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黄色い空が其処に在りて――

「あれ……なんだろ……」
「? どうしたの? 荀灌……」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)の二人は飛空挺に乗り、ヴァイシャリーへと向かっていた。
 百合園女学院で女子サッカー部の活動があるのだ。
「お姉ちゃん……あれ……なんでしょう……」
 荀灌の指差した先……飛空挺の進行方向には雲があった……しかし……

「雲?……でもちょっと黄色いような……」
「やっぱり……黄色いですよね?」
 なんとなくだが……雲の色が黄色い。
 パラミタにも環境破壊の波が来ているのだろうか……前方を睨みながら訝しげな顔をする郁乃。
 荀灌は、と言うと……もっと深刻そうな顔をしていた。
「黄色い空……蒼天既死……まさか……」
「荀灌? どうしたの?」
「いえ、なんでもないです、気のせいです……たぶん」

 そのまま黄色い雲を突っ切って進む飛空挺……特に何事も起きないようだ。

「うーん……杞憂だったのでしょうか……」
「荀灌、まだ気にして……くしゅん……うぅ……まぁ、確かに公害は問題だけど……」
 二人は無事にヴァイシャリーへ到着。
 飛空挺から降りた後も、荀灌は空を気にしているようだった。
「私達にどうにか出来るわけじゃないんだから、いちいち気にしててもしょうがないよ……そんな事より部活、がんばらないとね」
「……はい」
 英霊の記憶に何かが引っかかるのか、荀灌は不吉な予感を感じていた……




 ザンスカール地方

「ふぁ……ふぁっくそん!」
 黄色く染まった空の下、多くの人々がくしゃみをしていた。
 大量に開花したパラミタ杉の花粉は、瞬く間に人里へと猛威を奮う。
 パラミタ杉の事など知らない多くの人々は、わけもわからないまま、花粉の餌食になっていった。

 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)もその一人だ、先程からくしゃみを繰り返している。
「ハクション!!……くそ……」
「しーちゃん、大丈夫?」
 そんな忍を心配しながら東峰院 香奈(とうほういん・かな)がポケットティッシュを差し出す。
 ……忍が持っていた分は、既に使い切られているのだ。
 ティッシュを受け取る忍……だがそんな彼の体内で、花粉症はさらなる進行をしていた。
「あ、ありがたいでごじゃる……ごじゃる?」
「し、しーちゃん?」
「い、いや、こりはですにゃ……おろ、言葉が変であるぞなもし!」
 自らの意識と関係ない口調の変化に驚きの声をあげる忍だが、その声すらおかしくなってしまっていた。
 忍だけではない、その変化は周囲の人々にも現れていた。

「暑い……なんという暑さじゃ」
 織田 信長(おだ・のぶなが)が汗を拭う……
 花粉が引き起こすもう一つの症状……信長はどうにもならない暑さに苛まれていた。
「あ〜暑い〜、忍よ、この暑さはどうにかならんのか……」
「ちょっと! 隣で暑い暑い言われると、こっちも暑くなってくるじゃないの!」
 信長に文句を言うノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)だが、彼女にも暑さが襲ってきている。
「ふん、私が何を言おうが私の勝手じゃろうが」
「なんですって! この暑さは全部あんたのせいよ!」
「ふ、二人とも……」
 暑さでイライラにも拍車が掛かり、たちまち喧嘩を始める二人。
 慌てて止めに入る忍だが……
「ノアも信長も、喧嘩はやめんしゃい!」
 その口調のせいで……どうにも締まらない。
「……」
「……忍、その喋り方どうにかならないの?」
「ど、どうにかと言われましても、こりはどうにもならないアルヨ」
 ため息をつく二人……だが、喧嘩を止める事は出来たようだった。

「うぅ……なんだってこげなことになったばい……」
「しーちゃん……かわいそう……」
「香奈はんはその、大丈夫なのでありますか?」
「うん……ちょっと暑いけど、これくらいは……」
 そう答える香奈の額を汗が伝う……暑さを我慢しているだろう事は明白だった。

「えーい、もう脱がねば死んでしまう!」
「信長さん?!」
 暑さに耐え切れず、服を脱ぎ出す信長……路上だろうがお構いなしだ。
 慌てて香奈が止めに入る。
「ダメですよ、こんな所で……」
「止めるでない! こんなに暑いのに服など着ていられるわけないじゃろうが! ……いや、これは……」
「……信長さん?」
 急におとなしくなった信長を不思議そうに見つめる香奈。
 信長の視線は忍を見ていた……忍はと言うと、信長が突然脱ぎ出した為に目のやり場に困っている。
「あんた……まさか……」
 ノアは気付いた、信長の唇がにやりと歪むのを……
「香奈……いい機会じゃ……耳を貸せ」
「え?」
「ごにょごにょ……」
「そ、そんな……」
 ……香奈相手になにやら耳打ちしている……
「やっぱり……恥ずかしいです」
 なにやら恥ずかしい事をさせるつもりらしい……香奈の顔が赤くなったのは暑さからではないだろう。
「香奈よ……周りをよく見てみるのじゃ、この状況では、そう恥ずかしがる事でもあるまいて……」
 信長に言われて見渡すと、周囲には下着姿の人間であふれ返っていた。


「そうよ、こーんなに暑いんだもん、みんなも脱いじゃえばいいのよ!」
 そう言っておもむろに服を脱ぎだすパルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)
 ……その堂々とした脱ぎっぷりに釣られて、周りの人々も脱ぎ出していた。
「ですよね〜、脱ぐよ! 脱いじゃうよー!」
 どこか嬉しそうに服を脱ぐのはリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)
 どのみち、この暑さでは我慢など出来るはずがないのだ。
 すっかり身軽になったリースは流れる風に身を任せ、深呼吸する……
「うーん、涼しい……最高っ!」
「そうよ、脱ぐと涼しいのよ……あぁ……おにゃのこの柔肌が……じゅるり……」
 そんな光景に、パルフェリアはよだれを垂らしていた……確信犯である。

「ちょっとパルフェ……皆さんも、なに脱いでるんですか!」
 下着姿になった人々に北郷 鬱姫(きたごう・うつき)が服を着せてまわる。
 だがその奮闘むなしく、人々はまたすぐに暑さに耐えられなくなってしまうのだった。
「無駄よ、鬱姫も強がってないで早く脱いじゃえばいいのに……」
「強がってなんかいません!」
 ちょっと暑いからと言って服を脱ぐなんて、とても認められない。
「だいたいパルフェはですね……くしゅん」
 毅然とした態度でモラルの何たるかを説く鬱姫。
 でも、なんとなく暑くなってきたような……
「無理しない無理しない、脱ぐの手伝ってあげよっか?」
「無理なんて……してない……です……」
 だんだんと増していく暑さ……鬱姫の頭がぼうっとしてくる……
「絶対に、負けない……」
 ……気力を振り絞り、最後まで抵抗する鬱姫だった。


「これは……うかつに外に出られませんね」
 赤羽 美央(あかばね・みお)は窓から外の様子を覗がっていた。
 黄色い空と服を脱ぎ出す人々……花粉の被害は拡大する一方だ、一向に収まりそうにない。
 こころなしか、窓も黄色くなっていた。

「パラミタ杉の花粉……こいつは面倒ですわ」
 窓に付着した花粉を指に取り月来 香(げつらい・かおり)がぼやく。
 花妖精である香はすぐにこの花粉の危険性を把握した。
「花粉? するとあれは花粉症なのですか?」
「そうですわ……これを受粉しようものなら、とんでもない事になる……美央はくれぐれも吸い込むんじゃねーですわ」
「と、言われても……」
 いつまでも学園内に篭っていられるわけじゃない……なにか対策が必要だった。
「やはり花粉対策にはマスクです、購買へ行ってみましょう」
 それは当然の判断だ、しかし……

「花粉用のマスク? そんなの扱ってたっけねぇ……」
 そう言いながら購買のおばちゃんが商品リストをチェックする。
「うーん、ないわねぇ……ごめんね」
 店頭も一通り探したが見つからない……どうやら取り扱っていないらしい。
 
「花粉用でなくても良いので、なにかマスクの類はありませんか?」
 せめて代用品になりそうなものがあれば……と食い下がる美央。
「そうねぇ……マスクマスク……あ、ひとつだけあったよ、でも……」
「ではそれをください」
 おばちゃんの言葉を待つことなく即買する美央。
「ホントにコレでいいのかねぇ……」
 どこか不安げな表情で、おばちゃんはソレを取り出した。
「美央、これは……さすがに……」
「いえ、マスクに違いはありません、手を加えれば、やりようはあるはずです」
 美央はいったい、どこにどう手を加えるつもりなのだろうか……
 不安を感じながら、香はソレを見つめていた。


 ……プロレスマスクを……