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リアクション
chapter .2 発見
パラミタ内海。
泪から連絡を受ける前に、幽霊船の噂を聞いて既にこの場所に来ていた生徒たちがいた。
リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は海のほとりで、じっと水平線を見つめていた。どうやらリアトリスは、幽霊船が一体どういったタイミングで出現するのかが気になっているようだった。
霧が出ると帆船が浮かび上がる、というのは噂で聞いている。ゆえにリアトリスはそれを目撃せんと目を凝らしているのだが、まだ霧は出ていないようだった。
「そうだ、超感覚なら……」
リアトリスはおもむろに呟くと、犬のような尻尾を生やし大きな耳を現した。
「これなら、聞き逃してしまうような音だって聞けるはず。船が水面を進む音とかが聞けたらなあ」
そのまま海岸を歩き回るリアトリス。
「なんだよ、まだ見つかんねえのか? こういうのは夜に出るモンだ、てことはもうそろそろ出てきてもいいはずだぜ?」
いくら超感覚といえども、やはりそう簡単に目標物は発見出来ないようだ。そんなリアトリスに痺れを切らしてそんな声をあげたのは、百々目鬼 迅(どどめき・じん)だった。迅は首からカメラをぶら下げ、船が現れるのを今か今かとそわそわしながら待っていた。
「まだか? 幽霊船はまだかよ!?」
その雰囲気は、まるでどこかの観光客のようにすら思えた。幽霊船という単語に彼の中の何かが反応したのか、そのテンションは見るからに高い。
「い、今探してるからもうちょっと静かに……」
「うおーっ、早く見てー! 幽霊船早く見てえぜーっ!!」
自分の言葉が届いていないと判断したリアトリスは、溜め息をひとつ吐き周辺の調査を再開した。
十数分くらい経った頃だろうか。
リアトリスの耳が、ぴくんと何かに反応した。
「これは……船の音……?」
じっと目を凝らして、リアトリスは遠くを見る。はっきりと確認することは出来ないが、微かに霧が水平線から湧き出ているように見えた。
「もしかして、アレが噂になっていた……」
リアトリスが言い終える前に、迅は誰よりも早く海岸を小型飛空艇で飛び出していた。
「ヒャッハーッ! 待ってたぜ!」
カメラ片手に霧の方へと向かっていく迅の後ろ姿を、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は若干焦りを浮かべた表情で見送っていた。
「せ、せっかくのスクープが先取りされてしまいますっ! ここで結果を出さないと、泪さんと会った時に認めてもらえないかもしれません……!」
一人前のリポーターを目指している彼女にとって、これは自分の目標に近づけるチャンスであった。もちろん行方不明になった生徒は心配だ。しかし今の優希は、泪に認めてもらいたいという思いが先走ってしまっているようにも見えた。
そんな優希の肩を、パートナーのミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)が優しくぽんと叩く。
「優希様、今回は気合いが入っていますわね」
そう言ったミラベルは、デジタルカメラを抱えていた。
「少しでもお役に立てるのでしたら、わたくしが……」
ミラベルは、優希にデジタルカメラを見せてそっと微笑んだ。それで彼女のしようとしていることを理解した優希は、ためらうことなく「私もあそこに」とミラベルに告げた。
「おいおい、無茶すんのはユーキのポジションかと思ってたらミラ、お前もかよ」
飛空艇を飛ばそうと乗りかけたミラベルと優希に話しかけたのは、こちらも優希のパートナーであるアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)だった。
「俺様の使い魔を捜索に飛ばしてやる。ついでに俺様もだ。いざって時のために人数は多い方がいいだろ? ユーキ、お前はコンシェルジュが来た時のために実況してろ。船は俺様たちが撮ってやる」
言葉通り、アレクセイはデジタルビデオカメラを持っていた。ミラベルと力を合わせて、写真と動画両方で船を撮影するつもりらしい。
アレクセイとミラベルはそのまま互いの小型飛空艇に乗り込む。手にはお互いの撮影機器を持ち、準備も万端だ。
「ほらユーキ、さっさと実況しろ。リポーターになるんだろ?」
アレクセイに促された優希は、パートナーたちに感謝しつつ、不安な感情を押し込め精一杯明るい口調で言う。
「ご覧下さい、海の向こうから霧のようなものが見えてきました! 今数名の生徒たちが、霧の正体を確かめようと小型飛空艇で向かっています!」
真剣な表情で状況を口にする優希を、アレクセイは飛空艇を飛ばしながら撮影している。そしてすぐに、彼女らは岸から離れ小さくなっていった。
迅や優希、ミラベル、アレクセイ同様海岸から飛び立ち、霧に向かって飛んでいたのはミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だ。彼女の運転する箒には、姫宮 和希(ひめみや・かずき)も乗っていた。いわゆるふたり乗りの形である。
和希はほんのちょっと照れた様子で、ミューレリアの背中にくっついて手を回そうかどうかためらっていた。後ろで和希がそんな葛藤をしていることに気付いた様子もなく、ミューレリアが前を向いたまま和希に話しかける。
「姫やん、他の生徒に取られる前に私たちが船の財宝をゲットだぜ!」
「お、おうっ、パラ実の再建資金も必要だしな! 山分けして大儲けだな、ミュウ!」
伸ばしかけた手を引っ込め、和希が同調する。なんとも初々しいやり取りではあるが、ふたりは悲しい誤解をしていた。
どこでどう曲げられた噂を聞いてしまったかは分からないが、彼女たちが目指している幽霊船にお宝は積まれていない。まあ得てして噂というのはそういうものなのかもしれない。
それに彼女らの目の輝きを見れば、知らぬが仏ということもあるだろう。ふたりは胸いっぱいに期待を膨らませ、霧へと近付いていった。
少ししてミューレリアと和希が霧に触れられるほど近くまでくると、奥の方にゆらゆらと動く物体が見えた。
「ミュウ、船だ!」
和希の指差した方を見ると、確かにそれは船のシルエットをしていた。霧の奥で不気味に動くそれを見て、ミューレリアは一瞬怖気づいてしまったのを誤魔化すように平静を装って返事をした。
「ゆ、幽霊船の雰囲気ってなんか、そ、想像以上だぜ……」
「よし、早速突入だ! お宝が待ってるぜ、ミュウ!」
その不気味さに気後れしたのは和希もまた同じだったが、ミューレリアの手前それを表に出してはいけないと和希はあえて威勢良く振る舞っていたのだった。
ミューレリアと和希が霧の中を進んでいる最中、迅は船からやや離れたところでカメラを構えていた。
「すげーな、こりゃ本物の幽霊船だ! ここまで来たかいがあったってもんだぜ」
パシャパシャと勢いに任せ何枚もの写真を撮影する迅。霧に包まれているせいで鮮明な画像をなかなか手に入れられない彼は、危険を顧みずさらに船の近くへと飛空艇を寄せ始めた。
その傍では、ミラベルとアレクセイが同じように撮影した画像や動画をパートナーに送ろうとしていた。が、どうにも通信機器がうまく繋がらない。
「もしかすると、この一帯は通信が不可能なのかもしれませんね」
ミラベルの言葉を受け、アレクセイは軽く舌打ちをした。
「ちっ……仕方ねえな。だがデータは送れなくても、パートナーなら通話自体は可能だろ?」
彼の言う通り、電波の状況に関わらず通話は可能なのがパートナーの特性である。アレクセイは優希に携帯を出すよう促し、今の位置、そして状況を伝えるべく電話をかけさせた。
その一方で迅やミューレリア、和希はぐんぐんと船へと接近していた。彼らの目には、もうくっきりと船の姿が映っている。
ここまで来てしまえば船からも彼らの姿が見えてしまうはずだが、この時点で反応はなかった。船内まで来るのを待ち伏せているのか、見逃していたのかは分からない。
迅が興奮気味に写真を撮っている間に、ミューレリアと和希は船の甲板へと静かに降り立った。
「姫やん、な、中にきっとお宝があるんだ、ここまで来て諦めることは出来ないぜ……」
「わ、分かってるってミュウ。い、行くぞ……」
すっかり雰囲気に負けてしまっているふたりは、それでもなんとか足を進めようと一歩踏み出した。同時に、波にゆられた船がぎい、と大きな音を立てた。
「ひゃあっ!?」
思わず声を上げるミューレリアと和希。とっさにふたりは互いの手をきゅっと掴んでいた。
「あ……」
思わず顔を見合わせる。すぐに逸らされた視線と赤くなった頬が、ぎこちないムードに拍車をかけた。それでもミューレリアは、和希の手を離すことはなかった。
「……こ、これははぐれないためなんだ。怖いとかそういうわけじゃないんだぜ」
「あっああ、そうだよな! はぐれたら大変だもんな!」
そのままふたりは手を繋いで、船の中へと入っていった。
船内部。
偶然にも、ミューレリアや和希と同じように「船にはお宝があるに違いない」と間違った方向のままここに来ていた生徒がいた。
彼女たちより少しだけ早く船に到着し、トレジャーセンスと捜索の特技を用いてあるはずのないお宝を探していたその生徒は葉月 ショウ(はづき・しょう)。彼は超感覚と殺気看破で周囲の警戒を怠らず、なおかつ慎重を期して隠れ身で進んでいた。その慎重さを、「本当に船に宝があるのか」という思慮にもう少し使ってほしかった気もしなくはないが。
「パラミタ内海を荒らし回った伝説の海賊たちの成れの果てがこの船に違いない。金銀財宝が見つかればベストだな」
もちろん海賊うんぬんは一切関係ない。彼はもしかしたらちょっと夢見がちなのかもしれない。それか何かの漫画に影響でもされたのだろうか。
「最悪地図とか航海日誌みたいなものでもいいんだけどな……ん?」
ひとりで呟いていたショウは、自身に近付く何かを超感覚で察知した。
この曲がり角に何かいる。
そう察知したショウは、そろりと壁から顔を少しだけ出し、様子を伺った。
「おっ、アレは……?」
向こう側から歩いてきたのは、ショウと同じ蒼空学園の制服を着たクロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)、そして彼のパートナーのオルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)だった。
殺気も感じないことから敵ではないと判断したショウは、警戒を解きクロトに話しかけた。
「よお、さては俺と同じで、お宝を探しに来た生徒だな?」
「お宝……?」
そんな話は聞いていない、という様子で首を傾げるクロト。そのクロトの隣に密着状態でついてきているオルカはそれを聞き、クロトを見上げて尋ねた。
「クロト、この船って幽霊船じゃなくて宝船だったの?」
にしては怖いよう、とクロトをつかむ手に力を入れたままオルカは言葉を付け足す。
「オルカ、そんなはずはないと思う」
あくまでクロトは噂が本当なのか確かめるため、幽霊を探しに来ていたに過ぎない。だがショウの言葉は、半ば強引に連れてこられてずっと怖がっていたオルカに、「幽霊船じゃないのかも」という微かな期待を抱かせた。
「俺は幽霊を探しに来たんです。てっきり皆そういう目的で来ているものだと」
自身の目的を告げたクロトだったが、ショウはあくまで持論を曲げない。
「幽霊もいるだろうな。だが、幽霊船とお宝ってのは男のロマン的に切っても切れない関係だろ!?」
「だ、だろと言われても……」
ショウの熱弁に思わず後ずさりするクロト。
さらに、このタイミングで3人のところに和希とミューレリアが現れてしまった。
「ん? なんだ、おまえらも宝探しに来たのか?」
「お、お宝は私たちのもんなんだぜ!」
間違った情報を持った者が一堂に会してしまったせいで、本来正統派であったはずのクロトはすっかり少数派となってしまった。
「ほらクロト、やっぱり宝船なんだよぉ」
「……あ、あぁ……俺が間違っていたのか……? いやそんなはずは……」
頭を抱えるクロトをよそに、ショウとミューレリア、和希はお宝を見つけたら誰が持ち帰るかで揉めていた。
さっきまでの慎重さはどこへやら、普通に声を出して言い争っている彼ら。当然その騒がしさにゾンビたちは気付き、3人はあっという間に囲まれてしまった。
「わあっ、出た、ついに出たよぉ! 悪霊退散悪霊退散! クロト、助けて!」
目を瞑って歯を食いしばるオルカ。クロトは反射的に光術を放っていた。眩い閃光がゾンビたちの間を走り、それは僅かだが退路を生んだ。
「……今のうちに」
クロトがオルカを連れその場から脱出すると、残った3人にも逃走を促す。彼らは決して宝を諦めたわけではなかったが、命の重さには敵わない。隙間からクロトたちに続くように、3人はその場を去ると船から慌てて脱出した。
◇
「あれ、船がもう一隻……」
岸に残っていたリアトリスは、霧の発生箇所とは別方向に船を見つけていた。それは幽霊船のような不気味さをまとっているものではなく、立派な中型船で50人は軽く乗れそうな大きさの船だった。
船の発見と同時に、リアトリスはこの場所に近付く多くの気配を察知する。直後目の前に現れたのは、バイクに乗った泪、そして途中で合流した多くの生徒たちだった。
「ちょうど、チャーターしていた船も来たみたいですね」
泪が水面に浮かぶ船を見て言った。その泪に進言したのは、優希のもうひとりのパートナー、麗華・リンクス(れいか・りんくす)だった。
「たった今、一足先に船に向かったお嬢たちから連絡があった。どうやら通信類はほとんど役に立たないようだな。それと大まかな位置だが……」
現時点で優希たちが得た情報を、くまなく泪に伝達する麗華。泪は一通り彼女から情報を聞くと、「ありがとうございます」と短くお礼をし、船への乗船準備を始めた。
「もう何人かの生徒さんたちが船に入ってしまっているかもしれません。どうか無茶はしないでくださいね……!」
心配そうに霧の向こうを眺める泪。そんな泪を安心させようとしたのか、麗華は落ち着いた口調で話しかけた。
「ひとりならまだしも、ある程度の数がいるようだ。ならば、無茶を抑える者も中にはいるだろう」
「そう……だといいですね。どちらにしても、早く応援に行かないと大変なことになりそうです。何かが起きてからでは遅いですから」
船が岸に着き、泪は生徒たちと共に乗り込む。
「そうだ」
生徒たちが乗船している時、思い出したように麗華が泪に言った。
「この事件が一段落したら、うちのお嬢に取材についてアドバイスしてやってくれないか」
そこで初めて、泪の表情が緩んだ。
「はいっ、私のアドバイスで良ければ、いくらでも」
乗船を終えた一行は、幽霊船へと航路を取った。
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