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リアクション
chapter .6 内戦
「卜部先生、現代社会の勉強がはかどらないんですが……なんて、言ってる場合じゃないな」
甲板から船橋へと向かう生徒の中、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はそんなことを呟いていた。
否、パワードスーツやパワードヘルムなど一式を装備した今の彼はエヴァルトではなく「蒼空の騎士パラミティール・ネクサー」と名乗っている。
エヴァルト――もとい、ネクサーは逃げ出した生徒たちの群れの後方で、この状況について考えていた。
「この統率されたゾンビの行動……俺たちがあえて船に潜入するまで身を隠し、内部に入り込んだところを急襲するという周到さ……それらすべてを誘発した、契約者のみに流れる噂話……」
今までの経緯を振り返るネクサー。その末に彼は、ある結論を導き出した。
「これらのことをして得する者は、やはり鏖殺寺院の連中か」
黒幕を思い浮かべ、ネクサーは微かに歯を軋ませた。
「友を巻き込むとは……許せないな」
ネクサーはばっと振り返ると、他の生徒たちが先に船へ帰還出来るよう、後退をしながらも追ってくるゾンビの相手を買って出た。
「悪いが、アンデッドなら迷いも遠慮もなく叩きのめさせてもらうぞ」
ネクサーが友人たちを助けようと拳を振るっていると、どこからともなく銃声が聞こえた。
「……!? なんだ……?」
音のした方を思わず振り向くネクサー。するとそこには、泪がチャーターした船に居残っていた高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)が碧血のカーマインを幽霊船に撃ち込んでいる姿があった。
「こ、こたつ!?」
思わずネクサーが声を上げる。それもそのはず、こたつ型機晶姫という世にも珍しい存在が銃を構え発砲しているのだ。驚かない方が不自然だろう。
スプレーショットたシャープシューターを組み合わせ連射を繰り出すこたつは、生徒たちの避難を助けるように周辺のアンデッドたちを狙撃していた。
「私の形状的に、幽霊船に乗り込めない以上こうやってサポートをするしかありませんからね」
自嘲気味に呟きながらも、その銃弾は確実にゾンビの急所を撃ち抜いていた。
「それにしても……綾乃と袁紹はどこにいるのでしょうか」
行方不明になってしまった相方たちを思いながら、こたつは引き金を引き続けた。
茜やエミリーが結果的に囮となり、るるが突破口を開き、ネクサーとこたつが敵の足留めをしたことで無事泪たちは自らの船へと退却を果たした。
「はあ……はあ……どうにか戻ってこれましたね。ここで少し対策を立てて、必要とあれば応援も……」
泪がそう言うと、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)がタイミングを見計らったように彼女に話しかけた。
「先生、幸い学校には解析役がいます。万が一の場合、データを送って分析してもらい、必要な物資、人員を派遣してもらうことも可能ですよ」
「か、解析役ですか? でもデータは……」
泪はもちろん、戦闘や捜索、生徒たちの先導でそれどころではなかった。が、カチェアはその答えすら用意していた。
「政敏、ちゃんと撮れてますよね?」
名前を呼ばれたカチェアの契約者、緋山 政敏(ひやま・まさとし)が頭をぽりぽりと掻きながらやってきた。
「暗かったから、あんまり良い絵は撮れてないけどな。携帯だし」
政敏は携帯を取り出すと、画像フォルダを開く。そこには、幽霊船の船体画像、そして今戦ったばかりのアンデッドたちの画像も保存されていた。
「これを送れば、過去の犯罪履歴や手口が分かるかもしれない。そうすれば対策も取れるだろ?」
政敏のその判断は概ね正しかった。しかし彼の誤算は、この近辺の通信状況である。これまでも何人かの生徒が通信を試みて失敗したように、ここ一帯は通信不可能区域であった。
もっとも、パートナー間であれば通話は可能なのだがさすがに機械的なデータのやり取りまでは不可能ということらしい。
政敏は何度か蒼空学園にいるというパートナーにデータの送信を試すが、やはりいずれも未遂に終わってしまう。
「ちっ……これじゃ黒幕の調査も出来ないな」
政敏は携帯を閉じると、息をひとつ吐いた。それを見た泪が、政敏に言う。
「もしかしたら、この船の通信ルームを使えばどうにか出来るかもしれません。特殊アンテナが内臓されているあの部屋なら……」
「……随分都合の良いものがあるな……ま、それならそれで使わせてもらうさ」
政敏は再び携帯を取り出し、学内で待機しているというパートナーリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に電話をかけた。
「もしもし、政敏? 連絡遅かったじゃない」
電話の向こうで文句を並べるリーンに、政敏が答える。
「通信手段が限られていたんだ。とりあえず船体や敵の撮影には成功して手段も確保出来そうだから、うまくいけばもう少しでそっちに画像を送れる」
「……そうだったの。分かった、気をつけて」
リーンとの通話を終えた政敏は、泪に案内され通信ルームへと入ろうとした。
その時、船体が大きく揺らいだ。
「!?」
同時に殺気を感じて、泪と政敏は振り返る。そこには、箒に乗って船へ忍び込んだと思われる志方 綾乃(しかた・あやの)と袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)がいた。ふたりの目は黒く淀んでおり、その殺気は完全に泪たちへ向けられていた。袁紹は持っていたリベットガンにライトニングウェポンで帯電させると、それを周辺の電子機器にリベットを撃ちこんでいく。
「なっ、生徒さんでしょう!? 何をするんですか!?」
慌てて止めようとする泪を、政敏が危機を感じ取って抑え留める。
「おぬしらこそなんじゃ? 邪魔をするのか? ならばわらわの雷の餌食となってもらうのじゃ」
袁紹がその手に電気を帯び始めた。威嚇として放った最初の雷撃は泪たちに当たることこそなかったものの、通信機器を壊し煙を上がらせた。
「さてはこいつら、レイスに憑依されてるな……やれやれ、面倒なことになりそうだ」
政敏の言う通り、綾乃と袁紹は愛美たちと一緒に乗船した際、レイスに憑かれその肉体と精神を操られてしまっていた。
「船で暴れるだけ暴れてそのままなんて、志方ない人たちですねえ。でも場所が悪かったですよ。だってここ、海のど真ん中ですよ? もしこの船を壊されたら、もおっと志方ないことになってしまいますねえ」
口癖のように「しかたない」と連呼しながら、綾乃が不敵に微笑む。おそらく爆弾でも持っていたなら、この場で爆発させていてもおかしくないほどの危うさが感じられた。
唯一助かったのは、彼女が爆弾を所持していなく、また仮に持っていたとしても正確に破壊工作させる方法を知らなかったことであろう。しかし綾乃は大した問題じゃない、という様子で袁紹に指示を出していた。
「さあ、思いっきり壊しちゃってください。そしてここの皆をお友達にしちゃいましょう?」
綾乃の言葉に従い、ライトニングブラストで袁紹は次々に雷を発生させる。
「き、危険です! 早く離れないと!!」
通信手段、そして同時に船自体にもダメージを負ってしまい、泪は止むを得ず内部から飛び出した。
そこで泪が見たものは、幽霊船から飛び出してくる何人かの生徒たちの姿だった。もちろんそれは応援の者ではない。彼らの瞳の暗さが、自分たちを沈めようとする敵であることを物語っていた。
◇
同時刻、幽霊船の船長室。
ここは操舵室と役割を共有しており、舵もこの部屋にある。
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、泪たちが自分たちの船に撤退した時別行動を取り、あえて幽霊船の深部へと突き進んでいた。そして辿り着いたのが、この船長室兼操舵室である。
「ここに行方不明者がいてくれれば一番手っ取り早かったんだけどな」
ぼそっとぶつ役レン。彼の腰には栄光の刀が差されていて、普段銃を使う彼の本来の武装ではない。霧深い場所に船が出ると聞き、近接戦に対応出来る装備ということでこれを選んだようだ。
「乗ってきた船が襲撃されないとも限らないからな……帰りの足を準備しておくことも必要だろう」
レンの予想は鋭かった。綾乃たちの行動を読んでいた彼は、この幽霊船を新たな船にしようと画策していたのだ。しかし、当然これだけ奥深まった部屋に入ったからには、敵との遭遇は避けられない。
バタン、と扉が開き、舵を取ろうとしたレンの背後からスケルトンが襲い来る。
「やはり出たか……悪いが、容赦はしない」
レンは刀を抜くと、目の前のスケルトンの首を切り飛ばした。頭部と胴体を繋いでいた骨が音を立てて砕け、バランスを崩したスケルトンはがしゃりと倒れた。
「こんなにいるのか……?」
次の敵に刀を向けるレンだったが、扉からは次々とアンデッドたちが現れる。この狭い部屋で囲まれては勝機はない。レンがそう感じ危機感を覚えた時だった。
鋭い炎と光線が目の前を駆け抜け、一気に数体のスケルトンがガラガラと崩れた。
「やはり、アンデッドには炎が効くんですかね」
「物の怪め、親日章会の一員として、成敗してくれる!」
カタール、そして光条兵器の光線銃を手に危機的状況を救ったのは、船長室を目指していたザカコと拓海だった。ザカコはカタールから爆炎波を放ち、また拓海は射撃をしつつ被っていた段ボールをスケルトンの頭に被せ、視界を奪うことで隙をつくっていた。
ふたりの登場でどうにか盛り返したレンは、攻撃の手が緩まった一瞬の空白を見逃さずふたりに声をかける。
「今だ、ふたりとも中へ!」
拓海が段ボールを放り投げ、ザカコと共に扉の内側へと滑り込む。それを確認したレンは、氷術で扉が簡単には開かないよう凍結させた。
「ふう……これでひとまずは大丈夫だろう。後は他の生徒たちがうまく敵を撃退してくれれば……」
「しかし、もし仲間が敵を退治しきれなかったら……?」
ここにいる自分たちはどうなるのだろう。嫌な予感が僅かによぎった彼らだったが、レンはこともなげに言った。
「大丈夫だ、俺は信じてる」
舵を握ったレンの手に力が入る。
それは不安からか、期待からかは分からなかった。
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