しくになって行く。
「マズいですよ、それ!最近学園内で、女の子が暴漢に襲われる事件が頻発してるんです!早く後を追わないと!!」
やはり、自分の勘は当たったのだ。
「いっしょに来て下さい!その子が危ない!」
言うが早いか、彼女は女の子の消えた方向へと走り出す。
「ち、ちょっと待って!ええと……」
「もりしたです!森下冬希(もりしたふゆき)!……来てくれますよね?」
哀願するような眼で自分を見つめる森下。それに対し彩蓮は、
「夜住 彩蓮です。もちろん、一緒に行きます。陽が沈めば夜が訪れるのと同じ、当然のことです」
と決意に満ちた声で言った。
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