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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

リアクション

 
 20、試合終了!
 
 
 西ボールからの再開になり、エヴァルトはボールにライトニングブラスト&ウェポンを、更に攻撃力を上げる為に轟雷閃を乗せてドラゴンアーツで強化した腕でシュートを放つ。
 ほぼ同時に加夜が『神の目』を使う。視力を奪って東チームの動きを止め、ダブルアウトを狙うのだ。
 電撃の塊となったボールが、東コートに迫る。
「超感覚を使ってください〜! 持ってる人は、殺気看破も! ……あっ!」
 指示を飛ばしている一寸の間に、明日香の身体をボールが掠めた。身体が痺れて、ぱたんと倒れる。メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(人型名『氷月千雨』)が必殺防御を展開しようと――
「千雨さん! 今こそ断崖氷壁を使うんです!」
「……!」
 トラックの上から、大地の、なぜか少し張り切ったような声がする。元気だ。すごく元気だ。必殺防御名を代わりに言われただけ。そう、言われただけの筈だが、千雨はむっとした顔をして必殺防御を展開した。
 光の中で、うわっ、という誰かの声と、何かが衝突してひび割れる涼やかな音と、激しい音が聞こえる。
「……どう……なったんでしょうか……」
 徐々に、東コートの光が収まっていく。陣形は完全に崩れていた。そこに現れたのは、元の位置から後退した選手達と突然屹立した氷の壁。電撃を帯びたボールが氷にめりこみ、ぎゅるぎゅると回ってやがて落ちる。その先には――
「う、う〜ん……」
 目をぐるぐるにして仰向けになっているクライスがいた。
「クライス・クリンプト選手、神代 明日香選手、アウト!」
 ショウとリタ、司と翔一郎が、2人を速やかに担架に乗せて運んでいく。直接ボールに触れていないので、千雨はセーフだ。しかし、それはそれとして。
「『断崖』……?」
 その意味を訝しむ両チームの選手達。氷壁は判るし、断崖というのはまあ断崖絶壁のことで、2時間ミステリーの最後に出てくるアレと同義なのだろうが。そう呼ぶには、この技は厚み的にどうなのだろう。
 千雨は白皙な頬を真っ紅にした。違う名前を言おうと思ったのに。違う名前を言おうと思ったのに! (大事なことだから2回(略
「技名なんてどうでもいいから、早く試合を再開しましょう」
「あー……」
 冷静さを装う彼女の様子に、外野に立つ涼司が納得したように言った。
「そういうことか。胸が無いから『断崖』! いやあ、ナイスネーミングだな! まな板とかじゃ月並みだもんなあ」
「胸が無い……? まな板……?」
 千雨の声が一段と低くなる。彼女はボールを拾うと、そこに『ブリザード』の威力全てを一点に集めた。そう。断崖とは、大地の千雨の胸を意識してのいぢめネーミングである。まあいつもの事である。そしていつも、千雨は怒る。怒るのだが、ここからがいつもと違っていた。
 ボールを中心に氷の槍と化したそれを、彼女は涼司に向けてスナイプする。姿は見えない筈なのに、狙いは正確だ。同じチームだろうが知ったことではない。
 どこかの説明書にはこうある。スキル『スナイプ』。敵の頭部を狙って……
 ぐしゃ。
「……………………」
 メガネ、もとい涼司がトマトになるという事態にスタジアム内が沈黙に落ち、ろくりんピックがまたもや放送事故を起こしかけたその時。綺人が叫ぶ。
「きゅ、救護係!」
 審判が仕事した。すかさず堕天使リタがやってくる。これまでよりも、なんだかふらついているような。
「はい、お迎えですよぉ。それにしてもこの鎌は重いですぅ。よくこんな物を持てますねぇ」
 リタはそう言って涼司の傍まで来ると、首を傾げた。
「本体に傷は無いみたいですねぇ。奇跡ですぅ。じゃあ、メガネ掛けを運びますぅ……あ。」
 持っていた鎌が手から滑り、そのままメガネの上に落ちていく。尖った刃先が当たり――
 メガネは鎌を跳ね返した。だが、次の瞬間にぱきん、という音を立てて壊れる。ガラス片が涼司の顔に落ち、気絶して目を閉じていたから良かったものの、開けていたらひどい事になっていただろう。
「……………………」
 しかし、あの氷撃に耐え、鎌を跳ね返すとはメガネはなんという勇者なのだろう。それはともかく、皆が絶句して見守る中でリタは涼司にナーシングをかけ、臨時救護所に引き摺っていった。鎌も勿論、拾う。
「メガネ掛けの分際で、重いですぅ。でも一生懸命がんばるですぅ」
《……………………》
『……………………』
 実況が共に沈黙する中、綺人が笛を吹いて手を挙げる。
「氷月千雨選手、相手を再起不能にしたので特別ペナルティです。むきプリ部屋へどうぞ」
 千雨は素直にコートを出た。むきプリ君など眼中に無いらしい。空気とみなせば、警戒も拒絶感もげんなり感も無い、ということだろうか。

 千雨の反則で、試合は西ボールで再開されることになった。綺人がボールを持ってライン際に立つ。彼が選手にパスしようとした時、東チームの薫が言った。
「先程は恐ろしかったでござるな。小さいものも、それはそれでいいものでござるよ? ほら敵陣にも、ぺったんこでかわいい娘がいるでござる」
 薫は、視線の先に御剣 紫音(みつるぎ・しおん)を捉えていた。
「へ? 俺?」
 驚くのも束の間、紫音はまたか、とうんざりした。黒の長いポニーテールと少女のような顔立ちのせいでよく間違えられるのだ。そしてそれは、毎度毎度彼の頬を引きつらせる。
「審判、ボール」
「あ、はい」
 要求されるままにボールを投げ、綺人は試合再開の笛を吹く。途端。
「俺は男だーーーーー!」
 紫音は薫に思いっきりシュートした。
「ぼぐっ!」
 そのまま、薫は外野行きになった。転がったボールを、ヴァルが拾う。
「残り2人か……。しかし、俺は最後まで諦めない! コメディの時間は終わりだ!」
 軽身功とバーストダッシュを使って天高く舞い、鳳凰の拳でボールに二重回転をかける。背後には光術を纏った。
《……鳳凰の幻影が見えますねえ。まあそれは、攻撃スキルの結果ですし百歩譲って、あの光術はなんなんでしょうか……? 上空で使って、何か効果が?》
『演出だと思うネ。ヴァル選手は、日頃から帝王と名乗っているし、帝王らしいエフェクトだと思うワヨ〜』
 流石、選手のプロフィールを全て把握していると豪語するだけのことはある。
《はあ、演出……》
 また、ヴァルが鳳凰の拳を攻撃の手段として選んだのは、ヴァルキリーであるキリカの翅をイメージしたものだからである。
「この一撃は、俺一人の力ではない。皆の想いを背負った一撃だ! 行け! 『落日砕く帝王の一撃』!」
 落日――西チームに向かって超高速のジャイロボールが墜落していく。当たったら、即救護行きになるのは間違いないだろう。
「ボクが取るよ!」
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が前に出てボールを見据える。
 途端。
 金属質な衝突音が聞こえ、ロートラウトは顔面にボールを貼り付けたまま、コートを滑るように後退した。ラインを超えた所で足を踏ん張り、根性で耐えると頭でボールをコートに戻す。それを、エヴァルトがキャッチした。
 ほぼ同時に、外野にいた藍玉 美海(あいだま・みうみ)がヴァルに対してその身を蝕む妄執を使った。突然現れた幻覚に、ヴァルは前後が確認出来なくなった。
「!?」
 エヴァルトのドラゴンアーツシュートが彼を捉えたのは、その時だった。落ちるボールを、レビテートを使った西チーム紫音がキャッチする。
「アウト!」
 引き続き西ボールになり――

 あと1人。

 コートに戻った紫音は、外野のアルスにパスをする。
「あ……」
 じりじりと後退る水橋 エリス(みずばし・えりす)
 1……
 2……
「私は、最期までコートに……」
 3……
 4……
「立ち続けます!」
 5! シュート!
 ピーーーーーーーーーーーー!

 試合終了の笛の音が、高らかに鳴った。