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リアクション
chapter .5 撤退
腐食した青紫色の肉体を持つゾンビ、さらに奥からは皮一枚まとっていないスケルトンの群れが襲い来る。
「泪様! 下がっていてください!」
楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)はガードラインを使い泪の前に立つと、背を向けたまま泪に話しかけた。
「こ、こんな時に言うのも場違いかもしれませんが、僕は泪様のファンでありまして……」
敵が前方にいてよかったかもしれない、とフロンティーガーは思った。背中越しでなければ、もっと緊張してこれすら伝えられなかったかもしれないからだ。
「泪様のお声を、お姿を。髪の香りを感じ取れるほど近い空間を……。それらに触れていられるだけで、僕は充分すぎるほど幸せなのです」
「えっ? あ、は、はいっ、ありがとうございますっ」
突然ファンを名乗る者に護衛され、戸惑いながらも一応お礼は欠かさない泪。フロンティーガーは眼前まで迫ったゾンビに向かって腕を振り上げながら声を上げた。
「ですから、この幸せは壊させません。泪様の体に触れようとする羨ま……もとい、けしからぬ不届き者は幽霊であろうと何であろうと、僕の鉄甲の錆になっていただきます!!」
機械の拳が、先頭に立っていたゾンビの頭部を正確に捉えた。ガキン、という鈍くも甲高い音が響き、ゾンビの頭部がぐらりと傾く。
「愛の炎を込めた拳で倒せないものはありません!」
どうも彼の言う愛は、恋愛感情とはまた少し違ういちファンとしての感情のようだが、気持ちはどうあれその気迫は泪を最前列で守る者として充分な役割を果たしていた。
が、やはり敵の数が多すぎるのか、次々となだれ込んでくるゾンビに対しフロンティーガーは突き出す拳の数よりも攻撃を防ぐ回数の方が多くなっていた。左右からゾンビがフロンティーガーの腕を押さえ、動きを封じようとした時。
パン、と銃声が鳴り、右側のゾンビのこめかみから煙が出た。深い弾痕を遺したそのゾンビは、無言で地面に倒れた。
「これは……?」
残った左側のゾンビを殴り倒したフロンティーガーがさっと後ろを振り向くと、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が灼骨のカーマインを持って狙撃体勢を取っていた。先ほどの銃弾はどうやら、彼のエイミングとスナイプによるもののようだ。
「護衛の人数が少なすぎますね、まったく」
次の弾を込めながら、翡翠が呟く。彼は銃を再び構えると、その姿勢のまま横にいる泪に言葉をかけた。
「先生、先ほどから様子を見ていましたが大分怖がりなようですね。それでは戦力になるかどうか疑問が残ります。怪我でもされたら寝覚めが悪いのでそんなに前へ出てこなくても良いですよ」
それは、もしかしたら彼なりに気を遣ってのセリフだったのかもしれない。
年齢に不釣り合いなその大人びた口調は時に冷たさや皮肉めいたものも感じさせてしまうが、それでも翡翠自身は言葉が大切だという気持ちを持っているつもりだった。それが表立って見えないのは、行動で示したいからであろう。
「もうひとつくらい、銃が必要みたいですね」
敵の数の多さを視認した翡翠は、両手に銃を構えクロスファイアを放った。一斉に放たれた銃弾は熱を帯びたまま、目の前の敵を撃ち抜いていく。
「ふう……それにしても、なかなか数が減らないのは困りました。ここはひとつ、エルに頑張ってもらいましょうか」
「あら、ようやくわらわの出番ですわね?」
翡翠に呼ばれたのは、パートナーの白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)――通称エルだった。
「水の上にいるっていうのはどうも落ち着かないものでしたから、丁度良いですわ。さっさと目的だけ果たして、ここから撤収しませんとね」
ネクロマンサーであるエルは、目の前にぞろぞろといるゾンビやスケルトンたちの支配権を奪おうと試みた。
が、どうやら魔力の高いネクロマンサーが先に操って支配権を得ていたため、そう簡単に自陣の手駒には出来ないようだった。
「あら……なかなか言うことを聞いてくれないアンデッドですわね」
それでもエルはどうにか魔力を抽出し、ゾンビを使役せんとするが効率の悪さを悟り、自らの所持しているアンデッドを向かわせる戦法に切り替えた。
「さあアンデッドたち、馬車馬のように働きなさいな?」
がしかし、この戦術も未遂に終わる。エルのアンデッド攻勢を止めたのは、同じ生徒である佑也だった。
「なあちょっと、すまないが先生の周りでこういうの使うのは、遠慮してくれないか? ほら、先生怖がりだから」
佑也はエルを止めると、泪の方を向き「先生、大丈夫ですか?」と安否を伺っていた。
「は、はい、なんだかすみません、気を遣わせてしまって……」
目の前にこれだけアンデッドがいれば今さら数匹増えたところで変わらないのかもしれないが、泪は佑也の方を向いて軽く頭を下げた。
そこに、フロンティーガーと翡翠のガードを潜り抜けたゾンビが数匹、襲いかかる。
「私だって戦えますからね!」
それを迎え撃とうとする泪。しかし彼女とゾンビが拳をぶつけ合うことはなかった。
「危ない、先生っ!」
とっさに佑也が、栄光の刀で泪に近寄るゾンビを薙ぎ払ったのだ。佑也は刀の切っ先をゾンビの群れに向けると、その姿勢のまま泪に言った。
「無茶しないでくださいよ? 先生がもし怪我でもしたら、誰が朝のニュースを読み上げるっていうんですか」
そのまま佑也は、フロンティーガーや翡翠らと共に泪の護衛に当たった。
生徒たちに囲まれ、大事に守られている泪は次第に申し訳ない気持ちが強くなっていった。
「私ばかり守ってもらって……このままではいけませんっ!」
無茶はしないでほしい。そう生徒たちに言われたばかりではあったが、生徒に守られているというこの状況は逆に、「このままではいけない」という使命感を彼女に抱かせた。
「えいっ!」
泪は生徒たちの間から飛び出すと、持っていた銃で近くのゾンビから撃ち抜いていった。
「先生!? 前線に出ちゃ駄目だって……!」
護衛をしていた生徒たちが慌てて泪を引っ込めようとするが、泪はそのまま狙撃を続けた。その身のこなしは、いくつもの戦場を潜り抜けてきたという事実を証明するかのごとく、場慣れしていると一目で分かるようなフットワークだった。
「まだまだいきます!」
勢いに任せ、泪はゾンビを一体、また一体と倒していく。
しかし、当然人間ひとりの体力には限界がある。攻撃を避けながらゾンビを撃っていくその動きは確かに軽快だったが、それは体力の消耗の多さにも繋がった。次第に呼吸が荒くなっていくが、それでも引こうとはしない泪。
そんな彼女の腕を、ゾンビの爪がかすめた。
「あうっ……」
つう、と赤い線が走り、泪は思わず腕を押さえた。
「だから無茶はするなって……!」
佑也が泪を強引に引っ込め、再び守りの陣形を組む。傷を負ったその泪には、霧島 玖朔(きりしま・くざく)が駆け寄り治療に当たった。
玖朔はナーシングを普通に使うのかと思いきや、特技である誘惑をなぜか存分活かしてナーシングし始めた。
「卜部……その絹のような肌が傷つくなんて、この世のどんなことよりも悲劇だな。俺が今治してやる」
手際良く治療を施すのは良いのだが、その間にちょくちょく彼は言葉を挟みこむ。
「動かせるか? 動かせない時は、俺がお前の腕になってやる」
「あ、あの、ありがとうございます、もう大丈夫ですから……」
怪我しているのに誘惑された泪は、ちょっと困惑気味に返事をする。それをゾンビのせいで顔色が悪いのだと勘違いした玖朔は、強化型の光条兵器を取り出すとそのアサルトライフルをゾンビ目がけて撃ち出した。
数匹を倒したところで彼は再び泪を治療しようと彼女の腕に触れる。
「さあ、治療の続きを……」
「いえ、あのっ、本当にもう大丈夫なので、私なんかより生徒さんたちのお手伝いを……」
泪の言葉を聞いた玖朔は、ここぞとばかりにかっこいい表情をつくり小洒落たセリフを口にした。
「何を言ってるんだ。美人の涙が最優先さ」
まあそれを言うなら、少し前に彼女がセクハラを受けていた時が一番涙いっぱいだったわけだが。痛恨のタイミングミスである。
交戦から数十分。
狭い通路、そして護衛や撮影にいそしむ者に人員を裂かれたためか、泪たちは劣勢となっていた。
「皆さん、ここは一旦体勢を立て直しましょう!」
このままではまずいと判断した泪が、生徒たちを避難させようと大声で告げた。
「私たちは恐らくこの状況を作り出すために誘い込まれたんです! まずは甲板に出て、それから船に戻って武器の補充と陣形の再配置を!」
泪のその言葉で、生徒たちは一斉に退却を始めた。
◇
甲板まで逃げおおせた生徒たちは、そのまま船橋を渡り船へ戻ろうとする。
が、アンデッドたちの配置は完璧だった。泪たちが奥へと進んでいるうちに、退路を断つように挟み込んでいたのだ。
「ここにもゾンビが!」
退路も閉ざされ、泪の頬に汗が流れる。目の前のゾンビは10匹程度だが、すぐ背後から大勢のアンデッドが迫ってきている。時間はない。
「こんなこともあろうかと……持ってきといて良かったかも!」
そう言いながら颯爽と飛び出したのは、湯島 茜(ゆしま・あかね)だ。後ろにはパートナーのエミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)もいる。そして茜の手には、音波銃が握られていた。
「子供の頃、なんとかっていう調査船がなんとかっていう団体の妨害を受けて音波砲で反撃していたのをあたし覚えてる! きっと今のこの状況は、その応用編ってヤツだよね!」
何の応用かよく分からないが、とにかく茜は音波銃をゾンビに向けた。そこから放たれたノイズが、一気に辺りを埋める。
「す、すごい音であります……」
茜の一番近くにいたエミリーも、地味にその影響を受けてしまったようで耳を塞いでいた。
「まだまだっ……!」
さらに出力を上げようとする茜だったが、ゾンビは耳も腐敗しているのかそこまで大ダメージを与えてはいないようで、平然と茜に向ってゾンビは突き進んでくる。
「えっ、ちょっとっ……」
そのまま茜はゾンビたちに担ぎ上げられ、甲板から海に放り出された。当然、近くにいたエミリーもである。
「いけません、助けにいかないと!」
泪が身を乗り出し、海面に目を向ける。するとそこには、どういうわけか大きなジェイダス人形を浮き輪代わりにして海に浮かんでいる茜とエミリーの姿があった。
「こんなこともあろうかと……持ってきといて良かったかも」
どうも彼女は、準備の方向が若干おかしい気もしないでもないが、助かったのならきっとそれはそれで良かったのだろう。ちなみにエミリーは水泳が得意なので本当は泳げるのだが、茜に気を遣っているのか一緒にジェダス人形を海に浮かべてプカプカさせていた。
茜とエミリーとジェイダス人形を海に落としたゾンビたちは、さらなる犠牲者を出そうと泪たちに向かってくる。迎え撃とうとする者、守ろうとする者、怯える者と様々な行動を生徒たちが取ろうとしている中、立川 るる(たちかわ・るる)はじっとアンデッドたちを見ていた。
「ど、どうかされましたか? ぼうっとしていては危ないですよ」
後ろから泪が声をかけると、るるは不思議そうに口を開いた。
「幽霊って、たしか塩が苦手なはずだよね。でもこの幽霊船、思いっきり塩っけたっぷりの海水の中にあるけど大丈夫なのかなー?」
「い、今そんなことを考えなくても!」
慌てて避難させようとする泪を尻目に、るるは持っていた水筒のふたを開けた。ちなみに彼女はなぜかシール入りのチョコレート菓子も持ってきており、はたから見たらちょっとした遠足スタイルである。
「よーしっ、この謎を解明してみる!」
そう言うとるるは、持っていた水筒の中身を突然幽霊にかけ始めた。
「!?」
その行動は周りの者たちを一手に驚かせた。が、これにはきちんと彼女なりの動機があるのだ。
何を隠そう、るるの水筒の中に入っていたのは、ここに来る前こっそり汲んでおいた海水なのである。塩分の多く含まれた海水を幽霊にかけ、嫌がれば本物の幽霊。嫌がらなければ偽者の幽霊という区別のつけ方をるるはしようとしていた。
「ちょっ、ちょっとそんなことしては怒りを買って……」
泪がるるを引っ込めようとした時だった。彼女たちは、驚くべき光景を目にする。
「……コワッ」
「ミズ、コワッ」
なんと、目の前のゾンビたちがるるの撒いた水を一斉に避けだしたのだ。
「え、あれ……ええっ?」
これにはさすがの泪も困惑していた。
どうやら、塩に弱いのは本当だったらしい。いや、たまたまここにいたゾンビたちが塩分恐怖症の幽霊だったのかもしれないが。
ささっ、と両脇にゾンビが避難したお陰で、そこには船橋までの道がつくられていた。
スキルも武器も使わずに、なんなら戦うことすらせずに道を切り開いたるるを周りは褒め称えたが、当の本人は持ってきたデジカメで海水を怖がるアンデッドを撮影するのに夢中な様子だった。
「ホンモノの幽霊だったんだ! よかった、デジカメ持ってきたかいがあったよー。心霊写真なんて滅多に撮れないもんね! えへへー、帰ったらブログにアップしようっと。ブログないけど」
「ないのかよ!」
若干マイペースなるるに、全員がつっこんだという。
何はともあれ、退路を確保出来た一行は一旦船へと戻り体勢を立て直さんと船橋へ走り出した。
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