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リアクション
第一章 前試合
「皆さん、お早うございます」
御神楽ツァンダ競技場に本宇治 華音(もとうじ・かおん)の声が響く。朝のひんやりとした空気が彼女の声をより遠くへと伝えていた。
「間もなく新入生歓迎行事を開始します。お集まりのお客様は御早めに御着席を御願い致します」
競技場には多くの人が続々とやって来ていた。外と内の両方から賑やかな喧騒が聞こえてくる。
「よく来てくれたな、エリザベート校長」
山葉 涼司(やまは・りょうじ)は競技場控え室へエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を迎え入れた。
「相変わらず元気そうですねぇ」
そう言ったエリザベートの視線が涼司の服装へ向けられる。
「それは何ですぅ?」
「ん、ああ。羽織の事か、どうだ? 格好良いだろ!」
涼司は制服の上に身に着けた青の羽織を自慢げにエリザベートに見せ付ける。
「……格好だけは一人前のようですねぇ」
「そっちこそスクール水着を着て来なくて良かったのか?」
早速、涼司とエリザベートから戦いの火花が散り始めた。
「ふん、まあ良いですわぁ。それよりぃ、先程これをお預かりしてきましたぁ」
涼司との話を切る様に、エリザベートが取り出したのは1枚の光ディスクだった。
「リカインさんがあなたへ見せる様にとの事ですぅ」
「はぁ? リカインのやつ、直接渡しに来れば良いのに」
光ディスクをセットすると自動的に再生が始まる。
「映像データのようですねぇ」
「ああ」
空間に映し出されたモニターにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が立っていた。
「あれ? これ映ってる? え、もう撮り始めてる? ちょ、ちょっと待って!」
ブッと音と共に映像が一端切られる。そしてまた再生が始まった。
「何だ……これ?」
呆れた顔をしながら、涼司はモニターを見つめていた。
「おっほん。やあ、涼司君! 久しぶり! 聞いたよ、新入生歓迎の騎馬戦をするんだって?」
モニターの中のリカインはヒラヒラと楽しそうに手を振っている。
「涼司君、また勢いで行動したでしょ。負けたら男女の制服交換するって聞いてるわよ!」
「あなた、そんな事を公言してたんですぅ?」
涼司より更に呆れた目でモニターを見ながらエリザベートは尋ねた。
「ああ……。って、エリザベートと電話でそんな事話して無いだろ!」
訴える様に涼司はモニターのリカインに突込みを入れる。
「私はちょっと忙しくて行けないけど、応援してるから! 映像で申し訳ないけど、蒼空歌劇団が歌姫の私が応援するんだからそう簡単には負けないでね! じゃあ、また。応援してるね」
小さくリカインが微笑むと映像が切れた。
「ん?」
「何か聞こえるですぅ」
映像が消えた後も音声だけが聞こえてくる。リカインの声の様だった。
「え、観戦は行くよ! だけど、新入生が主役の騎馬戦に出る訳にもいかないし――」
やがて音声も止まり、光ディスクが回転を停止する。
「リカイン……面倒だから逃げたな」
「くくっ」
「笑うな!」
「人の集まりは充分のようね。ノイン!」
マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)は傍に控えるノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)を呼びつける。
「は、お任せ下さい」
ノインはスッと簡易式のテーブルを取り出すとハリセンでパーンと机を打った。
同時刻。御神楽ツァンダ競技場。
「えっと、ここでお知らせがあります」
係から急に手渡された用紙を華音は読み上げた。
「第1回騎馬戦トトカルチョ開催! 詳しくは大型スクリーンで! え?」
競技場に設置されている大型スクリーンが一斉に切り替わった。
「どうも、ノイン・クロスフォードです。知ってる方も知らない方もトトカルチョ。という訳で、今回はどの騎手が一番多く鉢巻を手に入れるかを当てて頂きたいと思います」
スクリーンが切り替わり、騎手のデータが顔付きで表示される。
「私が調査しただけあって、さすがに良い出来ね」
事前に調査したデータを基にマリアが作り上げた競馬ならぬ騎馬情報。その出来栄えにマリアは、うんうんと頷く。
「スクリーン右下に表示されるアドレスに携帯からアクセスして頂き購入をして下さい。また、スクリーン下で直接の御購入も出来ますので御安心を! 1トトカルチョ当たりの単価はアクセス先かスクリーン下で御確認下さい」
「購入具合はどうなの?」
お客から見えない位置でマリアはネットの売上げを確認する。小型端末のモニターは着々と購入者の数が更新を更新していく。
「既に600枚程が売れています」
トトカルチョを買い求めるお客を捌きながら、正確にノインは作業を進めていく。
「もう少しでオッズが出せるわね。そしたら更に一儲けよ」
ネットのオッズは粗方出ている。そこから直接販売のオッズを加味して、
「様子見の客も居るはずだ。オッズが出てから、
「ふっふーん」
涼司達とは別の控え室から楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。蓮花・ウォーティア(れんか・うぉーてぃあ)はごそごそと持って来た衣装ケースを漁っている。
「ふふふーん」
気分が乗っているウォーティアの鼻歌は止まらない。
「先ずは涼司君〜」
真新しい蒼空学園の新制服。ビニールをビリビリと破って、糊が乗ったままの新しい制服の感触を確かめる。
「へへ、これを涼司君が着るのか……」
想像するだけでウォーティアの顔がにやけてくる。
「胸パットも忘れないようにっと」
身近にいる者から採取した大きさを胸パットに反映し、それを制服に仕込んでいく。
「そ・ れ・ か・ ら、エリザベートちゃんのスクール水着〜」
最も楽しみにしていた衣装の準備に取り掛かる。
「地球の日本伝統のスクール水着」
群青色の水着に白い大きな名札を縫い合わせる。胸の所にひらがなで「えりざべーと」の文字を入れて。
「ふふ、ふふふ」
溢れ出る妄想に笑いが止められない。
(エリザベートちゃんにそのままペタンコ座りで上目遣いをさせて―― ハッ!)
「こほんっ」
我に返るとウォーティアは一人咳払いをする。
「只今より新入生歓迎行事『新入生歓迎騎馬戦』を開催します。進行係はイルミンスールの本宇治華音です」
メイン会場の中央に設置されたステージに華音は立っていた。
「ご存知と思いますが、今回の騎馬戦は負けた学校の校長にバツゲームがあります。山葉校長の女子制服姿とエリザベート校長のスクール水着姿、他校生のみなさんはどちらが見たいのか見たくないのか考えてチームに入ってください。では正々堂々と頑張って。くれぐれも怪我をしないようにして下さい」
大型モニターが華音の顔を正面から大きく表示する。
「あ、最後にですが……。今回、武器の使用は禁止されています。間違えても使用しない様に!」
メッという顔を見せると華音は入場ゲートを指差す。
「それでは新入生達の入場です!」
大きな歓声が競技場内を満たしていく。
新入生達がグラウンドへと入って来るのを眺めながら、涼司は会場のスタッフに指示を飛ばしていた。
「如何したんですか、その羽織?」
「ん、加夜か?」
「そうですよ♪」
涼司の傍には火村 加夜(ひむら・かや)が立っていた。珍しげに青の羽織を見ている。
「珍しい衣装ですね」
「良いだろ」
「とっても」
両の手の平を合わせながら、加夜はニコッと笑った。
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