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リアクション
chapter .7 憑依
綾乃たちが泪の船を壊し始め、慌てて外に出た泪は多くの操られた生徒たちに出くわした。
「こ、こんなに憑依された生徒さんが……!」
がくん、とまた船が大きく揺れた。どうやら綾乃たちの魔の手が船の機関部にまで伸びたらしい。
「先生! この船はもう持ちません!!」
「先生! どうすれば!?」
あちこちから聞こえる声。泪はごくりと唾を飲み込むと、覚悟を決めたように大声で生徒たちに指示をした。
「再び幽霊船に乗り込みます! そして操られた生徒さんたちの解放を!!」
退けないなら前へ。それは当たり前ではあるが、難しい決断。泪は生徒たちと共に、もう一度幽霊船へと渡った。
甲板に下りた泪たちは、あっという間にアンデットと生徒たちに囲まれる。しかしこうなるのは承知の上だった。彼らは、出来るだけ犠牲を出さぬようそれぞれの武器を握りしめた。
「卜部先生……」
喧騒の中、不意に自分を呼ぶ声に泪は辺りを見回した。
「卜部先生……」
もう一度、声が聞こえる。泪が声を辿ると、アンデッドの群れの中にいる朝野 未沙(あさの・みさ)がそれを発していた。
その場所でアンデッドに背を向けているということは、彼女もまた操られた中のひとりということを示している。
「操られてしまっていますね……」
泪が悲しそうな眼差しを向けた時だった。するりと未沙は泪の懐に入り込むと、その左手を泪の胸にあてがった。
「きゃあっ!?」
またもやセクハラを受けた泪は、すっかり戸惑う。
「な、なにを!?」
しかしそんな泪を無視するかのように、未沙は右手を泪の太ももへと伸ばした。タイトめなスカートからすらりと伸びた脚は程よい肉感があり、それをなぞる未沙の指の動きは強弱をつけてねっとりと絡みつく。
「んっ……いやっ……」
内ももを爪で軽くこすると、泪の喉から一際高い声が捻り出る。
「ここ? ここが感じるの先生?」
「おねがいっ、やめてっ……ああっ!」
ぎゅう、と未沙が指で摘むと、泪は体をよじらせた。未沙は泪の上に被さると、舌を鎖骨に這わせ同時に胸を揉む手はより内側へ、そして脚も絡ませて泪の動きを封じた。
「先生の声ってやらしい」
繰り返すが、未沙は操られているのだ。決して素で起こした行動ではない。まあ素でもやりかねない感じではあるが。
夜の闇の中すっかりピンク色となった泪と未沙のすぐ傍では、五条 武(ごじょう・たける)が小さく体育座りをしていた。
「やっべえ、俺すげえ操られてるよこれ……もう駄目だよこうなったら、世界の終わりだよ……マジ助からねえって」
操られていることを自覚しているのがちょっと不思議ではあるが、彼はレイスが憑依したことによりネガティブ全開となっていた。
「なんか目の前ではあんあん言ってるし、世紀末じゃね? よく見たらほっそいヤツ多いし、飢饉ってヤツじゃね?」
それはスケルトンである。
「マジ俺とかこの世にいらない存在だよな……アレだろ? 関係設定とか、みんな本当は俺のこと大ッキライってしたくてたまらないんだろ? 人間こええ、マジこええ」
武はそのうち、指で床に絵を描き始めた。
「そうだ、引きこもって絵描こう。絵描きになるんだ俺。でも才能ねえから無理だろうなあ。才能どころか金も人望も地位も何もねえよ……」
この後も甲板の一角で、泪と未沙の危ない放課後と武の引きこもり不登校はしばらく続いたらしい。
◇
一方で戦いが激化し始めた甲板中央。
アーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)は行方不明となった契約者を探すため乗り込んでいたが、こう敵の数が多くしかも夜中とあっては、一筋縄で見つけることが出来ない。
懐中電灯のついたヘッドバンドで視界を照らしてはいるものの、目に入るのはゾンビやスケルトンばかりである。
「まったくもう、夢見はどこにいるんですの?」
周りのゾンビをメイスで殴りながら、アーシャが視線を泳がせる。まだ自身の望む人物の姿は見えない。アーシャはその鬱憤を晴らすかのごとく、スケルトンの腰部をメイスで思い切り殴りつけた。
根幹部分が砕けたためか、骨の接合部が離れスケルトンは骨の山と姿を変えた。
「幽霊船が何だと言うんでしょう! バラバラ死体が怖くて聖職者がやってられますか!?」
腰骨を次々と砕いていくアーシャ。と、スケルトンたちの前に赤羽 美央(あかばね・みお)が立ちはだかった。それはあたかも、スケルトンたちを守っているかのような佇まいである。
「……可哀想に。操られてしまっているのですね」
「私は守る者……どんなことがあっても、味方は守る……」
美央は虚ろな目で、近くのアンデッドたちにファイアプロテクトをかける。同時にファランクスにより自身の防御力も上げ、巨大な盾で外敵からアンデッドたちを守ろうと構えた。
守りを固められたせいか、アーシャのメイスは次第に命中率が下がっていった。せっかく振り下ろしても、美央の盾がすべて防いでしまうのだ。
そればかりか、美央はメイスを持ったアーシャに向かって盾を押し出し、体勢を崩させた。
「うっ!?」
その隙を突き、美央はランスバレストを放つ。大きな一撃を受けたアーシャは、力尽きその場に膝をつく。瞼が下りてきて、甲板に倒れる間際アーシャはようやく探し物を見つけた。
それは、ショットガンを乱射している契約者、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)の姿だった。
「ゆ……夢見……」
振り絞ったその声は届くことなく、アーシャはうつ伏せに倒れた。
ショットガンを持った夢見はというと、どうやら古王国の内乱で裏切られた者の霊に憑かれてしまったらしく、汚い言葉で銃弾をところ構わず発射していた。
「ヨゴレ仕事を押しつけといて、帰って来たら人殺し扱いか。一般市民様はおめでてーな!」
いつもの夢見からは想像も出来ない姿である。アーシャがはっきりとこの夢見を見ることなく倒れたのは、もしかしたら唯一の幸運だったのかもしれない。
「俺は女王様の為に戦ったんだ、それをやつらが! やつらが!!」
弾切れなど視野の外。後先考えずに夢見は動くものすべてに銃を向け乱射している。絶え間ない攻撃を行う夢見と、鉄壁のガードを見せる美央。なまじコントラクターなだけに、このコンビネーションは簡単に破れるものではなかった。
泪たちの船からは、機能を停止させ終えた綾乃と袁紹が幽霊船に戻り生徒たちを追い込んでいた。劣勢を覆せない生徒たちは再びゾンビに囲まれだす。その群れの中から出てきたのは、椎名 真(しいな・まこと)だった。
「サテ、誰カラ仕留メヨウカ」
目の色を見なくてもはっきりと分かるほどの、どす黒いオーラ。否、それはレイスそのものだった。元より幽霊などに取り憑かれやすい体質らしい真は、背後に3体ほどのレイスをまとわせていた。
レイスの重さゆえか、体をのけぞらせブリッジ気味の姿勢で真は首をだらんと下げていた。
「マズハ、オ前カ」
たまたま近くにいた、という理由だけで真は未沙もろとも泪を殴ろうと拳を振り下ろした。とっさに未沙と一緒に転がることで回避した泪は、真の右手を見てぞっとする。
その手の甲は、加減をせず床面を殴りつけたせいで皮膚が剥がれ、真っ赤に染まっていたのだ。
「チッ、生身ノ体ハ扱イヅライナ。マアイイカ、使エナクナッタラ別ノ奴ニ憑ケバイイ」
おおん、と呪いの様な声を上げ真が肉体を武器にして襲いかかる。
「生徒さんたちの頼もしさが、裏目に出てしまいましたね……!」
どうにか未沙の抱擁から抜け出した泪が、彼らを見て焦りの表情を浮かべる。
鍛えられた生徒たちを倒すのは、簡単なことではない。もしかしたら不可能かもしれない。仮に倒せたとして、肉体は生徒たちのものなのだ、無闇に傷つけてはいけない。
「どうすれば……!」
成す術なく足を止めてしまった泪。生徒たちもそのほとんどが、どうしようも出来ずただその身を守るので精一杯だった。そんな生徒たちの中から現れた樹月 刀真(きづき・とうま)が、泪に言った。
「簡単だ、邪魔なら斬ればいい」
「その通りだ刀真、我も極上の炎で付き合ってやるぞ」
パートナーの玉藻 前(たまもの・まえ)も、妖艶な笑みと共に刀真の横に立つ。
「次ノ獲物ハオ前ラダナ」
充分な殺気を放つふたりに、真が反応した。渦巻く不穏な空気は風を起こし、彼らの頬を撫でていった。
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