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【重層世界のフェアリーテイル】おとぎばなしの行方

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【重層世界のフェアリーテイル】おとぎばなしの行方

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「ドロシー、ちょっといいか?」
 演奏が終わり、皆と別れた後歩いているドロシーを神条 和麻(しんじょう・かずま)が呼び止める。
「はい、何の御用でしょうか?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「頼みたい事、ですか?」
 ドロシーが首を傾げると、和麻が頷く。
「実は、ドロシーに料理を教えてもらいたいんだ」
「料理、ですか?」
「ああ、ハイブラゼル地方の料理も知りたいんだ」
 和麻は料理を趣味としている。味付けというのは地域によっても微妙に変わっていたりする。レパートリーを増やす為、この地域の料理を知りたいと思っていたのだ。
「ハイブラゼル地方の、ですか?」
 そう、と和麻が言う。
「何か特有の……例えばお菓子なんかがあったら作れるようになりたいんだが……ダメかな?」
 少々歯切れの悪い態度のドロシーに、和麻が聞く。
「あ、いえ……ダメ、というわけではないのですが……」
 何て言えばいいのか、とドロシーが考え込み、やがて口を開く。
「……実は、お恥ずかしい事に外の世界のことを知らないのです」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたかな? それが」
「それで……特有の、と言われるような料理がわからないのです」
 ああ、と和麻が声を上げる。つまり、比較になるような料理をそもそも知らないので『特有の』と言われても判断がつかない、というのだろう。
「なら、いつも子供達に作ってあげるようなお菓子とかあるかな?」
「そういうのでしたらありますよ」
「それならそれを教えてくれるかな。何なら、俺も外の料理を教えるよ」
「ええ、是非。それなら小屋にいらしてください」
 ドロシーに連れられ、和麻は小屋へと向かった。

「あ、ドロシー!」
 お互いの料理情報交換を終え、和麻と別れた後だった。小屋から出ていたドロシーを見つけ、海が歩み寄ってくる。
「海様、お帰りなさい……あら? その方は?」
「さっき会ってな……ちょっと話したい事があるんだ」
「そこから先は僕達が話そう……といっても、話したいことはあるのはプリムラなんだがな」
 海の後ろに居た矢野 佑一(やの・ゆういち)プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)を伴い、前に出てくる。
「あら……どうしたの?」
 沈んだ表情のプリムラに、ドロシーが話しかける。
「……気になるおとぎ話があるの。昔、聞いたお話……」
 そして、プリムラが語りだす。ハイブラゼル出身の彼女が、昔聞いた話を。

――それは、昔のお話。
 突如、数多もの魔物たちが永い眠りから目を覚ましました。
 魔物達は、永い眠りについていたため、お腹を空かせていました。
 そんな中、魔物達は村を見つけました。そこは妖精達が、仲良く暮らしている村です。
 お腹を空かせていた魔物達にとって、妖精達はとても美味しそうに見えました。
 魔物達は村を襲い、妖精達を食べてしまいます。
 しかし、永い間何も食べていなかった魔物達は、なかなかお腹いっぱいになりません。


「……その後、神様に選ばれた一人の女の子が魔物の口に飛び込んで、村は救われるの」
「……そのお話って」
「うん、昔ドロシーが聞かせてくれたお話……怖がってた私を、よく慰めてくれた」
 そう言うと、プリムラは俯く。
「このお話、怖いけど……魔物が怖いわけじゃない。この最後に出てくる女の子……なんだかドロシーみたいで……いつかドロシーが消えちゃうんじゃないかって、怖かったの……」
「そ、そうだったの……それで、このお話がどうしたのですか?」
「似ていると思わないか? その話……村に少女、そして魔物……」
「偶然にしては似すぎていますね……妖精の村に少女、魔物を『大いなるもの』と置き換えるとすれば、この村に」
 佑一の言葉に、海が頷く。
「何か手がかりになるかもしれない……ドロシー、この話について何か知らないか?」
「……その、知っている……と言っていいのでしょうか?」
「何か知っているのですか?」
「え、えっと……その……」
 佑一に聞かれると、ドロシーが歯切れの悪い反応をする。が、軽い溜息を一つ吐き、口を開いた。
「……そのお話……『おとぎばなし』を基に作った創作のお話なんです」
「「「……は?」」」
 海、佑一、プリムラが、ドロシーの言葉にぽかんと口を開ける。
「えっと、作り話なんです、そのお話は……だから、『大いなるもの』とかとは全く関係ないんです」
「……そ、そうなの……は、はぁ……」
 プリムラが気の抜けたように息を吐いた。
「……ごめんなさいプリムラちゃん。大丈夫よ、私は何処にも行きませんから」
 そんなプリムラの頭をドロシーが優しく撫でる。
「良かったな、心配してたようなことはなさそうで」
「……うん」
 佑一に言われ、プリムラは安心したように笑った。

「申し訳ありません、お騒がせして……」
 佑一とプリムラと別れた後、ドロシーが海に頭を下げた。
「まあ、心配していたようなことにならなくてよかったんじゃないか?」
「そう言っていただけると助かります……」
「それより、もう一度書庫を見てもいいか? さっきの話じゃないが、もう少し調べてみたいんだ」
「ええ、それなら構いません。お騒がせしたお詫びに、お手伝いします」